第10話 強襲のニンジャ
ニンジャレギオンの新人、美野瀬アリカは突如身包みをはがされた上、後頭部をつかまれぶら下がっていた。
「ぐ……ぎ……」
「子供か」
「な、なにす――いたたたたた!!」
男の言葉に反論しようとしたつかまれた後頭部がみしみしと締められていく。
「お前たち、ここで何をしている」
「何って……ニンジャが任務をペラペラしゃべるわけがっ、きゃははははははは!」
男はアリカの身体を絶妙な加減でまさぐり……笑わせにきたのだ!
なんという拷問! なんという仕打ち! こんな畜生にも劣る拷問をアリカは初めて受けた。
「言え、言わなきゃ、このまま笑い続ける羽目になる」
「く、苦し、くっ、きゃははははっ」
おかしい。男の戦闘力が自分よりもあるのはいいとして、仲間はどうして助けに来ない。
疑問に思いアリカは、笑いで苦しみながらも薄目で仲間を探す。
――た、倒されてたーー!?
すでにぱたりと身包みをはがされた状態で、仲間達が倒れていた。
この変態、なんという隠行の使い手なんだ。ニンジャレギオンの部隊をこうもあっさり……!
「きゃはは……んっ、ああっ!」
アリカから思わず嬌声が漏れた。男の手つきが、優しく、それでいて艶かしくなったからだった。
「早く言わないと……もっと凄いことをするぞ」
――も、もっと!? 今でもちょっと初めての感覚でおかしくなりそうなのに!?
ニンジャ、とりわけクノイチとしての房中術の訓練を受けているアリカは、生娘ではあるが、五感をコントロールする術を身に着けている。
にも関わらず男はそんなコントロールの更に上を行く。一体どうなっているのだ。
「ああっ、はあんっ!」
「3つ数える間に言え。でなければ悶え死ね」
「ちょ、ちょっと……冗談――~~~~っ」
もはや言葉の音を発することも叶わない。
痛みには慣れたが、快楽の波が襲ってくるのは未体験領域だ。
ああ、だめだ、これ以上は堕落する。クノイチとしては使い物にならないほど――
「い、いう……!!」
アリカは快楽に屈した。だが、快楽の奴隷になるのは避けたかった。
その程度の人間としての矜持はあるのだ。ニンジャとしては最低であるが。
「聞こえん、はっきり言え」
男の手がアリカの長く尖った耳を触る。
触覚の少ないはずの耳から、極上の快楽があふれ出る。
それでもアリカは歯を食いしばり腹に力を入れ、あらん限りの力で、
「言う、任務のことも何もかも洗いざらい話しますから、だからこれ以上はやめてええええ!!」
「……わかった」
後頭部を掴んでいた手の力が緩み、アリカは解放された。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ほんの僅かな、二分にも満たない出来事。だがアリカはすでに息も絶え絶えだった。
どうしてこうなったのか。さっぱりわからない。
――ばさっ……。
「えっ」
肩で息をして、へたり込んでいる布がかぶせられた。
恐らく別のニンジャが身に着けていたニンジャスーツのものだろうが……。
「さて、話してもらおうか」
「ひぃぃぃぃ!?」
アリカは今まで自分を拷問していた男を診て、生まれて初めての、未体験の恐怖を覚えた。
鍛え上げられた体躯の上にあるは、人のものとは思えない凶相だった。
醜悪の問題ではない。その眼光はあらゆるものをひれ伏させてしまうだけの迫力がある。
「ああっ……」
疲労と眼力に当てられ、アリカは意識を手放した。
図らずも、ニンジャとして最低限の義務を果たしたことになった。
***
「おい、ちょっと待て」
閃太郎は気絶したクノイチの身体を揺さぶったが全然起きる気配がない。
「おい……これはないだろう……」
(残念でしたね。鬼畜で畜生の人でなしになってまで尋問したのに)
サイファーがからかい半分で閃太郎に言った。
「サイファー、君が拷問の効率的なやり方といって勧めてきたから、僕はあんな真似をしたのに、その言い草はないだろう」
(私は方法があるといっただけで、ソレを実行するかどうかは閃太郎さんの自由意志ですよ?)
