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東の方の眠らない日常  作者: 火河雪斗
第一章 我々が恋した幻想郷
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よく晴れた紅魔館_1

 紅魔館は、数年前に幻想郷にやってきた建物である。上から下からあっちからこっちまで深紅に染められており、窓が妙に少ない。敷地も広大で館も巨大。里で一番の名家である稗田家の屋敷をも凌ぐ大きさだった。


 幻想郷は、外の世界で忘れ去られたものたちの聖地である。夢現の境界線により、幻想郷では幻想こそが現実である。幻想郷にやってくることを幻想入りなどというが、紅魔館が幻想入りしてきた当時は、少しは話題になったものだった。


 大きくて真っ赤な屋敷ごと、吸血鬼が幻想入りしてきた。と、それだけ聞くとなにかとんでもないことのように思える。実際、吸血鬼に対抗するためどうにかせねばならぬと、人里では自警団が結成された(今晴嵐が働いている自警団のことである)。しかし、紅魔館の吸血鬼は暴れることもなく大人しくしていた。外に出てくることもなかった。館のメイドが里へと買い物に来るのは見かけたが、ただ日用品などを買っていくだけ。特に愛想が悪いわけでもなく、話しかければそれなりに談笑し、しかし必要以上に取り入ってくる様子もなく。最初は警戒していた人たちも、いつしか普通に接するようになり、結果として紅魔館の主はおとなしい吸血鬼であるという認識に落ち着いた。


 先日、唐突に、その認識は間違いであったとつきつけられる。


 紅魔館の主、レミリア・スカーレットが、妖気を含んだ紅い霧で幻想郷中を覆いつくしたのだ。その妖気は、霧の濃い紅魔館周辺では三十分で人間を致命的にアレするほどだったが、紅魔館から離れた霧の薄い所では三十分で人間を軽くソレする程度だった。どちらにせよ、人間には間違いなく有害であったため、霧が立ち込めている間、体調を崩す人が続出した。普段土建屋で力仕事をしているあのおっさんがまっさきに倒れたり、体が弱く寺子屋にも毎日は通えぬほどの弱々しい少女が最後まで倒れなかったりしていたあたり謎としか言いようがないが、実際具合が悪くなっている人が何人もいる以上、放っておくわけにはいかなかった。


 しかし、人里では、紅魔館へ使者を立てて霧を止めてもらうよう懇願するか、討伐隊を編成して吸血鬼を殺してしまうかで意見がわかれてしまい、組織的には動くことが出来なかった。殺せると思っているあたりまこと浅はかである。


 そんなことをしているうちに、霧に含まれた妖気によって覚醒した妖怪たちが人里を襲ってきた。もちろん、幻想郷のルールとして、人里を直接襲った妖怪は殺されてもおかしくないので、直接襲ってくる妖怪というのはよっぽど頭の悪いやつだけだった。落とし穴に落ちて死んだり、バナナの皮で滑って転んで死んだりしていた(落とし穴もバナナの皮で転ぶのも本当に危ないのです)。里の自警団は、村の危険な場所から人々を避難させ、妖怪から守っていた。お偉いさんがたは、やれ和平だのやれ討伐だの言い争っていたが、実際、里の人達は異変の解決は巫女の仕事だと思っていたので、霊夢が解決してくれるのを待っていた。そのうち、自警団の連中にも体調を崩すものが出始め、あっちも大変こっちも大変とてんやわんやしていると、いつの間にか霧が晴れていた。適当な勘で紅魔館を見つけた霊夢と、順当な勘で紅魔館を見つけた霧雨魔理沙、二人の活躍によって霧は次の日には晴れていたのだ。


 前述のとおり、霧が晴れた後も体調が戻らない人がいたり、暴れだした妖怪をきっかけに里に攻め寄せてくる中途半端な知能を持つ妖怪の集団がいたりして、結局ひと月くらいかかってようやく里に元の平和が訪れたのであった。


