68.ユイト・クロキ取扱説明書 part1
エネクシアは基本的に、仁義を通すなら「来るもの拒まず」。
重要機関を襲撃した異常者どもと、巣を同じくしていたノーム達。そんな彼らであっても、「組合の敵を攻撃し、冒険者に協力した」という事実があれば、受け入れられる土壌がある。
「あいつらの仲間だっただろ」、みたいな話は、よほど露骨なコウモリ野郎でもない限り、問われないことが多い。
下の人間が反逆して、トップが挿げ替わったことで、組織が別物になるなんて、彼らにとってはありふれた話。信頼も怨恨も、綺麗さっぱりリセットして、ゼロから関係性を構築し直す、それに慣れた者ばかり。
だからこそ、稼ぐだけでは、信用スコアは得られない。
とことん手段を選ばずに、あくどさを控えない無礼者は、遠からず誰かにぶち殺される等で、居なくなるのだと皆知っているから。
そんなヤツと約束をしても、白紙に戻る可能性が高いから。
そういった社会構造もあって、足を引っ張る身内より、協力的な余所者の方に、好意的なのがエネクシアだ。従って、ブリュネとヘルブラとその家族達が、冒険者登録をすることについて、妨げるものなど何も無かった。
それについては、全然OKだったのだが——
「ううう……!」
「あたまがぁ……!」
「くそぉ……!くそぉ……!文字なんて知らねえよぉ……!」
「アナホリのソクテーはベツリョーキンって、そんなのアリィ~っ?」
まあ、幼い頃から地下に軟禁状態だった彼らには、地面を掘って各種鉱物を採ることと、力を合わせて生き残ること以外に、スキルらしいスキルなど持たないわけで。
計測から戻ったノーム達の顔は、どれもこれもショボくれて、鼻をかんだチリ紙みたいに、クシャクシャに萎れてしまっていた。
「ふふーん!おちこぼれ組を見るとアンシンできるわねっ!」
「なってないぜ?オマエら」
「ブリュネたちだってEスコアだろーっ!?」
「どーせベンキョーではダメダメだったクセにィっ!」
彼らのほとんどは、Fランク認定。つまり、「問題人物」という烙印であるGランクを除けば、最低の評価を受けてしまったのだ。
ブリュネとグラウは、腕っぷしで辛くもEスコアを捥ぎ取って、ヘルブラは——
「ちゃんと予習、しないから……」
「グゥっ!夜通しやってたヤツに言われると、なにも言えねえ……!」
彼女だけが座学で食い下がることに成功し、Dランク認定を獲得していた。
「ゆっ、ユニークの分がなければ、アタシだってDもらえてたモンっ!」
「いやオマエの頭じゃムリだろ」
「なにをーっ!」
「ほらすぐ手が出るっ!!」
どんぐりどもの背競べを尻目に、みごと1位確定となったヘルブラは、ポテポテと主の許へ駆け、
「というわけで、賞品、もらうから……」
「あ、うん、どうぞ……?」
勝利者の特権として、栄光の玉座にぴょんと乗り、小ぶりだがハリのある臀部を、グリグリと奥めに押し付ける。初めて映画館に来た児童が、そこに備え付けられた椅子の柔らかさを、思う存分楽しんでいるよう。
「え、えらい、えらーい……?」
「ふひ、むふぁ~………」
そしてユイトに頭を撫でさせ、目蓋と顎から力を抜いて、湯船に浸かっているかのような、ご満悦の表情を作る。つまり目口が半開きの、ウットリとしたアホヅラになってしまったのだ。
「……い、今更だけど、本当に、こんなことで、いいの?」
一対の四角いツノを持つ亀の、頭部を模した木彫りの面と、フードで顔を完全に隠した彼は、当惑を滲ませた声音で問う。
「うん……っ、すごく、うれしい……っ」
「な、ならいいんだけど……」
「ふーん?巣にいたころから?やってもらってたのに?よくあきないわねー?ま、アタシには分かんないセカイだけどぉー」
「ブリュネ、どうせ、うらやましい、だけ……」
「んナっ!?ち、ちがうわよっ!」
今回の測定で最優秀成績を収めた者には、何か褒美が与えられることが約束されていた。提案はユイトで、エメリアが許可を出した形だ。
これは「償い」なのだから、見返りを求めることはナンセンスだと、ノーム達も最初はそう思っていた。が、それで遠慮すれば、逆効果になってしまうと、エメリアからそう叩き込まれた。
それは一昨日の晩、森の中で野宿した時のこと。
ユイトが眠りについたのを確認してから、倒れた木の幹に腰掛けながら、エメリアは彼女達を整列させてから、“贖罪”の基本方針を授けたのだ。
曰く、
「“友”として接しなさい」
とのこと。
「お前達はユイトの下僕であり、何よりも彼を優先するべき。これは当然のこと。一方で、それを決して、態度に出してはならない。建前が主従なだけで、対等で気安い関係であると、そう振舞わなければならない」
混乱する彼女達に、エレノアは例を一つ挙げる。
「彼の名を口にする時、お前達はなんと呼ぶ?」
「えっとぉ……、ユイト、さん……?」
「ばか!“さま”だろここは……!」
「ってことは、『ユイトさま』か!」
