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幸と不幸は紙五重 明日へと繋ぐ幸運



「お、お邪魔します」

「お、おう」

本田の家は、学生寮の三階だった。しかしもちろん、男子寮と女子寮は別々なので、理沙はこっちの方に来たのは初めてだったりする。そして男子寮はあそこから近かった。

「俺のでよかったら着替え、貸すから」

「うん、シャワー借りるね。ありがとう」

浴室に理沙が入ったのを見届け、本田は悶絶した。

好きな女が自分の家にいる。

今、シャワーを浴びている。

脳裏に浮かぶのは彼女のみずみずしい肌。すらりとした肢体。

(煩悩退散ッ!!煩悩退散ッ!!!)

「本田くん」

「はっ、ハイッ!!」

浴室から声が聞こえた。

「ごめん、着替えはー?」

しまった。

自らを抑えるのに精いっぱいで、着替えのことを失念していた。

「すまん、今もっていく」

洗面所の戸を開け、ジャージを置く。

(はっ!)

ふと振り向けば、ガラス越しに理沙の影が見えた。

「本田くん?」

「あっ、ああ。着替えここに置いとくぞ。ジャージでいいか」

「うん、ありがと」

聞き終わらないうちに、本田は部屋まで逃げた。


『理沙』

洗面所から本田の気配が消えてから、ルーシィは言った。

『彼、きっと理沙に恋してるわ』

「ないない」理沙は笑って切り捨てた。

『でも私にはわかるわ。本当の恋というものを、私は経験しているもの』

「恋のかたちなんて、時代とともに移り変わるものよ」恋の経験もないくせに、理沙は偉そうに言った。

「例えばルーシィ、“ツンデレ”って分かる?」

『それは……ええと、分からないわ』

「でしょう。ツンデレは最近のトレンドよ。近代人は皆、好きな人にはツンデレで対応するわ」

果てしなく間違った事を自信満々に言って、理沙はクスリと笑った。

『どうしたの?』

「ううん。いつも通りのルーシィだなって。ほら、さっきまで私たち襲われてたじゃない」

ルーシィが沈黙する。

「ルーシィ、起こった事はもう変えようがないわ。あなたが私に取り憑いたことも、いつか私を乗っ取ってしまうことも」

『……』

「私はできればずっとこのままでいたい。この“同居”状態のまま、生きていたい。だから、そうするための方法を一緒に探してくれる?」

『もちろんよ。……ありがとう、理沙』

それっきり、ルーシィは黙った。



「シャワーありがとう、本田くん。この服は洗濯して返すわね」

「お、おう。風邪ひくなよ」

別に洗濯しなくても……などというキケンなセリフを吐きそうになったのをこらえ、本田は理沙を見送った。今日はラッキーデイである。後日話す用までできた。しかもその時クラス中に誤解されるかも……デュフフ。

彼を責めてはいけない。恋は人を盲目にし、時にはキモくさせるのである。



「……」

その様子を遠くで見ていた者がいた。切り裂くような眼光を放つ、細身の少年だった。

彼は確信した。

あの少女に憑いているアレは、間違いなく……



「どうよ、ルーシィ。この時代の人間も捨てたもんじゃないでしょう」

女子寮への帰り道。過疎化が進んでいるせいか、この辺りは基本的に人通りが少ない。

『そうね……あの本田君って人、とっても親切だったわ。さすがは理沙に惚れているだけのことはあるわね……』

「もう、だからそんなわけないじゃん」

『……』

あわれ本田少年。

「でもひとつ気になることがあるわ」

理沙が、商店街の方向に顔を向けた。

「さっき私たちを襲ってきたあの人……彼も魔女の子孫なのよね?なんで同族の魔女たちを襲ってるのかしら?」

『多分……完全に肉体を乗っ取った後の魔女を恐れてるんだと思うわ。この時代の人間は魔法を知らないし、対抗手段もないもの。現代を生きるには、魔女は危険すぎるのよ』

「なにそれ。警察気取り?」

『ううん、本当に警察みたいなものだと思う。乗っ取る前の魔女も狙うのは、その予防策……』

「って、そんなことは正直どうでもいいのよ。問題は、アイツがまた襲ってこないかって事!またあんな水柱くらったら、ひとたまりもないわ」

「それは問題ない」

「!」

答えは身体の外から聞こえた。とっさに振りかえると、そこには先ほどの青年が理沙を睨みつけている。なぜか服がところどころ破れていた。

「僕は自分の魔法に誇りを持っている。よって宿主を狩る時は魔法で仕留めると決めているんだ。でもお前はそれを退けた。その理由を解明もせずに殺すだなんてできるものか」

「貴方のこだわりなんてどうでもいいけれど……一時休戦ってわけね」

理沙は唇をなめた。急に空気が乾燥してきた気がしたのだ。だがそれは魔法でも何でもなく、単に理沙の緊張が引き起こした錯覚にすぎない。青年の殺意は微塵も鈍っていなかった。理沙が魔法を無効化する理由が明らかになったら、彼はその瞬間に理沙を殺すだろう。

「それまでの間、僕は他の宿主たちを狩っているけど……ひとつだけ」

青年が踵を返す際、一言こぼした。

「この街には化け物がいる」



あんな一日だったというのに、次の日は何もなかったかのように普段通りに起きることができた。理沙は自分の身体の能天気さに溜息をつく。

「おはよう、ルーシィ」

『おはよう、理沙』

ふと思ったが、理沙が眠っているとき、ルーシィもまた眠っているのだろうか。それとも睡眠は必要ないのだろうか。

こんな疑問は、彼女とともに暮らしてきて初めて浮かんだ。だが、今聞かなくてもいいだろう、と思う。

いつか、自分は親友に乗っ取られてしまう。

でも、それを覆す方法を絶対に探し出す。

どんな状況でも、諦めない。

そう思えるくらい、理沙は幸運だった。

第一章、終幕!といった感じでしょうか。これからの展開はバトル多め心理フェイズ多めで、少々鬱っぽくなっていく予定です。

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