カインという男・・・そして
もう少し世界説明が続きます。
でもゆっくりと進行して行きますんで
よろしくお願いします。
先ほど「カイン」と名乗った男の周囲の空間は、空気から変わっていた。
そこは重く、暗い闇の中、点々と直線状に灯る松明の灯だけが、そこを唯一歩くカイン
を時折照らしている。
廊下であろうそこを無言で歩くカイン。足音がしないその足元は、足元から下が見えず、
雲のような、煙のような、ドライアイスのようなものが敷き詰められている。
カインはただただ歩いている。松明の灯を過ぎる度、カインの姿が見えてくる。
高い身長、髪は長く束ねている。ホリの深い顔立ちに太い首筋、首の根元からピチっとした
タイツのようなものを着ているのか、肌色から突然黒くなっている。
コートなのか、コート調の服なのか、革製のような光沢を持ったその上着は、襟が立ち、
胸元は全開、みぞおち下からボタンが留められている。そこから除く胸板は鍛え込まれたように
線が浮き出ている。体の中心線上の、みぞおちから3cm程上に、乳白色の,掌よりも
少し小さめの水晶のような形状のアクセサリーが見える。ネックレスにも見えるし、
シャツの装飾にも見えるが、よく見ると、シャツの上から胸板に埋め込まれているのが解る。
コートの腰のベルトはキッチリ締められており、右のほうに小さめの、ベルト取り付け型の
ポシェットが付いている。そのベルトの背中側、髪が邪魔で解りづらいが、ベルトの中に
細く長い、硬い物体が浮き出ているのが見える。それらも後々、この男を見ていれば
明らかになるのだろう。そしてそのカインのデニム地の黒いズボンの足は、廊下の
突き当たり、大きな扉の前で止まった。
カインの目の前には、重厚な格調ある観音開きの大きな扉。その上には魔界の
文字なのだろう。人には読めない文字で【主任室】と記されている。右手で扉を押すカイン。
うす暗い廊下。手に力が入ると、一筋の光の糸が垂れる。その糸が徐々に太くなり、体が入る
幅になった所でカインはその体を滑り込ませた。手が離れ廊下を照らす光の柱は、ゆっくりと
細くなり、[ガコォン]重い音が低く、しかし太く響き、
響き終えた廊下は再び沈黙を取り戻した。
カインの足は止まらない。扉の中に入ったカインは左に見える机に歩いていた。
部屋にはこの部屋の主人たる【主任】と思われる人物が一人、扉の対面にある窓から
外を見ながらグラスをかたむけている。カインは扉から三十歩ほど歩いて机にたどり着く。
見上げるカイン。なぜなら机台までカインの頭上、10m上にあるからである。
垂直に浮き上がるカイン。そのまま机台に立つと振り返り、机台の端に足をブラつかせる様に
座る。主任室は広い。一つの球場並の広さが多少横長になったような造りをしている。
カインが入ってきた扉、その上に交差に組まれた大鎌が二本飾られている。
その大きさ、長さは双方若干の違いはあるものの、短い方でも柄はカインの二倍、
刃はカインより少し長いくらいの長さがある。しかも、留めてあるのは魔力なのだろう。
物質的な歯止めやフックといった物は見えない。天井はその交差した鎌の頂点から少し
上のところで雲がかっている。先ほどの廊下の天井も、暗くてよく見えなかったが
同様なのかもしれない。ちなみに主任室には床があり、大理石調の石が敷き詰められている。
さて主任がいる扉の対面側の窓、実は壁一面が窓になっており、上下段六面ずつの、十二枚の
窓でできている。上段は左から一つ置きに、下段の窓と、くい違わせながら上下三枚ずつの
窓にはステンドグラスが施されている。その絵は魔界を象徴しており、人間の火あぶり、
串刺し、引き裂きや、悪魔の群れ等、おぞましくも息を飲むほどの迫力を持った絵が
施されている。中には人物画もあるがその脇に魔界の文字でハーデスと書かれてあり、
どうやら冥王を描いていると思われる。主任はその下段にあるハーデスのステンドグラスの
横の透明窓から外を見ながらまだグラスを傾けている。グラスには赤い液体が見える。
さほど残ってはいない。主任の見ているその外は、よほどの上空にあるのかどんなに下を
見ても地表は見えず、彼方には地平線すら見えない。所々に見える雲のようなものの切れ端が
上空を思わせる一因になっている。その空の色は魔界だから太陽などないはずなのに、
全体的に何故か夕焼けのように赤く、時折窓に、雲もなく雨が打ち付けるらしい。
さて、その外を見ていた主任がグラスの中身を飲み干してようやく向きを変える。
グラスを持つ左手を横に伸ばしグラスを置くような仕草をしてその手に力が消える。
白く細い左手はグラスから離れ、体によるとともに消えた。消えたように見えたが被っている
ローブに隠れただけだ。グラスはその中空に留まっていたがまもなく振り返った主任の後方、
机側の対面の壁、同じ様なグラスが並べられている台にゆっくりと下がってゆく。グラスは
その台に近づきながら逆さまになり、グラスの内側についていた液体の跡が完全に消えた後、
そのグラスの台に静かに止まった。その台の横には少し離れた位置で、何故か滝が流れている。
滝の飛沫がグラスにかからない絶妙な距離だ。天井から下へと流れ、滝は床に開けられている
穴に流れ落ちている。その壁はグラス台とその滝しかない。しかもその滝に流れる液体は赤い。
血のような赤さをもった液体、魔界であるため血を連想するが真偽は定かではない。
主任の飲んでいた液体はこれのようだ。主任はゆっくりカインに、いや、机に近づいている。
カインは後ろに手をつき足をブラつかせ、さもふてぶてしい態度で待っている。近づく主任、
カインがちょこんと座れるほどの大きさの机からも解るように部屋の大きさから解り辛かった
主任の大きさが、姿形とともに解ってくる。被っているローブはズタズタで遠目では一見
黒いゴミ袋に見える。とはカインの談。そのローブの隙間から時折白い肌が見える。
主任が机にたどり着いた。左手を台について回り込むその大きさは、カインを握れる
くらいである。そのまま後ろの大きな椅子に埋もれるように音もなく座る主任、手が離れる。
同時に机台に足をかけて立ち上がるカイン。振り返り主任と対峙する。振り返りながら
主任に目も向けず、まずちらっと窓を見るカイン。窓を見たことに意味はない。
カインのこの態度は、今この部屋に自分だけが呼ばれたのは何故なのか、事態が飲み込めて
いないからである。カイン本人は仕事そのものは自分ながらまじめにやっている
と思っているようだ。なにかしらのトラブルを起しながらも特に問題はないハズなのに、
呼ばれたことに、疑問と不満をあらわにしたようななんとも可愛い自己表現である。
主任にいまだ目を向けず、立っている机の端からゆっくりと主任の前、机の中央に歩き
出すカイン。 そして物語は始まる・・・。




