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さ・よ・な・ら のその先・・・

そこは何もない、何もない場所。


おおよそ地球上ではまず探してもない場所。それもその筈、ここは魔界、それも冥界と霊界の境界のある特殊な場所である。

カインは今、黙々とそこを歩いている・・・。足元は他の魔界の場所のように雲だか煙だかで足首まで埋まっている。空も延々と雲が敷き詰められ先のほうを見ても地平線が解らないほどだ。が、程なく歩いているとカインの進行方向がうっすら黒がかってきた。カインはその地平線の変化に足を止めたが再び歩き始めた。カインの髪を揺らす風は時折、ではあるがどこからかすすり泣く声や読経、切なく悲しい鎮魂歌の様な歌声を運んでくる。ここは最も人間の死と関わり深いため、その故人を偲ぶ人の心がこの場所まで届くのだと言う。その泣き声の只中をカインはそれでも無言のまま歩いてゆく・・・。


 カインは直後までいた人間界でのことを考えていた。

「・・・俺って・・・なんなんだろうな・・・」

この場所は結局魔界である。空間転移での移動ができるカインは目的の場所に行こうと思うだけでその場所に辿りつけるのだ。しかし敢てカインは考え事をするために少し距離をとって歩いている。考えている事、無論「明日野 日出志」のことだ。


 もう謝り疲れたのか、崩れ落ちたまま合掌の手だけを上げて明日野の倒れていた場所を向いている運転手、その運転手を複雑な表情で見下ろす明日野。の霊体。この直前まで運転手の事を自分を殺した男として恨んでいたが、運転手の哀れな姿を見て自分の起した事を思い出し、明日野の性格が恨みまでかき消した。が、結局のところ、明日野が死んだ直接的な原因は、明日野自身の信号無視と運転手の加速だった。またこじれる可能性を考えたカインは『なぜこの男が事故を起こすほど焦っていたのか、疑問を聞いてみたかった』という気持ちを抑えて最後の仕上げにかかる事にした。明日野の霊体の頭から伸びている[魂の緒]を握っているカインの右手がぼんやりと光り始める。その光はゆっくりと明日野の魂の緒ににじみながら染まってゆき、明日野の頭にかかり始める。すると明日野はビクッとなった後、まるで眠気に襲われたように脱力しその顔だけで運転手から左を大きく向いた。明日野の肉体がある方向である。カインの手からの光は死神特有の魔力。死神の仕事を行うためには修得しなければならない必須魔力である。人間の霊体と肉体を離し、その霊体を魂の状態にするためには霊体に、ある儀式をさせる必要があり、この魔力は霊体にその儀式をさせるための魔力なのである。手から霊体ににじむ光には霊体の意識を強制的に鎮める力、霊体外面を保護するコーティングのような作用、霊体と肉体を切り離すための儀式となる言葉を言わせる魔力からなっており、光はもう、明日野の体全体に及んでいた。あとは明日野の霊体が肉体に別れの言葉を言うだけ。言った瞬間、カインの左手がいつの間に用意したのか、バタフライナイフのような柄をした、刀身が一メートル以上ある細身の剣が断ち切る手筈になっている。その剣の切っ先は既に右手のすぐ下に近づいていた。いよいよである。とその時!

明日野の頭がゆっくりと肉体のある方向から別の方向に動き出した!

カインはびっくりして右手を離しかけたが寸でのところで離しはせず、魔力の安定は保たれた。魔力は確実に流れている。それは明日野の霊体を包む光が何よりの証拠。この魔力には霊体ならば誰も逆らえない。動くなどできない。筈であった。そこに驚いたカインだったが事態はなお進んでゆく。明日野の霊体はゆっくり顔をバイクの方向へ向いてゆく。魔力が効いているのだろう、時々震えながら向き直ろうとしている。一度流したこの魔力は流した死神本人でもどうする事もできない。カインはドキドキしながら霊体がなにをしようとしているのか見守っていた。バイクには実況検分なのか大柄な背広姿の男や独特の服をまとった鑑識たちが群がっていた。人だかりも、もうほとんどなく、血だまりも乾ききっていた。とうとう明日野の霊体はバイクの方向を向ききった!そして同時に出てきた右手の人差し指がバイクを指して、


「バ・・・バイクの・・・左のバックに・・・・・子に・・・プレゼントが・・・」


直後にバネが返るような勢いで顔が肉体に向き直る。愕然とするカイン。


『なんだ?今のは・・・?あの一言を言うために?あの一言のためだけに?魔力に抗ってまで・・・俺に・・・』


霊体である明日野は誰にも語れず見られる事もない。誰かに何かを託すなどできるはずもない。

だが、明日野は確かに、魔力に抗ってまで大切な何かを、何かに託すように、呟くような声で叫んだのだ。カインにはその明日野の必死の叫びが、自分の今までの人間への価値観に深く、鋭く突き刺さった感じを受けたのだった。


「・・・さ・よ・な・ら・・・」


突然明日野から聞こえた肉体との[決別の言葉]で我に返り、急いで左手の剣で {ブツッ} という音と共に緒は断ち切られ、肉体側の緒は空間に染みるように消えてゆき、明日野側は霊体に吸い込まれるように消えて、明日野の体をした霊体はその包んだ光を強くしていき、明日野の輪郭を消していきながら次第に球体になり、その大きさが手のひらに乗るほどの大きさになった所で右手に乗せ、カインはいつの間に剣をしまったのか、空いた左手で器用にコートの右側についているポシェットを開き、乗せた魂をそのポシェットの中に滑らせるように入れる。蓋を閉めてため息をつくカイン。人間界での仕事はこれで完了した事になる。後は、この明日野の魂を無事に霊界に届けるだけ、なのだが。

『これでいいのか?』

考えるカイン。だが、これでいいのだ。死神という現実世界とは干渉し得ないただ魂を運ぶだけの存在の者がこれ以上のことをする必要も義務もない。バイクの中も、いずれ誰かの手によって明日野の愛した女性の元へ送られるかもしれない。そうでないかもしれない。なんにせよ。カインのすべき事はこの時点では終わったのだ。しかしカインは今までの自分のことも考えていた。

 

 自分は今まで{マリア}のおかげで人間に興味を持って、人間に最も理解ある死神だと思っていた。始末書を書こうが、注意を受けようが好きにした結果、たいして悪い事態になった事はそれほど多くない。だが、それは独りよがりだったのではないか?明日野には一週間しか期間がなかったせいでたいしたこともしなかった、が、その最大の理由はただ自分が明日野を、『面白みのない単なるサラリーマン』と決め付けてさっさと終わらす事しか考えなかっただけで、いざ今になって愛する女にプレゼントを贈るために、魔力に逆らってまで誰かに託したいと思うほどの情熱を持った人間味に気づかなかった自分は、本当に人間を理解していたのか。そこまで考えた結果、

「このままじゃ終われないな。任されたんだ、やってやろうじゃないか!」


そう呟くと明日野の入ったポシェットをポンと叩き下へと降りる。




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