67.調達
驚いた。
そこで起こっていつことが、心底意外だった。
エメリアは……エレノアは、ユイトとノーム達の間に、何らかの隠し事が、恐らくノーム側の不利になるようなものがあることを、当然の如く見抜いていた。
似たり寄ったりな顔ばかりに囲まれながら、相手の心理を裏の裏まで視徹さんとする。そんなウンザリする経験を、何十年分も積んだ彼女にとって、少年少女の内緒話なんて、可愛げすら感じるほど筒抜けだった。
その上で、今回は不問にすることにしたのだ。
彼女が寛容だから、などというわけでは、決してない。
ユイトの魂に傷を増やした罪によって、本来なら凌辱し、八つ裂いて、豚に食わせてから火炙りにするまでを、生きながら味わわせてやりたいところだったが、それをすればユイトが悲しむだろうからと、矛を収めただけのこと。
ただ、今回のことで味を占め、彼の真心や優しさに付け込んで、乞食根性のまましがみつこうとするのであれば、彼に気付かれないように、始末してやろうとは考えていた。
警戒心は最大。いつ牙を剥いてもおかしくない敵対者として、彼女は彼らに注意を払っていた。
そんな彼女の前に、一人のノームが首を差し出した。
ユイトの厚意を受け取って、話を落着させるより、罪人であることを選ぶ者が居た。
そして、その場に居た全員が、それに続いた。
一人一人、「みんなでやった」という言い方をせず、「自分がやった」と名乗り出た。他に罪状の一部を押し付け、少しでも軽くしようという小細工を、誰も用いなかった。
逃げ道を自分の手で潰してから、罪の告白を行ったのだ。
臆病で、集団意識の強いノーム、ましてや、同種の寿命の短さを考慮しても、まだ年若いと言える彼らが、こんな決断を下すとは。
いや、幼いからこそ、まだ社会性が育ち切っていない、ということもあるだろうか。白紙に近いその状態に、変異ノームどもが支配しやすいよう、自己責任論でも仕込んでいた、と言うなら説明がつくだろうか。
だとしてもそれは、自己の負担の軽減、という方向へと働く筈だ。
無かったことにしてよかった罪を、自分から掘り起こしに行くなんて、理屈に合わない行動に思えた。
表には出さなかったものの、正直なところ驚嘆と言うか、本気で仰天していた彼女は、
「あっ、あ、あのっ!エメリアさま…っ!みんなは、その、違うんですっ!」
自分の横でワタワタしている彼を見て、
「みんな、アレなんですっ、脅されてて、暴力でし、支配されて、追い詰められてて…!他に、選択肢が、なくって……!」
その口が必死に並べる弁護を聞いて、即座に得心が行った。
——ああ、“毒”に中てられたのか
思うにユイトは、誘拐されてすぐ、彼らノームの生活スペースへと、放り込まれたのだ。
曝露期間は1週間強。ハイエルフであるエレノアですら、一ヶ月も掛からずやられたことを考慮すると、ノームのような短命種にとって、充分過ぎる時間だと言えた。
さて、この病的なお人好しは、何をやったのやら。
大方、散々に甚振られた後に、ノーム達の命の危機を、自発的に複数回救っただとか、そんなところだろう。
そして最後に、今回のデーモン討伐が、見事な止めとなったわけだ。
「ハァー……!」
深めの溜息が出てしまう。ノーム達に怒りが向けられていると、視界の端でユイトが焦りに焦っているが、彼は何も分かっていない。
ノームへの憤りなど、些細なものだ。
それより何より——
——お前ですよ、お前
少しは壊れにくいように立ち回る、という話はどうした。
人としての自分を捨てるなと、あれほど言って………
いや、分かる、分かっている。
彼にとっては必要なことなのだ。
彼はどうやら、平時の自分を「人未満」と思っている。
だから“人”であろうとして、こういう無茶苦茶をやり始める。
だから彼は、ただ施されること、ただ生きていることに、耐えられない。
どんなに不可能に見える事項でも、それが「できない」自分を呪うような人物なのだから、人を見捨てる、助けになれるのにそうしない、そんな自分は、もっと許容できない。
もし目の前の誰かを見過ごしてしまったら、彼の自己評価は許容範囲の底を突き抜け、「今すぐにでも消えるべき」と、修正されるだろう。そうなったら知恵を絞って、自分を殺す方法を、探し始めるに違いない。
だから彼は「壊れない」為に、使えるものを何でも使って、誰かにとって有益であろうとする。
一方で、「有益」が自分本位の価値基準でしかない、ということを知っている為に、人と関われば関わるほど、余計に苦悩する。
しかも不死身であるせいで、彼にとって「ベストを尽くす」ことには、「自分の血肉を道具として使う」ことまで、含まれてしまっている。そのせいで、真面目に行動する度に、直接的な痛みの記憶まで、必然的に蓄積される。
「壊れる」ことを避ける手段の尽くが、心身の両側面から、「壊れる」ことを誘発している。
なんて難儀な構造の生物!
