5.暗殺者達 part2
——面倒ですねえ……
実を言えば、彼らを殲滅してやることは、可能か不可能かで言えば「余裕」である。
ただ、彼女の固有魔導は、周囲を大いに巻き添えにする。
不死身であるユイトはともかく、それなりに有用な手駒であるペイルや、近くに居るかもしれない一般通行者が、再起不能、或いは死亡する危険があるのだ。
別に見知らぬ市民が何人死のうとどうでもいいのだが、問題はそれについて、元老議会がどう反応するか。即刻処刑確定即時執行、なんて未来が簡単に予想できてしまい、額を押さえたくなる。
エレノアはだから、ペイルが使い物にならなくなる、そのギリギリまで粘ることにしている。しているが、その間にも段々と、アホらしくなってきていた。
もういっそ、一か八かで全員ぶっ殺すか、と。
ペイルは惜しいが、仕方ない。どうせこの後には、敵という敵を鏖殺するだけのルーティーンしか待っていないのだ。だったらまあ、一人でも問題ないかもしれない。
何故こんなにも自棄を起こしかけているのかと言えば、ちょっとした後悔からである。大事な軍資金を、一時のテンションに身を任せ、衝動買いに投じてしまった。今更ながら、それが響いてきたのだ。
彼女の傍らで、立つこともままならず、戦闘のスピードにも追い着けず、目を回しているだけの少年。ここ一番の選択で、引き寄せたのがこの腑抜け。その事実が、彼女の限界を表しているようで、暗澹たる気分に沈む。
と、ブルーになっている間にも、その目と脳は戦況把握を一切止めていなかった。そして冷静な頭がシミュレーションを走らせ、
「あと3手」
それを見切った。
水の壁に穴が開けられ、槍がペイル目掛けて突き出された。
ペイルの尾がそれを打ち上げ、逸らした。
その下に生じた隙間を潜りながら、襲撃者一名が突進してきた。
最初に攻撃してきた者のすぐ後ろにぴったりと付けて、ペイルの尾を下から突き上げて大きく弾くことで、ここまで踏み込むことに成功したのだ。
ブグゥン!腹を空かせた穂先が唸り、矢も楯もたまらぬように奔り、その牙に肉を捉えた感触が伝わる。
エレノア……が直前で引っ張り立たせた少年、ユイトの腹に深々と槍が刺さっていた。
『酷いなお前』
味方を容赦なく身代わりにした彼女の冷血さを、けれど襲撃者はそこまで重く受け止めない。何故なら外道など見飽きているから。
エレノアは、身体強化のギアを上げようとした。
それにより、ペイルが“壊れる”危険があったが、それはもう諦めた。
両者は邪魔になる感情を捨て、己を軽量化して最速の一撃を放とうとして、
ずぶん、
ユイトが前に進んだ。
『なっ、は…っ?』
穂先からの噴射で、そいつの血肉を炸裂させ、敵が見ていないところから爆発と更なる刺突を浴びせる。そう考えていたそいつは、少年の行動に面食らってしまった。
そしてすぐに気付く。
槍が、柄の部分まで入ってしまった。
そいつを爆破し、穂先を解放することができない!
