才能の気配
第2話「才能の気配」
春の午後。
マサルが道場の扉を押し開けると、湿った木の匂いと汗の匂いが混ざった空気が流れ込んできた。
蹴りやパンチの音が、道場の中で規則正しく響く。
中央に立つのは、インド人の師範――
クマール先生。
かつてアジアチャンピオンの肩書きを持つ男だ。
「お前がマサルか」
鋭い視線に、マサルは思わず背筋を伸ばす。
「よろしく…お願いします!」
道場にはすでに稽古中の生徒たちがいた。
「おお、新顔か」
声をかけてきたのは茶色帯の
石田先輩。
「白帯か。最初はみんなそうだ」
少し強面だが優しい目をした
黒田先輩も頷く。
その隣に立っていたのは――
同級生の ウタ だった。
「俺も入ったんだ」
軽く手を上げる。
「俺…弱いけど、やるよ」
その言葉を聞き、マサルの胸に小さな火が灯る。
(よし…俺も頑張ろう)
こうして、マサルの空手人生が始まった。
⸻
稽古は基本からだった。
構え。
パンチ。
蹴り。
マサルは元陸上部のため、蹴りの動きだけは比較的速かった。
しかし力も技術もまだ未熟。
一方で、半年の稽古を積んでいる
金太郎はオレンジ帯として安定した動きを見せていた。
そして休憩後、組手の時間。
ウタの相手は黒田先輩だった。
「白帯の相手か。軽くいくか」
黒田先輩が笑う。
だが――
組み合った瞬間、空気が少し変わった。
黒田先輩の突き。
ウタは自然にかわす。
蹴り。
また避ける。
そして――
わずかな隙を突いて反撃。
「……」
石田先輩の目が見開く。
クマール先生も静かに観察していた。
「この白帯……」
「ただ者じゃないな」
普通の白帯とは明らかに違う。
ウタ自身も少し驚いていた。
(俺…こんなに動けるのか?)
無意識の反応。
まるで体が勝手に動くようだった。
しかしマサルにはそこまで分からない。
ただ純粋に思う。
「ウタ…すげえな…」
こうして道場での稽古は進み、
マサル、ウタ、金太郎、先輩たちの関係は少しずつ深まっていった。
⸻
数日後。
放課後の町の裏通り。
マサルとウタが道場帰りに歩いていると、騒ぎ声が聞こえた。
「やめろって言ってるだろ!」
路地を見ると、金太郎が数人の弟分に囲まれていた。
「弱っちいなぁ」
男たちが笑う。
マサルの胸が締め付けられる。
「金太郎!」
二人は駆け出した。
マサルの蹴り。
ウタの反撃。
弟分たちは予想外の抵抗にひるみ、やがて逃げていった。
「はぁ…はぁ…」
金太郎が息を切らす。
マサルは不器用に笑った。
「大丈夫だよ。俺たちもいるから」
ウタも軽く肩を叩く。
「これからは守り合おうぜ」
⸻
しかし翌日。
町の裏通りに、ひとりの男が現れる。
鬼塚兄。
背中は大きく、立っているだけで圧がある。
「昨日のガキどもは…お前らか」
マサルの体が震える。
(こんな奴に…勝てるのか…)
ウタは一歩前に出た。
(本気を出せば…勝てるかもしれない)
だが、鬼塚兄のオーラは異常だった。
それ以上に――
ウタには別の考えがよぎる。
(俺の力を見せたら…)
(マサル、やる気なくすかもしれない)
拳を少し緩める。
鬼塚兄の拳が――
ドンッ!!
マサルの腹に直撃する。
「ぐっ…!」
壁に叩きつけられるマサル。
ウタは間合いを詰めるが、
あえて全力は出さない。
それでも目には決意があった。
マサルは拳を握る。
(俺は……)
(絶対、強くなる)
夕陽が二人の影を長く伸ばす。
この小さな裏通りでの戦いが、
マサルの心に強い決意を刻んだ。
鬼塚兄弟に立ち向かうために。
そして――
凡人旋風は、ここから始まる。




