第1章 14
店での大庭の様子が少しおかしかったから心配したが、その後はいつも通りだったので杞憂に終わったようだ。何も考えていない二人は普段の帰り道と同じく、歩いて会場に向かい始める。歩き始めてから調べると、二五分ほどらしい。歩く速度も、掛かる時間も、会話内容も、どこまでもいつも通りだ。異なるのは向かう先が駅ではないことだけ。
渋谷はいつ行っても人が多い。
「茉子ちゃん、こっち」
大庭を見失いかけていたところに、少し先から呼んで貰う。こちらを見て微笑む大庭がいて、ほっとして近付くと、
「犬みたい」
と笑われた。私はむっとして、
「私は犬じゃない!ハチ公ならあっち!」
と大声を出すと結構な人数が振り返ってしまう。
「茉子ちゃん、恥ずかしいから」
と大庭に引っ張られ、人々の視線から逃れた。
何だかんだと話しているうちに、会場に到着した。既に何人かが着いていて、店の下で待っている。百合は電車で来たようで、先に出た私たちよりも早く着いていた。予約している時間までまだ十分ほどあり、私と大庭もそこで待つことにする。
立ち止まると、荷物が重いことがまざまざと認識させられる。今日は演習ばかりあった日で、辞書並みの本を三冊持ち歩いているのだ。鞄を持ち替え、首を回す私を見て大庭は、
「茉子ちゃん、鞄重そうだね」
と持ってくれたまでは良いが、それを使ってパントマイムをしだした。挙句の果てに、
「そこらへんでパントマイムやったら今日のコンパ代稼げないかなぁ」
なんて言う。
「やって来ても良いけど、私の鞄はここに置いていってね」
「五百円くらいなら稼げそうですが、全額回収はちょっと…」
私と百合の声が重なる。百合の顔を見た途端、大庭がまた不機嫌そうになった。何か地雷があったかな…と、店への階段を先に上っていく大庭を、正しくは大庭が持っている私の鞄を追い掛けた。




