表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一章完結】最弱不撓の冒涜者~不死身になってしまったコミュ障転移少年、拾ってくれた腹黒没落エルフ令嬢に尽くしていたら、いつの間にか過保護に包囲される~  作者: D.S.L
第二章:悪鬼達の罪と罰

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/101

64.悪魔狩り

 危なかった。

 九死に一生を得たそいつは、四肢で岩盤を掴んで駆ける。


〈ぐ、ぐぐぐぅぅぅぅ……!〉


 肩幅の広い巨漢の体に、オランウータンのように長い手足、奇妙にも無音に近い硬質なひづめ


 ヤギと羊が混ざり合ったような頭のデーモンは、坑道内を一人で走っていた。


 本当に、危なかった。

 そいつのように、離脱用の小型ボディを用意し、体内に仕込む用心深さがなければ、間違いなく爆散していた。


 ノームや冒険者達の生死は確認できていない。恐らく生き残りも居る。デーモンの暗躍は、もう隠しきれないだろう。


 だが、あの場に留まり戦い続けるのは、得策とは言えなかった。肉体の大部分を喪失し、今の最低限の体を作るだけでも、かなり無理をしている。それなり以上の相手と戦うには、余力が心もとない。


 勝ったと思って安心している隙を突き、あの場の生存者を殺すことまでなら、まだ可能かもしれない。だが、敵が戦力を二つ以上に分けていた場合、その別動隊が後から合流してくる危険がある。


 そうなると、今度こそ命は無いと考えていい。

 今のそいつは、それほどにまで追い詰められている。

 

 使命の為に、命を投げ出す覚悟はある。

 だがそれは、仕事をキッチリ果たしてから。

 特に現在、そいつは重大な役を担わされている。

 

 


 ユイト・クロキ。

 異世界から来たあの脅威について、仲間達に報せること。

 

 


 あれは、危険だ。

 必ずやデーモンにとって、巨大な障害となる。

 そいつの君主にとって、良くないモノとして立ち塞がる。


 あんなものが存在すると、それを報せなければならない。

 警告しなければならない。

 だから今は、どんなに潔くなかろうと、死ねないのだ。


 実績こそが一番。それ以外は二の次。

 結果で語る者こそが一流だ。

 

 重要情報を絶対に持ち帰る。

 その上で、この失態は必ず取り戻す。


 幸い、彼のユニークは、あの少年と相性が良い。

 殺せないまでも、捕獲することはできる。


 だから、逃げ、だ。ここは逃げ。それが最適解。

 

〈ぐぅうううウウウウウ……!〉

 

 下唇と共に屈辱を噛み殺し、敵に背を向ける無様を握り潰し、デーモンはただ出口へと——


〈!〉

 

 来る。

 まずはマナの流動が、次に足音の木霊こだまが伝わってきた。


 「別動隊」とかち合った?

 数は——


——一人?

 

 単独行動?

 冒険者ではないのか?


 不審に思ったそいつの前に、気配の主が現れた。


「おや、本当にデーモンですか。これはまた珍しい」


 女。エルフか。

 地味な色のローブに、フードを目深に被っている。

 

 “罪餐ペッカータ”の効果で見落としてくれれば話は早かったのだが、彼らはマナの動きに敏感な種であるので、素通りとはいかなくなってしまった。


 よりにもよってエルフとは……、否、それが一人で歩いていることを、むしろ幸運と考えるべきか。


 


 人一人殺せば、突破できるのだから。




〈ダラ・ガラ……!〉


 略式詠唱によって生み出した小型の眷属達。そいつのように、マナの塊に生物の動きを模倣させ、ある程度自律行動をさせられるのは、相当な使い手である証なのだ。


 虫ほどの大きさのそれらを数十ほど床に敷き詰め、女を襲わせる。この暗さ、この小ささであれば、何体かは“罪餐ペッカータ”の効果に紛れ、不可視の攻撃と化してくれる筈だ。


「ペイル」


 エルフもまた短縮した詠唱らしきものを唱え、それによって……何も起こらない。その間に飛びついた眷属が、その衣を黒く染める。


〈!……なんだよ、この服……!〉

「ああ、お前、見えていないのですか。手の掛かること……」


 会話のように見えて、互いにひと合点がてんしているだけ。一方通行どころか、まず相手に聞かせようとすら思っていない、勝手な呟きが交錯する。


「10メートル圏内に、他の生命反応は?……なるほど、ポプラーだけ、ですか」

〈この記憶……、ハイエルフ……!?そして、変身……!なるほど、2()()居るのか!〉


 だがデーモンは、彼のユニークゆえに理解した。

 外側と内側で、別の生物!


