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第13話 決戦のあとで


「ここまでか……」


 イガ・ニンジャレギオン副頭領レリウスは、空中で爆発四散する機械神将アトラク=ナクアを遠い目で見ていた。

 

「至高天の創造物……、意外と不甲斐ないな」


 不遜な、侮蔑とも取れる言葉をレリウスは吐いた。

 大規模破壊、多数を相手取った殲滅能力だけならば、至高天にも引けを取らないだろうという鋼鉄の蜘蛛。

 だがそれも、情報に無い異形の白い鬼に撃破されてしまった。

 他のレギオンメンバーもほぼ制圧されたらしく、レリウスはここが引き際と、混乱に乗じて撤退を決めた。

 宝珠を魔力供給源にして使用可能だった【夢幻分け身】は使えない今、レリウスの作戦遂行能力、生存能力は常識の範囲内のニンジャマスターの位階にまで落ちている。


「よう、何処へ行く気だ?」


 そのレリウスの背中に声が掛かった。

 振り返ってみれば、赤い眼鏡をかけた老人が後ろで手を組んで立っていた。


「萩原、シンサック……!」


「ほう、ワシのことを知っておるか」


 なんて白々しい爺だと、レリウスは舌打ちをした。

 ニンジャマスターでありながらシャーマンロードを極めたという二重属性ダブルロール、天帝直属、宮内庁のかつての構成員。

 そして至高天を除いては、ほんの極僅かしかいない固有秩序遣い(オリジンユーザー

 だが、それも過去の話のはず。先んじて仕掛けた微塵エクスプロージョンにより、シンサックは跡形も無く消し飛ばしたはずだというのに。


「障壁の即時展開は基本中の基本だろう。まさか、今のニンジャはその程度もできないのか」


 侮辱とも取れる挑発に、しかしレリウスの頭の中は、どうやってこの場を逃げ出すか、ただそれだけが占めていた。

 情報は、持ち帰らねばならない。

 特に、至高天の創造物を屠るだけの、得体の知れない戦力がいることだけは。

 それならば、標的を持ち帰られなかったとしてもお釣りが来るかもしれない。

 なぜなら至高天とは、刺激を欲しているから。

 飽いて飽いて、けれども臆病な人類の頂点だから、至高天以外の脅威は喜んで受け入れるだろう。

 玩具として。


「さて、ケジメはつけねばならんなあ。ケジメは」


「!?」


 声は、耳元から。

 シンサックがいつの間にかレリウスの背後を取っていたのだ。

 ニンジャの極意、無意識の間隙を読み取り、そこを衝かれたのだ。

 だが、それは、相手の全てを読み取るほどの情報取得が不可欠のはず。

 背中に触れるクナイの切っ先がほんの少しだけr、レリウスの背中の肉に食い込んでいた。

 それだけでレリウスは、身動きが出来なくなっていた。拘束術式が展開されているのだろう。

 

「疑問に思っておるか? だがなあ、おぬしは見せすぎたよ」


 見せすぎた? 何を馬鹿な。シンサックと関わった時間などほんの僅か――

 

「あの巨大な蜘蛛を操っていたおぬしを、わしはよーく観察できたぞ。ニンジャが力に酔うなど未熟もいいとこ……しかしそれも、至高天のものなら、致し方ないかのう?」


 見られていたのだ。あの戦闘を。白い鬼とアトラク=ナクア……それを操るレリウスを。

 結局のところ、レリウスにとってのたった一つの、そして致命的な計算違いは、アトラク=ナクアが撃破されたことだ。


「では、その至高天が誰なのか、調べさせてもらおうか。『――水の一滴は、城をも崩す』」


 まずい。詠唱が始まった。固有秩序とは、単なる術ではない。

 文字通りの秩序。この世に生み出される新たな法則。

 発動には詠唱を必要とするが、条件を満たせば発動は阻止できない。詠唱の中断は叶わない。

 高められ、練りあがった錬気と外界の魔力が合わさり、因果も時間も超越するのだ。

 

