よく晴れた紅魔館_2
突然だが、晴嵐にはカタカナの名前の男女区別がつかない。そのせいで(全てそのせいとはいわないが)、吸血鬼は男性であると思っていた。具体的には、書物で見るようなドラキュラ伯爵をイメージしていたのだが。目の前の存在はそれとは似ても似つかない。強いて言うなら背中に生える翼がそれっぽさを醸し出していないこともない気がする。
幼女。一言で表すならそれだ。だがただの幼女ではない。明らかに、幼女の雰囲気ではない。まとっている空気が、紅魔館の主人であることをいやというほど発していた。
「私がこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。名乗りなさい」
「安倍晴嵐と申します」
「そう。よく来たわね。とりあえず座りなさい」
「お言葉に甘えて」
晴嵐は、素直にソファへと腰掛けた。二人掛けだったので、一瞬右側に座ろうか左側に座ろうかで迷ったが、ぎりぎりまで迷ったあげく、間違えて真ん中に腰掛けた。幸いにも、継ぎ目の気にならない高価なソファだったため、晴嵐の尻にダメージはなかった。
「こんなに待たせられると思っていなかったわ。なんせ、客が来たという知らせから三十分だもの。ねぇ咲夜」
「申し訳ございません、お嬢様」
三十分も咲夜と雑談をしていたらしい。それは怒る。晴嵐でも怒る。
「すみません、咲夜ちゃんとは人里で会ったことがありまして、少々話を」
「そう、まぁ理由はなんでもいいわ。真っ当で妥当で正当な理由だったとしても許さないし」
(フォローもなにもなかった)
「なにしてるの咲夜、お茶を出しなさい」
「申し訳ありません。すぐにお持ちします」
返事をした直後、咲夜はその場から消えていた。そういえば、と、時間を操ることができると言っていたことを思い出す。時間が止まっている場合の行動制限というのはどのくらいあるのだろう。時間が止まっている間、お茶を入れたり料理をしたりすることは可能なのだろうか。そういったことなどを考えていると、晴嵐が喋りはじめるのを待って黙っていたレミリアが痺れを切らして話しかけてきた。
「で、なにか用?」
「いえ、特に用があってきたわけではないのですが」
「ですが?」
「特に用があってきたわけではないのです」
「じゃあなにがあってきたわけ?」
「そうですね。あなたを一目見たくて」
いつの間にか咲夜が部屋に入ってきていた。晴嵐とレミリアの間においてあるテーブルに紅茶をそれぞれ置いたあと、また消えていった。
「愛の告白かしら。吸血鬼と人間の恋はあんまりうまくいった例がないみたいだけど」
「僕たちは絶対うまく行きませんね。僕にその気がないので(紅茶うめえ)」
「見たくてって、本当に顔を見に来ただけなの」
「はい。あ、話もできればいいかなと」
「ふーん。変なの。おもしろいやつね」
ふふっ、と妖艶にレミリアは笑った。晴嵐はそれを見ながら、さすがに吸血鬼だけあって幼女なのに無駄に性的なひとだなぁ、と思いながら紅茶をすすった。
「ところでスカーレットさんはどうして僕と会ってくれようと思ったんです」
「会えるとは思ってなかったのね」
「いえ、というか、会ってくれるのかどうかについて考えていなかったです」
「馬鹿?」
「無計画なんです」
「あっそう……紅魔館を訪ねてくるやつはたまにいるんだけど(道場破り的な意味で)、私に会いに来たってのは始めてだったのよね。緊急の用事かなと思ったらアレだったし」
「全然緊急じゃなくてすみません」
「いいわよ。変なやつは歓迎するわ」
「ではちょっとお願いしたいことが」
「なに?」
「スカーレットさんは吸血鬼ですよね。僕の血を吸ってみてくださいよ」
そう言うと晴嵐は、着物を少し緩めて首元を露出した。その一連の変態行動を、レミリアはうろんげに見つめていた。あらかじめ断っておくが、うどんげではない。
