暖かな魔法の森
冬が終わらない異変は、人々から春雪異変と呼ばれた。しかしこれは一体、冬が終わらないのか、春が来ないのか。ものは言いようとも思えるが、この異変によって様々な害をなしたのは事実である。人里の存続も掛かっていた大きな異変であったため、晴嵐ものんびり寒さに耐えていないで解決に出れば良かったのだが、いかんせんそういうことには霊夢以上にやる気のない人間である。妖怪退治をやっているのも、昔のことを引きずって続けているだけであり、本人は妖怪退治が好きなどということはなかった(嫌いでもなかった)。今回は結果として、霊夢、魔理沙や咲夜が耐え切れずに異変解決に乗り出し、解決されたのだが。
冬を終わらせないことが目的なのではなく、春を集めた結果冬が終わらなくなったのが今回の異変だが、春を集めるとは一体どういう意味なのだろうか。少なくとも晴嵐にはそれが理解できなかった。それが気になるのもある。やはりなんだかよく分からない性で、話を聞いてみたいというのもある。とにかく、晴嵐は、今回異変を引き起こした犯人である西行寺幽々子と会ってみたい、という気分にあった。
咲夜と別れた後、とりあえず空を目指すことにした。晴嵐も、落ちこぼれで道から外れて邪道外道を突っ走っているとはいえ、陰陽師の端くれである。(えっ、そうなの?)結界に関してはスペシャリストだ。ずっと以前から、はるか上空に謎の結界があったことは知っていた。そんなものを今まで放っておいて大丈夫だったのか、という疑問も湧いてくるが、実は幻想郷には正体の分からないさまざまなものが存在している。その謎一つ一つに構っていては、それが目的でない限り人生の無駄である。
とにかく、その謎の結界の中でも、きっと天国に近いだろうという勘によって、上空の結界が冥界への結界であると当たりをつけていた。上空にもいくつか結界はあったが、とりあえず一番上にあるやつに目星をつけてそこへ向かう。そして、先ほどまではぐんぐん高度を上げ、雲を下に見下ろすほど高みを飛んでいた。空中にあるという冥界への入り口を探すためである。だが、どういうわけだか、今は徐々に高度を落としていた。
「結界通れなかった」
幻想郷のはるか上空の雲の上。とある場所に、顕界と冥界を隔てる幽冥結界がある。ここを抜ければ冥界へと辿り着くことができる。晴嵐はそれを見つけることは出来たのだが、見つける以上のことはできなかった。一応結界のスペシャリストでもある晴嵐ではあるが、結界を破壊せずに冥界へ侵入することは不可能だった。というか、晴嵐はもともとそういう細かいことは苦手である。どこがスペシャリストなのか。
(ぶっ壊したら八雲様がうるさいだろうし、仕方なく諦めるか)
破壊は可能だろうという謎の自信が謎だったが、晴嵐は割とあっさり目標や目的を下げる人物である。
(じゃあ今日はどうしようか。このまま帰っても少し半端な時間で暇だし、魔法の森にでも向かってみるか)
結界があった場所から、仁王立ちで真っ直ぐ高度を下げていた晴嵐だったが、目的地が決まったので向きを定めてそちらへと進む。
魔法の森とは、少々特殊な森である。魔法を形成するために必要な、なんだかよく分からない物質が多く漂っているらしい。さらに、キノコや草などが多く、中には毒性が強いものなども存在する。それらから噴出される瘴気により、常人が長時間森に滞在することは不可能となっている。死んじゃう。しかし晴嵐は普通に常人ではないので、長時間滞在していても大丈夫なのである。
第一目的の西行寺幽々子には会えなかったが、晴嵐も馬鹿ではない。会えなかったのでおうち帰るなどとダサいことはしない。第一の目的が潰れても、第二、第三の目的へと向かうだけだ。
