61.天敵
「ねえどうしてできないの!?ねえどうして!」
バチリと回路がショートしたような音が鳴り、その度に頬が裂けるように痛む。
何度も何度も同じところを叩かれて、生暖かく塩辛い鉄の臭いが、鼻の奥から駆け上る。
「なにが!なにがわかんないのよ!空気読んでよ!こんな簡単なこと!」
「ごめんなさい、お母さん」、そう声を出そうとして、またぶたれ、舌を噛みそうになった。僕は謝罪さえまともに出来ない。
「先輩は、いつもそうですよね。何も出来ないし、何の成長もしないし」
背中から肺にまで、ヒヤリとした先端が入ってくる。
何か、冷たい刃物で刺されたのだ。
僕が罰されるところを見ている、沢山の人の気配に気づいて、痛みに恥ずかしさが先回る。
「そんなんだから、お前の周りで、いつも誰かが泣いてるんだ。お前が悪だから、他人の歩み寄りにタダ乗りするクズだから」
顔を叩かれ、後ろに下がろうとして、でもそうすると刃が深く刺さり込んでしまい、それから逃げるように前に出たところを、また強く張り飛ばされて——
突然左の肩が裂け、横開きに腕が飛ばされた。
「うアアアアアアアッ!!」
「ユイト……!ごめん……!ごめんね……!」
そして青白く光る天井が戻ってくる。
自分が居るのが地球ではなくセラだということと、自分の復元能力を思い出し、左腕を生やしながら起き上がる。
顔や背中の痛みは、どうやら夢の中だけのものだった。
「起きた……!?」
「うん、な、なんとか……!」
さっきの悪夢は、走馬灯かとも思ったけど、僕はクラスメイトに刺されたことはなくて……
左を見ると、元々僕のものだった腕が転がっており、そこからキノコみたいに、四つ足の獣が生え伸びていた。ノーム達がポプラーと工具で、それを打ち殺している。
あのマナに、デーモンの魔導能力に、見せられた?
「へ、ヘルブラちゃん……!あいつの、能力、って……!」
「よくわかんない、けど……、侵食して、乗っ取って、魂の情報を盗み見てる……?」
「あいつのマナ、アタシたちしか知らないハズの、イヤなもの見せてきてた!」
あの黒いマナに触れられると、こっちのマナを向こうに吸われて、しかもたぶんそれを通して、記憶とかを閲覧される?
!!
マズい!それじゃあエレノア様のことも……!
僕は慌ててデーモンの様子を探る。
いつの間にかそいつは劇的に変身して、デッカい虫……ううん、細い花弁を持つ花の方が近いかな?そんな感じの姿になって、さっきまで激しく飛び回っていたのに、急にこちらを見ながら停止。
〈お前それ、マジでどうなってんだ……?〉
僕の体質の異常さに、気付いてきたのか?
〈別の世界……全く異なる法則……そしてその能力……二重構造だが、魂は一つ……?蝶の見る夢?いやしかし……〉
「あっ、そっちの話?」
しめた!どうやら僕の中にある異世界の情報の方に、気を取られてくれてる!
ヘルブラちゃん達がポプラーと腕の切断によって、僕の魂への干渉を早期にシャットアウトしてくれたから、そこまで読み込み切れなかったのかもしれない。
まだセーフ。
それについては、まだなんとかなる。
だけど、でも、くそっ!失態だ!
あの時思わず飛び出した弊害が、あと少しで炸裂するところだった!
しかも、そんな特大リスクに飛び込んでまで、「助けたい」って言い張ったクセに、弱っちいせいでそれすら満足に果たせてない。
お前がノンビリ夢見てる間に何人死んだんだよ……!
〈俺が一番お前に、好奇心を煽られてるんだけど?興味津々なんだよ!もっとじっくり見せろ!“ユイト・クロキ”!〉
また来る!それがなんとなく分かった。
でも僕にあの攻撃を避ける方法が無い!
