63.恐怖と覚悟の戦い part2
「いいいいいいいいづぅッ、イ゛イ゛イイイイイィィィィ!!」
〈お前もお前でうるさいんだよボリューム下げてろユイト・クロキィッ!〉
そうしてささくれ立つ逆鱗に、赤ん坊の号泣よりも聞くに堪えない、弱者の喚声がギャーギャーと爪を立てる。
ヘルブラが繰り出す一振りごとに、空気を切り裂く音の中、そのノイズがビリビリと癇に障る。
キレたデーモンは戦い方を修正。ブレードで即死を狙うだけでなく、何度も蹴りつけて衝撃を伝え、“武器”の方の音を上げさせようとし始めた。
「うぐううううっ、ふぐうううううっ!!」
それには確かな効き目があり、彼は醜く顰められた顔を、涙でグシャグシャに濡らしていく。「やらなきゃよかった」みたいな言葉が、今にもその口からまろび出そうにすら見える。
この戦いに、この巣に、もしかしたらもっと前の段階から、関わったことを後悔している、そんな表情にしか見えない。
〈オラッ!痛いなら「離してー」とか、お願いでもしてみたら?お優しいカワイコノームちゃんが、聞いてくれるかもしれねえだろ!〉
「いや、だ……!」
そうやって、簡単に折れるかに思われたその精神は、しかし極めて不愉快な頑迷さを見せていた。
「それだけはぜっ、絶対!絶対に、厭だ……ッ!」
〈クキィィィッ!ああああああっ!な、ん、で、だ、よォォォォっ!〉
幾つかの手が、首回りをガリガリ掻き削る。獣の頭が並んでいるせいで、なんとも掻きづらそうだったが。
とにかくそいつには、こういう頭のおかしさに、心当たりがあったのだ。
「意志が強い」ことと「独善的である」ことの区別がつかない、長期的に見て組織に最もダメージを与える性格。恐怖でコントロールしようとしたら、わけの分からない爆発をしやがるタイプ。
敵でも味方でも、ただただ物事を遅滞させるだけの、世界の余分成分。
言葉が通じるのに話の通じない無能と、「非を認める認めない」の押し問答をさせられているようで、軽いノイローゼになりかける悪魔。
そのメンタル面への負荷のせいか、
時間をかければ、ヘルブラのマナ処理能力の焼き切れが、必ず先に来る、という自信故か、
全体的に、仕事が雑になった。
幾つかの脚を合わせてより高出力なブレードを作り、力任せに叩きつけて、とにかく相手のリソースを大量に削ることだけを考えて、
とうとうある程度の負傷を許容するに至った。
「肉を切らせて骨を断つ」。スマートとは言えないやり方でも、「これを早く切り上げられるなら」と、舌打ち混じりに手を出した。
実績こそが一番。それ以外は二の次。
そいつとしては、美学に従ったまでのこと。
滞空中のヘルブラ、それが移動する先、偏差を読み切って、斜め方向へ跳躍。
直線高速上昇し、自らの巨体を対空砲弾にする。
バットでボールを打つように、ヘルブラがユイトで迎撃。ウィリ=デが身を捻り、その勢いを加速させ、彼の右手がデーモンに刺さる。
「「!!」」
〈ってえなあ、ったくさあ……〉
間髪入れず無数の脚が、3人を握り込むように迫る。
ユイトの腕が獣の頭に咥え込まれ、引き抜けない。
ユイトを手放して間合いの外に逃げるか、しがみついてサイコロの山になるか、二つに一つ。どちらを選んでも、デーモンの勝ちである。
〈手古摺らせたなあ……?ムダにさあぁぁ~……〉
「ユイト……!」
ヘルブラは、
「ごめん……!」
手を放した。
〈ハッ!見ろよ!なんかカワイソーぶってるだろ?お前を見捨てた加害者サマが!〉
体中にブレードを刺し込まれ、彼を守るポプラーが、徐々に剥がされていってしまう。
〈お前のお優しいやり方の限界が、これだよ!仲間に力を掛けるのを面倒がって、ちゃんと縛っておかないから!肝心なとこで離れてく!強さを求めることから逃げて、エセ聖人に憧れるバカの末路は——〉
黒いマナが遂にシールドを抜き、
〈——搾取されてオシマイになるだけなんだよおおおお!!〉
その先端がユイトの肉を「そうかも、しれないけど」
ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ!