「……さすがに自分から血を差し出してくる人間は始めてだわ。いいの?」
「一度吸われてみたかったんですよ。それに、女の子に吸われるのはちょっと興奮します」
「変態ね」
「結構変態です。女の子を裸で縛って鞭で叩きつつ散歩させたい願望があります」
「えっ……」
明らかに軽蔑した表情で、レミリアは少し身を引いた。
「あの、嘘ですからそんなに離れないでください」
「割と現実味があったのだけれど」
「いやいや、えっと……そうだ、スカーレットさんはどうして霧で幻想郷を覆ったりしたんです」
話題を変えるため、既に霊夢から聞いて本当の理由も知っているが、改めて異変について聞いてみることにした。
「まぁ、私も吸血鬼だから。昼は外を出歩けないのよ。肌が焼けちゃってね」
「奇遇ですね。僕も外を長時間歩くと肌が焼けるんですよ」
「私は短時間でも焼けちゃうの」
「ああ、肌白いですもんね。焼けたレミリアさんなんて想像つきませんよ。焼きレミリアさんか……ぷくく」
「想像ついてるじゃない。そうじゃなくて、太陽の光がダメなのよ。吸血鬼の弱点でしょ。知らないの?」
「あれ、弱点晒しちゃっていいんですか」
「別に大した弱点でもないじゃない」
「でも、ここの屋根を壊されて『フハハハ! 貴様の夜ももう終わりだ!』とか言われたらどうするつもりなんです」
「逃げるわ」
「というか外に出たかったんですか」
「そういうわけでもないけど。最近は宅内娯楽も充実してるし、それなりにやらないといけないこともあるからアホみたいに遊んでられないわ」
「はぁ」
「誰かおもしろい奴がこないかなと思ってね。最近は、単調な日々の繰り返し。刺激が欲しかったのよ」
「恋人とか作ってみたらどうです」
「あら、あなたがなってくれるのかしら」
「ふふっ、いやです」
「ふふっ、結果としておもしろい奴は来たわ。あなたとかね」
「ふふっ、僕はおもしろいですか」
「ふふっ、おもしろいわ。旅芸人にでもなるといいわよ」
「ふふっ」
「ふふっ」
しかし、晴嵐には疑問に思うことがあった。
「でもそれなら、どうして幻想郷に?」
「……どういうこと?」
「忘れ去られた者たちが集うここに、どうしていらっしゃったんです。正直、外の世界のほうがよっぽど広くて飽きないものでは」
「ちょっと認識がずれてるわね」
レミリアが、自分の髪をくるくると指に巻きつけている。すこしウェーブがかった髪がふわりと頬を撫でるのがたまらなく色っぽい。レミリアは、物憂げな表情が似合っていると晴嵐は断定した。しかし、見た目幼女だから冷静に見るとシュールかもしれない。レミリアは、物憂げな表情が似合っていてシュールだと晴嵐は断定した。
「外の世界はそんなにつまらないですか?」
頭の中の思考とは裏腹に、会話は別でこなすのが晴嵐である。
「違う違う。確かにそんなに面白いものでもないけど、そうじゃないわ。私たちがこっちへ来たのは忘れ去られたからよ。忌々しいことにね」
「外の世界では吸血鬼すら忘れられてしまうのですか」
「あいつらは忘れてしまうのではなく忘れるの。先に進むためにね。邪魔なものはどんどん忘れていくわ。私は、時代に必要なかった。そういうことよ」
そういったレミリアの目には、寂しさが混じっていた。晴嵐はその、瞳の奥に込められた感情を見つけてしまった。しかしそんなことはどうでもよかったので、話を続けることにした。
「外の世界はどんなですか」
「外に興味があるの?」
「ええ、旅の話に興味がありまして。でも幻想郷は狭いので、旅人という職業は流行らないんです」
「旅人って職業なのかしら」
「誰も旅人をしないから、僕がたまにしてるんです。あちこち遊び歩いてるんです」
「親不孝ね」
「弟がしっかりしてるので大丈夫です。割とモテるみたいなので、そのうち教師になって、いい女捕まえて、家系を繋いでくれますよ」
「そしてあなたは調教師になって、(文字通り)いい女捕まえて、首輪を繋ぐのね」
