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第4話 点穴解法

 

 錬気法。この世に大別して二つある法の内、人の内的宇宙を操る技術。

 錬気法で生まれた気、闘気、剄などとも呼ばれるエネルギーは基本的には外へ出すのには向かない。

 内的宇宙を操るとは、とどのつまりは人体の体内のことに終始するからだ。

 外へ出すのならば、外界に存在する、源素エーテルを用いた魔導法を組み合わせるのが常道。


 この外と内の力を合わせ、昇華させたものが固有秩序オリジンと呼ばれるもの。

 それはその人間としての最高到達点。一つの世界法則。

 力の配分、使用者の願いから、千差万別に存在する固有秩序は単純にランク付けが出来るものではない。

 星の数ほど夢があり、どの星も皆、命を削って光り輝いているのだから。


 そんな固有秩序だから、現在の人類でこれに到達したものは数えるほどしか存在しない。

 至高天はその数少ない到達者である。




***

  



「えへへ、なんか恥ずかしいなあ」


 閃太郎は、モモの工房こうぼうを訪れていた。


「すごい……な」


 工房には数々のモモの作品が飾ってあった。

 無骨ながら機能美を有した剣。

 精緻せいちで触れれば砕けてしまいそうな色付き硝子ガラス製の花。

 魔導法で動く、荷台つき半自動運搬車……トラック。

 

「これ、全部モモが作ったのか」


「うん、まあね。大昔の資料を参考にして、自分なりに復刻させてみたの」

 

あっけらかんにモモは言うけれどやってることは非凡に過ぎる。

 写真があれば、そこから設計と部品までを細部までシミュレートする。

 文章があれば、そこから完成予想図を正確に描き上げる。

 何も無ければ、全てを明確に、精緻に精密に創造する。 

 理解力と想像力、そして魔導法による精密かつ高速の分解、組み立て、変形、成形、生成、精製。

 

 端的に言い表せば、モモは、「モノつくり」の申し子であった。

 

 桃色ピンクで巨乳でかわいくてポニーテイルで、おまけに機械系にして錬金術系……幾らなんでもてんこ盛りすぎじゃなかろうか。

 天は二物も三物も与えすぎだ。

 ま、モモだからいいんだけど。


「はい、これが魔導式炸裂弓・スマッシュブラストだよ」


 モモが笑顔で渡してきたのは、重量にして2、3kgほどの弓だ。

 金属部品が多く、分類的にはコンボジットボウに属しているだろうか。

 弓弦にはグリップがついており、


「このグリップを持って引くと、ユニット内部に組み込まれた術法プログラムは起動して魔力矢が生成されるんだ。だから矢を持たなくてもいいし、無限に矢を打つことができるの」


 そう自慢げに話すモモは活き活きしていた。

 話の半分以上は閃太郎にはわからないが、それでも、無限に矢を撃つことが出来るというのは驚きだ。そして無限であるが故に、矢を持ち運ぶ必要もなくなると……一石二鳥か。

 道具の中でも、魔導法をユニットに組み込んで一定の効果を発揮するものを魔導具と呼ぶと閃太郎は事前にシンから聞いていたので、こういうものかと納得した。

 故に、この時点での、比較対象が無い閃太郎にはわからなかった。

 モモの才能がいかに突出しているかということに。

 そのおぞましさ、奇天烈具合を。


「モモ、邪魔するぞ」


「あ、シンさん。いらっしゃい」


「……なんでスマッシュブラストをセンに渡しておるんじゃ?」


「え? いけなかった?」


「いや、いかんというわけではないが……センが鬼に金棒というか、ちと威圧が過ぎるなと思ってな」


 閃太郎とモモは互いの顔を見合わせた。


「そう……?」


「かな……?」


 二人合わせてこてんと首を傾げてみる。


「え、ちょっと、モモが凄い毒されとる気がする……慣れって怖い」


 え? なんだって? 聞こえないからぼそぼそしないで、はっきり言ってみろよ。

 このスマッシュブラストがお前のハートをぶち抜くぞ♪


「おっと、本題を忘れるところであった。モモ、センはこちらで預かるぞ」


「むう。あんまり厳しくしすぎじゃ駄目だよ。センタくんだって人間なんだから」


 モモの優しい言葉が身体に染み渡る。モモちゃん、貴女は女神だ……。  

 まあ、なんか微妙に毒がある気がするけど。




 