その時、目の前に巨大なシャベルが突き立てられ、その表面を奔るポプラーのシールドが、何度かの衝撃と共に瞬いた。
「もう、させない……!」
「ひっ、ひあっ、あっ、ありがとう…っ!」
よく見えなかったが、ヘルブラちゃんが遠隔攻撃から守ってくれたのだ。
だが鋏を幾つか投げられただけで、シャベルを覆うポプラーが目に見えて減っていた。
今のをただ繰り返していたら、そう遠くないうちに破られる、それを理解してしまう。
幸いにもと言うべきか、冒険者が攻撃を仕掛けたのをきっかけに、高速戦闘が再開されて、こっちに割かれる火力が緩んだ。
ただ結局のところ、今度は彼らに犠牲が出るだけだ。そしてそれによって戦える人が少なくなったら、今度は誰も止めてくれない。それより前に、何か手を打たないといけない。
冒険者を囮に、ヘルブラちゃんを盾にして逃げるのは、道義的にも実現性って意味でも論外だし、やりたくない。
なら勝つしかない。
だけど、あれをどうやって出し抜く?どうやって倒す?
この前、フェロニアスのキャンプで、神格の末節と戦った時は、エレノア様やザルドさん、ライセルさんという頼れる味方が揃ってて、相手の知能がそれほど高くなくて、僕の不死身ゴリ押しが出来て、と、色んな好条件が重なったから勝てた。
今回は違う。
ここには、エレノア様レベルのゲームチェンジャーが居ない。
そして敵は、暗躍が出来るくらいには狡猾。
止めに、僕の不死体質が、実質的に無効化されている。
魂に直接アクセスしてくるあの能力が相手だと、肉体が不死身の僕でも、「当てられたってヘッチャラ」とはならない。指先が侵蝕されただけでも、そのままさっきみたいに、無力化される可能性があるんだから。
ヘルブラちゃん達になんとかしてもらう、っていうのも、何度も繰り返せることじゃない。そのうち対策されるだろう。って言うか、そもそも復帰させるメリットが見つからないくらいに、僕とあのデーモンの相性が悪い。
僕の唯一の強みが、優位性が、
奴を前にしたら全く無意味!
地球に居た頃と同じかそれ以上に、今の僕は置物と化している!
「なんだありゃ!?」
「つっ、ツメが!ツメがわれて、そのアイダから出てるよぉ!」
戦況に更なる変化。
デーモンが足の先から、黒いマナエネルギーで出来たブレードを生やして、振り回し始めた。
千手観音みたいな目まぐるしい斬撃。
それが通った後を見ると、魔導具類がスパスパ切り裂かれ、時には肉に溶断痕が焼き入れられている。
「防具や武器で受けて止める」ことすら、あれは許さないんだ……!
対抗できるのは、それこそポプラーシールドくらいかもしれない。
だったら冒険者達にポプラーを配ればいいかと言えば、拒絶反応で肉体が破壊されるので、むしろ負け筋になってしまう。
傷がすぐ治る僕であれば、そのデメリットをある程度無視できる……んだけど、そもそも僕がクソ弱いという問題に戻ってくる。“罪餐”のせいで相手の攻撃がちゃんと見えない問題を、僕だけは克服できてない、というのも致命的。
せめて魔導筒とか使えればまだ……
ポプラーのマナで魔導筒撃てないのかな?
いや、それって結局ヘルブラちゃんのタイミングで撃つってことで、だったら普通に彼女が戦ってる方が互いにとって安全だ。わざわざ僕を使う意味がない。
彼女が立ててくれているマナの壁は、さっきから何度も白く閃いている。あのデーモンは時折、しっかりこちらへの攻撃を挟んで、ちょっとした休息すらさせてくれないのだ。
良い考えは浮かばないまま、「手遅れ」という瞬間だけが、刻一刻と迫ってくる。
どうする……?
ヘルブラちゃんが僕を守るより、僕を見捨てて彼女単体で戦う方が、良いんじゃないか?
エレノア様の情報が漏洩しても、彼女が冒険者と力を合わせてデーモンを倒せば、それで……いや、だけど、そんなことできるのか?ノームのみんなが合流したところで、勝てる相手なのか?
もしその状態で負けたら、目も当てられない。
僕と言う、どう雑に扱ってもいい、エレノア様マル秘情報の宝庫が、デーモンの手に渡るのだ。
もう迷惑とかいう次元を超えている。はっきりばっさり利敵行為。
本当にそれでいいのか?
やるにしても、他に手が無いか、全部考えた後……でもそんな時間は無い!もう!堂々巡りだ!
