幕間~一体全体この章の主人公は誰なのか
GW仕事が入ってたのに急に休みになった系男子です。
晴嵐もそれなりには酒を飲む。家で飲むことはほとんどなく、もっぱら里の中央にあるキャバクラで飲む。キャバクラと言っても、女の子を指名して相手してもらうようなサービスではない。要は酒場である。酒を飲める店である。
女の子がいないというわけではない(むしろ従業員は全て女の子である)が、そもそも全てのスタッフを含めても三人しかいない。
でも、店主がキャバクラと名乗っているのでキャバクラである。
晴嵐は二つの目的でここへ来ている。
まず、酒だ。ビール好きな晴嵐は、よくここでビールを飲んでいるのを見かける。別に女の子目当てではないが、例え目当てでなくとも女の子がつくことはある(正確には、常連過ぎて女の子の方から話しかけてくる)。
「やっほー。今日も来たねー。まぁいつものことだけどさ」
注文を受けたら、普通はお酒を持ってきてそれでおしまいである。しかしその女性は、さりげなく(?)隣に座って、晴嵐のグラスにビールを注ぎ始めた。
冬木葵は、実は晴嵐とは家も近く、幼なじみのような関係である(そんなに仲良くないけれど)。今はこの『キャバクラヨシノ』で唯一のフロア担当として働いている。
フロア担当などというが、そもそもバイトを含め従業員が三名なので忙しければフロア担当が増える。暇なら一人を店側に残し、二人は引っ込んで作業をする。
今は、夜の一番人が来る時間帯なので、ここには葵以外にも二人の店員がいた。
晴嵐がここに来るもう一つの理由が葵にあった。
別に葵目的できているわけではない。十年近く前、葵がここに就職したとき本人に「働くところ決まったけど女性ばっかでちょっと不安なんだよね。酒場だし。暇だったら見に来てよ。飲みに来てよ」と誘われたのである。
別に本当にパトロールして欲しくて言ったわけではなく、ただ単に就職先を宣伝しただけだったのだろうが、晴嵐は律儀に十年間、酒を飲むときにはこの店に来る。常に居るわけではないが、晴嵐が入り浸っていることを来店客に見せつけたかった。変な暴れん坊を、少しでも抑止できるかと思ったのだ。
「何もなかったから来た。今日はもうやることがない」
片言のように喋る。実際、大抵仕事終わりに来る。晴嵐の仕事はとにかく歩いて、報告書(多分村長宛て)の一言欄に「問題なし」と書くことである。
「ああー。それはそれで面倒だねぇ。この時間からじゃ、里の外には出かけられないの?」
「いいけど、帰りが夜になると先生がな……」
「慧音先生も過保護だよねー。晴嵐くんだけには」
慧音の、晴嵐への過保護は有名である。それは、他の人よりはよっぽど晴嵐と一緒にいる機会が多い葵には特に分かっていた。
「別にいいけどな。愛されてるわけだし」
「私も愛してるよ~」
「えっ、あっ、そっすね」
「あっ、はい。ごめん」
冗談は言い合う仲である(果たして冗談なのか)。
そのふわふわした髪の毛や、鮮やかな黒目は十年近く前から変わっていない。身長もあまり伸びていないので、子供が酒場にいると勘違いしてしまいそうだ。だが、しっかりと女性らしさを主張する体型を見れば、大人なのだろうと想像はつく(ついでにセクハラエロ親父がつく)。
変な空気になったのを払拭すべく、葵は世間話を切り出した。
「そうだ、知ってる? 郷田の奴がさー」
「郷田って誰だよ」
「私の脳内の……」
「お前の脳内の話なんか知るか」
「うぇっへへ」
「なんなんだよ」
「わかんない」
そう言うと、葵は自分のコップにもビールを注いだ。そして一気に飲み干し、再びコップを満たす。
それなりに客もいるのに、堂々と飲んでいても誰も咎めない。それは葵と晴嵐の微妙な関係を知ってか、はたまたそんなことを指摘する勇気が無いのか。どちらにせよ、葵は何も気にすることなくごくごくと晴嵐の頼んだビールを飲む。
ほとんど泥棒だが、晴嵐もいつものことなので気にしない。
晴嵐の知り合いなのでもちろん変人である。それは微妙に安定しない情緒のせいか、情緒を安定させてやらない晴嵐のせいか。
「お前、飲んでていいのか」
「それを晴嵐くんが言う~? まぁ、私はいいのよ。どうせ誰も何も言わないし。私は晴嵐くん専属店員みたいなもんだし」
「そんなもんねーよ」
突然扉が開き、人が入ってきた。(そりゃ客が店に入るときにノックをする訳がない)。それは少女で、あまりこういった(言い方は悪いが)低俗な店には合わなさそうな雰囲気を持っていた。つかつかと誰もいないカウンターへ向かい、「あら、店員はいないの?」と言った。
「うぇ!? は、はい! ただいま!」
くつろいでいた葵が跳ね起き、接客を始めた。もともと飲みに来ただけだったので、晴嵐はそのまま気にせず飲んでいた。
「いつものと言いたいところだけど……貴方は初めて見る顔ね」
「え? は、はぁ」
「芋焼酎水割りってまだやってるの?」
「は、はい。芋焼酎出してるところならまぁだいたいやってると思います」
とても客商売の人間が言うことではなかったが、客の少女が気にする様子はなかった。
「ではそれで」
「はい」
葵が氷を入れようとして、「あ、すみません。暖かいのがいいのだけれど」と言われ意味が分からずあたふたしているのを眺めつつ、晴嵐はビールを一口飲んだ。