「……まあ。そうか」
(いやいや、閃太郎さん。なに引き下がってるんですか。もっと言い返してくださいよ。チョロすぎるじゃないですか)
「……僕は、割と身内以外はどうでもいいと思う性分らしい。だから、君の提案にも従った」
(……すいません。今後私も下手な提案はしないようにします)
頭の中のサイファーは、かなりドン引きして青い顔をしていた。何故かは閃太郎には見当も付かない。
「とりあえず、この忍者達は全員拘束して、捨て置こう。シンさんたちに報告しなければ」
――どどん……。
里の居住区の方から、遠く低い騒音が聞こえてきた。これは、
「爆発……?」
(閃太郎さん。先ほど倒したニンジャたちは、別働隊かもしれませんね)
「……モモっ!」
閃太郎は最悪の可能性を考えて里に向かって駆け出した。
この里で狙われる唯一のモノ。それは暁モモの身柄を置いて他にはないのだから。
***
イガ・ニンジャレギオン副頭領、僧玄レリウスは、標的である【果実】の回収のために部隊を3つに分けた。
制圧部隊、搬出部隊、陽動部隊の3部隊。
そのうち、陽動部隊が既に殲滅されていた。流石、【禍混の隠れ里】。標的もそうだが、標的の防御のために里に常駐しているという老人たちは一筋縄ではいかないらしい。
だが、制圧部隊と搬出部隊の隠行がまだ見破られていないとなればまだ芽はある。
レリウスは作戦開始を繰り上げて発動させた。
世を捨て、隠居した老人どもに遅れをとっては、イガのニンジャレギオンの名が泣くというもの。
「オン マリシ エイ ソワカ」
最新のニンジュツの凄みを見せてやると、レリウスもまた隠れ里への強襲へ参加した。
***
シンサックは、すっかり片付いてしまった書斎で古い歴史書を開いていた。
「ふうむ……妙に落ち着かんな。やはりセンがあんなことを言い出したからか」
風間閃太郎が遂に秘められたポテンシャルを発揮し始めた。
そのパワー・スピードだけでもミハイルやタキジを圧倒しうるのに加え、彼らやエリナリーゼの技術を吸収し、更には教えてもいない錬気法の柔軟な運用までやって見せた。
三ヶ月でこの強さ。だが天賦の才とはまた違うものだとシンは感じている。
あれは、凄まじい修練の上に成り立つもの。
覚えの悪いあの閃太郎がどうやってそんな濃密な訓練を積めたのかそれは本人の口から割らせるとしてだ。
恐らく数々の壁が立ちふさがったに違いない。だがそれを閃太郎は乗り越えた。
訪れる限界を時間がかかろうとも確実に超えていくのは、天才ではなく、鬼才の所業だ。
「ガーディアンとしては、非常に頼りになる男が出来上がったわけだ。だが、それをあの青年に押しつけてよいものか」
閃太郎はモモのことを嫌っているはずはない。むしろデレデレだ。
事情を話せば、二つ返事で一生をモモに捧げるだろう。
だが、記憶を失い、他によりどころのない閃太郎にモモを守らせるのは一種のすり込みのようなものではないか。
モモのことを一番に思う連中で作り上げたこの里だが、それを記憶を失い迷い込んだあの哀れな青年に押し付けるのは、シンサックの気を苛ませる。
シンサックはモモほどではないにしろ、閃太郎に心を砕いていた。モモを除けば、彼が一番閃太郎に入れ込んでいるだろう。
でかい図体に凶相の閃太郎だが、根は善良で真面目。シンサックの講釈にも好奇心を以って臨むその姿は、彼に息子や孫と接するような感覚を与えた。
もうそんな人間はシンサックにはいないというのに。
「だが――酷なようだが、モモを守るには、もはや我らの時間はあまりにも少ない」
ディーの人間は、若い肉体でいる時間が非常に長い分、老いを感じ始めてからは一気に老化が進み、少なくとも十数年以内には亡くなるのだ。
これが多種族とのハイブリッドなどならば変わってくるのだが。
老人ばかりの里の年齢層から見るに、この里の未来はそう長くはないのは明らか。
最終的にはモモは里を発つことになるのだろうが、そうなったとき、彼女を守るものが誰もいないのは心残りであったが、閃太郎がいるのであれば話は別だ。
本来の予定で言えば、残りの5,6年で閃太郎を仕上げるつもりであったが、閃太郎の成長は著しいものがある。
これは嬉しい誤算といえた。
「だが、問題は……む?」
シンサックは、ほんのごく僅かな、魔力の乱れを感じ取った、その瞬間。
――どんっ!