 それはそれとして。話は変わるが、霧が晴れてから一週間ほどたったころ、紅魔館から人里へと使者が来た。なかなか可愛らしい少女で、メイド姿をしていた。思えばこの少女、何度も里へ買い物に来ていた。突然に起きた異変が衝撃的すぎて、皆そのことをすっかり忘れていた。少々スカートの丈が短いことを皆が気にしていた。スカートの中を無邪気にのぞき込んだ男の子は「下着は白だったけど、それより足の付根のところにいくつかのナイフが下がっていたのがびっくりした」などとわけのわからない供述をしていた。白とか大好きです。


 吸血鬼であるから、もしかして「里の人間を定期的に生贄として捧げろ」とでも言われるのではないかと、皆が怯えていた。勇気ある若者(というか晴嵐)が話しかけると、メイドはこう言った。


「このたびはご迷惑をおかけいたしまして」


 そのメイドは十六夜咲夜と名乗った。紅魔館の主の従者だそうだ。主に命ぜられ、詫びを入れに来たらしい。おみやげとして紅魔館クッキーというのを貰った。最初は皆、毒でも入っているのではないか、これを食べると脳が侵され、吸血鬼のしもべとして一生血を吸われ続ける運命になるのではないかと恐れ、口にしなかった。そのうち、勇気ある若者(というか晴嵐)が毒見をし、無事だったので皆も食べることにした。この紅魔館クッキーは、レミリアが時々食べる血の入ったクッキーを模した(本当に見た目だけを模した)、唐辛子入りのクッキーだった。『甘くて辛くてなんだこりゃ』がキャッチフレーズだそうで、皆がそのとおりなんだこりゃなんだこりゃと声をあげていた。意外と好評だった。咲夜によれば、時々、里に売りにくるという話だった。里の人達は、喜んで吸血鬼を許したのだった。






 霊夢と別れた晴嵐は、博麗神社から紅魔館へ向かう。そんなに遠くもないが、言うほど近くもない。絶妙に微妙な位置にある。


 紅魔館は湖の畔にたっている。湖畔と呼ぶと、ご飯と韻を踏んでいてなんかアレだな。などとアホなことを考えつつ湖に到着した晴嵐だったが、そこで謎の物体を発見した。ふよふよと浮遊している真っ暗な闇である。普通の人なら気になって調べたりすることもあろうし、危険な物体だと判断して避けて通ろうとすることもあろうけれども、晴嵐は普通でもなんでもなかったので脇を通り抜けて行こうとした。ある程度近づくと、闇の方から晴嵐に話しかけてきた。


 晴嵐はのちに「闇にも口という部位があったのだと思ってしまった」と話している。


「あなたは、食べてもいい人間?」


 その声は幼い少女の声に聞こえた。しかし、周りに幼い少女は見当たらない。おそらく、この闇が喋っているのだろう。


「その質問に答えるため、疑問を解消したい。質問をしてもいいか」

「かまわないわ」


 闇は、突然食人の許可を求めてきた割には、それなりに話の通じる闇のようだった(話の通じない闇もいるのだろうか)。


「うーん、食べてもいい人間の定義が知りたいんだが」

「……そう言われると困ってしまうわね」

「君は食べてもいい人間が一体どんな人間が知らないで質問していたのか」

「ええ。だから質問していたの」

「確かにそれは間違いないな。君は人喰い妖怪かい」

「そうよ。あなたを食べたいと思っているのだけど」

「女性に言われると魅惑的な響きになるな。僕はやっぱり外見が女性なほうが好きだけど」

「失礼な人ね。ぷんぷん」

「ぷんぷんと口に出す女性にろくなやつはいないと昔から相場が決まっているらしいよ」

「それこそ失礼ね。でも、忠告ありがとう。これからは思うだけにするわ(ぷんぷん)」

「ところで、声と口調から勝手に女性と断定しているが、女性なのか。それとも性別などない妖怪か?」

「ちょっと待って。私は闇を操ることが出来るのよ。見てて」


 そう言うと、闇は晴嵐から少し離れ、蠢きだした。かと思うと霧散し、その闇の中から少女が現れた。顔立ちは幼く、金髪。黒を基調とした服装に、頭にはリボンをつけていた。闇を操る事ができるなら、闇の塊がふよふよと浮いていたのにも理解が出来る。理解が出来るが、そもそも闇の塊とはなんなのだろうか。理解が出来ない。