『――ほつれて、あらわせ、真なることわり』 』」


 萩原シンサックの固有秩序は点穴解放。

 極めて限定的な用途。必ず相手に触れていること、さらにはシンサックが心から知りたいと願わなければ、発動も出来ない。秩序と呼ぶには小規模すぎた、エゴの具現化。

 故に至高天にも至らなかったわけだが……シンサックが固有秩序を発動すれば、もはや彼の前で秘密は無くなる。

 

 レリウスは、無駄と知りながらもシンサックの拘束から抜け出ようとする。

 接触しなければ、シンサックの固有秩序からは逃れられる。

 だが、


「――ひっ」


 レリウスは、己の内から湧き上がってくる熱を感じた。

 それは到底人類の耐えうる限界を超えており、図らずも引きつった声を上げたレリウスは、その意識を手放した。





***




「ぬうっ」


 目の前のニンジャ。イガ・ニンジャレギオンのレリウスが、突如として爆発四散した。

 固有秩序の発動の瞬間。肉体を情報に分解しようとしたその瞬間に、レリウスの肉体が消失したのだ。

 レリウスが浮かべた一瞬の困惑の表情から、レリウス本人の意図でないことは明らかだ。


「微塵隠れ……いや、この場合は木っ端微塵か」


 わかったのは名前だけ。それだけでも僥倖だが、ニンジャレギオンは流れの傭兵のような側面もある。正直、背後に『どの』至高天がいるのかは判別しがたい。


「だが、至高天……そうか、至高天か」


 ジャポン大陸にいる12人の超越者。広大なジャポン大陸は、この12人によって分割統治されているに等しい。

 そして彼らの主たる天帝は―― 

 

「シンさん」


 シンサックの背後に声が掛かった。

 振り返ると、白銀の装甲を身に纏った鬼がそこにいた。


「セン、か……。ひとまず良くやったと言っておこうか」


「いえ」


 巨体が小さく頭を下げる様は、不器用な風間閃太郎を思わせる態度だった。


「それにしても……またいかつい姿になったなぁ、センよ」


「はぁ……自分では良くわかりませんが」


 イマイチ理解を得ていない閃太郎をシンはくくっと笑った。


「その姿、御神体のお姿に良く似ている。やはり、ワシの固有秩序から生き残ったのは、御神体の御力のおかげか」


「サイファー……その御神体曰く、今の僕の身体は、彼女からの調整を受けていないボロボロなのだそうです」


「サイファー。それが、あの御神体の真名か」


 シンサックは閃太郎に近寄ると、遠慮なしにぺたぺたと、白い鬼に接触した。


「えっと、サイファーが言っています。今そんなことよりも、被害状況を調べ、怪我人の保護が最優先だと」


 シンサックは、自身の悪い癖を見抜かれた気がして苦笑しながら頬を搔いた。


「確かに、御神体の仰りようはごもっとも。そうだ、セン。顔は晒すことが出来るか? 今のお前さんは少々強面に過ぎるからのう」


 問われた閃太郎は、二言三言呟いた。すると、鬼の面が光の粒子と成って散り、閃太郎の顔があらわになる。


「これでいいですか」


「うむ。まずは、里へ戻り手分けして生き残りを集めるぞ」


 閃太郎は頷くと、踵を返して里へと走り出した。

 シンサックもまた跳躍してその後を追った。




***



 死んだものは、里の中でも戦闘力の低い女衆を中心に出ていた。

 また、大なり小なり傷を負ったものが大半で、家々もやはり爆破されてしまっていた。


「酷いな」


(そうですね……)


 閃太郎の端的な表現に、心の内のサイファー同意する。


「もっと早くに、サイファー。君を使うことが出来たのなら――」


(意味の無い仮定ですよ、マスター。だいたい道具を一個の意志と見た貴方が、それを出来るわけ無いでしょう。あれほどに追い詰められなければ――私も、この姿を取り戻すことは無かったはずでした)


 閃太郎の僅かな後悔を、サイファーは否定した。同時にそれは、閃太郎への慰めでもあった。

 

(それに――)


 閃太郎は、集められた怪我人たちに近づき、彼らの前に手をかざすと、手から淡い光が放たれた。


「ううっ……」


 光に照らされた怪我人からかすかなうめき声がもれるが、閃太郎は構わず光を当て続ける。

 しばらくすると、刀傷や火傷が元の綺麗な肌に戻っていく。

 サイファー曰く、錬気法のベクトルを変えただけだそうだ。

 