***



「それで、今日は何を。他の鍛錬も今日は中止だと聞いていますが」


「……ついてくればわかる」


「はい……」


 おかしい。5人の先生役の中で最も饒舌で、もっともやさしいのがシンだというのに、今日に限っては口数があまりにも少ない。


「今日はここだ」


 そうしてシンに案内されたのは、やや大きめのお社であった。

 鳥居も何も無かったのは、本来の意味とは別の意図があるからなのだろうか。


 ぎぎぎと、軋ませた音を響かせて

重厚な扉が開くと既に待機していたのか、先生たちがいた。

 そして――


「鎧……?」


 社の最深部の祭殿で、白い装甲が直立した状態で飾られていた。

 全身が白い金属で出来た人型で、頭部には二本の突起。

 ある種の有機的な生物の意匠も取り入れられており、まるで一個の生物。

 中には誰も入っていないはずなのに、いまにも動き出しそうな印象を受けた。


 その手前のスペースに、四方を囲うようろうそく台が立てられている。


「よし、セン。そのろうそく台で囲んだ中央に立て」


 言われるがまま、閃太郎は中央へ移動。

 すると、ろうそく台を支柱として、注連縄と紙垂が張られた。


「……なにが始まるんです?」


「なに、ちょっとしたまじないだ」


 同じく中央のスペースに入ってきたシンが、トレードマークである赤い眼鏡を外した。

 老人とは思えぬ、強い意志の込められた瞳だった。


「セン、以前に話したな。お前さんの身体の中には、錬気法による凄まじいエネルギーが渦を巻いていると」


 シンの問いに閃太郎は頷き返して肯定した。


「だが、お前さんには、これといった自覚がまったく無い。今までの鍛錬は、全てソレを使いこなせられれば簡単なものばかりだった。危機的状況に追い込めば目覚めが促されるかと、あのような方法を取ったのだ」


 ああ、あの拷問もどきか。魔導法で治るからという前提で無茶をさせられていたが、ただのいじめではなかったのか。


「だが、一向に目覚める気配は無い。それどころか、いまだ平静を保っていられるお前は少々おかしい……ゆえに我々はまだお前が薫陶を受けた何処ぞの間者であるという可能性を捨て切っておらん。凄腕の間者は自分すら騙すというからの」


 まあ、自分の得たいの知れなさは、自分が一番感じていることではあるが。


「それで、僕に何をするつもりで」


「お前の真実を、明らかにするのだ」


 シンはそう言うと、右手の人差し指と中指をそろえて眼前へと構えた。


『――水の一滴は、城をも崩す』


 どくんと、閃太郎の鼓動が高鳴る。

 これから起こること、自分の身にされること。それらを直感で理解する。

 下手をすれば、命に関わる。


『――ほつれて、あらわせ、真なることわり


 二本の指先に集まる魔力と錬気。

 閃太郎は、身動きが取れなかった。身体は警報を発しているのに、逃げ出すことも、シンに飛び掛ってやめさせることも出来ない。


『秩序、変性――』 

 

 シンの指先が閃太郎にゆっくりと近づいていく。


固有秩序オリジン――点穴解法てんけつかいほう』 


 とん。閃太郎の額をほんの少しの力で小突いた。


「っっ!!」


 閃太郎の身体の中で、溜め込まれていた錬気が、熱く燃え上がった。





***



「ああ、あああっ、ぐるうううあああああああああああ!!!」


 獣のような咆哮と共に、閃太郎は身体を両腕で身体を抱きこむようにうずくまった。


「熱……い、体……が! 熱い、何か、がぁああああああああああ!!」


 膝立ちで、今度は背骨を軋ませて大きくのけぞって天を仰いだ。


「さあ、さらけ出せ、セン。お前が何者なのか、お前の力の奥底を」


 シン――萩原シンサックは、苦しむ閃太郎を冷静な目で観察していた。

 固有秩序、点穴解法は一種のサイコメトリー能力――物質に宿るすべての記憶を見ることが出来る。

 すべて、と言う所がミソで、人の思念に留まらず、部品の一つ一つ、文字の一文字一文字、対象に関わる全ての起源と変遷が手に取るようにわかるのだ。

 もの言わぬ物質であれば、ただ【知る】という行為に特化した便利な能力でしかないが、これを人体に使うと途端にその性質は剣呑なものへと変化する。

 

