表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

第7話 二つの決着




 閃太郎は、次なる目的地、カラテウォーリアのタキジのところへ向かっていた。


「よう」

 

 声と同時、上空より剛脚が降ってきた。

 閃太郎は、軽く後ろにステップを踏み、済んでのところで避けて見せた。

 剛脚の威力は、砕かれた大地を見て推して知るべしといったところか。


「……どうも、タキジさん」


「ちっ、涼しげに避けてくれちゃってまあ」


 不服そうに頭をかくタキジ。

 今日の彼は、白い胴着にブラックベルト――黒帯に下駄というカラテウォーリアとしての正装でもって現れた。


「……いきなり襲うとは、酷いですね」


「あん? 避けといて言うセリフか? まあ、どういう理屈かしらねえが、出来るようになったよな、センタロウ」


「……お願いします」


「叩き潰すぜ……俺を越えるには、まだ100年は早いって教えてやるよ」


 中段に構えるタキジに対し、閃太郎はノーガード、構えらしい構えを取らないまま。

 タキジは、じりじりと閃太郎との間合いを詰めていく。

 そして一歩踏み込めば拳が届く位置に入ったとき、


「っ……!」


 タキジが正拳を打ち出した。秒間で何発も放たれた岩を砕く戦車砲のごときそれらを、


「ふ」


 閃太郎は、手の平を使って、受け、はたき、直撃を許さない。


「てめえ! そんなことは教えてもいないだろうが! 何処で覚えやがった!!」


「……シンさんの書棚の中にあった漫画草子を見て」


「ふざけたことを抜かしてんじゃねえ!」 


 正中線を的確に狙った連続突きから、回し蹴りのコンビネーション。

 拳を全てはたき落とし、蹴りは腕で受け止めた。

 衝撃は足を伝わり、地面へと逃げて大地を破砕した。


「このやろう! そおらあああ!!」


 一瞬硬直した閃太郎に、続けて放たれた上段蹴り。

 閃太郎はそれもガードして受け止めた。

 岩など容易く破壊する一撃を閃太郎は止めた。その意味するところは――


「閃太郎、どうして避けない?」


「……これくらいなら、まあ、避けるまでもないかと」


 淡々と、表情も変えず鋭い視線を叩きつけながら、閃太郎は言った。


「上等だ……カラテウォーリアに正面からのパワー勝負で挑むほど偉いのかてめえは!!」


 錬気法で、タキジの中の錬気が増幅され、身体能力が強化される。

 カラテウォーリアは、あらゆる武術スタイルの中でも錬気法への比重が高く、なによりそのパワーが持ち味だ。

 故に、タキジと同じ距離と分野で挑むのは、同列のカラテウォーリアか、ジュウドグラップラー、スモウストライカーくらいにしか望めないことであり、閃太郎の行っていることは愚行なのである。

 

「腕の一本二本が吹き飛んでも、苦情は聞かないぜ!!」


 山吹色の錬気がうっすらとタキジの拳からあふれ出す。

 その威力は先までの拳の十倍以上。

 老いてもカラテウォーリア。カラテを皆伝まで修めた古強者が、老い程度で衰えるはずもない。 


「むん」


「なっ……」


 渾身のフックが、閃太郎の手の平でいとも簡単に軌道を変えられたのだ。

 これには、タキジも驚きを禁じえなかった。

 一瞬生まれた空白、間隙を逃す閃太郎ではなかった。

 

「ごふっ」


 心窩に打ち込まれた重い、閃太郎の双掌底。

 外部よりも内部。全身に痺れが伝染していくこの種類の攻撃は、内部浸透系の錬気法を加えたものだ。


「てめっ……のやろう」


 タキジは膝から崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れていく。

 薄れ行く意識の中、タキジに向かって一礼して、顔を上げた閃太郎を見ると――


「…………」


 何の感情も顔に写さない、鋭い目をした阿修羅がいた。

 阿修羅のごとき、というより阿修羅そのものだろう。

 同じ舞台に立って倒されたのでは、タキジに悔いなどあろうはずもなく。

 気絶したタキジの顔は、満足そうに微笑を浮かべていた。



***




 突然、動けなくなった。

 ニンジャマスター、クノイチのエリナリーゼへ所へ向かうため、森の中に入って少ししてからのことだ。


「……あ」


 検討がついてそこを見ると、閃太郎の影にクナイが刺さっていた。

 