「センタくん!!」


 閃太郎をそう呼ぶのは一人しかいない。


「モモ」


 モモは、鎧姿も構わず、閃太郎に抱きついた。


「センタくん! センタくん! センタくん!」


「……うん」


 閃太郎は、そっと背中に手を回し、頭を撫でて、モモをなだめた。


(どさくさにやりますね、マスター)


 頭の中で感心するサイファーをよそに、閃太郎はモモが落ち着くまで去るがままにしていた。


「……落ち着いた?」


「ぐすっ、うん、ありがと……」


 鼻を鳴らして、目をこすり、涙やそれ以外を綺麗も取り去った。


「モモは怪我とか無い? あれば、僕が治せるけど」


「うん、だいじょぶ、だよ。センタくんが助けてくれたもん」

 

 ならば、よかった。モモの純潔その他諸々が傷つけられていたら、あのニンジャに連なる一族郎党を八つ裂きにした程度では足りないところだった。


(また、危ないことを……調子に乗らないでくださいね?)


 サイファーが呆れたようなこえで、閃太郎を嗜めた。


「ところで……センタくんの鎧なんだけど」


 ふと、モモの声色が変わった。顔はやや上気して、呼吸も荒い。

 なんだ? 熱でも出たのだろうか? まさか遅効性の毒――


「すっごいよ、これは! こんな物質が世の中に存在するなんて! もっとよくみせてみせて触らせて!!」


 おう、誰だコレ。

 しかし、モモは元々モノつくりに多大なる才能を見せていた。

 となれば、これは未知のものへの好奇心が面に現れた、ということか。


(マ、マスター、やばいです。モモさんが次々と私の性質を解き明かしていくんですけど!?)


 サイファーの切羽詰った声。

 すりすりぺたぺたと錬太郎に触りながらモモは何事かを呟いている。

 高速言語とも言うべきそれは、まるで早送り再生のようで聞き取ることは出来ない。しかし同時に感じる何かしらの力が、モモの体から放たれ始めているのがわかった。

 これはシンサックと同種の錬気法と魔導法の融合……固有秩序の気配。


「モモ!」


「ひゃうっ?」


 目の焦点もあっておらず、さすがにあのまま続けさせるのはどうかと思い、閃太郎は、両肩をつかんでモモを引き剥がした。


「モモ。とりあえず、ここまで」


「あ、ご、ごめん……わたしったらつい」


 ばつの悪そうなモモを見て、閃太郎は安堵した。

 こうした側面もまた、モモが狙われることの一端であろうか?