 絡繰りを看破したそいつは、思わぬ獲物に舌なめずりをして、予定を大幅に変更する。

 この女を持ち帰れば、多少の埋め合わせになるのかも、と——




「致し方ありません。少しだけ、夢でも見ていなさい」




 エルフが両手を持ち上げ、すう、と息を吸い込んで、


 声楽の一節を、朗々(ろうろう)と歌い上げた。


 玲瓏れいろうたる波浪はろうが通路を吹き抜け、それが届いた部分から順に、ポプラーの青照明が明滅していく。


 絵本に描かれるような幻想的な情景、デーモンはその夢心地を全身で浴びながら、片膝をついている己を見出みいだした。


 屈服したのではなく、ただ単純に、強力な睡魔に急襲されたのだ。


〈こ、れは……?〉

「耐えますか。なかなかの力量……いえ、お前、よく見たら、そのマナの動き……」


 女に被さっていた衣が、ドロドロと溶けるように形を崩し、足元へと溜まっていく。その青色のゾル状物体が、本来の姿であるようだった。


「もしや、いつぞやの生き残り、でしょうか?」

〈?!???〉


 みはられた真っ黒な眼球に、幽霊の如き銀白ぎんはくが揺れる。

 真っ白な肌、金属光沢めいたドレス、そしてうららかな銀色の髪。


〈な……、え……!エ……!〉


 その美姿びしは、忘れもしない、忘れるわけもない、間違える余地など一切ない、

 そいつにとっての生ける悪夢。


〈エレノア・エメラルダス・アシュルブラン……!?〉

 

 女はその名を聞いて、


「いいえ?」


 冷たく細い笑顔を見せる。


「その姓は捨てました。ご存知ありませんでしたか?今は一人の“エレノア”、それ以上でも以下でもありません」


 甘淫かんいん令嬢、或いは、淫涜いんとくの天幕。

 「エレノア」の名は、デーモンの間で忌み嫌われて、

 否、はっきり言って恐れられている。




 50年ほど前、デーモン達がエリーフォンに、一大侵攻を仕掛けたことがあった。彼らは周縁都市の数々を破竹の勢いで攻め落とし、熟練の戦闘型ハイエルフも何体か手に掛けた。


 敵の喉元、首都メガラルブスにも届くかと思われたその時、とある都市において彼らの軍勢は、たった一人の若きハイエルフに阻まれた。


 “十苦鳴叫とくめいきょう”と呼ばれる将軍格10人のうち、羊・ヤギ頭を含めた七命ななめいが攻略に参加して、うち六命ろくめいが戦死。数週間後にやっと到着した、エリーフォン側の増援によって、囲い込むように叩かれたのが決定打となり、デーモン軍はほぼなす術なく敗走。


 計画は、その計算外一つによって、完全に瓦解してしまったのだ。


 あの戦線で、都市全体の魔導システムを完全掌握し、たった一人で運用することで、無敵の要塞生命と化していた、その神域の少女こそ、




 誰あろう、エレノアその人である。




 以来デーモン達は、エリーフォン陥落を目指す上で、彼女こそ最大の障害であると位置づけ、どうにか除く事はできないか頭を悩ませる、長い雌伏しふくの時を過ごすことになった。


 そしてその臥薪嘗胆がしんしょうたんは、つい最近になって実った。

 そう、実ったのだ。

 事態は解決した。


 稀代の毒女エレノアは、〈死ん…!死んだんだろ…!死んだ筈だろっ!〉


 体を傾かせながら、人差し指で女を差すデーモン。


〈ここで出て来て良い筈がない!お前は死ィッ!死んだんだから!〉


 「何を言い出すのやら」、とでも言いたげな顔で、小首を傾げるエレノア。


「なんとまあ、そんなにも驚き、惑い、慌てふためいて……。御大層な図体に見合わず、案外お子様なのですね?」


 そして手の甲で口元を隠し、黄色い瞳でさげすむことで、攻撃的な嘲笑を示す。




悪魔デーモンともあろうものが、()()()()()()、だなんて」




 出遭であっては、いけなかった。

 デーモンの内なる声が、そう嘆いているのが聞こえる。


 50年前の戦闘において、その女に“罪餐ペッカータ”が通用しないことは、嫌と言うほど分からされていた。その反面、デーモン達の中で彼女のユニークに対し、有効な手札を持つ者は少ない。


 七大神格の末節の中で、最もエレノアにカモられやすいのが、デーモンという集団なのだ。


〈なにがどうなって……!なぜ、ここに……!〉


 100万歩譲って生きていたことまではうけたまわったとしても、どうしてここなのか、今なのか。よりにもよって、大きく消耗しているこの状況で、この女と遭遇するのか。


 なんとか、しなければ。

 「なんとか」とは?とにかくなんとかするのだ!でなければ——


〈いや!いいや!この状況!逆に!逆に好機と見る!〉


 発想を転換する。

 死を偽装して表舞台から姿を消していた彼女を、ここで運良く捕捉できた。

 「騙されていた」という情報を得た。


 そしてそのフェイクニュースを、真実にする機会を与えられたのだ!