「ああ、ああああああ、ああああごふっ!」


 閃太郎の目と鼻から血が吹き出し、口へも逆流して気道を塞いで叫ぶことすら許されない。

 点穴解放は、分解と再構成の二つからなる。

 全身に浸透した合成された錬気と魔力――理力(・・)が全てを起源と変遷をつまびらかにするべく、肉体全てを分解する。この分解と再構成はコピー機のスキャニングとよく似ていて分解と再構成は一瞬のプロセスだが、頭の先からつま先まで、臓器だろうと骨だろうと、一度は己の内から消失するのだ。

 その激痛、痛み、嘔吐感は筆舌に尽くしがたい。

 ただの生き物ならそのショックで絶命に至る。

 シンが言っていた拷問の方法は幾らでもあるという言葉に偽りは無い。


「ごぶう、うううううう、うぁうううううううううううう!!」


 血を垂れ流し、喚き続ける閃太郎を余所に、シンは閃太郎の深奥を垣間見る。

 



***




「ほう……」


 シンは思わず感嘆の言葉を漏らした。

 天を見上げなければ全容を把握できない高層建築。

 鉄の箱……自動車が街中をところ狭しと駆け巡っている。

 背広姿のサラリーマンたちが、四角い端末に耳を当てながらをせわしなく道を闊歩する様。

 人口の光が、夜の帳に溢れている。

 そしてここには、魔力も錬気も一切無い。

 

 これはもう、確定でいい。 

 

 この男は、本当に、ジャポン大陸でも、ディーでもない、別の場所からやってきたのだと。

 唯一、閃太郎の記憶、あるいはそれ以上の文明を誇る場所が存在するが、それはありえないだろう。

 なぜなら、そこは、遥か天に存在する――

 シンは更に深奥へ踏み込んだ。閃太郎が、ディーへとやってきた原因を明らかにするために。

  

「……うおっ!」

 

 しかしそれは阻まれた。

 閃太郎の転移前後の記憶は、強烈な七色の錬気のヴェールに覆われて、何も見ることはかなわかった。

 オンミョウ・マジックよりも遥か上位に位置する固有秩序でさえも、見ることが叶わないとは恐れ入る。

 だが、それこそが、風間閃太郎を侮れない理由でもあった。



「風間の身体から……錬気があふれ出している?」


 一度閃太郎の身体をオンミョウマジックで見ていたゲンジュウロウは、その光に覚えがあった。


「うああああああああああああああ!!!!!」


 閃太郎は四つんばいになった状態から拳を振り上げ、思い切り床をたたきつけた。


 轟ッッッーーーー!!


 床を破壊し、衝撃は地面に伝わり、地層をにまで達して、


「大地が揺れている……センがやっているのか!?」


 狂乱し、錯乱状態で拳を何度も叩きつけ、そのたびに破壊が大きくなり、大地が揺れた。


「いかん、風間を止めろ!!」


 いち早く動いたのは、この中では最も膂力のあるカラテウォーリア、久我山タキジだ。


「ッ、止せ、タキジ!!」


 シンの静止は間に合わず、タキジは閃太郎を取り押さえにかかった。


「うおおおっ!?」

 

 だがタキジの身体は弾き飛ばされ、昏倒していた。

 あふれ出す虹色の光が、物理的に干渉するほどのレベルで放出されているのだ。

 しかも錬気は、外に出すのが難しい分、一旦外に出れば人体の内部にも浸透し、内外両面からダメージを与えてしまう代物だった。

 タキジの治療には難儀すると思いながらも、今は閃太郎のことだ。

 藪をつついて蛇が出るとは言うが、これは蛇なんて生優しいものではない。


「怪物っ……! 怪力乱神を呼び起こしたかっ!」

 

