第1章 5
嘉永の時計台は十時過ぎを指している。蕾のリミットぎりぎりだ。人が多い。ゴールデンウィークの初めの方だからと侮っていたが、人々は初めだろうが終わりだろうが関係ないらしい。蕾のような受験生もいれば、私のような観光客(?)もいる。
門をくぐると、坂道になっている。そこで、なんだか聞き覚えのある声がしてその声のする方を振り向く。
「茉子ちゃん?どうしたの?」
蕾が不審がるのを笑ってごまかし、声のする方向へ進むと、高校時代の友人、安川蒼がいた。
「蒼!」
呼び掛けると、蒼の周りにいる人たちからの視線が刺さる。
「あれ、茉子じゃん。なんで?あれ、本当に茉子?」
無理もない、相当混乱しているようだ。
それにしても蒼が私を「茉子」と呼ぶ度に私に向けられる目が恐ろしい。蒼は前からモテる。蒼が私と仲良くするのは、私が蒼を「そういう目で見ない」唯一の女子だったからだろう。多分今女性たちに囲まれていることも大分辟易しているはずだ。
「従妹がね、嘉永を見たいって言うからついて来たんだ」
少し遠くで様子を見ていた蕾を呼び寄せる。
「あ、そうなんだ。じゃあ俺が案内しようか」
「本当に?やったあ。私嘉永来たことなかったからちょっと困ってたんだよね」
「「来たことないの?」」
蕾と蒼の驚いた声が重なった。