影縫かげぬい……」


 対象の影にクナイを刺し動きを封じる、魔導法に属する業だ。


『正解』


 エリナリーゼの声が、森に反響して閃太郎の耳に届いた。

 故に、声を発した方向すらも特定できない。


『油断していたわね、戦いに号令なんてものはないのよ、いつも言っているでしょう』


 艶やかな声が、今は背筋を凍らせる。

 

『私がニンジュツを解かない限り、貴方は動けないまま。どれだけ痛めつけられようともね』


「……」


『もうすでに詰んでいるも同然だけれど、どうする? 降参する?』


 エリナリーゼは優しい……わけではない。こうして心に揺さぶりをかけてくるなんて、問答無用で

襲われたほうが対処もしやすいのに。

 

「……いえ。降参は、しません」


『へえ……?』


「貴方の発言はブラフ、嘘だ。影縫いは、発動条件も楽で、使用する魔力も少ない非常に使い勝手がいい業だ。だけど、その分、制約も多い」


『……聞かせてもらおうじゃない』


「対象の影が無くなれば、まず発動自体がキャンセルされる。そして、影に対象以外の影が入っても効果は減衰される。そして――」


 閃太郎の体が、かすかに震えだす。

 影縫いの縛りの中、懸命になって動き出そうとしているのだ。


「覚悟と気合があれば、一瞬でも動ける……!」


 影縫いの縛りを閃太郎は力任せに振りほどいた。


「せいやあああ!」


 砂埃を巻き起こすために震脚を放つ。

 閃太郎の姿が砂埃の中へと消える。それはつまり閃太郎の影が、形を失うということであり、


「よし……」


 閃太郎は体の自由を取り戻した。




***




(これが、規格外の錬気法の発露)


 力任せに影縫いから抜け出すなど、正気の沙汰ではないし抜け出す際に相当の痛みもあるはずだ。


(けれど、閃太郎は痛みに強い)


 エリナリーゼはそのことを知っている。

 この男、どれだけ痛めつけても折れることはない。少なくとも精神的にはそうだ。

 シンサックの固有秩序オリジン・点穴解法を受けて、次の日にはけろっとしている精神力は正直エリナリーゼをして引いてしまうほどだ。

 息つく暇を与えてはいけない。

 今日この日の閃太郎は、ミハイルもタキジも倒しているのだ。

 でなければ、この場所に立っていない。


「ふっ」


 クナイを舞い上がった土煙の中に連続投射。

 蜂の巣にする勢いでエリナリーゼは全力で投げつけた。

 

 かん、かん、かん。

 鈍く、金属が弾く音が響いた。

 武器らしい武器を持っていないかった閃太郎だが、もしかすると、足には何かを仕込んでいるかも知れない。

 

「っ!」


 土煙が突如として吹き飛んだ。

 同時、跳躍して閃太郎がエリナリーゼへと向かってきた。

 クナイの方向から、エリナリーゼの位置を掴んだのだろう。

 これは早い、避けるには体術だけでは足りない。

 

「オン・マリシ・エイ・ソワカ」


 エリナリーゼは詠唱と共に、素早く手元に呪印を組んだ。

 閃太郎の拳があと少しで届くというところで、ニンジュツは完成する。


「ニンジュツ・影分身」


 ニンジュツの完成と共に、エリナリーゼの姿は、幾人にも分かたれた。

 閃太郎の拳は、エリナリーゼの一人に直撃した。


「……」


 だが、閃太郎の拳には恐らく、何の手ごたえもないだろう。

 エリナリーゼの姿は閃太郎が触れた瞬間に、消えうせたのだから。

 閃太郎が殴ったのは、エリナリーゼの幻だったのだ。


『『『残念、後一歩だったわね』』』


 幾人ものエリナリーゼの声が森に響いた。

 エリナリーゼは閃太郎を取り囲むように十数人もいて、木の上にも十数人が陣取っていたから、閃太郎にとってはまさに八方ふさがりだろう。


『終わりよ』


 エリナリーゼは、一斉にクナイを投射した。

 影分身のニンジュツは、その幻も本物と同等の存在感があるというところに、味がある。

 これに短距離転移の魔導法を組み合わせれば、クナイはまさに逃げ場なく飛んでくることになる。

 