「ほらね。女性でしょ」

「そうだね」

「なんだか反応が薄くてつまんない」

「その容姿で人間を食べるのかと思うと恐ろしくてね(真顔)」

「そうだった。あなたを食べさせてよ」

「女性に言われると魅惑的な響きに……」

「待った。同じ手は通用しないわよ」

「うーん。見逃してくれないかな。見逃してくれるなら、この紅魔館クッキーをやろう」

「わーい」


 晴嵐が紅魔館クッキーを差し出すと、少女は喜んで受け取って食べ始めた。人喰い妖怪ではあるが、あくまで主食が人なだけで大抵なんでも食べるようだ。


「僕は紅魔館へ吸血鬼に会いに行きたくてね」

「そうなのかー」

「だから良かったら見逃してくれるかい」

「わかったわ」

「いい子だ。ほら、もう一つ紅魔館クッキーをやろう」

「わーい」


 喋り方に大人っぽさを感じたところもあったが、基本的には子供のような思考らしい。そういえば、妖怪というものは半分は概念で、その概念のとおりに行動しないと存在が危ういらしい。この二つの考えをまとめると、彼女は子供の妖怪だったのかもしれない。妖怪の子供と子供の妖怪の違いとは。などということを一瞬で考えてしまった自分に謎の後悔を抱きつつ、喜ぶ闇妖怪の横を過ぎて空へ飛び立った。晴嵐は、直接湖を突っ切って渡ることにしたのだった。


 そのまま湖上を飛んでいくと(説明が無かったが、晴嵐は空を飛ぶことができる。なぜなら陰陽師だから)なぜか気温が下がってきた。気温の低下はとどまることを知らず、夏なのに肌寒いほどになっていた。


「おかしいな。いくら水上だからといってこんなに冷えるはずはない。それに、よく見れば湖の真ん中のはずなのに氷が浮いている」

「それはきっと私がいるからよ」


 用事がある日に限って、こうやってひとに絡まれる。それは晴嵐に限らず、世の常である。奇しくも、霊夢と魔理沙も全く同じ運命を辿っていたとは、このときの晴嵐は夢にも思っていなかった。まぁ、別にこの先知ることもないのだけれども。


 晴嵐の目の前に現れたのは、またもや少女であった。今度は随分と涼しげな格好をした、随分と涼しげな色合いの少女だった。先ほどの闇と無邪気の人喰い妖怪は特殊だったが、この少女はとても普遍的なにおいを感じた。


「私はチルノ。氷の氷精よ」

「氷の氷の妖精か」


 幻想郷において妖精とはとっても素敵に普遍的で、ほとんど相手にされないほどちっぽけな存在である。そもそも、悪戯をするだけの妖精にいちいちかまっていたら圧倒的に時間が足りない。妖精は数だけは多いのだ。だが、だがしかし。このチルノにおいては少々事情が異なる。


 妖精はものすごく弱い。里の一般人……の子供でも、殺すことができるほどであろう(ただ、死んでも割とあっさり復活するのも妖精の特徴であるが)。だが、チルノは別だ。ギリギリとはいえ、あの容赦のない鬼畜巫女霊夢と弾幕ごっこを繰り広げるほどの強さは持っている。妖精の中でも別格に強い。頭の方も、人間から見れば少々馬鹿な子供レベルだが、普通の妖精に比べれば随分と話が通じる。やはりこちらも別格である。なぜそこまでの存在となったのか、誰も知るものはいない。もちろんチルノを含めて(覚えていないので)。