「ねえはやくなんとかしないと!」
「オレは、オレは行くぜ……!ヘルブラ、オレのピッケルにポプラー分けてくれ!」
「まってよグラウ!行ってどーするんだよぉ!」
「ここでウジウジしてても死ぬだけだ!戦って死ぬぜオレは!」
「あっ、アタシも、アタシも行く!」
「もっとホラ、にげる方法とか考えよーぜ!かてないって!」
「でもお、でもあんなハヤいヤツからさあ……!」
「やるの!タタカうしかないの!」
“家族”達の中で意見が割れ、議論が座礁しかけたその時、
「私は……!」
ヘルブラちゃんが振り向きもせずに宣言した。
「私はここを、動かない……!」
「へ、ヘルブラ?」
「ユイトを、守る……!」
それは——
「「それはダメ(だよ)ッ!」」
僕とブリュネさんの声が期せずして重なった。
「僕を、気遣ってくれるのは、嬉しいけど……!君と、君の家族のことを、一番に……!」
「あ、アンタ……いや、でも……」
「でも私は、私はユイトが居なかったら、死んでた……!」
彼女の背中は、岩から彫り出したみたいに、不動の意思を宿していた。
「グラウも、ブリュネも、そう……!みんな、そう……!彼のおかげで、私はこのユニークに目覚めて、みんなを助けられた……!彼から勇気を、もらったから……!」
「彼が私達を、ここまで連れてきてくれた……!」、彼女はそう言うけど、それは違う。
僕には、人に分けられるほどの勇気はない。ヘルブラちゃんの勇気は、ヘルブラちゃんの物だ。
ユニークも、闘志も、諦めない心も、全部最初から、彼女が持っていたものなんだ。
彼女に、他者に分けてあげられるものなんて、僕なんかが持っているわけがない。
僕にはこの死なない体と、小賢しい悪知恵以外、何も無いんだ。何か詰まっているように見せかける為に、それらしいペテンばっかり、あれこれ身に着けた伽藍洞だ!
それで、僕はエレノア様まで——
「ヘルブラちゃん、もう、僕をま、まもっ、守らなくて、いいよ……!」
気が付くと、そう言っていた。
自分の都合に子ども達を付き合わせる、それに耐えられなくなったのだ。
ほうら、考えてるフリをして、体はいつも、感情だけで動く。
合理とか論理に則った生き方を、通すことすら僕にはできない。
「恩なんか、ないんだ……!君達は、きっ、きき君達の為に、戦って……!」
ヘルブラちゃんの隣に、ブリュネさんが立った。
「ユウキ、ねぇ……?」
彼女はこちらとチラリと振り返り、
「さいごくらい、カッコつけてみるのも、いいかもね」
ヘルブラちゃんと腕を組んで、そう言った。
「え……?」
「ヘルブラ、オレの分のポプラーも、守りに回せ」
「え、ちょっと……!」
「……がんばる……!」
「クソー……!もー、しーらね!」
「待ってよ!おっ、おかしいって!」
ノーム達みんなが、僕を庇うように、前に並んでしまう。
なんで、なんでそうなるんだ?
みんな、家族を守る為に、今まで戦ってきたんじゃないか。
「僕を、僕を守る必要は、ないよ!僕の役目はさっき、みんなを手助けした、あそこで終わりだ!君達に、りっ、あっ、えっと、とく!得なんかない!そ、そうでしょ!?」
カメラのフラッシュみたいな閃光。
間隔がどんどん狭まっている。
デーモンが自由になってきているんだ。
「おしまい」の足音が、聞こえてきた。
「僕なんか、助ける、理由が……っ!」
「ハァ……?リユーがないってぇ?」
「『おかしい』って言ったかコイツ?」
懇願するような僕に、みんなが褐色の目を向けて、一斉にニヤリと笑った。
「「「おまえがゆーな!」」」
なんで、
本当にいっつも、なんでこうなる。
なんで僕は、災いばっかり呼び寄せる。
関わった人を、傷つける。
そのクセ自殺する殊勝さもない。
なんで僕は……!
「みんな、お願いだから……!」
なんで……!
「ポプラーを、自分を、守る為に……!」
なんでだ!
「君達の、武器に……!」
なん——
——武器にポプラーを纏わせる?
ガバリと身を起こし、目元を発火する勢いで擦って涙を拭い、目的のものを探す。
何がある?どれだけある?どこにある?
使えるのか?どう使う?
使うなら、ちゃんと活かすなら、やっぱり「復元」を——
——あれは?
「ヘルブラちゃんっ!」
「ユイト、私は、何度言われ「そうじゃなくって!き、訊きたたたいん、だけど!」……え……?」
気が抜けたのか、キョトンと幼さが出てしまった顔を、こっちに見せた彼女に、
それを指差して僕は訊ねた。
「あれって、なに!?」