 エリナリーゼは、数ある武術スタイルにおいて、対人戦においてはニンジャこそが最強だといつも思っている。

 ニンジャは一般に諜報と暗殺の玄人と思われている。だが、それだけに留まらないのがニンジャだ。

 錬気法と魔導法をどちらも高いレベルでの習得が必要だし、術式も高等技術が多く変則的。  

 だからこそ、使いこなせれば、これほど頼もしいスタイルもない。

 硬軟自在にして最速のスタイルであるが故に、あらゆる相手に対応できる汎用性があるのだから。

 それだけに、ニンジャになることが出来るのは他のスタイルに比べれば少ないといわざるを得ない。

 閃太郎には、その手の才能は皆無である。致命的に魔導法が扱えないのだからしょうがない。

 せめてもと、柔軟性を鍛え、体術を教えたが……。


 タキジやミハイルが倒されたのは、相性と言うこともあるだろう。

 剛の者だけであるが故に、からめ手にはいささか弱く、正面決戦では、地力がものを言う。

 

 ともかく、これで閃太郎は終わりだ。今の閃太郎ならば、致命傷にならない程度には防げるだろうが、ニンジュツを使いこなせない差は今後もエリナリーゼとの絶対的な差としてあり続けるだろう。

 そう、思っていた矢先のこと――


「な、なんですって!」


 エリナリーゼは驚愕に目を大きく見開いた。

 閃太郎が凄まじい速度で、分身の一つ一つを殴りつけていくではないか。

 クナイの急所への直撃は避けているが、それ以外は刺さろうとお構いなし。

 クナイの痛みは急所を避けても相当のはずだが、閃太郎の動きにいささかのかげりもない。


「はぁっ………!」


 神速に届く速さで、閃太郎が跳ね回る様は、見ていて戦慄を覚える。

 そして遂に、分身の全てを消し去った閃太郎が、本物のエリナリーゼに迫った。

 トップスピードに乗った今の閃太郎相手では、影分身の再展開は不可能。

 あのニンジュツは、あらかじめ溜め込んでいたジュツを解き放ったからこそのジュツの展開速度だ。


「つぇあっ……!」 

 

 閃太郎の掌底が、エリナリーゼをの腹部を捕らえた。


「がはっ……!」


 カラテウォーリアのタキジに並ぶ一撃だ。直撃を受けては、エリナリーゼとて無事ではすまない。

 そう、直撃を受けては(・・・・・・・)


 めきっ……!

 エリナリーゼを打ち抜いたはずの閃太郎の掌底は、しかし実際に打ち抜いていたのは、丸太だ。

 これぞ、ニンジュツ・変わり身。

 短距離転移と位相転換を組み合わせることによる、騙しの技術。


 エリナリーゼは、一撃に体重を乗せきって、隙だらけの閃太郎の後ろにいた。


(もらった……!)


 エリナリーゼは、背中にクナイをつきたてるべく、最小の振りで――


「見つけた」


 隙だらけのはずの閃太郎がいつの間にか、エリナリーゼの前にいた。

 

(どうやって……?) 

 

 予備動作が何も無かった。

 にも関わらず、閃太郎はエリナリーゼよりも、早く動いている。

 これは、もしや、無拍子の領域――。


「ふっ」

 

 閃太郎はエリナリーゼの持つクナイを叩き落とすと、顎を掠める掌底を打ち込んだ。


「あっ……」


 綺麗なほどに正確に打ち込まれた掌底は、エリナリーゼの意識を一切の抵抗なく刈り取った。





***




「ふう……」


 これで3人目。

 閃太郎は、錬気法を活性化させて、クナイによって傷ついた身体を修復させる。


(どうですか、俺Tueeeを体験した気分は)


 突如、閃太郎の脳内に少女の声が響いた。


「別に……」


 虚空に閃太郎の言葉が消えていく。

 傍目には、彼は独り言を呟いているようにしか見えないだろう。

 

(ほんとうにむっつりですね、閃太郎さん。気持ちイイなら、素直に気持ちイイといえばいいものを)


「誰が、むっつりか」


 しかし、閃太郎にとっては、彼女は確実にいる存在なのだ。


「うるさいよ、サイファー」


 なんぞの対話インターフェイス、閃太郎の中で眠る少女。白銀の髪の少女。

 サイファーである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