「私は妖精の中でも最強。貴様に私が倒せるかな?」

「倒すといっても……弾幕ごっこだろう? 僕は弾幕ごっこはほとんどしたことがなくてね。霊夢がスペルカードルールを考えているときにすこし相手をした程度なんだ」


 幻想郷において最もポピュラーな決闘方法であるスペルカードルールではあるが、現在広がっている認識としてはあくまで女の子たちの遊びである。男たちは、あいも変わらず泥臭く血臭い殺し合いで決着を付ける。ここで少し問題になるのは、男性と女性が戦う時、一体どうするのか。微妙に答えにはなっていないが、戦わないが正解である。そもそも決闘といっても、弾幕ごっこは遊びである。本当の決闘とは少々緊張感が異なる。運動なのである。スポーツなのである。サッカーをするのと同じ感覚なのである。真剣を持った侍と、サッカープレイヤーとが戦ったら、それは大抵の場合侍が勝つもんである(キック力が増強されるシューズなどあれば別かもしれないが)。当たり前なので誰もしない。男も女もそれはわかっているので、別の方法を考えるのである。同じ立場で戦うことの出来る、別の方法を。


 とりあえず、別の方法で戦わないか、もしくは戦うのをやめないか、というニュアンスで答えた晴嵐だったが、チルノが食いついてきたのはスペルカードルールに対する反応ではなく霊夢という人物名だった。


「霊夢? あなた、霊夢と知り合い?」

「ん、そういうチルノも霊夢の知り合いだったのか。僕は安倍晴嵐。もがっさらばばばと陰陽師を営んでいる」

「も、もが……? よくわかんない。私はチルノよ。氷の妖精!」

「実はそれ、さっき聞いたんだ(ちゃんと妖精に訂正されてる)」

「とりあえず、弾幕ごっこができないなら他のことで勝負だ!」

「勝負か。どんな勝負がいい?」

「じゃあ、私が出す問題に答えられたらあなたの勝ち。答えられなかったら私の負けよ!」

「……」

「あ、違う! 私の勝ち!」


 普通の妖精ならここで指摘しても間違いに気が付かないので、考えて自分で気づく辺り、チルノの頭の良さが分かってもらえると思う。もちろん、人間の子供よりは馬鹿だが。


「わかった。では問題を出してくれ」

「じゃあ問題。この中で仲間はずれは誰でしょう。霊夢、私、大妖精の大ちゃん」

「霊夢だ。一人だけ腋を出している(大ちゃんって誰だ。知らんひと出すな)」

「せ、正解……ッ」

(大ちゃんとやらが腋を出していなくて助かった)

「あなたの勝ちよ……私のことは好きにしなさい」


 変に色っぽい仕草でくねくねとするチルノ。ただ、外見は五歳程度にしか見えないため、非情にシュールである。


「では放っておくよ。僕は紅魔館に行きたいんだ」

「紅魔館ならあっちよ」

「ありがとうチルノ。お礼に紅魔館クッキーをやろう」

「ほんと? ありがとう。あなた、思ったよりいいやつじゃない」


 食べ物をあげるだけでいいやつ認定される。実際妖精の話を聞いてあげるあたりいいやつなのかもしれない。あと、紅魔館クッキーが割と人気なのもある。妖精にも大人気!というキャッチコピーでもつけてみてはどうだろうか。妖精はよくも悪くも正直なので、本当に美味しいということがアピールできるのではないだろうか。


 チルノと別れた晴嵐は、先程から見えている巨大な紅い館へ向かって飛行する。実際の異変の際、ここら一帯は霧が濃く、十尺先が見えないほどだったが、解決した今でも対岸は見えない。対岸は見えないが異変当時よりよりは随分視界も良好だ。どうやら、この湖は常に霧が立ち込めているらしい。段々近づいてきた紅い館は、やはり巨大であった。