「はい不正解。呼び捨てにしなさい。愛称でも可とします」
ばっさりと切って捨てられた上に、予想外の要求をされて、ギョッと顎を落とす彼女達。
もっと敬意を払えとか、そういう叱り文句を待ち構えていたので、逆方向のパンチには、皆がノーガードだったのだ。
「その小さな頭に、しっかり詰め込みなさい。あの男は、自らが見捨てられている時よりも、他者から気を遣われている時の方が、心理的負担を感じるのです」
それは……ノーム達にも、なんとなく分かる気がした。
何かをしてもらう、守ってもらう、他人に手間を掛けさせることに、彼は引け目を感じやすい。
「上下関係において、“上”に立つ器が己には無いと、そういった意識に囚われている。責任は負いたがるクセをして、権利や権限からは指を引っ込める。凡百の俗物とは逆方向に、小心者」
こうして言葉にされてみると、益々ヘンテコな生き物である。
どうやったらそういう人格を作れるのか、ノーム達にとっては想像の外だった。
「お前達が、主従関係をあからさまに表出させれば、彼は後ろめたさに苛まれ、苦しむことになる」
「「それはっ」」
ブリュネとヘルブラの声が同時に上がり、他の者達の内心も一致する。
「それはダメだ」、「彼をこれ以上、傷つけてはいけない」、と。
「ですので、お前達の『贖罪』とは、彼に何も求めず、逆に何かを捧げることで、満たそうとすることではない」
それは、「彼の為に生きる」というアピール、それ以上の意味を持たない。
「許し」を得る為に、自分の「償い」を押し付けることにしかならない。
彼を使って欲求不満を発散させていた頃と、何も変わらない。
「お前達は寧ろ、彼を求めなさい。彼を頼り、彼を要望し、彼の存在がお前達を満たすと知らしめ、それによって満足させる」
有り体に言えば——
「『甘える』ことです」
それが、彼らがすべきこと。
「その上でお前達は、彼にそうと悟らせないように、彼を守りなさい。お前達が払う犠牲を、一片たりとも、彼の目に入れてはならない。お前達と彼との表面的な関係性は、『彼がお前達を救う』、その構図でなければならない」
それはなんだか、想像も出来ないけれど、ただひれ伏して媚び諂うことよりも、よほど難しい仕え方に思える。
覚悟がなければ、完遂などできない任務だと、言葉だけでそれが伝わる。
「お前達の主は、そういう面倒な男、ということ」
「厭になりましたか?」、そう訊ねられ、けれど迷いや後悔を見せる者は、誰も居なかった。当然だろう。
「ユイトを幸せに」。
最下層での、出口のない日々と比べたら、どれだけやりがいに溢れて、眩しく輝く行動原理だろうか。
「結構。そういう奇特な者達であればこそ、任せられるというもの」
その様を見て、エメリアは愉快そうに頷く。
「まったく、このように得難い人材を、これほど揃えられるというのも、彼の珍妙な人徳が為せる業、ということでしょうか」
どうやらノーム達の魂を変えてしまった、ユイトの手腕に感心しているようだ。
しかし彼らから言わせると、エメリア・シルヴェルトという人物もまた、大層特殊な存在に思えた。
都合の良い従者として、ユイトを扱っているようで、その実多大な労力を、彼の為だけに費やしている。
しかも、彼女が開く「ユイト対策講座」は、凄まじいほどに解像度が高く、常日頃から暇さえあれば彼のことを考えている、その姿が容易く想像できるほど。
加えて、さっきからちょくちょく話を中断しては、ユイトの様子を見に行っている。彼が悪夢に魘されていると察知するたび、落ち着くまで寄り添って、それからやっと戻ってくる。
雲の上から話しているかと思われるほど、極めて尊大に振る舞いながら、立場が下である一人の少年相手に、ひたすら心を割き続ける女。
彼の心を握り、操り、支配することで、搾取する悪女、という顔をしているが、つまりはそれだけ、地位とか富とか分かりやすい力を持たない下僕に、手間暇を掛けている主人。
「なんかこの人もちょっとヘンじゃない?」、と、ブリュネはそう思った。
「ああ、“ユイトのご主人様”だ……」、と、ヘルブラは腹落ちしてしまった。
奇妙なところだらけな人物が二人居て、それらが行動を共にしていると分かった途端、違和感が消失するという、認知の不具合が起こっていた。
まるで長年の連れ合いかのような、ベストマッチぶり。
これで出逢ってから二月も経っていないと言うのだから、驚くべきことである。
ともあれ、彼らは学んだ。
適度に馴れ馴れしく、寄りかかって見せる方が、ユイトの精神衛生は、良好に保たれる。
だからノーム達はちょっとしたものを、彼にねだることにした。
彼がやってくれることで、皆が嬉しくなっていると、そう見せる為に。
少なくともヘルブラにとって、それは何ら苦ではなかった。
彼が幸せそうな顔をすれば、それで満たされるというのは、何の煽てでも誇張でもない、本当のことだったから。