第二の目的は、魔法の森に住む七色の魔法使い、アリス・マーガトロイドである。以前から一度会ってみたいと思っていたところだったので、ちょうどいいと思ったのだ。実はアリスに直接興味があるわけではなかったりするのだが、親友である霊夢の友人ということで、話をしてみたいと薄々思っていた(どのくらい薄々だったかというと、今までは会いに行かなかったぐらい薄々である)。そこまで昔からの友人ではないようだったが、霊夢がアリスの話をするとき、随分と楽しそうだったので自分も会ってみたくなったのだ(親友と仲が良いのだから自分とも仲良くなれるという謎理論である。魔理沙とは仲悪いのに)。霊夢によれば「むかつくことに、人形のような美しくも可愛らしい顔で金髪の女」だそうだ。人形を連れていることもあるが、連れていないことも多いので当てにならないらしい。七色で三色らしい。
「ここから魔法の森は、ちょっと遠くて面倒だな」
横の距離もそこそこあるが、縦の距離が特に遠いのである。冥界への入り口は、それほど上空にあった。
落下するようにぐんぐん高度を落としていくと、下の方にフラフラと飛んでいる人影が見えた。
(あぶねーな。速度落としておくか)
すると、人影のほうも晴嵐に気づいたようで、なぜか近づいてきた。人影は女性のようで、少しぐったりしているようにも見えた。声が聞えるほどまで近づくと、ようやくその人の様子がわかってきた。白と青を基調にした服装で、なかなかの美女。その女性は元気の無い様子で晴嵐に話しかけてきた。
「すみません、なにか冷たいものを持っていませんか」
「冷たいもの? 冷符ならありますよ」
冷符とは、あらかじめ札に祈りを込めておき、いざというときに温度を奪うタイプの術を使う補助をするための道具である。ちなみに、少なくとも幻想郷にそんなものはない。晴嵐が開発中なのである。今はまだ完成していないので、ただの湿布である。
「ありがとうございます。ああ、そんなに冷たくないけど周りに比べたらそこそこ冷たいから気持ちいい」
「それは良かった。それはあげますよ」
「え、そんな、洗って返しますよ」
「いや、どうせ返してくれるならそのまま……」
「え、それはどういう……」
「それ紙なんで洗ったら粉々になると思われます」
「ああそうか、すいません。じゃあありがたくいただきます」
ポケットなどに入れるかと思いきや、首のところから胸に差し込み、そのまましまってしまった。女性は、憑き物が落ちたかのような、もしくは絶頂を迎えたかのような不思議な顔をしていた。
「そんなに暑いなら森を通ればいいのでは」
「それも考えたんですが、木陰とはいえ暑い中長時間歩いて帰るか、暑いけど飛んで急いで帰るかを考えた時、急いで帰ったほうがいいかなと。結果死にかけていましたが」
「なるほど。雪の妖精か何かですか。それにしてはいろいろ大きいですが」
「な、い、いろいろって、何を言ってるんですか!」
普通初対面の人に体ネタを使ったりはしないが、晴嵐はどちらかというと思考を垂れ流してしまう系男子なので、ついつい言ってしまうことがある。頻繁に。
「すみません。ほんの冗談で」
「私はそんな太ってません!」
「……はぁ」
「昨日五百グラム増えましたけどこれは誤差ですから!」
「実際誤差だと思いますが」
「うああああ、ひどいですぅ……」
「ご、ごめんなさい。泣かないで。ほら、ハンカチ」
実際、太っているだのではなく「胸が大きいですね」というニュアンスだったのだが、その女性には伝わらなかったようで泣きだしてしまった。晴嵐は、懐から花がらのハンカチを取り出し、女性に渡した。渡してから魔理沙からの贈り物だったことを思い出したが、まぁ魔理沙からだしいいかと思った。
「ごめんなさい、ちょっと感極まってしまって……グスン」
「いえ、こちらこそ傷つけるようなことをしてしまって」
「あの、お詫びと言ってはなんですが、その……体で……私、何も持ってなくて」
「体?」
「はい。私、スタイルには自信があります。うちに来ませんか。私のこと、自由にしていいですよ」
女性はそういうと、首に巻いていたスカーフを解き、上着を脱いだ。シャツ一枚のようで、存在感を放つ乳房が激しく自己主張していた。こんな状況になれば、男性なら喜ぶこともあるだろう。しかし、晴嵐はなにかを考えているようだった。そしてそれはすぐに思い当たった。
「……雪女か」