 老人達には聞くべきことが沢山ある。

 モモがかかわっているというその一点だけで、閃太郎が介入する理由は十二分にある。

 そして今日、閃太郎は当事者になったのだから。




***




 里の集会場として使われている社は、里の外れにあることもあってか、被害をまぬかれていた。

 そしてそこは、サイファーが御神体として祀られていた場所でもあった。

 ニンジャレギオンの襲撃から数時間後、怪我人の治療が一段落したところで、里の中心人物達が集まっていた。

 そしてその中には、閃太郎の姿もある。


「さて、ひとまずセン、お前さんは良くやってくれた。今回の襲撃の鎮圧はお前さんの力によることが大きい。それに、里の負傷者の治療もな」


「……どうも」


 シンサックに褒められた閃太郎は軽く頭を下げた。


「だが、わしらも多少気になっておる。あの機械の蜘蛛を倒したお前さんの力……その根幹にな。話してくれるか?」


「断ったら、アレを使うんでしょう? どのみち、話すつもりでしたから……使わないでくださいよ」


 閃太郎は半ば辟易といった感のある言葉をシンサックに言った。

 アレとはもちろん、シンサックの固有秩序、点穴解放のことだ。

 何か聞かれるたびに、一々情報分解されて死にそうになるのはたまったものではない。


「――それでは、彼女を紹介したいと思います」


「……彼女、とな?」


「サイファー」


 シンサックの疑問に、閃太郎は名前を呼ぶことで答えた。

 閃太郎から光があふれ出し、光は収束して、人の形をとっていく。

 光が収まったとき、姿を現したのは、巫女服にも似た衣装を身に纏った白銀の髪の少女だ。

 老人たちからどよめきが漏れる中、少女は軽く頭を下げた。


「どうも。親愛なる原生生物様。私は他次元原生生物殲滅用アームドフォース、その装着者支援ユニット、サイファーと申します。以後、お見知りおきを」


 誰もが予想外の珍事に絶句する中、いち早く正気に戻ったのは、シンサックだ。


「なるほど。他次元……殲滅……我らが、土地神の一柱として崇めていたものが、実は破壊神であったとはなぁ……」


 うんうんと一人納得するシンサックだが、他のものはそうは行かない。


「大丈夫なのか?」


「このような得体の知れない……」


「うろたえるんじゃねえよ、おめえら」


 うろたえる者たちを一喝したのはタキジだった。


「この嬢ちゃんは、閃太郎のツレなんだろう? それだけわかってりゃあ十分だ。閃太郎の躍進も嬢ちゃんが関わっているからってことだろ?」


 タキジが不敵な笑みをサイファーに向けると、サイファーもまた涼しげに笑みを返す。


「その通りです。さすがタキジ様、聡明でいらっしゃいます」


 タキジの頬にうっすらと赤みが差した。サイファーは取り繕う限りは、まさに絶世の美少女と形容してもいいくらいだ。

 それこそ、壮年の脳筋を照れさせるほどに。


「お、おう……つうか俺の名前を知ってるのな」


「はい、もちろん。マスターをこてんぱんに伸していただきましてありがとうございました。他の皆様方も、マスターには色々と厳しくしていただいたようで……本当にありがとうございます」


 サイファーの言葉には、かすかな棘があった。


「ですが、以後は皆さんにそのようなお手間(・・・)とらせませんので、ご安心ください」


――今後、舐めた真似はしないほうがいい。


 言外にサイファーはそう言った。

 閃太郎の力を特に目の当たりにしているタキジを始めとした教育係には、その言葉は鋭く刺さった。


「私のことは、あとでシンサック様に詳しくお伝えしましょう。正直私のことを話すのは、一日程度では足りないので、それよりも――」


 サイファーの横目に閃太郎を見た。

 会話の主導権を閃太郎に譲ったのだ。


「モモのことを、教えてください……シンさん」


 閃太郎の真に鋭くした視線がシンサックを貫いた。


「この里は色々特殊だ。偏った年齢層、秘匿され、隔離された環境、そして、そのなかで浮いているモモの存在……里がニンジャに襲われたのも、その辺りが関係しているんでしょう?」


 新太郎の視線が、赤い眼鏡の下のシンサックの険しい目とぶつかる。二人は強い意志を込めて視線を逸らさない。


「ふう……話す。だが話せば、もはや後戻りは出来んぞ?」

 

 先に音を上げたのは、シンサックの方だった。

 閃太郎は、シンサックの言葉にただ頷くだけで応える。記憶も何も無い閃太郎にとって、今はこの里とモモのことが全てなのだ。

 今更、後戻りも何も無い。


「わかった。わかったから、ちょっと視線を緩めろ。お前さんに睨まれると、なんだか心臓をわしづかみされているようでたまらん」


 軽口を叩くシンサックに、閃太郎は心持ち視線を和らげた。


「うむ。しかしまあ……どこから話すか……」


 顎に手をやり、考え込むシンサック。


「いいのか。閃太郎にあのことを話すのは……」


 モモの保護者代わりのゲンジュウロウがシンに声をかけた。


「わしらは、閃太郎がいなければ、死んでいたよ。モモを攫われた上でな」


 肩をすくめて言うシンに、ゲンジュウロウは、引き下がった。

 他のものは無言を貫いていた。構わない、ということだ。


「さて、では、最初に要旨を言おうか……」


 シンサックは、意味深に言葉を溜める。


「暁モモと言うのは、真の名ではない。真の名は、明月(あかつき)モモジアーナ――天帝の、娘だ」




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