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語られる正義  作者: ふぁい(phi)


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第二章 語られた違和感

宮坂が最初に違和感を口にしたのは、正式な場ではなかった。


深夜、署内の休憩室。

自動販売機の前で、缶コーヒーを手にしたまま、何気なく漏れた一言だった。


「……撃たなくても、よかったんじゃないですかね」


その場にいたのは二人。

どちらも年上で、発砲した巡査部長ではない。


一人が、わずかに眉を動かした。

もう一人は、何も聞こえなかったかのように、黙って缶のプルタブを引いた。


「宮坂」


低い声で呼ばれる。


「それ、誰に向けた言葉だ」


問いというより、確認だった。


宮坂は一瞬、言葉に詰まる。

自分でも、なぜ口にしたのか分からなかった。

理屈では理解している。

マニュアルも、判例も、今回のケースを「正当」としている。


それでも、あの一瞬。

被疑者が振り返ったときの、わずかな躊躇。

あれが、頭から離れなかった。


「いえ……ただ」


言いかけて、やめる。

続ければ、取り消せなくなると、本能的に分かっていた。


年上の警察官は、視線を逸らしたまま言った。


「思うのは自由だ。

 でもな、言葉にした瞬間から、それは“意見”になる」


宮坂は黙ってうなずく。


「意見は、立場を生む。

 立場は、敵を生む」


それ以上、誰も何も言わなかった。

その沈黙は、前作で高瀬が選んだ沈黙とは違う。

守るためではない。

波風を立てないための沈黙だった。


翌日、内部調査の聞き取りが行われた。


形式的なものだ。

日時、距離、被疑者の動き、発砲の判断。

質問は淡々としている。


宮坂は、事実を述べた。

走っていたこと。

止まらなかったこと。

危険を感じたこと。


そして、最後の質問。


「他に、付け加えることは?」


一拍の間。


その瞬間、宮坂は自分が分岐点に立っていることをはっきりと自覚した。

何も言わなければ、ここで終わる。

事件は書類になり、発砲は「適正」として処理される。


だが、あの違和感は消えない。


「……個人的な感覚ですが」


口が、勝手に動いた。


「距離的に、もう一段階、制止の余地があったように思います」


部屋の空気が、わずかに変わる。


調査官は表情を変えなかった。

ただ、ペンの動きが一瞬止まった。


「それは、“撃つ必要がなかった”という意味ですか」


言い直す機会は、ここにある。

曖昧に濁すこともできる。


だが、宮坂は引かなかった。


「はい。

 少なくとも、そう感じました」


調査官は小さくうなずき、メモを続ける。


「分かりました。参考意見として記録します」


その言葉は、柔らかかった。

否定も、肯定も含まれていない。


だが宮坂は、その瞬間、はっきりと理解した。

語ってしまったのだ、と。


数日後、内部調査の結果が出る。


――発砲は適正。


文言は変わらない。

だが、宮坂の名前の横には、小さな付記が添えられていた。


「異議意見あり」


誰も、それを責めない。

誰も、評価しない。


それが、いちばん堪えた。


やがて、どこから漏れたのか、記者が動き始める。

「内部から異論」

「若手警官の告発」


宮坂は、呼び出される。


会議室。

上司たちは、穏やかな顔をしていた。


「正義感が強いのは、悪いことじゃない」


そう前置きしてから、こう続ける。


「だが、警察は個人の正義で動く組織じゃない」


宮坂は反論しなかった。

反論できなかった。


なぜなら、誰も嘘をついていないからだ。


その夜、テレビに自分の名前が流れる。

顔は映らない。

だが、コメントははっきりと紹介される。


――「撃つ必要はなかったのではないか」


その言葉を見つめながら、宮坂は思う。


これは、自分が望んだ正義だったのか。


語った瞬間、

正義はもう、自分の手を離れていた。


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