シンサックのいる書斎に爆発が巻き起こった。
***
「ぐあああっ」
隠れ里は、何の前触れもなくニンジャレギオンの襲撃を受けた。
恐慌はしなかったが、既に何人かはニンジャの凶刃に命を落としていた。
「シッ!!」
ミハイルの袈裟切りが、ニンジャの一人を切り捨てた。
「まったく……よそ者は風間だけで十分だというのに!!」
「ミハイル!」
「タキジか」
ニンジャを蹴散らしながら、タキジがミハイルに駆け寄った。
「どうなってやがる。こいつはやっぱり、風間の仕業なのか?」
「さてな。今までの奴の態度が演技だとしたら、その可能性もあるだろうが」
ミハイルの言葉に、タキジは肩をすくめた。
「そりゃあねえなあ、アイツはちょっと前まではガチで弱かった。俺らにボコられて傷ばかり作っていたからな。それに演技が出来るようなタマかよ」
「ふふ……そうだな。あれほど鈍臭い奴を見たのも久々だ」
ミハイルは軽口を叩きながら、居合い切りを放った。斬撃そのものが飛翔し、ニンジャカタナごと敵ニンジャを切り裂いた。
「こいつら、どうも分け身を使っているな。さっきから同じ連中を切り倒している」
分け身とは、影分身とはまた別のニンジュツ。
魔力で自身と同じ姿をしたコピーを作り出し、それを遠隔操作する。
オリジナルよりスペックは劣るが、影分身と違って、実体があるから並列作業をするのに向いているとされる。
本来であれば、一人二人を作るのが関の山なのが分け身と言うニンジュツのはず。
「それがどうだ、わんさかと次々と現れてくる」
数は力。どれだけの雑兵でも数がまとまれば力になる。
それを笑い飛ばせるのは、12人の【至高天】か、それに近しいものだけだ。
「相手は相当な手錬ってわけかい……ほらよっと」
タキジの剛拳が、ニンジャの一人の首を吹き飛ばした。
「フォローは任せたぞ、タキジ」
ミハイルが刀を構えると、
「はっ、お前がフォローするんだろう?」
タキジも拳に錬気法で強化する。
いざ二人が飛び出そうとした瞬間、里の家々が次々と爆発し、声にならない悲鳴が上がる。
「「ふざけろよ、この畜生どもが!!」」
二人の戦鬼は一気呵成に飛び出した。
***
甲高い金属の音が、風を切る音と共に、何度も響く。
「くっ」
金属の音がとうとう止んだ。それは肉の裂ける音が聞こえるのと同時だ。
戦闘になっていたエリナリーゼと敵ニンジャが、家屋の屋根の上に降り立った。
「やるじゃない……畜生にしてはね」
肩につけられた刀傷を止血のために抑えながら、エリナリーゼは相対しているニンジャのねめつけた。
「これはどうも、伝説の先達に褒められるとは光栄だ。春日井エリナリーゼ」
「貴方のようなゲスが浮いたセリフをはかないでよ。虫唾が走るわね」
エリナリーゼは気丈に振舞いながらも、相手の脅威度を正確に把握していた。
(悔しいけれど、向こうの方が一枚上手ね……)
隠れ里に移り住んでからというもの、戦力を維持する研鑽は積んできたが、より高みを目指す研鑽をエリナリーゼは積んでいなかった。
そこへいくと、目の前の【現役】は、体術、やニンジュツの効果などがエリナリーゼを上回る。
「我々の目的は、この里に眠る【果実】の回収だ。無駄な抵抗はやめて大人しく果実を差し出せば、我々はこの地から手を引こう」
「ふざけるな!!」
何が【果実】を差し出せば手を引くだ!
里の家々が爆発炎上しているのは、この連中の仕業だ。
始めから全員皆殺しにする手筈の癖に!!
