68.ユイト・クロキ取扱説明書 part2
「でも、みんな、その……自由になりたいって、思ったらさ……」
「ちゃんと、相談してね?」、請われるままにヘルブラの髪を手櫛しながら、ユイトは言った。
「エメリア様に、その……、僕から、お願いして、みるからさ……」
ああ、本当だ、と、エメリアの慧眼に、内心で舌を巻くノーム達。
神格と戦う事だって選べるこの人は、自分が誰かを制限している、縛り付けていることに対して、赤ん坊より臆病になってしまう。
「彼の為の兵士」なんて存在に、耐えられる精神をしていないのだ。
だからまずは、そういった好意や忠義といったものを、自然と受け取れるようになるまで、少しずつ意識を変えていくしかない。
ユイトという少年が、それに相応しい者であると、じっくり教えてやればいいのだ。ドロドロの蜜みたいな肯定に、つま先から旋毛まで沈めてやるのだ。
「ユイトこそ、アタシたちの顔、見るのツラくなったら、ちゃんと言いなよー?」
「ムリに気ィ使われる方がメーワクだからなー?」
「う、うん、そうするよ……」
だから、そうやって軽い調子で釘を刺すのも、彼の為だ。
ヘルブラが自分のツノを、彼の指でなぞらせるのも、ユイトの為なのだ。
そう、これはユイトの為。
ユイトの為だから仕方ない………
「あ!ちょっとヘルブラ!ねるなーっ!とけるなーっ!」
「ねてない……とけてな……フぁ………」
「ねてるねてるねてる!」
「めちゃくちゃマンキツしてるだろオマエーッ!?」
「な、なんかデジャヴが……」
彼らは特に気にも留めなかったが、その時組合の出入り口が開き、フードで顔を隠した人物が、たった一人で入ってきた。
「すいません、ここでなら経歴に関係なく、働き口があるって聞いたんですけど……」
可憐な声から少女と推定される彼女は、そう言いながら受付カウンターまで歩こうとして、
「まっ、ちょっ、ま、ま、待って!」
耳に届いたその音に、張り詰めた弦の如く足を止めた。
「どうされましたか?」
にこやかな白兎の問いかけには応えず、彼女は待合席へと顔を向ける。
そこでは仮面を被った少年が、頭を撫で返すことを口実に、もっと密着しようと体を伸ばす、膝の上の童女と格闘していた。
「落ちるっ!イスから、落ちちゃうからっ!」
「ヘルブラー?アンタちょっとチョーシのりすぎじゃなーい?」
「エンリョ、禁止だから……」
「そーゆー意味じゃなくねーか?」
フードの少女は、他の全てが見えなくなったかのように、ズカズカと足音を立てながら、少年の方へと直進する。
ただならぬ様相を察し、職員達が武装に手を掛け、ノーム達が少年を庇うように構えた。ヘルブラも瞬時に頭を切り替え、身軽に動けるようテーブルへと飛び移る。
「おい、なんだオマエ?」
「なにかヨーォ?アタシたちのユイトにさぁー?」
「敵……?」
「え?……え?」
事態に一人付いて行けていなかったユイトは、
「クロキユイト……!」
その一言で、ガツンと殴られたような衝撃を受けた。
「あ……っ、あなた、は……っ!?」
目をいっぱいに開き、椅子を撥ね倒す勢いで立ち上がる。
名乗ってもいないのにフルネームを当てられた、なんてこと以上に、“順番”が問題だった。
苗字が前、名前が後、その順番が。
「なんで、生きてるの……!?」
「あなた、えっ、ま、まさか……、ち、地球、日本の……!」
そして声だけで、彼が誰かを当てられるほど、近しい人物で——
「なにやってんの……!?その子達はなに……!?」
出し抜けにフードを脱いだ、その顔を見て、彼の体がぶるりと、生理的拒否反応めいて震えた。
「アゲハ、さん……?」
鳳蝶朱裡。
彼の後輩であり、あの高校の中では最も頻繁に、彼と言葉を交わしてくれていた少女。
「最低……!特別な力を手に入れたからって、こんな小さい子達、奴隷みたいに……!」
ウルフヘアーが真っ赤に染まっていたものの、
その顔貌は間違いなく、彼女のものだった。
「洗脳でもしてるんでしょ!キモチワルイ……!いくら元の世界で、モテなかったからって……!」