——何処の誰だ……!
——私のユイトに、こんな自己認識を植え付けた輩は……!
ただ「何もするな」と言いつけ、縛るだけでは、解決にならない。
それでエレノアに不満を持ってくれるなら、まだいい。彼の場合、全ての責を自分に向けて、自壊するのが目に見えている。
解決策は一つ。
目に見えない檻を作ることだ。
彼の許へと辿り着くより先に、万難を徹底的に排して、彼からはそれらが存在していないように見える、そんな環境を構築する。
バカみたいに平和な楽園に、彼を閉じ込めるのだ。
彼が本当に壊れてしまう前に。
必要なのは、権力。
エレノアの目的は、毎度そこに舞い戻ってくる。
世を思いのままにする座。
世界の全てを調整できる力。
それを実現するものとして、資金の調達と社会的信用の構築から、彼女は始めるつもりだった。
が、もっと重要なものがある。
全てを掌握し、操り、支配するという事業は、一人では決してできない。
マンパワー。同士が要る。
それも、彼の為ならどんなことでもやるような、忠誠心の高い手足は、多ければ多いほど良い。
そして、ユイトという少年は、上手く嵌まりさえすれば、エレノアなどより遥かに効果的に、味方を増やす能力を持っている。これを活用しない手はない。
何しろ彼女が欲していたのは、富や権勢では決して購えないもの。
彼を守る為の“包囲網”を、彼女と共に担う誰か。
本物の“親衛隊”なのだから。
「ユイト?断罪も免罪も、その者の内部に響くかどうかは、その者次第です」
彼らへの恩赦を嘆願する彼を、彼好みの理路で窘める。
それでは彼らの気が済まない、と。
「裁くも赦すも、究極的には、彼ら自身にしか決められないこと」
「そ……っ、う……、そう、です、ね……」
ある程度は納得したのか、ユイトは引き下がる。
「彼らの為」という建付けさえあれば、彼を納得させるなど容易なこと。
あとは——
「お前達、まずは顔を上げなさい。目も合わないのでは、話がしづらくて叶わない」
一人、二人と、ゆっくりこちらを向く。
怯えているが、けれど待っている目でもある。
沙汰を受け入れようと、腰を据えた者の顔。
いい兆候だ。
彼らは「許されよう」とはしていない。
けれど、「許されたい」とは思っている。
要は、ユイトがどれだけ許しても、彼らがその気になれないのだ。
罰を与える主体、看守として、“自分自身”以上に、適した存在は無い。
自らの自然な意思で、従うことを選んだ。
それに勝る洗脳など無い。
「お前達がした事は、大凡把握しました。それで?」
だが一応、駄目押しはしておく。
「その行いに対して、お前達は、これからどうすると?」
ここでの人選ミスは、それなりにリカバリーが利かない。
「つぐなう為の、ことを……」
最初に懺悔した少女が言い、その手を取った姉妹らしきもう一人が、
「マセキをほるとか、たたかうとか、たまよけとか、あなたたちのために、できることを、なんでも……!」
そう続けた。
どちらも言われた通り、エレノアから目を逸らさずに。
悪くない。
あらゆる意味で自分達が下だと思いながらも、目線を卑屈に地へと這わせるのでなく、歯を食いしばって「明日」を見ている。
己の意思と責任を、手放さない者の在り方。
そういう強さを、エレノアは嫌いじゃない。
他の少年達も、同じ思いのようだ。
恐らく彼らの中心は、この姉妹なのだろう。
その二人さえ押さえておけば、この集団を制御することは、かなり容易になる。
そして彼女達は、特に、最初の一人は、どうやら——
エレノアは横目にユイトを見る。
彼は何かを言いたそうで、けれどそれは道理に合わないからと、拳を握り、息すら止めて、堪えていた。
