意味のわからない話題をふって。
「3月ってさ、なんか気にくわねぇ」
そう、隣で親友が言った。
夕日に染まった教室には、俺と親友の二人がぽつんと取り残されたかのようにいるだけだった。
2月ももうすぐ終わりを迎えるという事もあり、少しは暖かくなりつつあるはずなのだがそれを肌で感じるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「なにがだよ」
曖昧なその言葉に雑なツッコミをいれてやる。
漫画のワンシーン宜しく窓枠に肘をかけて話をしたいところだが、時期も時期だ。そんな事をすれば冗談ではなく凍ってしまう。
だからというわけではないが窓際で机を挟んで会話を繰り広げていた。
「……なんだろなぁ。なーんか気にくわねぇんだよ」
眉間にシワをぐっと寄せ腕を組んでるその姿は、見る人がみれば震え上がるほどに、親友の外見は厳つい。
運動部のなかでも筋肉質な部類に入るラグビー部に所属しているというだけでなく、3年を差し置いて試合に出場する程の実力と体格を兼ね備えているのだから当たり前とも言えよう。
「脳筋が。曖昧すぎて理解不能だ馬鹿。さすがに感覚的な事までは理解しきれねーよ」
対する俺は、美術部というみるからに軟弱な部活動に所属している。コンクールで入賞する程度には絵をかけるが、優勝するのは夢のまた夢。
頭の方は、目の前で腕を組んでいる学年最下位すれすれの赤点ゾーンにいる奴に比べれば全然ましなのだが、それでも全体の中の上。所詮、器用貧乏という奴だ。
「そうだな…まず、響きが何か嫌だな」
こいつはまたわけのわからん事をいいやがる。
「1と月を組み合わせて"イチガツ"。2と月を組み合わせて"ニガツ"なんだから、3と月を組み合わせたら"サンガツ"だろうが。それともあれか?最近流行りのキラキラネームに則り、"ミツキ"だとか"サツキ"だとかの読み方に改名しろとでもいうつもりか?」
はっ。
という鼻笑もオマケに付けておいてやった。観月だと月見だし、皐月にいたっては5月だ。実に紛らわしくなるな。
「でも、一月だとか二月ともいうだろ」
「それは、一ヶ月・二ヶ月の事で、一月・二月のことではないと思う。そんなに三月が嫌なら、弥生にしておけ。それなら同じ意味だ」
弥生という俺の提案が気に食わないのか、ただでさえ深かった眉間のシワを更に深くさせた。
何処かで見た顔だなぁと思いながら思考をめぐらすと、ピタリと当てはまるものが一つだけ。
仁王像だ。
この際阿でも吽でも構わないのだが、それに瓜二つなのだ。
「それから、イベントがない」
なにをもって"それから"と言ったのかは理解出来ないが、少なくとも3月はイベントがないということだろう。だが、これについては間違っていると思うんだ。
「俺たちには関係ねーけど、ひな祭りだとか、ホワイトディだとか、今みたいに学生なら卒業式もあるし、花見だってするだろ。イベント満載じゃねーか。夢の国だって学生の懐に優しくなってる時期だ」
口喧嘩で負けを知らない俺は、話す事には自信がある。同時に、拳で語り合う場合は高確率で降参・敗退をする自信もあるがな。
「それよかお前、三月の事別に嫌いじゃねーだろ」
俺は思うままにそれを口にする。
こいつがこんな話題をふってきたのには、ちょっとした訳があるのだ。
「毎年の事だし流石に覚えたよ、誕生日ぐらい」
誕生日。
それは、学校に通ってれば誰かしらが祝ってくれるであろうイベント。
誰にでも平等にあるはずのそれは、夏休みと春休みという限られた長期休暇の際には発生しない。つまり、三月末に生まれてしまったこの親友は、学校で誕生日を祝ってもらうことがほとんどなかったのだ。
だからかはわからないが、毎年このぐらいの時期になると何となく意味のわからない話題をふっかけ、三月アピールをし始める。
最近は慣れてきたので適当にスルーできるが、当初は訳もわからず頭を悩ませていた事もあった。
祝って欲しいのなら率直に言ってくれればいいものを、なぜ遠回しにいうんだか。
まあ、筋肉ダルマみたいな体躯をして「お誕生日をお祝いして欲しい」なんて言われたら、それはそれで気持ち悪い。気味が悪い。
「きちんと祝ってやるから、三月が嫌いだとかいう意味わからん話題はもう出さないでくれ」
俺はあきれ顔でそれを口にした。
読んでくださり、ありがとうございます。