「へっ?」
「やっと気づいた、あなた、雪女ですね。行動がそれだ」
「……」
「しかしさすがに冬じゃないと頭も回らないのか? こんなに展開が早かったら疑問を持たれること請け合いだが。そもそも、幻想郷で空を飛んでいる人間を狙うのは迂闊だな」
「確かに空を飛んでる人にはいい思い出ないわね」
「でしょう。幻想郷で空を飛んでいるものたちは皆頭おかしいですからね」
「それはあなたや私も含まれてるの?」
「別に含んでもいいですが」
他人の評価というものを、いろいろな意味で気にしない人間である。
「しかし暖かくなってからだから気づくのに時間がかかった」
「シャツ一枚の雪女なんて斬新でしょ。こちらもいろいろ手を尽くしているんですよ」
女性は、正体がバレたら襲うのをやめたらしい。話を聞けば、これからちょうど冬眠(冬以外眠るの略)するというところで人間を見つけたので、運良く捕まえられたらそうしようと思ったということである。もともと計画などあまり立てないのが妖怪なので、晴嵐が襲われかけたのも完全に偶然なのである。
「まぁ俺も一応妖怪退治なんかしてる身だから、一応言っておくけど、人を襲ったらそれは一応人間の敵としてみなすから今年はさっさと帰ってくれ。一応」
「分かったわ。おとなしく帰ることにします。あなたは強そうだし」
「割と強いよ」
「この間寒かったときもそういうこと言う人間にやられたから身を持って知っているわ」
(霊夢かな)
「じゃあね」
女性はあっさり去っていった。妖怪は大抵人間のいうことなど聞いてくれない。基本的に妖怪というのは自分をある程度強いものと思っている。相手が妖怪ならまだしも、それが人間であるならば、どうしても見下してしまうものなのだ。しかし、幻想郷の常識として、巫女は別である。あれは化物だ。今の雪女はなかなか上位の妖怪らしく、道理をわかっているようだ。まぁ、本当に上位になると人を襲うことすらなくなるのだが。
雪女と別れ、空を飛んで行く。すると、妖怪の山と呼ばれている山とその向こうの魔法の森が見えてきた。森の入口あたりへと着地するため、さらに高度を落としていく。
例えば博麗の巫女や普通の魔法使いなんかは、移動するときにはテリトリーは空となる。歩いて移動するより飛んだほうが早いからである。しかし、件のアリス・マーガトロイドは徒歩を中心に移動しているらしい。これは別に「周りの景色を堪能したいから」とかの素敵な理由ではなく、ただ単に気分らしいが、結果として徒歩移動を敢行しているならばそれのテリトリーは地上である。だから晴嵐も地上で探してみようという考えに至った。幻想郷の住人は意外と単純である(つまりのんき)。
それと、忘れてはいけないのが、妖怪の山の上空を不用意に飛ばないことだ。妖怪の山は現在、天狗の縄張りである。あまり近づきすぎると、哨戒天狗が飛んできて職務質問されてしまう。安全に通りたければ、ある程度の距離を保って大回りして通過するか、どうしても山に入りたければ許可を取ってからにすべきである。間違っても喧嘩を売ろうなどとは考えてはいけない。天狗は組織で行動する妖怪である。一人でも敵に回してしまえば、何千という天狗から敵視される。それは言うまでもなく面倒なことだ。晴嵐もその例に漏れず避けて通ろうと考えていたし、実際避けて通っていた。
だが、今日は違った。晴嵐の目の前に、謎の集落が姿を現したのだ。生来晴嵐は好奇心の強い人間である。普段と違うものがあれば、興味を持つことは不思議ではない。しかも、この集落を、晴嵐は本当に見たことがなかった。
「なんだありゃ。普段山の周りに来るときには見ないが」
見つけたことがないとかではなく、普段はここにないのだ。普段見なくて今日見えるということは、前回ここを通った時から今までに集落ができたか、もともとあったのだが見えないようになっていたのかのどちらかであろう。どちらにせよ、せっかく見えるようになったのだから、見に行ってみることにした。