晴嵐がキャバクラヨシノに来るようになったのは、他でもない葵の影響である。
葵に「私が働き始めたんだからたまには飲みに来なさいよ!」とさながらツンデレ幼なじみ(あながち間違いではない)のごとく誘われたのである。五年前のことだ。
来てみると、意外に葵とのお喋りは楽しく、(もちろん葵は他の客の対応もしなければならないが、店長が気を遣ってくれるのでよく晴嵐と話している)そのうち毎月来るようになり、毎週来るようになり、一時期などは毎日飲みに来ていた。
晴嵐は常連ではあるが、大抵決まった時間に来たり、誰もいない昼間に来たりする。他の時間に来る常連など知らないし、ましてや毎日ここで働く葵が知らない客を晴嵐が知るはずなかった。
しかし晴嵐は、客の少女の隣に座り直した。葵はギョッとした。晴嵐の行動は突然過ぎるので割と普通の反応である。
少女に興味があったのか、用でもあったのか。晴嵐は少女に話しかけた。
「どうも初めまして。安部晴嵐と申します」
「あら、なにかしら。ナンパは受け付けていませんよ」
「失礼ですが……どなたですか」
本当に失礼である。
「本当に失礼ね」
「失礼ですみません。でも、ここまで力の強い方が里にいるなんて僕は知りませんでした。安全性を第一に考えると、貴方に聞いた方が早いかと」
「私が危険人物なら、そんな挑発的な話し方じゃ危ないのでは」
「人物って。人には見えませんが」
あまりに失礼すぎて、カウンターにいる葵からしてみれば気が気でない。
店的にもそうだし、晴嵐が危険な目に遭うのは葵にとっても恐怖である。
というか里では一番強い。だからこそ妖怪退治屋などやっているわけで。その退治屋が「強い」と称すれば恐ろしくもなる。
「あ、あの……すみません。晴嵐くんも落ち着いてよ……」
「葵。ごめん。ちょっと黙ってて」
晴嵐の身を案じてのことだったが、余計なお世話なので一蹴される。。
「その人は四季映姫様よ。晴嵐くん」
「て、店長!?」
「四季映姫様というと、閻魔様で?」
「そうよ。私が四季映姫ヤマザナドゥ」
「まだ一人でここを切り盛りしてたころ、良く来てくださったの。最近はお見かけしないと思ってましたけど……」
「ちょっと忙しくて疎遠になると、来づらくなっちゃいまして。今日は久々に通りがかったから見に来てみたの」
「素性が分かってよかった。ぶっちゃけ敵いそうになかったんでマジで敵だったらどうしようかと」
「あはははは」
「店長が突然現れたことになぜ誰も驚かないのか」
神出鬼没なスキマ妖怪よりはマシだからではないだろうか。
店長はもちろんキャバクラヨシノの店長である。名は吉乃である。旦那はいないようで、時々男に口説かれているのを見るが、そのつもりは無いようである。
「いつものですよね。はい。芋焼酎水割り」
「それ私が作ったんですけど! さも自分が作ったかのように出されるとさすがの私も傷つくんですけど!」
吉乃と映姫は先ほどの話の通り旧知の仲らしく、楽しげに思い出話に花を咲かせていた。そして二人のきゃぴきゃぴとしたガールズトークに、ついて行けない女の子葵と、楽しそうに混ざる男の子晴嵐という異様な光景であった。
「そういえば、私が人ではないとよく分かりましたね。安部晴嵐でしたか」
「一応そういったものに携わっているので」
「ほほう。博麗の巫女の同業のようなものかしら」
「まぁそんな感じです。博麗の巫女が幻想郷を守る役目なら、俺は里を守るのが役目みたいなもんです」
「なるほど。しかしそんな里の守護者にも、なにか迷いがあるようだ」
それは、閻魔でなければ喧嘩になるかもしれない一言だったが、実際に迷いがある晴嵐からしてみれば図星の指摘であった。
「そういうのも、分かっちゃうんですか」
「分かっちゃうんです。そして貴方がその迷いを断ち切りたくないのも分かります」
「うへぇ」
晴嵐が苦い顔をする。
「ですが。ご自由にどうぞ。貴方がどうしようとそれが貴方の道です。貴方が正しいと思う道へ進みなさい」
「裁判長にそう言われると余計に困りますね。現状維持と、決断、同じ方向ですけど、なかなかに向きが違う」
「貴方の全ての選択は同じ道へと向かいます。ですが、選択を放棄すれば真逆の道へと進むことにもなるでしょう」
「選択を放棄するという選択」
「それで貴方自身を騙し通せるのならそれも選択ですが」
「無理でしょうね。おお、こわいこわい」
「あなたは少し内向的すぎる。信頼できる人と悩みを共有しなさい。そしてその人の悩みについても一緒になって考えなさい。それが今の貴方が積める善行よ」
「そうなんですかねぇ」
グラスに残った、少し気の抜けたビール。先ほどまではやかましかったそこが、ビールが飲み干されるとともに静かになる。
「では帰りますね」
映姫は、重い空気などものともせず立ち上がり、勘定を済ませて帰って行った。晴嵐は、いつも通り店が騒がしくなり始める頃まで飲んだら帰って行った。葵は晴嵐を心配しつつも仕事に従事し、吉乃も自分の仕事を全うした。昼から昼の間の出来事だった。
誰なんでしょうね。
映姫様との邂逅。晴嵐は割とこの世に不満を持ってない系男子です。映姫様もあまり言うことがなかったでしょうね。でもやっぱり欲はあるし良くないこともあります。そこら辺は書いていけたらいいなと思ってますが。
そして幼なじみがいたという現実。友達はいなかったけど幼なじみがいたんだって。