第3話 桃色ピンクで巨乳で可愛くて巨乳でポニーテイル
曰く、この世には二つの法が存在する。
一つは錬気法。人の内的宇宙を操り、燃焼し、膨大な生命エネルギーを創造する。
もう一つは魔導法。万象遍くに存在する源素、エーテルを操り様々な現象を引き起こす。
この二つの法を極めたものが、この世に新たな秩序を作り出すに至る。
すなわち、固有秩序――オリジンである。
***
……とまあ、そんな説明を聞かされても、閃太郎にはイマイチわからないわけで。
シン――本名、萩原シンサックから、この一週間、閃太郎は一連の常識というものを教わっていた。
無論、この地球とは異なる異世界……ディーの常識である。
閃太郎にしてみれば異世界などという表現はまったく以ってこそばゆいものがあるのだが、閃太郎の中の謎のスピリッツは、微妙に悦んでいた。
しかしながら、悦んで……もとい喜んでばかりもいられない。
なぜなら、
――これもう日本じゃねえかよ!!
閃太郎は、読んでいた本を思わず叩きつけてつっこんだ。
「どうしたセン。何をそんなに怒っている」
シンが若干びびりながら閃太郎をたしなめるが、異世界ディーのことを知れば知るほど常識がゲシュタルト崩壊していくのだから、閃太郎が憤るのも無理らしからぬことだ。
閃太郎が先ほど叩きつけたのは、ジャポン大陸の地図だ。
そこに載っている異世界ディー唯一の大陸であるジャポン大陸は、まさに、日本列島そのものという形をしていたのだ。
ただし、その大きさは、日本列島とは比較にならないほど大きく、まさに大陸クラスではあったが。概算でユーラシアの面積に匹敵するだろう。
これ以外にも、この世界は、つっこみどころだらけだった。
長さはメートル法だし、重さはグラム法だし。
1年の暦は太陽暦の365日だし。
公用語は日本語そのもので漢字かな混じりだし。
思いっきり欧風の容姿だが、姓名は基本的に和名だし。
サムライにカラテ、ニンジャ、オンミョウマジックなどなど――世界でも有名な、それでいて誤解されそうな類の言葉は、見事に勘違いやフィクションがそのままの形で現実の職業、あるいは使い手として認知されているらしい。
大体服装からして、昔ながらの和装が主。
それでいて、靴の類は樹脂が使われており、ゴム底の靴のように衝撃を吸収するつくりだ。
日本でも、足袋が現代にアレンジされて衝撃を軽減するスポーツ仕様の足袋があるが、ソレの類と考えればわかるだろうか。
それらを、エルフ耳で、なおかつカラフルな髪色をした美男美女――閃太郎を拾った里の人間は初老以上の年寄りばかりだが、皆、顔のつくりは整っている――が着こなしている。
まるでコスプレのようだが、彼らにとっては、これがスタンダードである。
まとめると、勘違いの入った日本文化の根付く世界、それが異世界ディーであり、ジャポン大陸ミストラルである。
だれがこんな冗談みたいな世界にしやがった。
ディーの常識をシンから教わった閃太郎は、一つの教訓を得る。
【人は信用しても、常識は疑え】ということだ。
こんなパチモンくさい日本もどきに浸っていては、閃太郎の何かが崩れるような気がしたからだ。
アイデンティティークライシスである。
***
閃太郎は、ゲシュタルト崩壊を我慢しながら、一方では、里の住人にいじめ……もとい鍛えられる毎日だ。
シンの座学はいい。へー、と思うことはゲシュタルト崩壊とは別にしてあるからだ。
だが、それ以外が厄介だった。
「立て! 立たんか! 猛々しいのは見た目だけか!」
――ああ、そのとおりだ。
着流し銀髪のサムライマスター、川戸ミハイルには容赦なく刃をつぶした刀で打ちのめされ。
「そんなへっぴり腰で砕けるはずが無かろうが! ほら、手本を見せてやるから、もう一度やってみろ」
――もう骨にヒビが入っているんだが。
筋骨隆々のクソジジイ、緑髪の久我山タキジには、高硬度の鉱石を砕くことを強要され。
「ほら、もっと、足を開きなさい! 若いんだから、幾らでも身体は柔らかくなるの」
――裂けちゃう! 股が裂けちゃうよぉおおおお!!