「さっきのは本当に冗談ですってば。忘れてください」
結局話を逸らせていない晴嵐であった。
「そういえば、見た目幼女ですけど困ることとかないんですか」
「面と向かって『見た目幼女ですけど』なんて言われたのは初めてよ」
「僕も初めて言いました」
「高いところに手が届かないとか。でも私飛べるのよね」
背中の小さい羽がパタパタと動くと、晴嵐の頬に特に感想の生まれない常温の風が当たる。
「お嬢様なんですから、メイドに取ってもらっては?」
「それも有りね。あの子なんでも言うこと聞くのよ。あなたも命令してみる? 緊縛プレイとかなら悦びそうだけど」
「ほんと忘れてください。スカーレットさんと打ち解けるための冗談だったんですあれっ悦びそうって言いました?」
「確かに気持ち悪いほどあなたに心を許してる気がするわ」
「これが僕の能力なんです」
「嘘ね」
「嘘でーす」
「なんかそれも嘘な気がするわ」
「よくわかりましたね。全部嘘なんです」
「名前は晴嵐、だったわね。私のことも名前で呼んでいいわよ。友人になることを許すわ」
「そんな簡単に許していいんですか。僕があなたを犯そうとしてる幼女趣味の変態だったらどうするつもりですか」
「私を犯そうとしている幼女趣味の変態がいると文屋に垂れ込むわ」
「……」
レミリアは自分が幼女扱いされることに特に抵抗はないようだ。見た目が幼いことは割と冷静に把握しているらしい(仲良くなれたらからかってやろうかとも思っていたのだが)。
「鬼畜趣味と幼女趣味って余計に危険な組み合わせね」
「レミリアさんって人を誑かすのうまそうですね」
「心外だわ。魅力のある素敵な吸血鬼と言ってちょうだい」
「むむむ」
「なにがむむむだ」
「外の世界の話をね」
「ああ、そうだったわね」
晴嵐は、そろそろ冷めてきた紅茶を啜る。すると、冷めていなかった。一瞬考えて、咲夜が時を止めて入れなおしたのだと理解した。
「すごいですね。咲夜ちゃんは」
「どんなタイミングよ」
レミリアにジト目で睨まれる。
「さて、なにから話そうかしら。そうね、不法侵入者を撃退した時の話でもしましょうか」
「話題の選択が独特ですね」
「変な奴が敷地内に入ってきそうになったから、美鈴がぶっとばしたのよ」
「はい」
「……」
「……」
「それで終わりよ」
「もしかして話をするつもり無いんですか?」
「あるわよ。あるある。じゃあ、コンピューターを買ったときの話」
「おお、コンピューターとは?」
「計算の道具よ。算盤よりも多くの桁を計算できるの」
「ほお、それは興味深い」
「いっぱい計算出来たわ」
「……それだけですか」
「それだけだったわ」
「絶対喋る気無いですよね」
「喋っちゃったら、あなたが来る理由がなくなるでしょ」
「え?」
「また今度話してあげるから、また来なさいね」
どうやら、後日また訪れるときの理由として残しておくようだ。周りくどいことをする、と晴嵐は思った。
「僕は理由なんてなくても来ますよ」
「女には理由がいるの」
「……レミリアさんが女に見えてきた」
「失礼すぎるでしょあんた。どこからどうみても女でしょ私」
「いえ、アレです。魅力的に見えたということですよ」
「あなたは、貶してるのか口説いてるのかどっちなのよ」
「落とすと見せかけて持ち上げる会話がモテるポイントです。そうなんですか!?」
「知らないわよ」
「ああ、レミリアさんの視線が冷たい」
「あなたって女性関係苦労してそうね」
「恋人はいませんよ。夜這いの相手なら三人ぐらいいますが」
「女の敵ね」
「ときどき四人でくんずほぐれつ……」
「やめてよ。友人になったとはいえ、なんで今日会った人の性事情聞かされないといけないのよ」
「では明日話しますね」
「昨日会った人でもいやよ」
どうやらお嬢様は猥談はお嫌いらしい。困った御人だ。と晴嵐は思った。お前何様だ。
「猥談なんて男同士でしなさいよ」