〈あの時は都市型魔導術式と自律兵器群があった!今こいつは身一つ!丸裸も同然!〉


 この女の首を手土産にすれば、今回の作戦の収支はプラスに転じる!

 実績だ。実績だけが物を言うのだ!


〈俺は無能とは違う!俺は十苦鳴叫とくめいきょう一命いちめい!“模虞裡モグリのカクォール”!成功し!勝利する!今度こそ!〉


 全身から獣の頭を生やし、黒いマナの塊を発射。

 それと共に飛び掛かるカクォール。


 だがエレノアが、再びなまめく喉を奏でた。

 その一謡いちようで灯りがまたたき、全ての運動が鈍っていく。


 デーモンも、そのマナエネルギーミサイルも、上から同時に叩かれたが如く、ガクンと床に落とされて、一部はそれでも彼女に到達したが、


矢張やはり“睡眠欲”では、即効性に難あり、か」


 片手を振られただけで、呆気あっけなく弾かれてしまった。

 薄闇に撒かれる黒い光粒子こうりゅうしの乱散は、妖精達が上げるかすかな花火の如く。

 カクォールともあろう者のマナが、手袋一枚破れない。


〈生存……、残存への欲求……!その暴走……!〉


 そいつ自身の体が、睡眠を強要してくる。「生きる為に」、という本能をハックされて、意識を強制シャットダウンしようとする。当然、マナの遠隔操作や、精神によって高められた破壊力も失われ、大きく衰えてしまう。


 疲労が蓄積している現在の状態では、より覿面てきめんに効いてしまっている!


〈くおおおお……!〉

 

 片手を反対の手の指で貫き、眠らないよう足掻くカクォール。

 エレノアはそいつへ、親指、人差し指、小指を立てた両手を向けて、

 

「ばん」


 楽しそうでもない棒読みで、


「ばん、ばん」


 おざなりな連続発砲擬音(ぎおん)を口にする。


 彼女の後ろ髪が、いいや、よく見ると銀白のマナエネルギーで作られた、髪を模した攻撃が、デーモンの四肢、腹や胸、首から頭へと次々に刺さる。それにより〈“潜罪威式ダラ・ルト・ガラ・リテ”!〉


 カクォールが反撃の糸口を掴む!


〈失態だなあ……!自分と繋がっているマナを、この俺に触らせるなんてのは……っ!〉

 

 相手のマナを侵蝕しんしょくし、おのがものとする。

 それを通し、魂に接続し、五感までをも掌握する!


〈ハイお前は俺のものォッ!〉


 ぱぁんっ!

 カクォールの脚が弾けた!


〈バカなァーっ!?〉

 

 髪を刺された部分が、下から順に破裂していく!


「助かりました。お前の方から、私の中に入ってくれて」


〈なぁ…っ!?〉


 エレノアの無意識領域内に広がる暗闇の中で、ふたつの威圧的な斜陽が彼を睥睨へいげいする。


 否、それは下目蓋したまぶたの向こうから覗く、彼女の冷淡な蔑視であり、つまり悪魔は見下されているのだ。


「おかげさまで、我が“甘声濫色クルエ・キケリ・ミケリ・カ”の出力を、遠慮なく上げられる。外に漏らさず、自分の内側でマナを操るのは、得意ですから」


〈………!〉


 カクォールはそこで、そいつが最初に「睡眠欲」という、最も攻撃性の低いモードで戦っていたのか、ようやく気付いた。


 服に擬態していた、あの特殊なスライム。あれを殺さない為だ。

 

 愚かなデーモンは自分から、巻き添えの心配のないテリトリーへと、喜び勇んで飛び込んでしまったのであり、それによりエレノアは、致死性を高めることを遠慮しなくなって——


「お前にとっては、はなはだ“不運”と言わざるを得ませんが、」


 彼女はもう、威圧の笑顔を作る手間すら、惜しんでいた。


「私は今、大変に機嫌が悪い」


 敵の脳に破壊が回るところを、鉄仮面めいた無表情で、ただ観察しているだけ。


「お前の座興に付き合う気など、毛頭もうとうなかったわけです」


 カクォールは焦った。

 このままでは、そいつの君主にとって不都合な状況になってしまう。

 エレノアが生きていることが、また隠されてしまう。


 何かメッセージを、他のデーモンに届けなくては。

 何か、残さなくては。


「ずきゅーん……」


 その想いがかえって、エレノアのユニークの効力を高め、体内のマナの暴走が加速。

 

 その身は高熱と爆風によって、液体に近い状態に変わりながら、


 ノームの坑道のシミとなって果てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