魅惑のクノイチ、美熟女ニンジャマスターの春日井エリナリーゼからは、180度開脚を始めとして、身体の柔軟性を筋繊維が引き裂かれるほどに鍛え抜かれ。
「エーテルの流れを感じるのだ。さすればこの呪縛を解く糸口が見つかるだろう」
――あ、ヤバイ、モレる。モレる! モる!! モっちゃう!!!
マスクメロンの持ち主にして、閃太郎と唯一の同年代の美少女、暁モモの保護者たるオンミョウ・シャーマン、鉢塚ゲンジュウロウは、閃太郎が小便が漏れようとも金縛りを解こうとしない。
閃太郎が里に拾われて、居候の身になってからというもの、閃太郎を待ち受けていたのは、鍛錬の日々であったのだ。
これらは半ば拷問にも近い。
出来ないことをやれといい、出来たらできたで、更に無理難題を言いつける。
それらが終わってもまだ、閃太郎の一日は終わらなかった。
***
「今日も一振りえーんやこーら」
ふざけた重量の鍬を振り下ろし、田畑を開墾する。
里の人間からのいじめか鍛錬かよくわからないしごきのあとは、田畑を耕すのが日課である。
しかし閃太郎が任されたのは、枯れた土地だ。それを腐葉土と混ぜながら少しずつならしていく。
枯れた土地を耕すにもこつがあり、固い石に当たってはしびれるし、水分を含んだ腐葉土はこれまた重い。
「ま~た一振りえ~んやこーら」
即興歌を繰り返しながら、閃太郎は鍬を何度も振り下ろす。
先の一連の拷問……もとい鍛錬、そしてシンの講釈、それに耕作を合わせて1セット。
それを毎日毎日繰り返して、早2週間。
それが閃太郎の現状だ。
怪我をしたら、魔導法で治されるとはいえ、痛みは耐え難く、疲労はたまる。
それでも閃太郎はめげていなかった。
「センタくーん、お弁当持ってきたよー」
畑を耕す閃太郎に大きな声で呼びかけたのは、やや大き目の包みを手に提げた桃色の髪の巨乳美少女、暁モモだ。
桃色は淫乱とは言うが、淫乱とは行かないまでも、健康的な色気というものがモモにはあった。
そんなモモを見て、閃太郎の口角も、ほんの少し上を向く。
かわいいは正義。かわいいは真理。かわいいは絶対。
拷問のような日々であっても巨乳美少女に笑顔で寄られた日には疲れも吹き飛ぶというものだ。
しかも今は桃色の背中にかかる髪を一本に結っている。ポニーテイルだ。
……桃色ピンクで巨乳で可愛くて巨乳でポニーテイルとか……女神過ぎるじゃないか。
「はい、どうぞ」
「はふ、はふ、はふ!」
モモが用意した弁当は、日の丸ごはんに鶏肉のてんぷら、きんぴら、ほうれん草のひたし、きゅうりのしょうゆ漬け……若干塩分が多い目の献立であるが、汗をかいてかなりのミネラルを失っている閃太郎には丁度いい按配だ。
「センタくん、そんなにがっついて食べたら喉につまらせ――」
「むうっ!?」
「って言ってる傍から! わあっ、お水、お水!」
モモから水を受け取った閃太郎は、水を一気に飲み干してため息をついた。
「……ありがとう、モモ」
「まったくもう……でも、そんな風においしそうに食べてくれるなら、作った甲斐があるね」
たゆん。
モモの笑顔がまぶしい。ついでにゆさゆさと揺れる果実が美味しそう。
並みの男ならば鼻の下が伸びきっているところだが、閃太郎も伊達に強面ではない。
本人的にはだらしなくニヤついているのも、
「あ、センタくん、笑ってる。いつもその顔だったら皆警戒しないのにね」
モモからすると優しく微笑んでいるように見えるのだとか。
閃太郎は初めてこの顔に感謝したかもしれなかった。
さて、この2週間で、閃太郎とモモの中は随分と進展した。
もちろん、愛だの恋だのという関係では一切無い。悲しいことに一切無い。無いったらない。
初対面は最悪だった閃太郎とモモだったが、以後は不思議とモモの方から閃太郎に歩み寄った。