見た目だけを見れば、何の変哲もない普通の家が立ち並ぶ普通の集落に見えたが、いざ歩いてみると違和感を覚える。人の気配が一切しない。生活感などは残っている部分もあるが、どうしても人がいるようには見えなかった。ただ、猫はいた。そこかしこに猫がおり、不思議そうに晴嵐を見つめていた。まるで「なぜこの人間はここにいるのだろう」と言っているようだった。
「なぜこの人間はここにいるのだろう」
「!?」
「不思議ね」
いつの間にか、晴嵐のすぐ後ろに猫耳の少女が立っていた。
「ここは迷い家。素敵な猫の里へようこそ」
「猫の里……迷い家というのは一軒だけぽつんと立っているものだと思っていた」
「といっても、ここは迷い家だから。どうする? なにか持って帰りますか」
「最近の迷い家は猫が物を持って帰るよう薦めてくるのか」
「最近も何もないよ。ほんのこの間、巫女と魔法使いとメイドの珍妙なる三人組に里を荒らされたばかりだから。早く帰って欲しいのよ」
「あいつらなにやってんだ」
晴嵐にもよく聞き覚えのある特徴の三人組だった。というか知り合いだった。
「良かったら弾幕勝負でもしていく? 勝っても負けても出て行って欲しいのだけれど」
「やめとくよ。あんま面白くないしな」
「幻想郷の住人なんて弾幕ごっこ好きしかいないと思っていたわ」
「あっそう。男は興味ない奴がほとんどだぜ」
弾幕ごっこは女の子の遊びである。たまに男が混ざっていることがあるが。少女同士でやるからある意味成立しているのであって、例えばこの妖怪の山に住む天狗の幹部クラス、大天狗などが出しゃばってくれば、いままで競技として成り立っていた絶妙なバランスは崩壊してしまうだろう。
「無理に誘う気はないわ。とにかく、さっさと帰ってちょうだい」
「なんだか妙に帰らせたがるなぁ」
「警戒してんのよ。にゃー!」
「うーむ。せっかく見つけたんだから探検でもしていこうかと思ったんだが、そんなに言うなら仕方がない。今日の目的はここじゃないしな」
「迷い家って、目指して探すと見つからないものよ」
「そんなもんか」
「で、どこに行く予定だったの?」
「そこの魔法の森に住んでいる、アリス・マーガトロイドっていう魔法使いを探しにな」
「ああ、森で迷っていると時々現れて泊めてくれる人ね」
「迷うのは最終手段だな」
「いや、迷えば会えるっていうわけじゃないから」
「じゃあどうすれば会えるっていうんだ!!」
「怒らないでよ……どうすればって言われても困るわ。お互い存在を知ってるぐらいの仲だし」
「ううむ。会っておきたかったんだが仕方がない。帰るとするか」
アリスに会いたいという気持ちもあったが、森を彷徨ってまでとは思わなかった。それに、自宅の戸棚の中にしまっておいた麩菓子のことを思い出したので、家族に食べられる前に食べてしまいたいという気持ちも湧いてきていた。
人生は、思った通りにゆかぬもので、カレーが食べたいと思った日に限って天ぷらなんかが出てきたりして「俺はカレーが食べたかったのになぁ」と思いつつ天ぷらを口にすることになったりする。しかしやっぱり天ぷらも美味いので、食べているうちにそれはそれで幸せになってくる。昨日の天ぷら美味かったなぁなどと思いながら、翌日食卓につくと、カレーが出てきて「いやむしろ今日天ぷら気分になりつつあったのに。昨日の残りとかねーのかよ」などと贅沢なことを思ってしまうものである。そんな状況があるかどうかは別として。
帰って麩菓子を食べる気分になっていた晴嵐だったが、救世主(麩菓子にとっては魔王)が現れた。
「アリスってあの人形遣いでしょ? 案内してあげようか」
「アリスとはそれなりに仲がいいのよ。人里で一緒に人形劇なんかをやったの」
「アリス・マーガトロイド(特に言うことが思いつかなかった)」
その救世主は三人組で、皆が楽器を持っていたことから音楽家たちであることがわかった。なぜ裸のまま楽器を持ち歩いているのだろうという疑問が浮かんだが、大して気にならなかったので疑問ではなかった。音楽家には音楽家の矜持があるのだろう。
「あら、騒霊たちじゃない。なんでここに?」
「偶然ここに忘れ物が出来たのよ」
