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給料を下げるな。
三月の終わり。
まだ少し冷たい風が吹く朝、私はいつものように幼稚園の門を開けた。
「先生、おはよう!」
元気な声で子どもたちが駆けてくる。
小さな手を振りながら、笑顔で私のところへ集まってくる。
「おはよう。今日も元気だね」
私はしゃがんで、一人ひとりに声をかけた。
子どもたちは、何も知らない。
大人の世界で起きていることなんて。
昨日、園長先生から聞いた話のことを思い出す。
「来月から、先生たちの給料が少し下がることになりました」
会議室の空気が、静かに重くなった。
理由はこうだった。
保育士との給料の差があるから。
不公平だという声があるから。
だから、幼稚園の先生の給料を下げる。
それが決まったらしい。
でも——
(なんで?)
物価はどんどん上がっている。
食べ物も、電気代も、家賃も。
それなのに、給料は下がる。
私は子どもたちの笑顔を見ながら、心の中でつぶやいた。
(これでいいの?)
その疑問は、小さかった。
でも確かに、胸の奥に残った。
後に、私の人生を大きく変えることになる疑問だった。