『ッ!』
すぐにそいつを蹴り跳ばし、引き抜こうとする。
が、槍を持つ手をがっちりと掴まれた上に、何故か穂先が引っ掛かって引き戻せない。
傷が塞がっている。
『なんだお前!』
槍を放し、そいつの手を振り払おうとする。
それなりに強い力だったが、身体強化を駆使する彼らに比べれば脆弱と言っていい。
だが彼がその行動を決めた時、既に少年は次の手を実行していた。
最初から一連のプロセスとしてプログラムを組み、後は自動的にそれに従っているかのよう。
少年は自分と相手の顔面同士をぶつけ合わせた。ヘッドバットと呼べるほど上品なものではなかったが、躊躇の無さだけはピカイチだった。
鼻骨、上顎骨、前歯複数が折れ、一方相手にはほとんど損害無し。ただちょっとビビらせただけ。だが次の瞬間、少年が鼻や口から血反吐を噴き出させ、遮光ガラスにベッタリと塗りつけた。
『うわっ!こっ、チクショウッ!』
もう一度蹴り飛ばしてやっと解放された襲撃者は、しかし視界不良に陥っていた。
『とっ、取れねえ!』
赤いシャワーで塞がれた視野を押し付けられ、彼はやむを得ずゴーグルを脱ぎ捨て、ナイフを抜いて、
その頬に、氷細工のような左手が添えられる。
『あっ、ひ……っ!』
左のアームグローブだけを外したエレノアが、滑るような足運びですぐ目の前まで詰め、
「はぁー……」
悩ましげな呼気を吐きかけた。
『あ゛、ああああ……!』
彼の脳内回路や、全身の神経、信号伝達系。
それらを行き交うマナが、異常活性化。
エレノアはほぼ無表情に近い冷淡な顔のまま、止めにおざなりなウィンクを一つくれてやってから、「ずきゅーん……」片手でトン、と突き飛ばす。
『あぶぁ……っ!』
バチン、
妙に小気味よい破裂音と共に白目を剥いたそいつは、プスプスと焦げ臭い煙を上げ、顔中の穴から出血しながら後ろ倒れ。二度と動かなくなってしまった。
成長するに連れて明確になっていく、彼女の固有魔導は、エリーフォンの上級市民達を戦慄せしめた。
それは、エメラルダとアシュルブラン、そのどちらの系統とも異なっていたから、だけではない。
彼女の能力は、色香で惑わし、興奮させる。
もっと詳しく言えば、「生きたい」、「この世に残りたい」という意識を擽り起こし、暴走させる、というもの。
繁殖欲求を煽り、それによって殺す。
血統第一主義の、アンチテーゼそのものにすら思える能力。
どれだけ疎み、爪弾きにしていても、その女が指を一振りすれば、誰かが射止められ、その穢れを招き入れてしまう。獲物になってしまった者に命は無く、純粋な血統はそこで途絶える。
やろうと思えば、全ての一族の血を汚染し、彼女以前と以降で断絶させる、そんなことまで可能。
その色、その効果に染まったマナを、身体強化の行使だけで漏出させる、それがエレノアだ。
まさに、エリーフォンの天敵。
恐るべき固有魔導、“甘声濫色”。
やっとのことで襲撃者を殲滅したペイルが、変身を解除、
「ごぽ……、うー……っ!エレノア様、ご無事で?」
頭痛を堪えながら、主の無事を確かめる。
「どこぞの流水が“汚れ”を落とし切れなかったが為に、素手で便所掃除をする羽目になった以外は、大過なく」
「いやー申し訳ありませーん。一人通しちゃいました」
「ふん、精進するように。それより……」
エレノアはそこで、ハンカチで拭ってからグローブを嵌め直した左手で、
「少し手助けしてやりなさい」
槍を生やした腹を抱え、のたうつことすらできずに呻くユイトを示す。
「あー、何やってんですかー?もー」
ペイルは穂先の側を持ってから、彼の体を足で押さえ、
「ほら動かないで。動くと余計痛いです、よっ!」
合図も無しに一気に引き抜いた。
「ぐぎゃっ!う、ぐううぎぃ……っ!」
ユイトは顔をグシャグシャにしながら、必死で頭を持ち上げ、
「えれのあっ、さま……っ!」
「……なんです?」
「だいじょぶ、そう……、です……?フー……っ!フー……っ!」
傷が治る間も惜しんで、エレノアの安否を確認しようとしたその刹那、彼女の瞳が酷くブレたような、そんな光景を見た気がした。
「エレノア様……っ?」
「いや『大丈夫?』って、キミがそれ言う?」
「けっ、怪我とか……っ!」
「キミより先に私が確認してるから!」
けれど傷が治ってから上体を起こし、落ち着いた状態で確認すると、特に異常は見当たらなくなっていた。
「よ、良かったぁー……!」
どうやら、痛みや涙による乱視だったらしい。彼女に大事は無い。
それを知って彼は、また泣き出しそうになるほど、深く喜んでいた。