「忘れ物って出来上がるものだっけ」
「どうも人間さん。私達、プリズムリバー楽団。私が長女のルナサよ」
「私が次女のメルランですわ」
「私が三女のリリカ。よろしくね!」
「僕は長男の晴嵐です」
「私は八女の橙よ」
「八女! 随分と大家族だなぁ」
「他の子は普通の猫だったからもう死んじゃったけどね」
「お母さんは?」
「お母さんも死んじゃったよ。お父さんは私が殺した」
「む」
「という設定」
「ほう」
なぜかしばらく家族談義で盛り上がっていたが、ルナサが思い出したように呟いた。
「そういえばアリスに会いたいのよね」
「ああ、そうだった。会いたかったことを忘れていた」
「私たち家を知ってるわよ。連れていってあげるわ。ね、メルラン、リリカ」
「私は今日演奏の予定が入っていますのですみませんが」
「私も人に会う約束あるから」
「あれ、そうなの」
この三人、楽団を組んでいる割には息は合っていないようだ。と晴嵐は思った。が、よく考えたらそこまで息が合わなくても楽団はできる気がした。きっと入念な打ち合わせにより息を合わせているのだろう。
「ではルナ姉さまとその男性の二人きりですわねいいですわねぇそういう男性私も欲しいですわどうして私にはそういう殿方が寄ってらっしゃらないのかしらちょっとイライラしてきましたわルナ姉死ね」
「えっ」
「では、そろそろ急がないと遅れてしまいますので、私はこれで」
ぶちまけるだけぶちまけると、メルランは空へと飛び立っていった。心なしか、踏み切りに力強さを感じた。
「私は急ぎじゃないんだけど、そろそろ待ってるはずだから行かないと」
「そう」
「あとメル姉はああ言ってたけど、私たちって騒霊だから旦那さん出来ても子供できないんだよね」
「まぁ私たち霊に子供できるんだったらもうそれ『生きる』という行為に本当に意味なくなってくるからね。騒霊だけどね」
「だからそう言うの気にしないで私を愛してくれる人と現在私は交際中です」
「えっ」
「今からその人に会いに行くの。じゃ、またね」
メルランとは対照的に、実に楽しそうに飛び立っていった。心なしか、重心移動に軽やかさを感じた。
「……」
「どうされました? ルナサさん」
「二人とも将来のこととかちゃんと考えてた。私はトランペットを吹くことしか知らなかった。ショック……」
「将来っていうか性欲のことしか考えてないでしょ」
「私も、将来は結婚とかしないといけないのかなぁ」
「騒霊ってポルターガイストですよね。結婚しなくていいんじゃないでしょうか」
「そうかしら……私は、ずっとトランペットを吹いていて、それでいいのかしら」
「いいんじゃないすかね」
「そうね、悩みすぎだったかもしれないわね」
「悩みすぎだと思いますよ」
「という訳で、私が鬱の音を奏でるバイオリニスト、ルナサ・プリズムリバーよ」
「あっ、まだ自己紹介の途中だったんですね」
「そうよ」
「はやくマーガトロイドさんの家に案内してくれませんか」
「……ごめんなさい」
夢中になって自己紹介していたルナサを落ち着かせ、ようやくアリスの家へと向かうことになった。
道中、ルナサは何度も自己紹介をしたが、そのどれもに負の感情が渦巻いていて、どうやら性格的に暗いことをアピールしたかったようだ。しかし会話するときの彼女は、どう見ても明るい普通の女の子で、暗いどころか騒霊にすら見えなかった。きっとキャラづくりと呼ばれているやつだろう。
二人が歩く魔法の森にはどう見ても道という道がなく「獣道に見えなくもない若干踏み倒された草」や「呪われているかのように異常に草の生えていない広場」などを辿っていくしかないようだった。どちらにしろ、あまり地理に強くない晴嵐はルナサについていくことしか出来なかったのだが。
特に問題もなくアリス邸へと到着した。歩いて二十分ぐらいでついたので、そこまで遠いところでもなかったようだ。目の前には、背は低いながらも三人ぐらいの家族が十分に住めるほどの大きさの家が建っていた。モダンな作りに見えるが、そもそも晴嵐はモダンなんて言葉を知らなかったため、変な家としか思わなかった。というか、晴嵐にとっては洋風の家は大抵変な家である。見たことがないから。