「ユイト、一つ訊きます」
最後の関門が、これだ。
ここさえクリアすれば、彼らノーム達を、使い勝手の良い手駒にできる。
「この問いには、お前の本心で答えなさい。誤魔化しも、忖度も、気遣いも、この場の全員にとって、不利益となります」
彼は言葉を咀嚼し、呑み込んでから、ゆっくりと頷く。
「例えばですが、彼らと、ノームと行動を共にすることについて、心理的抵抗を感じますか?彼らから与えらえた痛みが、恐怖が、彼らの存在を感じるだけで、お前を襲うことが、有り得ますか?」
「ありません」
いつも用心深く言葉を選ぶ彼が、その時ばかりは即答した。
「みんなとは、仲間だって……あっ、ぼっ、僕にとっては、そのつもりです……!」
そこに少しでも迷いがあれば、結論は変わっていた。
ノーム達が、ユイトの“悪夢”を呼び覚ますなら、彼らを彼の近くに置くなど、言語道断。だが、その可能性は否定された。
与えられた痛みを、ユイトはきっと、忘れることができない。
だがそれは、ノームが居ようが居まいが、関係無い。
彼らの気配をどれだけ近づけても、遠ざけても、フラッシュバックの頻度は、恐らく変わらない。
で、あるならば、どんなにユイトを辱め、貶めた者達だったとしても、彼の近くで運用するのが、最も彼の利益になるなら、そうするべきだ。
エレノアとしては、なんとも業腹な話だったが、しかし「ユイトの為」と言い聞かせる。マグマを湛えた釜の如き、肚の内を奥底へと隠す。
「ならばお前達は、ユイトの盾となりなさい」
ポプラーを操るユニークの話は、生存者達から聞いていた。
護衛役として、それなり以上に使える筈だ。
今回のような事態を未然に防ぐ、その為の手札としても運用できる。
「その身命の全てが、ユイトの為にあると、忘れることのないように」
またペイルがヘソを曲げるだろうが……後で個別に相手をしてやれば、なんとでも取り成せるだろう。
「えっ、エメリアさま…っ!」
「ユイト、お前が拾った戦力です。好きに使いなさい」
「ありがとう、ございます……っ!」
彼女の決定に、ユイトは感激した様子だった。
きっと「寛大な」エレノアが、彼らが許される為の、方便を用意してくれたのだと、そうやって好意的に解釈している。
それでいい。
彼女への過大評価を利用して、彼にはそう思わせる。
死をも厭わぬ彼の身代わり、という実情はギリギリまで隠す。
彼には気付かれないように、ノーム達を忠実な兵隊として、
徹底的に教育するのだ。
冒険者達の傷の様子を見て来ると言い残し、エレノアはその場を一度離れた。そしてしばらくしてから、そっと背後の様子を探る。
安心から腰が抜け、その場にへたり込んだユイトが、彼らの助命が成った事実を、我が事のように喜んでいた。
ノーム達は、そんな彼に歩み寄り、その手を取って口々に、謝罪と感謝を伝えている。
その中でも、一番彼に近いところに、あの姉妹が居た。
二人が彼を見る、その視線に籠った熱。
——……二人とも、でしたか………
ユイトの味方を作る為、エレノアがあれこれ手を回すより、彼の「手が早い」というわけだ。
彼女は彼に感謝している。
彼こそ生きる意味で、理想そのもので、
自らの全てだと、勝手に定義してさえいる。
「彼という存在は全てが尊い」ということに、疑いなどまるで持っておらず、
だから彼の味方が増えるのも、当然の摂理である上に、何より歓迎すべきことであると、
そう思ってはいるのだけれど、
「不埒もの……」
ジトりと濡れた宝石めいた、鈍い緑色を放つ瞳と共に、こっそり尖らせた唇から、
恨み言を溢さずには、いられなかった。




