第三章 正義は称賛される
朝、宮坂のスマートフォンが鳴り止まなかった。
知らない番号。
非通知。
留守電には、短いメッセージが残っている。
「新聞社の者です。お話を――」
消す前に、また着信が入る。
今度はテレビ局だった。
内部調査の結果が出てから、わずか一日。
警察発表では事件は「適正」に処理されたはずだった。
それでも、宮坂の“異議”だけが、独立した物語として歩き始めていた。
署に出ると、空気が違った。
誰も露骨に避けるわけではない。
挨拶も、業務連絡も、これまで通りだ。
だが、視線が一瞬遅れる。
会話が、微妙に途切れる。
「有名人だな」
冗談めかして言う先輩の声に、悪意はない。
だが、そこには距離があった。
昼休み、記者会見への出席が正式に決まる。
組織としての判断ではない。
「個人の見解」として、話す場が設けられた。
その言葉に、宮坂は違和感を覚えた。
個人の見解。
だが、自分が語ったのは、現場で見た事実と感覚だ。
正義感の表明ではない。
会見場は、想像以上に整えられていた。
照明。
マイク。
前列に並ぶカメラ。
記者の一人が、単刀直入に聞く。
「あなたは、上司の判断が間違っていたと考えているのですか」
宮坂は一瞬、言葉を選ぶ。
「間違い、という言い方は……」
だが、その先は、切り取られる。
慎重な前置きは使われない。
「撃つ必要はなかった、という点について、どう考えていますか」
宮坂は、正直に答えた。
「現場の状況から見て、他の選択肢があったのではないか、という疑問です」
それだけだった。
だが、その夜のニュースでは、別の言葉になっていた。
――「発砲は不要だった」
――「若手警官が内部告発」
宮坂の顔写真は使われない。
だが、年齢と所属は出る。
匿名性は、形だけだった。
翌日、SNSで名前が拡散する。
応援の言葉が圧倒的に多い。
「勇気ある告発」
「正義の警官」
「組織に潰されるな」
見知らぬ誰かが、自分の人生を代弁している。
宮坂は、画面を伏せた。
その頃、警察幹部の会議では、別の言葉が使われていた。
「沈静化させる必要がある」
「感情論に引きずられてはいけない」
誰も、宮坂を非難しない。
だが、誰も、守るとは言わない。
数日後、宮坂は講演会への登壇を打診される。
「現場から見た警察改革」
言葉が、完全に独り歩きを始めていた。
その夜、宮坂は一人で考える。
自分は、正義を語ったのか。
それとも、正義の素材を提供しただけなのか。
語った瞬間、
正義は“評価”の対象になった。
拍手される正義。
消費される正義。
そして――
評価が終わったあとに、何が残るのか。
宮坂は、まだ知らなかった。
称賛が、最も静かな切り捨ての始まりであることを。




