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第3章 9

 律子も、茉子と出身中学が同じ部活の同期から聞いた話だと言っていたが、茉子はかつて、告白された時に乱暴されかけたそうだ。その時の体験がトラウマで今でも「付き合って」を聞かされるとひどく取り乱す。

 下手に曖昧にはぐらかすと、ストーカー化する可能性があるから、きっぱり無理であることを示すために今日茉子に行かせたけど、それはやっぱり失敗だったかな、と思い、

「ごめん…」

と呟く。向かいでメニューを開き、楽しそうに眺めている茉子には届かなかったらしく、

「え、何?」

と問い返してきた。俺は咄嗟に、

「いや、夏が来ましたよ」

とごまかす。すると茉子は、

「《春過ぎて夏来るらし白妙の衣ほしたり天の香具山》」

と言う。茉子は古典に並々ならぬ興味を持っている。会話にちょくちょく和歌を挟んでくることがあり、こちらとしては結構必死だ。

「あれ、《春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山》じゃなかった?」

「それは『新古今和歌集』に入った時のやつね、だから藤原定家の修正が入ってるの。小倉百人一首も定家が選定と言われてるから『新古今』のものから選んでる」

『新古今和歌集』は確か鎌倉時代初期に藤原定家が編纂した勅撰和歌集っだったような。

「私が言ったのは、『萬葉集』に入ってる方。厳密に持統天皇の歌と言えるのはこっちだろうね」

ものすごい勢いで語る茉子を、隣に座っているカップルが怪訝な表情で見ている。まぁこんな女の子が『新古今和歌集』やら『萬葉集』やらについて熱くなってたら、知り合いじゃなかったら俺も引く。

「それより何頼むか決めた?」

「えーとね、これ! あ、でもこっちも良いな…」

要するにまだ決まってなかったんですね。

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