「でも女性とするほうが興奮しますよ」
「まぁ確かに異性とのほうが興奮はしそうだけど」
「でも別に猥談って興奮するためのものじゃないですよね」
「そうね」
「猥談はどうでもいいんですがね」
「どうでもいいならそもそもはじめないでちょうだい」
「どうでもいい話と言えば……」
次回に話をとっておくなどとはいいつつも、結局、その後半刻ほど話すこととなった。特に実りのない意味のないバカ話をしているだけだったが、そもそも晴嵐はそういう目的で各地を歩いているのでなんの問題もなかった。
「ところで泊めてくれませんか。今夜は寝かせないぜ」
「唐突かつ図々しいわね。あんた私がどんだけ暇だと思ってるの?」
「だって不景気ですし」
「不景気なのはうちにはあんまり関係ないけど。泊めてあげるのは構わないわよ。部屋も余ってるし。ただ私は相手してあげられないわよ。今は紅魔館クッキー量産計画を練るのに忙しいの」
「そうですか。では残念ですが帰りますね」
「帰る前にパチェに会っていったらどうかしら。一応あの子も知識人としてやってるし、面白い話でも聞けるかもよ」
「…………」
「…………」
「…………パフェ」
「パチュリー・ノーレッジよ。ここの大図書館の管理を任せているの。私の親友」
「ほう、図書館があるんですか。本には少々興味がありますね」
「なら決まりね。咲夜、晴嵐を図書館まで連れて行ってあげて」
「かしこまりました」
咲夜が突然部屋に現れる。晴嵐は、長い間座っていたせいで硬くなったあんなとこやこんなところをどうにかしつつ、何故声を掛けた瞬間咲夜が現れることができたのかを考えつつ立ち上がり、咲夜の案内に従った。
廊下に出たが、最初来た時どちらから来たのかすら忘れてしまった。晴嵐は道を覚えるのがあまり得意ではないようだった。というか苦手である。旅人なのに。
「なんだかとても楽しげにお話されていましたね」
咲夜について歩いていると、ちょっと膨れた顔の咲夜が話しかけてきた。メイドとしてそれってどうなの、と思いつつ、これぐらいならレミリアさんは許すかな。と気にしないことにした。別に理由がなくても気にしないが。
「ああ、結構気が合ってね」
「晴嵐さんと知り合いであるはずの私より、初対面のお嬢様とのほうが会話が弾んでいるのを見ると少々ジェラシーが……なんて」
「ええ、ダメだよ。僕には心に決めた人がいるんだ」
「えっ」
「いないけど」
「いないんですか」
「いやいる」
「わかりました。もう晴嵐さんの言葉は適当に聞き流します」
適当なことを言っていると、信用度が下がってしまうということが判明しました。
「それよりパフェノー・バニリッチってひとを教えてよ」
「パチュリー様ですか。パチュリー様は魔女です」
「魔女狩りだー」
「冗談でもおやめください。マジで。七曜の魔女と呼ばれていて、あらゆる魔法に精通していらっしゃいます。幻想郷ではトップクラスの魔法使いではないでしょうか。錬金術はお得意ではないようですが」
「錬金術って魔法だったんだ」
「今は図書館の管理をしておられます。毎日本を読みつつ、下僕の悪魔たちに命令してはなにかしていらっしゃいます」
「無職みたいなもんじゃん」
「それならお嬢様も無職のようなものです」
「あれ、レミリアさんは仕事してるみたいな感じだったけど」
「お嬢様は里にブームを起こしてお金を巻き上げたりしています。最近だと紅魔館クッキーの販売とか」
「それ無職じゃなくね」
「まぁそうですわね」
むしろなんだか時代を先取りしている気もする。起業家。
「しかし、レミリアさんほどの悪魔でも、お金には興味があるんだね」
「お嬢様には少々蒐集癖のほうがございまして」
「コレクションとして集めてんのかよ」
「だと思います。展示室に飾ってあるそうですよ」
「へぇ。あとで見せてもらおうかな」
「死体のホルマリン漬けとか生首とかも置いてあるらしいです」
「マジすか」