 これは、里の者を全員呼んで、閃太郎を討伐するしかないのかもしれないと、シンが思い始めていたとき。


「ブートアップウィザード完了。地球人類のDNAを確認。対象を装着者の適正有りと判断。マスター候補の安全を最優先」


 この場にいる者以外の、モモではない、歳若い少女の声が聞こえた。




***




 身体が熱い、身体が灼ける。痛い、痛い、痛い、痛い。

 いっそ意識を失えばいいのに、痛みがすぐに閃太郎の意識を覚醒させる。

 まぎらわすためにがむしゃらに暴れてみる。

 無理、不可能、痛みは続く。

 何かが近づいてくる。

 やめてくれ、僕に近づくな。加減も遠慮も出来ないんだぞ。


「え……」


 不意に白い光が、閃太郎を包み込んだのがわかった。

 すっと消えていく痛みと熱さ。

 

「…………」


 ようやく人心地につけたというか、賢者の時間(タイム)というか。

 喉もと過ぎれば熱さもなんとやらというが、アレだけの苦しみを味わったというのに、閃太郎の心は穏やかにいでいる。


(マスター、おはようございます)


「…………」


 あ、やっぱり大丈夫ではない、幻聴が聞こえてきた。


(幻聴ではありません。マスター)


「おうふ……」


 天使のような声音が、マスターなどと呼ぶ。ありえない。閃太郎は、誰かをサーヴァントにしたことも、奴隷スレイブを買ったこともない。


当機(・・)は、他次元原生生物殲滅用アサルトフォース、コードネームは白  兎ホワイトラビット。私は装着者支援ユニット、サイファーです。承認をいただけるでしょうか)


 物騒なことを言う。殲滅? 何を? 知らんよそんなこと。

 もう疲れた。とっとと寝かせろ。


「承認とかなんなのか知らないが好きにすればいい。僕が僕であるなら、どうぞ、ご自由に」


(私は装着者支援ユニット。マスターの利に反することは致しません。それが私の矜持です)


 ああ、そうですか……。

 閃太郎は疲労からくる、強烈な眠気に身を任せたのだった。




***




「御神体が、センの体内に……?」


 シンは今見た光景が信じられなかった。

 里に祭られている御神体。それが白い光の粒に変じたと思ったら、閃太郎の身体の中へ吸い込まれていったのだ。

 すると、閃太郎はぴたりと暴れるのをやめ、うわごとを呟くと眠りに落ちた。

 

 御神体は、里の入植以前からその土地で祭られていたものだ。

 何の神かはさておいて、当時の社のくたびれ具合を見るに、 相当長い年月を経ていることは間違いなかった。

 そしてあの御神体には、誰も触れることが出来なかった。

 不用意に触ると致死レベルの電気が発生するのだ。

 だから、シンも点穴解放を使っていない。そもそもどんな形であっても、御神体に固有秩序を使うほど、罰当たりでもなかったのである。

                           

「……謎は尽きぬか。なんじゃ、老い先短いこんなときに新たな謎が出るとは……人生とはままならぬものよ」


 シンはため息をつくと、気絶したタキジの元へ、治療のために歩き始めた。

 閃太郎は安らかに寝息を立てているので、今は寝かせようと後回しにしようと決めた。




***




 果たして、どれだけのものが、閃太郎の凄まじい錬気に気付いたか。

 オンミョウマジックの使い手を除けば……至高天と呼ばれるもの達。

 彼らはこの異変を、無意識レベルで感じ取った。

 

――何かが、生まれた。


 全員がその程度の認識であるが、至高天に匹敵する存在だと認識もしていた。

 あるものは笑い、あるものは憮然とし、あるものはくだらないとはき捨てる。

 だが、皆が嵐を予感したのは、間違いない。

 問題はその嵐が、どのタイミングでやってくるかということだ。

 彼らは、久方ぶりに研鑽を開始した。

 やがて来る嵐……『閃きの鬼神』の存在を頭の片隅に感じながら。


 

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