・異世界へ
妹が欲しい。
突発的にそう思ったのも、友人に勧められたアニメを見たのがきっかけだった。
アニメは幼少の頃に少し見ていただけで、見ていたアニメもバトルものだったと記憶している。なので、あのような日常系のアニメを鑑賞するのは人生において初めてだった。正直、日常系のアニメを毛嫌いしていた部分があっただけに、見てみると意外と面白いじゃないかというのが率直な感想だ。
そのアニメは妹キャラを押しており、勿論実の妹キャラ登場するが、他のクラスメイトや後輩のキャラ達全員が血の繋がりもない主人公のことをお兄ちゃんなどと呼んだりする。最初は理解に苦しんだが、見ていくと慣れというのは恐ろしいもので段々と癒されるようになっていく自分がいた。
アニメを全話見終わり、学校でなかなか面白かったと勧めてきた友人に話してしまうと運悪く「今日はお前の家で語り合おう!」と捕まってしまい、今自室で友人と二人でいる。
「ようやく傑も妹の良さがようやく分かってきたようだな」
ニンマリと笑う友人。横田侑真に若干の苛立ちを感じつつも、確かにあのアニメの妹キャラ達は純粋で一途なところは素晴らしいの一言だ。永遠と妹キャラの良さを語る侑真の話にも同意出来る部分が多い辺り、俺もあのアニメに毒されたのだろう。
「因みにお前のイチオシは誰だよ」
興奮収まらずといった様子の侑真に詰め寄られ、観念して答える。
「実の妹キャラの雫ちゃん、かな」
「やっぱり実の妹だよなぁ、他の奴らは何か違うてか根本的に違うわ。後輩キャラは後輩キャラでグッとくるもんがあるけどさ」
「だけどお前、実の妹とは仲が悪いよな?」
俺がそう言った途端、侑真の顔が真顔になった。――ヤバイ、地雷を踏んだか?
「ああ、現実はクソだよ」
吐き捨てるように侑真は言い、グラスに入ったジュースを一気に飲み干す。
「あれは違うね、妹じゃない。妹もどき、妹になれなかった者。オーケィ?」
酷い言いようだ。やはり、アニメのような理想系で可愛い妹キャラを見てしまうとこのように現実の妹では物足りなくなってしまうのだろうか。
実際、妹がいたり姉がいたりする友人に羨ましいなどと言ってしまうと「現実を見せられるからやめておけ」と返されることが多い。その後、この侑真のように愚痴をこぼすまでがテンプレだ。
一人っ子の俺としてはそんなに酷いものなのかと思ってしまい、百聞は一見にしかず。自分にも妹が出来れば分かるのではないかというものだ。
――まあ、そんなことは不可能に近いのだが……。
侑真は何か思いついたように手を叩く。
「そうだ! そんなに妹が欲しけりゃウチの妹やるよ」
「いや、遠慮しとく」
一見、魅力的な提案だったが丁重にお断りした。確か侑真の妹はギャル系で俺の望む清純派の妹には程遠いしな。
「そうか、そりゃあ残念だ」
侑真がチラリと携帯を確認し、いきなり慌て始める。
「今日バイトあるんだった! 今日はもう帰るわ。またな!」
「分かった」
侑真を玄関まで送り、また自分の部屋に戻る。
「妹か」
ベッドに寝転がり考えるのはそればかりだ。
「神様、俺に妹を授けて下さい」
叶うはずもない。そんな願いを呟いたときだった。
「いいですよ」
不意に女の声が聞こえた。心臓が飛び跳ねたのではないかと思うぐらい驚き、反射的に身体を半身起き上がらせた。急いで周囲を確認するが、誰もいない。
「私にゲームで勝てたら妹をあげます」
だが、誰もいないにも関わらずまた声が聞こえてきた。恐怖からか、手に嫌な汗が浮かんできているのが分かる。
「……お前は何者だよ。姿は見えねえし、正直気持ち悪いんだけど」
「何者ってさっき貴方が呼んだではないですか、神様って」
「はぁ!?」
驚きのあまり、変な裏声を出してしまった。
「そんな事よりやるんですか、やらないんですか? はっきりして下さい! 私、暇で暇で仕方がなかったところなんですよ!」
「そんな暇なヤツが神様なわけないだろッ! まず姿を見せろ!」
俺がそう言った瞬間、目の前が眩しい光で包まれ思わず手でその光を遮った。光が消えたと同時にその場所を見てみると、長い灰色の髪をした美少女が正座をしてこちらを凝視している。