「私は入ったことがありませんので。お嬢様とパチュリー様以外の方は入らないようにしております」
「まぁ生首なんて見たくないし、遠慮しとくよ」
「はい。つきました。こちらが大図書館です。どうぞ」
先ほどのレミリアの部屋よりも大きい扉が、デデドンと構えていた。
中に入ると、晴嵐の予想を遥かに上回る広さだった。本と本棚、高いところの本をとるための台、本を読むためのテーブルと椅子が置いてあったが、それ以外のものはなく、ただ見渡す限り大量の本が並べられていた。そして、そのテーブルでまさに今、本を呼んでいる人物がいた。
「あなたがパチュリーさんですか。僕は安倍晴嵐」
「いえ、それは小悪魔です。おそらくサボって本を呼んでいるだけです」
「? はじめまして。パチュリー様の下僕の小悪魔二号です。パチュリー様に用事ですか?」
「えっと、会いたいなーなんて」
「私に会いに来たの~?」
不意に現れた声の主を探すと、本棚から顔を覗かせるようにこちらを窺っている人物がいた。
「あなたがパチュリーさんで」
「そうです~。私がパチュリー様です~」
「それは小悪魔三号なので無視していいです。おそらく奥の書斎にいらっしゃいますので、そちらに向かいましょう」
「あ~ん、もっとかまってよぉ~。いけずぅ~」
小悪魔は悪戯好きのようだ。
咲夜に連れられて行くと、本棚の奥まったところに扉が確認できた。咲夜が扉をノックし、声を掛ける。
「パチュリー様。お時間よろしいでしょうか」
「よろしくないわ。ちょっと今アレだから」
「アレですか。しかしこちらにソレがコレしたお客様がいらっしゃいまして」
「ソレがコレしたとか言わないでくれるかな。事実であることは否定出来ないけどさ」
「そう……わかったわ。入ってもらって」
「なにがわかったんだこれ」
書斎と思われる部屋に入ると、そこにはさらに本が大量に並べてあった。本棚だけでは飽きたらず、机や椅子の上にまで本が積まれたまさに本に囲まれた部屋。その中央に置かれた作業机に、なにやら大量の本と紙(おそらく羊皮紙)と羽ペンが置いてあり、先ほどまでなにか書き物をしていたように見える。そこには、紫色のパジャマのような服を着た人物がこちらを見つめつつ座っていた。
「すみません、まだパジャマのところを」
「パジャマじゃないわよ」
「あっ、どうしよう、いいのかな。着替えられます? ちょっと部屋から出て行ったほうがいいかな。ちなみにこの部屋、鍵穴は向こうが見えるタイプですか?」
「パジャマじゃないわよ。というか覗く気まんまんじゃない」
「パジャマじゃないんですか」
「ええ」
「言われてみれば体のラインがはっきり出てますもんね。セクシー系衣装ですね。パジャマっぽいだけなんですね」
「そうよ。パジャマっぽいだけよ…………パジャマじゃないわ」
突如無表情で漫才を始めた二人によって、部屋の空気が一変した(あさっての方向に)。
「あの、晴嵐さん。初対面の方をあんまりからかうのは良くないかと」
「いや、実際この服はそういう部分をこだわって作ってるのよ」
「なぜそんなことを……」
「冗談よ。魔法を扱ううえでいろいろ合理的に考えた結果がコレよ」
「な、なんだ嘘か……」
少々顔を赤くさせつつ胸をなでおろす咲夜。その直後、自分が取り乱していたことに気づき、顔を引き締め「それでは失礼します」と部屋から出て行った。
「しかしパチュリーさんの魅力が存分に出ています。主に魔力が駄々漏れです」
「別に抑えておく必要もないし。それより、何か用があってきたの?」
「いえ特に。僕は勢いだけで生きているので」
「嘘つきー」
「いろいろ考えてはいますがうまくいかぬものです」
「そうね。いろいろな意味で同意させてもらうわ」
二人は押し黙り、粛々と黙祷を捧げた(自分に)。
「ところで、さっきちょっとだけ見てきたんですが、随分と広い図書館ですね」
「ええ。蔵書数も、半端なものではないわ。ただ、同じ本が二冊あることも多々あるけど」