「紅魔館……ね」


 紅い魔の館。主人の名前はレミリア・スカーレットだったか。す、スカーレットマジックハウスだ!(英語力皆無)館を観察してみると、やはり圧倒的に紅い。それと、絶望的に窓が少ない。もし寝室に窓がなかったら、朝日を受けて目覚めパッチリとはいかないだろうな、とそこまで考えたところで晴嵐は一つの考えに思い至る。吸血鬼が昼間起きているものだろうか。もしかして寝ているのではないだろうか。もしかしてもしかして、寝ていたら夜出直してくる羽目になるのだろうか。イヤだなーなんて考えつつ、目の前に見える門番らしきひとに近づいていった。


「すみません。ちょっとよろしいでしょうか」

「はい。知り合い……じゃないですよね」


 髪を耳にかけつつ苦笑いする目の前の女性。真っ直ぐ美しい紅髪に、なぜか中華風の服を着ているのが特徴的なひとだ。門の前の、一番門番がいそうな位置に立っていたのできっと門番だと思う。見た目は完全に人間の女性だが、門番をやっているぐらいだから妖怪かもしれない。妖怪チャイナスリットだろうか。恐ろしく危ないスリットが入っている。危ない。見えそうである。


「知り合いじゃないと思いますよ。知り合いだったら覚えてなくて申し訳ないです」

「私も覚えてないです……申し訳ありません」


 頭を下げ合う。三度ほどペコペコする。


「はじめまして。安倍晴嵐と申します。人里であれやかれややっております。あなたはここの門番さんで?」

「ええ。ご丁寧にどうも。私は紅美鈴と申します。よろしくお願いします」

「いえいえこちらこそ」

「いえいえこちらこそ」


 頭を下げ合う。三度ほどペコペコする。


「用があって参りまして」

「どなたかに招待されている方ですか?」

「いえ、吸血鬼を見てみたいという純粋な下心で、突発的かつ衝動的に参りました」


 基本的に正直な男である。


「そうですか。わかりました。一応聞いてみますね」


 こちらも随分と話のわかる門番だった。


 美鈴が館へ入っていってから気づいたのだが、もし晴嵐が良からぬことを考えている者だった場合、門番がいなくなっては良くないのではないだろうか、と。しかし面倒くさくなったので晴嵐はそっとその考えを湖へ投げ捨てた。