「これでいいですか? 早くゲームしましょー!」
「なんだコレ、夢か?」
あまりの現実味のなさに目を擦ったり、頬を抓ってみるが夢の中から抜けれていないようで、少女の姿は中々消えてくれない。
「もう、めんどくさい人間です!」
自称神様の少女が怒った表情で俺の鳩尾に右ストレートをかましてきた。
「グホォ!」
「夢ではないです、現実です! 早く遊びましょうよー!」
神様の威厳も何もない、自称神様の駄々っ子に流石の俺もぶち切れだ。
「おい、てめー。不法侵入しておいて人様の鳩尾を殴ろうとはいい度胸じゃねえか!」
俺は自称神様に渾身のデコピンをした。気持ちがいいほど上手く決まり、自称神様の身体が仰け反る。
「ふぎゃ! 滅茶苦茶痛いです!」
「痛くしたんだから当たり前だ……で、そのゲームに勝ったら妹を貰えるって話、マジなのか?」
「私は神様ですよ、嘘なんてつきません」
「何のゲームだ?」
「ロールプレイングゲームです」
「ロールプレイングゲーム?」
「……ロールプレイングゲームも知らないんですか?」
「ロールプレイングゲームは知っているが何だ、コントローラーを握って魔王を倒しに行けばいいのか?」
「いえいえ、私が作った世界にご招待したいと思ってます」
「……何か凄い背筋がゾッとしたんだけど」
「何故です?」
「お前の作った世界なんてどうせろくでもないところに決まってるからな」
「失敬な、しっかりした世界を作ってますよ。遊びには貪欲なんで」
「そうですか」
「じゃあ準備はいいです?」
「ちょっと待てよ、俺はどうやったら勝ちでどうなったら負けなんだ?」
「あ、勝敗条件ってやつですか。それはシンプルに貴方は私の作ったラスボスを倒したら勝ち、途中で死んでしまったら負けってことにします。あ、死ぬとは言いましたけどあの世に行くのではなくこの部屋に戻ってくるだけなのでご安心下さい」
「確かにシンプルだが、そのラスボスってのはドラゴンか? 巨人か? なんかろくでもない敵が出てきそうで怖いんだけど」
「それはゲームを始めてのお楽しみということで」
「――まあ、なるようになるか」
「あ、そうそう」
「あん?」
「これはデコピンのお返しです」
自称神様がニコリと笑った瞬間、視界がブラックアウトした。
--------------------------------------------
視界がはっきりした時には遅かった。目の前には大木があり、そして何故か俺の身体は走っていてその大木に突っ込もうといるところだ。
お返しってこういうことか!!
悲鳴声を上げる暇もなく、俺は派手に大木に顔を打ち付け、地面に倒れ込んだ。
――あの野郎、根に持つタイプだったか。
激痛が走る鼻を押さえつつ、起き上がり周りを見渡してみるが、どこを見ても木、木、木だ。この時点で森にいることが分かる。
土地勘が全くない世界でいきなり人のいない森の中に放り込むなんてあの自称神様は鬼か悪魔だろうか。早くもあいつに愚痴の一つでもこぼしてやりたいくらいだ。
「お姉ちゃーん!」
背後から少女の声が聞こえた。後ろを振り向くと予想通り少女がこちらに向かって走ってきている。赤毛の少女だった。その少女は俺の目の前で止まり、呼吸を整えている。
「ハァハァ、いきなり走り出すなんて酷いよお姉ちゃん」
……お姉ちゃん? さっきから何を言っているんだろうかこの子はそう思ったのだが、自分の身体に視線を送ってみると胸にはふっくらとしたモノがあり、着ている服も女用のものだ。
「な、なんだこれ……」
よくよく考えてみると目線の高さがいつもより低いと感じる。さらには、自分の声の高さがいつもより高いことにも驚きを隠せない。
「お姉ちゃんどうしたの?」
「い、いや別に」
「あ、お姉ちゃん鼻から血が出てるよ!」
さっき木にぶつかったのが原因だろう、手で拭うと確かに血が付着した。
「どこかにぶつかったの?」
「ああ、そこの木にぶつかちゃって」
「相変わらずドジだなぁ」
妹らしいその少女はクスクスと笑い、俺に手を差し伸べてきた。
「早く帰ろっ! お母さんが心配するよ」
……ああ、やっぱ妹って最高だ。