「こんにちはー。アリス・マーガトロイドさんはいらっしゃいますかー」
「はいはい。どなたですか」
声を掛けるとすぐに反応があった。しばし待つと、扉が開き、少女が姿を現した。その姿は霊夢の説明の通りで、美しく可愛らしいのだが、どこか人形のような雰囲気を持っていた。
「あらルナサ。どうしたの」
「この方があなたに会いたいそうで」
「どうも、もしかして整形とかしました?」
「なんなのあなた。突然失礼過ぎる」
あまりに整った容姿に、この人は人造か整形か人形かなにかなのだろうかと晴嵐は考えた。
「すみません、アリス・マーガトロイドさんですか」
「そうだけど。なにか用?」
「霊夢の知り合いと聞きまして。ちょっとお話できたらと」
「……あんまりあなたの印象、良くないんだけど」
「先ほどのことは申し訳ないです。ほら、ルナサさんも謝って」
「私悪くない」
「そうですよ。ルナサさんは悪くないです。勘違いしないでください」
「あなた、さっきからなにを言っているの……?」
「いやまぁその」
「よくわからないけど、いたずらなら帰ってくれる?」
「すみません……」
アリスは、ルナサに挨拶だけすると家に戻ってしまった。
「全然話せなかった」
「あなたのせいよ」
「今度会うことがあったら誤解を解いておかないとな」
「一片の誤解もなくあなたが悪いと思うのだけれど」
「……今度会ったら謝っておかないと」
「それでよろしい」
ルナサはきちんとしている人だった。騒霊だが。
「はぁ……白玉楼にも行けなかったし、マーガトロイドさんにはおそらく嫌われたっぽいし、今日は本当にダメダメな日だなぁ」
「? 白玉楼に用事があったの?」
「いや、特に用事があったわけでもないんですがね。この間春が来なかった原因ってあそこらしいじゃないですか。気になったんですよ」
「うーん。そういう適当な理由で突撃するからさっきみたいなことになるんじゃないの」
「そうかも知れないですねぇ」
「ま、いいわ。白玉楼なら連れて行ってあげようか」
「本当にですか!」
「いいわよ。私ならしょっちゅう演奏しに行ってるから」
「というか随分親切ですね。ここまで連れてきてもらって、さらに白玉楼までついてきてくれるなんて」
「今日明日明後日、予定がなにもないのよ。やらないといけないことも、やることも、やりたいこともない。さっきは妹達連れ回して遊んでたけど」
「あっ、あれって姉妹仲良く遊んでいたわけじゃないんですか」
「わたしが半分無理に連れていただけよ。でも、あなたというおもちゃを手に入れたから……」
「おもちゃって」
「幽々子さんに紹介するわ。とりあえず向かいましょう」
「は、はい」
ルナサが空へと飛び上がる。
(あ、白)
それに続いて晴嵐も飛び立つ。先ほど降りてきた距離をまた上がらないといけないと思うと、とても面倒に感じた。それに、戸棚の麩菓子も気になる。しかし、なによりも気になっていた幽々子とようやく会えると思うと、気分が高揚してくる。と本当はいいのだが、晴嵐の心は特に変わりなく目の前を見つめていた。
白玉楼を目指す。お供はルナサです。
レティとのやりとりは特に意味はありません。うちのレティさんは雪女なんですよというのを、実際の行動で示してもらっただけです。晴嵐は、紫や藍とは知り合いですが、橙とは知り合ってませんでした。そもそも橙がそんなに八雲と絡まないので(式なのに)八雲と橙の関係を晴嵐が知るのは当分先でしょう。アリスとはのちのち絡む予定なのであっさりな感じです。プリズムリバー三姉妹を同時に書けないので申し訳ありませんがめるぽとリリカには早々に退場していただきました。別に誰でも良かったんですが、長女だったんでルナサをパートナーに。相変わらず恋愛フラグでもなんでもないです。僕が恋愛っぽく見せて煽るネタが好きなだけです。恋愛につながらない恋愛ネタ大好きなんです。きっとこれからも多用します。