エリナリーゼはクナイを投げ放つが目の前のニンジャには容易く弾かれる。
「残念だが、先達にはご退場願おうか!!」
目の前のニンジャが手で素早く印を組む。
「実体がある分け身!? それをこんなに!!」
ニンジャの姿が何十人と分裂した。
それは影分身とは違う、実体を持った存在。
しかし、魔力で作るにはこの数はあまりに多い。
「さよならだ!!」
わかりやすい数の暴力。
エリナリーゼを蹂躙すべく、分裂したニンジャがエリナリーゼに迫ってくる。
一人二人とエリナリーゼは攻撃を捌くが、やはり数が数なので追いつかない。
「くっ、ううっ……!」
一つ、また一つと艶やかな肢体に傷が増えていく。
「やめなさい!!」
エリナリーゼがそのまま数の暴力に蹂躙される中で、彼女を救ったのは、少女の一声だった。
だがそれは、エリナリーゼが自身の命が奪われることよりも、遥かに最悪の展開。
「モ……モモ!?」
目に涙をためながら、顔を上気させて気丈にもモモが立っていた。
「エリナさんから離れて!!」
手にはモモが自作した弓矢の魔導具。
弓弦を引き絞ってトリガーを引くと、中央の空洞から光の矢が打ち出される。
それは敵のニンジャに吸い込まれるように向かっていく。
だが優れたニンジャならば、矢切も不可能ではない。
ニンジャが光の矢を切り捨てた。
――ドンッ!!
光の矢は触れた瞬間に爆発を起こして、ニンジャを消失させた。
「ほう……あれが【果実】か……なるほど、いい具合に実っている!!」
だが分け身を倒したところで敵のニンジャの総軍にはまるで影響はない。
エリナリーゼは、敵の動きがほんの少し止まった隙にモモの傍に駆け寄り、モモを庇うように瀬にした。
「どうしてむざむざ出てきたの!? 隠れていなさいって言ったはずよ!!」
「わ、私だけ隠れてるなんて出来ないよ! それにセンタ君がまだ戻ってきてないの!」
「センタって……あの子はどうあっても死ぬような子じゃないわよ。それよりも自分の心配をしなさい」
「さあ、その【果実】、渡してもらおうか」
今のやり取りの間に、分け身をしたニンジャによって、エリナリーゼとモモは周囲を囲まれていた。
「……エリナさん」
震えるモモの手を、エリナリーゼは後ろ手に掴んだ。
「大丈夫、貴方は私が守るわ。何があってもね」
「……何があっても? 戯言を」
分け身が一斉にクナイを投げ放った。
目標であるモモがいるにも関わらずである。
エリナリーゼはモモの身を抱えてしゃがみこみ、クナイをその背に、足に、腕に、モモの分まで受け入れた。
「ああッ!!」
「エリナさん!!」
「けなげだねえ、春日井エリナリ~~~ゼ?」
悠然と近づくニンジャはしかし隙の無い立ち居振る舞いである。
ニンジャは身体中をクナイに刺されたエリナリーゼを足蹴にした。
「ぐうッ!!!!」
「エリナさん! もうやめてぇ!!」
「ならば、一緒に来い。【明月モモジアーナ殿下】」
「何? 誰のこと? 私は暁モモよ! モモジアーナなんて知らない!!」
「おや? この様子では本当に知らない? いやはや……こいつは驚きだ。まさか何も知らないまま育ったと?」
「……何、なんなの?」
「モモ……聞かなくて、いいわ。そんな奴のことなん……ぎゃあああッ!」
ニンジャはエリナリーゼに刺さったクナイをねじったのだ。
「ひっ……もうやめてよぉ!!」
「うるさい」
ぱしん、とニンジャは泣き喚くモモの頬を叩いた。
「……ううっ」
叩かれた頬を押さえ項垂れるモモ。
「そうだ、そうやって大人しくしていれば、すぐに終わるんだ」
ニンジャはエリナリーゼを蹴り飛ばすと、モモの体を抱きかかえた。
「さて。では行きましょうか殿下?」
「…………」
モモが失意のなか、抵抗できないでいると。
――どんっ!!!!!!!
ニンジャの背中越しに轟音。
「うん?」
ニンジャがモモを抱えたまま振り返ると、そこには――
「せ、センタ……くん……っ!!」
風間閃太郎が、仁王立ちをして、窪んだ大地の中心に立っていた。