「同じ本が三冊あることは?」
「少々あるわ」
「四冊あることは」
「稀に」
「五冊あることは」
「ほぼ無いわ」
「六冊あることは」
「それはないわ」
「ないと言い切れますか」
「言い切れないこともないわ」
「ないと言い切ってください」
「ないわ」
「これだけ本があってこの広さだと、管理するのも大変でしょう」
「ほとんどは小悪魔にやらせているけどね。私は魔法の研究もしたいから」
「館のお嬢様に研究室を提供してもらってのうのうと研究してるんですね」
「小悪魔は一応私の魔力を吸って動いているんだから私が働いているということにしてもらえないかしら」
「僕がそうしたところで何も変わらないですがね」
「ところであなたも見たところ魔法は使えるようだけど」
晴嵐はほとんど魔法を使わず、そのうえ使う魔法も変わり種なので魔法使いとして認識されたことはない。それをひと目で見破る辺り、パチュリーの魔法に対する知識や経験の深さを見て取れた。きっと体内魔力を探ったとかそんなことでは決してない。とそう言い切れるだろうか。いや言い切れない(反語)。
「僕の魔法は探知専門ですので。まぁ大したもんでもないです」
「探知魔法? あまり聞かないわね」
「独自の部分が少し多いので。制御しなくても、自動で標的を追いかける誘導型の魔法です。探すものを標的として追いかけるだけなんですけどね。やってみたらできたので」
「天才型なのね。ちょっとうらやましいわ」
「才能で一番有能なのは努力ですよ。そこそこレベルの才能があれば、努力でほぼ解決できますからね。まぁそれ以前の問題として、才能がゴミなら努力しても上を目指すのは難しいですが」
「そうね。頑張って努力してみるわ」
「既にしているようにも見受けられますが」
「もっとするのよ」
「しかし僕が天才だとよく見破りましたね」
「自分で言うのね。そりゃあわかるわよ。 誘導型の魔法だって制御が必要なのに、いらないなんて言ってのけるやつは天才しかいないわ」
「え、まじすか。照れるなぁ」
さっき自分で言っていたのに本気で照れている辺りはよくわからない人間である。
「ところで、本当に用がないのかしら。それなら本でも読んできたらどう? 私はちょっと今あれこれやってて」
「あ、これさっき書いてたやつですか。ちょっと見せて下さいよ」
「ふぉんっ」
「いや、なんという声をあげてるんですか」
「ご、ごめんなさい。ちょっとその……男性的な匂いに面食らっただけよ」
「……」
「あっ別に男性経験がないとかそういうのではないのよ研究が忙しくて外に出ないからちょっと長い間男性と喋る機会がなかったというだけで」
(語るに落ちるとはこのことか)
「あっ、ほら、これ魔導書なんだけど、見てみる?」
「あからさまにごまかさないでください。あとさりげなくもう一度嗅ぎにこないでください」
「嗅ぎにいったんじゃなくて匂ってきたのよ」
「なんか体臭きついみたいな言い方やめてください」
「大丈夫よ。きつくはないわ。むしろいい匂いだと思う」
「……」
「なんで赤くなってるの?」
(たしかいい匂いがする人とは生物学的に相性がいいんだっけ)
この二人は、このあと、甘酸っぱい青春や感動のドラマストーリーを経てお互いの気持が通じ合い、最終的に結ばれたりはしません(ネタバレ)。
「そ、そういえば、小悪魔というのは、いわゆる悪魔召喚的なやつなんですか」
「その認識で問題ないわ。力の弱い悪魔を、力ずくで従わせてる感じね」
「あれ、契約とかするんじゃないんですか」
「力の強い悪魔ならそういうこともするけど、小悪魔程度なら恐喝でどうにかなるわ」
「力で従わせる政治はいつか崩壊しますよ」
「政治じゃないから崩壊の危険はないわね」
書斎から出た二人は、辺りを見回した。先程は気づかなかったが、そんなに多くない程度の小悪魔がせわしなく本を持って行き来している。確かに運動能力があからさまに低そうなパチュリーでは、この仕事を遂行できないように思えた。