 すると、突然湖から女神が現れた。


「あなたが落としたのはこの金の考えですか? それとも銀の考えですか?」

「私が落としたのは普通の考えです」

「あなたは正直者ですね。ご褒美に、金の考えも銀の考えもあげましょう」

「考え方が増えると迷うので嫌です」

「なるほど、そういう考え方もありますね」


 そうして、妄想の中の女神様と雑談をしつつ待っていると、美鈴が館から出てきた。


「お嬢様がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」

「どうも」


 どうやら吸血鬼はこの時間でも起きていたようで、晴嵐は安心する。美鈴について館に入ると、そこにはメイドが楚々として立っていた。


「ようこそいらっしゃいませ。お久しぶりでございます」


 真っ先に出てきた言葉には、そのメイドと晴嵐が既に知り合いであるという意味の込められた言葉であったが、晴嵐に心当たりはなかった。


「おや、咲夜さんと知り合いですか」

「知り合いじゃないと思いますよ。知り合いだったら覚えてなくて申し訳ないです」

「知り合いですよ。以前里にお詫びに行ったときにお話しましたよね」

「えーと、ああ、あのときのメイドさんか……」


 晴嵐はそう言うと、目線を腰のあたりまで下げた。心当たりがあった。


「ああ、確かにこれぐらいのスカート丈だった」

「……あの、女性をスカート丈で区別するのはいささか失礼では」

「いや申し訳ない。ここまで短い人は人生で始めて見たものですから」

「……」


 どうやら謝罪があまり功を奏していないようだったので、付け加えてフォローすることにした。


「素敵な脚ですね」

「……」


 完全に気分を害してしまったか、と思った。そりゃそうだ、と言われたような気もした。


「あの、私は持ち場に戻ってますね」

「あ、美鈴さん、ありがとうございました」


 美鈴が逃げるように館を出て行く。美鈴さんの足も綺麗だなあと晴嵐は思った。残ったのは咲夜と晴嵐だけになった。


「しかし、二週間ぶりぐらいですかね。お久しぶりです」

「ええ。覚えてもらえていなかったのは残念でしたが」

「覚えてます、覚えてますよ」

「そうですか。ではあらためて、じゅうろくやさくよです。よろしくお願いします」

「そうそう、じゅうろくやさんだったね。覚えているよ」

「覚えていないじゃないですか。じゅうろくやじゃなくていざよいです。十六夜咲夜です」

「言い訳も出てこないですが申し訳ありません本当」

「私は覚えていましたのに。人里の代表の安倍晴嵐さんですよね」

「え、僕は別に代表というわけではないですが……」

「しかし以前は……」

「えーと……ああ、あれは村の長老たちがびびってしまったのでかわりに喋っていただけです。僕はただの自警団員ですよ」

「そうだったのですか。ですが、またお会いできるとは思ってもおりませんでした。なんだか運命的ですわね」


 そういうと、咲夜は少し色っぽく笑う。しかし、可愛いなぁ、とか、もしかしたら誘ってるのかもしれない、とか考えるわけでもなく、晴嵐は黙ってしまう。


「? どうされました?」

「いえなんでも」


 特に何も考えていなかった。お互い。


「はぁそうですか」

「そうです。どうもありがとうございます」


 ありがとうございますは間違っているのではないかという懸念もあります。とりあえず、知り合いと会ったら世間話をするものであるという固定観念があった晴嵐は、適当な話題を振ってみた。


「美鈴さんとは同僚ですか」

「ええ、そうです。といっても、彼女のほうが何十年も先輩ですが」

「やっぱり美鈴さんは妖怪なのでしょうか」

「らしいですが、なんの妖怪なのかは聞いたことがありませんね。今度覚えていたら聞いておきますわ」


 自分から振ったものの、別のひとの話などするのはどうなのだろうか、と思った。


「十六夜さんは人間ですか」

「ええ。名前のとおり、まだ歳も十六です」

「なるほど」

「いや、信じてもらっても困ります。もう幾つかは上です」


 晴嵐が先程からふざけて喋っているように見えた咲夜は、晴嵐に合わせるために冗談を言ってみたのだが、当の晴嵐自身は冗談でも素直に受け取ってしまうようだった。咲夜は、自分の冗談が下手だということには気づかない。


「はぁそうですか。別に十六でもそんなに違和感無いですね」

「……もう。そういうの、女性は本気にしますよ」

「こういうことをさりげなくいうのがモテるコツです。そうなんですか!?」

「いや、知らないです」


 晴嵐はこう見えても二十五である。そろそろ浮浪人のような生活をやめて、誰かと家庭でも持ったほうが良い年頃である。しかし結婚しようとはしない。晴嵐に思いを寄せる女がいないわけでもないのだが。本当に面倒くさい男である。