当初はすぐに村の人間がモモを引き離したが、三日もするとそんな妨害も無くなった。理由はまったく以って不明だが。
里でただ二人の若い人間だからであろうか。相変わらず里の人間の視線は痛いし、しごきもきついけれど、モモは疲れた閃太郎になにくれとなく世話を焼いた。
差し入れを持ってきたり、マッサージをしたり……。
結果、風間さんという他人行儀な呼び方からセンタロウ君に変わり、2週間たった現在では縮めてセンタくんである。
記憶の無い閃太郎だが恐らくこんな幸せな経験は無かっただろうと断言できた。
美少女から親しげに愛称を呼ばれて舞い上がらない奴は、ただのリア充だ。爆発でもしておくが良い。
ともかくも、モモの存在が閃太郎のモチベーション維持の原動力になっていたのは確かだ。
まだ先のことなどわからないし、この世界の常識はうさんくさいが、しかし、モモがいるなら、もうすこしがんばってみようという気持ちになっていた。
***
閃太郎が幸せに浸っている間、里で祀っている白い全身鎧の御神体がある社兼集会場で、センタロウの教師役5人が会合を開いていた。
「どうだ、風間センタロウの様子は」
「駄目だな。ありゃずぶの素人だ」
「うむ、素人以下だな。才能無い」
「耄碌したのではなくてゲンジュウロウ、シンサック。凄まじい錬気法の使い手が、あの体たらくのはずが無いでしょう」
「うぬ……しかし、魔導法による治療があるとはいえ。センタロウの我慢強さは少々度が過ぎている。鍛錬とは名ばかりの拷問に愚直にも従い耐えている」
「それは、確かにな」
「ああ、鉱石の掘削を素手でやれって言ったら本当にやってるからな。錬気法で強化された腕ならともかく、錬気法の恩恵をまったく受けていない手でやるからな……」
「それだけ純粋なのか、愚鈍なのか、馬鹿なのか……しかし、まあ、なんだ。見た目の割りに礼儀正しい奴だな」
「そうですわね。人格だけならば、まあ、それなりにマシとは思いますが」
「拍子抜けといえば、拍子抜けだ、もうすこし粋がっていたら、もっとひどい目に合わせてやるんだがな」
それぞれに、馬鹿だなんだとけなしているが、実のところ、閃太郎への評価は存外に高かった。
モモは馬鹿ではない。世間知らずの箱入りではあるが、聡い娘だ。故に人の目利きも優れており、その彼女が認めた閃太郎が、ろくでもない人間でないと、思い始めている。
無論、モモとの恋沙汰がないから言えることで、多少でもあったのなら、即座に殺しているところだ。
「ちょいといいか」
ここで話の流れを断ち、シンサックが挙手した。
「少なくとも、我々が疑っていた間者の可能性は、奴の素人臭さも相まって無いと考えていいだろう。だが、奴がわしとゲンジュウロウが見たように、凄まじい錬気法の使い手であるという見解を今一度確認したい」
「具体的にどうする」
「……点穴解法を使う」
「「「……っ!!」」」
シンの一言に、皆が戦慄して絶句した。
「あの男を殺す気か、シンサック」
代表してゲンジュウロウが、シンに問いかけた。
シンは、ずれた赤い眼鏡を直しながら、
「生きるも死ぬもセン次第だ。モモも奴には随分と心を許して、明るい顔を見せるようになった。それ自体は嬉しい誤算だ。モモには同年代の若い者との交流が無かったからな、それが今回、想定外の形で実現した。だが、今後のことを考えるに、センが今のまま、モモと仲を深めるのは良くない。今のセンは、モモと共に歩むには弱すぎるし、そこまで認めた覚えは無い。故に、ここが分水嶺だ。奴が点穴解法に耐え切るほどの傑物か、それとも身を滅ぼすか……。最優先はあくまでモモだからな。これを以って、奴を明らかにするぞ」