「少なくとも、今じゃない」
ポプラーが念入りに巻かれた左手を、ユイトが獣の頭の一つに捩じ入れた。
「みんな、僕を助けようとしてくれるくらいには、強くて優しい子達だから」
口を開かせて、噛まれている右手を抜こうとしているのか?だがその腕力は非力などというレベルではなく、
そしてデーモンの背中に奔った痛みが、その不意打ちこそが本命であると如実に語っていた。
〈な〉
「うおおおおおおおおお!!」
「いっちゃえええええええっ!!」
「ほってやるううううううううっ!!」
巨磐どもが使用していた大型“削巌匙”。
それらを抱えたノーム達が、そいつの背後を突いていた!
〈いや速過ぎるだろ!〉
気配を察知してから到着まで、想定の数倍のスピードだった。
ウィリ=デとヘルブラを脅しつつ、ユイトを解体する為に、手足の全てを前に回していたこともあって、防御が間に合わなかったのだ!
〈一体……!〉
デーモンは解を求め、彼のユニークがそれに応える。
ユイトのマナから魂の情報を閲覧し、直近の記憶、仕掛けられていた策謀の概要を引き出す。
〈お、お前……!左手が、指が……っ!?〉
「うん、実は切れてた、ずっと」
彼の左手の指5本、それらは最初から、あの休戦の提案の時から、既に失われていた!
彼があの時右手の指を立てて見せたのは、左手から注目を逸らしつつ、「指は正常に付いている」と印象付ける為。左手の先だけ念入りにポプラーを巻いていたのは、光によって欠損を見えにくくする為。
戦闘中、ノーム達はその指を持ったまま、小心者の得意技である存在感の隠匿によって、端っこに積まれた戦闘不能者達の後ろに潜伏。その間ずっと、復元能力と綱引きをしていた。それらがユイトに戻らないよう、数人掛かりで押さえていたのだ。
そしてデーモンに刺さるなり、相手の方から捕らえてくれるなりして、ユイトがそいつの体に固定されたその時、
指は解放され、どころかノーム達の脚力と、ポプラーシールドの反発力を得て加速。
幾つもの魔導能力で実現した最高速で大気を裂き、ヘルブラのユニークでポプラーを纏わされたエアディガーを刺し立てた!
〈最初から、この為に……いやっ違うっ!?〉
そして彼は、この作戦の更に先を見た。
だがその時点で、硬い岩盤を掘り返すエアディガーを叩き込まれ、更に一部のノームが担いできたエアスキャッターライフルを何発もぶち込まれ、彼の背中はバリバリに破砕。
ノーム達は貫通し、デーモンの前側に出て、ユイトとすれ違う形で飛び出した。
指が彼の左手に戻り、けれどまだ治っていない指がある。
そしてユイトも、黒いマナに体内を荒らされ、意識の半分以上を凄絶な幻覚に侵され、それでもポプラーが残った手で、デーモンに引っ付き続けていた。
ノーム達が離れてから1秒もせず、玉突きのように彼らの後から飛び込んだものがあった。大型カプセルを二つ抱えたブリュネだ。
「サイゴにもうイッパツ!とっておきがあるよっ!」
彼女は二つの魔導具を起動させ、デーモンに開いた穴に投げ込んだ。
それらはポプラーを巻かれ、ユイトの小指と一纏めにされており、彼の誘導通りに、ちょうど敵の体内で止まった。
デーモンは、何故自分が負けたか、分からなかった。
ただ、目の前の少年の何かがいけなかったのだと、そこまでには想像が及んだ。
そいつは、その汚らわしい敵を、斃せなかった。
殺しても殺しても、消せなかった。
その状況はまるで、そいつが最も得意とする——
〈これは、悪夢か〉
知らず、デーモンはそう口にしていた。
「いいや、覚悟だ」
朦朧としながら、少年は答えていた。
二つの“掘鑿包”が、発生エネルギーの全てを爆発力に変換。
床の下から天井の向こうまで、
極太の火柱が貫いた。




