第四章 関与する者
桐山がその事件の名前を聞いたのは、地方紙の社会面だった。
発砲事件。
内部からの異議。
若手巡査。
見出しだけで、胸の奥がわずかにざわつく。
「……またか」
独り言のように呟き、記事を最後まで読む。
内容は、すでにどこかで見た構図だった。
正当と判断された警察行為。
それに疑問を呈する内部の声。
そして、世論の分断。
桐山は、新聞を畳み、机の引き出しにしまった。
だが、そのまま仕事に戻ることはできなかった。
数日後、県警本部から一本の連絡が入る。
名目は「外部視点での意見聴取」。
要するに、組織の外に出た人間の意見を、無難な範囲で拾いたいということだ。
桐山は了承した。
断る理由も、断る立場も、もうなかった。
指定された会議室で、初めて宮坂と顔を合わせる。
若い。
思っていた以上に。
真っ直ぐな目をしているが、どこか落ち着かない。
称賛と視線に晒され続けた人間特有の、わずかな疲労が滲んでいた。
「……あなたが、宮坂巡査ですか」
「はい」
声ははっきりしている。
だが、慎重だ。
桐山は、名刺を差し出しながら言った。
「あなたの“異議”について、話を聞きたい」
宮坂は、一瞬だけ間を置いた。
それから、ゆっくりとうなずく。
「正義感で言ったわけじゃありません」
最初の一言が、それだった。
「現場で見たことを、そのまま言っただけです」
桐山は、その言葉に覚えがあった。
前作で、高瀬が語らなかった理由と、同じ匂いがする。
「結果的に、あなたの言葉は“正義”として扱われています」
宮坂は苦笑した。
「自分でも、そう見えてるんでしょうね」
桐山は、事件資料に目を通す。
距離、時間、状況。
発砲は、やはり適正だ。
「……法的には、問題ありません」
それを口にした瞬間、宮坂の表情がわずかに曇る。
責められたわけではない。
だが、否定されたように感じたのだろう。
「でも」
桐山は続ける。
「あなたの違和感も、嘘ではない」
宮坂は、顔を上げる。
「じゃあ、どうすればよかったんですか」
その問いは、真っ直ぐだった。
そして、答えがない問いだ。
桐山は、すぐに答えられなかった。
沈黙が流れる。
その沈黙は、前作で高瀬が引き受けた沈黙とは違う。
迷いを含んだ沈黙だった。
「……分かりません」
桐山は、正直に言った。
「ただ一つ言えるのは、
語った瞬間から、あなたの正義は、あなたのものではなくなる」
宮坂は、ゆっくりとうなずく。
「もう、そう感じています」
会議室を出たあと、桐山は廊下を歩きながら考える。
沈黙した男。
語った若者。
どちらも、正しかった。
どちらも、救われていない。
この事件は、発砲の是非を問うものではない。
正義が、誰の手に渡るのかを問う事件だ。
桐山は、関与してしまったことを自覚する。
もう、外から眺める立場ではいられない。
この先、自分もまた――
何かを選ばされる。




