カインと明日野 日出志
ふうぅ〜・・・。
突然聞こえたため息のような音で我に返り目を開ける。その音はどんな雑踏や騒音よりも鮮明に聞こえた。が、途端に開けた視界にそのため息のことは消し飛んでしまった。何だこれは・・・。今、俺の目の前にはビルがある。しかしそこは三階の窓。窓は開いていて、三人ほどの人が身を乗り出して階下の騒ぎを見ている。俺が見えていないのか・・・?俺も下を見る。
・・・!・・・
俺がいた!俺の真下数メートル先に真っ赤な海の真ん中に横たわる身動き一つない俺がいる・・・。その側にひしゃげた俺のバイク、その先に何かにぶつかったのか横腹を押さえてるかのように曲がっている電柱。・・・電柱。最後(?)に俺が見たヤツだ。それを取り巻くように人だかりができる。ぞくぞく、ぞくぞく集まってくる。その中心には当然横たわる俺・・・。それを見ていると無性に俺が切なく、息が詰まるくらいじっとしていられなくなる。
「よせ!見るな!見るなよ俺を!どっかいけ!俺を見るな!」
叫べど音になってないのか、全てのものが俺を意に介していないようだ。しかし何故かは解らないがだんだん横たわる俺との距離が近くなる。俺の行きたい場所が迫ってくる。足のウラに感触がある。地面に降りたようだ。透明な体でも地面は透けないのか・・・。そんな感想も自分の体を見て吹き飛んでしまう。膝をついて体に触れようとするも、触れない。地面には透けないのに!膝に感じるはずの血の感触もない。俺の手は俺の頭の位置で顔に埋まりながら手が空気をなでるように動いているのが解るだけだった。でも、俺が俺を見てる。周りが俺たちを見てる。俺は俺なのに、この俺はなんだ?頭の中でいろいろなことが浮かんでくる。でも一つしかない。考えられるのはもう「死」(一つ)しかない!でも認めたくない・・・!!
ピーポーピーポー・・・。独特なサイレンにドキっとする。救急車が来た。あの音はどんな時でもソッチを見てしまう。野次馬達も一斉に救急車を見る。前、両ドアが開き素早く隊員が回り込み後ろを開く。人だかりを割り白メット、白い服が三人飛び込んできた。呆然とする俺を他所に俺をすり抜けて、俺を抱きかかえる。血でべっとりした自分の両腕を何も言わずに。もう一人が足を、もう一人はタンカのようなベッドのようなものの端を下げて待っている。俺が俺から離れていく・・・。タンカで運ばれる距離と共に俺自身が上へ上へと浮かび上がっている。なんで?距離が離れる事で俺の体にある紐(?)に気づく。あまり気にならない色で頭から伸びている紐。ハっと気づき自分の頭を触る。同じ様に紐のようなものがついている。と、突然。
グイッ!
首を後ろから掴まれている!誰だ!?じたばたしていると、俺の体が救急車にしまわれたその時、・・・ドクンッ!・・・血も通ってなさそうな今の俺の体に、今まで感じたことのない鼓動のようなものを感じた。途端に熱くなる俺の体。体の中に黒い何かが広がっていく様だ。救急車の側に止められているライトバン。俺はその車を知っている。その車の運転席側のドアの前で救急車を見ている男。その男は知らない。が、最後に見たこのライトバンの中にあった面影が重なって仕方がない!ライトバンと男が結びついてゆく。いや、結び付けようとしている!俺をこんな風にしたライトバン!あの男が運転していた!俺にぶつかった男!俺を殺した男!!あの男のせいで俺は!!!
許さない・・・許さない!許さない許さないゆるさないユルサナイ!俺を殺したあの男を・・・俺が殺してやる!!!
「まぁて待て待て・・・。」
声がした。瞬間初めに聞いたため息を思い出した。息が詰まったかと思ったが物凄い力で首からあの運転手とは反対方向へ投げ飛ばされた!が、すぐに頭が引っ張られるように止まった。飛ばされた元の位置に目を向けると、長身で長髪の長いコートを着た男が紐を右手でぶらつかせながら俺を見つめていた。
な〜るほど・・・こういう「事故」だったのか・・・。ま、予定通りか。でもさっきは少し焦ったな。この明日野からあれ程の「憎悪」が出るとは思わなかった。確かに、死にたい人間なんかそうそういる訳ないもんな。くだらん理由にしろ憎悪も沸くか・・・。とにかくあんまり時間をかけるのも[魂の質]に良くないな。・・・。
ふうぅ〜・・・。
カインは再び一つ深いため息をして最後の仕上げにとりかかる。
人間死んだ時ってどんな事を考えてるんだろう?
物理的な身体は動かなくなるだけで、その中に入っていた魂はどういう経緯でなくなってゆくのか・・・?そんなことを考えながらもしかしたら・・・。という感じから生まれた流れですので。ご了承ください。