当然、人生で小悪魔などと関わりを持つようなことはなかったので、晴嵐は興味津々であった。
「ねぇねぇ君、ちょっといいかい」
「ひゃあ! 逆ナンされちゃいました!」
「いやしてないから。君たちはやりがいを持ってこの仕事に望んでいるのかい」
「やりがいの意味は分かりませんが、あじさいなら庭に咲いていますよ」
惚けた顔で指さした先には、出口への扉があった。帰れということだろうか。
「ごめんなさい。小悪魔にはまともじゃないのと、なんだかまともそうに見えるのの二種類がいるのよ」
「どっちもまともじゃないんじゃ」
「悪魔がまともなわけが無いじゃない」
「ごもっともです」
よく見れば、せわしなく働いているように見えていた小悪魔たちは皆思い思いに遊んでいるだけだった。整理しているふりをして本を読んでいるのや、掃除しているふりをして本を読んでいるの、本を読んでいるふりをして本を読んでいるようなのばかりだった。
「それでですね、私はその男性のことを好きになってしまったのです」
「へー」
「でもその男性には既に奥さんがいました」
「昼ドラみたい」
「なので体から落とそうと考えたのです」
「あれちょっとおかしくね? そっちの方向に進むの?」
「最初はスキンシップでした。肩や手、背中や股間を触ってアピールしました」
「股間はまだ早いでしょ」
「次は言葉です。気があることにギリギリ気づかせるレベルの絶妙な言葉遣いでその気にさせつつ、若干淫語を使いながら股間を触り、どんどん私に夢中にさせていったのです」
「股間は触らなくていいでしょ」
「そして時機を見て私は股間を触りました」
「いや一大決心したみたいな言い方だけど初期からずっと触ってたよね」
「しかし男性は反応してくれませんでした」
「そこまでされたら落ちそうだけどなー」
「実は私の計画には大きな穴があったんです」
「穴が?」
「そうなんです。穴があったんです。その男性は、実は女性だったのです」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ? あっ、はい」
談笑しているのもいた。
「まったく、あいつらは本当に……」
「小悪魔というだけあって会話もアホらしいですね」
「まぁアホだから」
主人も思わずうなるほどのアホさである。
「一人いる? こき使ったぐらいじゃ死なないから便利よ」
「でもサボりそう」
「そこは否定出来ないわね。普段からサボるために生きているようなのもいるし」
「じゃあいいです」
厄介事を押し付けられる性分だからといって、押し付けられるがままになる必要はない。
「そろそろ暗くなってきましたし、帰りますかね」
「訳の分からない理由で訳の分からないタイミングにやってきた割には常識的に帰るのね」
「気まぐれなので」
「そうなの。気をつけて帰りなさい」
特に誰も見送りに来てくれなかったので、トボトボと帰ることにした。そのせいで帰宅が遅れ、里の教師に叱られるはめになると、この時の晴嵐は想像していたが、気分でのんびり帰った。
紅魔館の主に会うところから始まりますね。
晴嵐は主人公には足りません。異物を混ぜるのが目標なので、違和を感じてもらえれば。
レミリアはサブヒロインです。これから晴嵐に恋愛させるとしたらまずレミリアが出ます。ただ、問題はこの先恋愛させるつもりが一切ないということですね。とりあえず友人ポジに。パチュリーとは相性がいいです。これは、晴嵐と魔理沙が相性悪いのでその代わりです。つまり深い意味が無いんです。小悪魔はいっぱいいます。大ちゃんもそうです。
あと、僕のイメージの中で、東方キャラのイメージは基本的に無表情です。ですので冗談も無表情です。もちろん感情はありますし、実際表情は変わりますが、文章は無表情になればいいなぁと。なってるかな。