「しかし年下だったのか」

「むっ、年上に見えますか」

「なかなか大人っぽいよ。でも顔をよく見れば幼さが残ってるね」

「……ち、近いです」

「女性のパーソナルスペースにさり気なく入るのがモテるコツです。そうなんですか!?」

「いや、知らないですってば」

「知らないことだらけですね」

「知ってることしか知りませんので」


 久しぶりにあったということもあり(晴嵐はほとんど覚えていなかったが)、少し気が合うということもあり、それから随分と長く喋っていたが、ふと晴嵐は思い出した。


「そういえば、ここのご主人さん、会ってくれるんじゃなかったっけ」


 晴嵐がそういうと、咲夜は一瞬固まったあと、顔を青くして冷や汗を書きはじめた。


「おじょっじょじょお嬢さまがお会いになられるそうなのでこちらへどうぞ」

「なんだかすごく動揺しているけど大丈夫かい」

「完全に忘れていました。申し訳ございません」

「いやいや、こちらから喋りかけていたということにしておくよ」

「ありがとうございます。本当にすみません。さあ、こちらへ」


 こちらから喋りかけていたということにしておくなどと言ったが、よく思い出してみれば間違い無くこちらから喋りかけていた。まぁ、そんな瑣末なことは気にしない。


 ようやく、咲夜について歩き出す。真っ直ぐ行ったり曲がったり、曲がったり曲がったり真っすぐ行ったり、階段を登ったり下りたり(ラジバンダリ)していると、今自分がどこにいるのかわからなくなってくる。


「随分と広い屋敷だね」

「私が能力を使って屋敷内の空間を広げておりますので、外見よりも大きくなっています」

「空間をいじる力を持ってるのか」

「いえ、時間の方を操ります」

「時間を操ると空間も操れるのか」

「ええ」

「よく分からんな。メモっておこう」


 晴嵐はメモに『咲夜ちゃんをいじると時間も空間もいじれる』と書き足した。咲夜をいじるとは具体的にはなにをすればいいのだろう。精神的にいじるのだろうか。母ちゃんをでべそ扱いにでもすればいいのだろうか。さっきのやりとりから、そこまでメンタル面は強そうではないが。肉体的にいじるのだろうか。叩いたりつねったりくすぐったり性的なイタズラをしてみたりするのだろうか。普通にセクハラだ。晴嵐はメモを『時間と空間をいじれる』に書き換えた。書き換えたところで意味がわからないし、そもそも晴嵐はメモをとっても見ない人間であった(ではなぜメモを持っているのか)。


 数分歩くと、大きな扉の部屋に到着した。


「少々お待ちください」


 そう言うと、咲夜は大扉(大きな扉の略)をノックし、声をかけた。


「お嬢様。お客様をお連れしました」

「入れ」


 帰ってきた声は、女性であることは分かったが、威圧感を含んでおり、具体的に言うとすごく機嫌が悪そうだった。


「どうぞお入りください」

「失礼します」


 意外と軽い木の扉を開けて入ると、そこは書斎のようだった。が、晴嵐がじっくり部屋を観察するまもなく、中央の王座に腰掛ける異質な存在に目を奪われていた。


『よく晴れた紅魔館編』はもうちょっとあります。次話に『よく晴れた紅魔館_2』として投稿しました。


紅魔郷にてレイマリが進んできた道のりを晴嵐の視点で見る内容です。晴嵐は男なので弾幕ごっこはしません。実際そこまで強くないです。弾幕ごっこでもレミリアにはまず勝てません。そもそも弾幕ごっこって2Dだから成り立ってる部分もあるんですよね。ゲームよりリアルに近い感じでイメージ出来る媒体だとものすごく表現しづらいと思います。アイシクルフォールとか。


ルーミアとチルノには深い意味はありません。原作通りですね。ルーミアの頭の謎の御札は、可愛いからつけてるだけで特に封印とかもされてないです。美鈴は普通のひとです。嫁でも優遇することはないです。というかキャラとして好きでも話に出しづらかったら出ないですよね。咲夜はサブサブヒロインです。メインヒロイン>サブヒロイン>サブサブヒロインです。何もないキャラに比べれば出番が多いってことです。というかもはやヒロインではない。


とりあえず晴嵐に関しては、なんだかんだ適当にそんな感じで行ってたら意外とできちゃうもんなんすよ的な行き当たりばったり感を出したかったんです。そういうキャラなので。

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