58.場違いな脅威 part2
〈さて、話は終わった?〉
混ざりモノの末節は、己の正体を看破されようと、興味も無いかのように欠伸を一つ。
〈それで?何か「分かった」か?「理解できた」か?〉
鹿の目のように真っ黒な眼球で、彼らを無感動無感情に見下す。
〈「時は金なり」……、時間は有効に使えよ?その1分1秒で、俺は本当なら、我が君の偉大なる計画を、もう10年は縮められていた。それだけの損失を出している、その自覚はあるか?〉
「償いが必要だな」、勝手な理屈と計算式によって、秒刻みで加害性を増していくデーモン。その力は、そいつが出力するマナは、今こうしている間も、彼らに這い寄り、膨れ上がっている筈。
だが、見えない。
いや、見れない。
ただただ「残忍な何か」の気配だけ、鼻先に押しつけられるように嗅がされて、それがどんな形をしているのか、何をしようとしているのか、その情報が表層意識に届かない!
目隠しをされた状態で、金属が擦れ合う稼働音だけ聞いて、拷問器具が何かを当てるゲーム。そんなものを仕掛けられて、意気を高められるわけがないのだ!
「ちくしょおおおおお!!」
理解はできなかった。
ただ狂乱にせっつかれて、軽率な行動に出るしかなかった。
ドワーフ達がストーム・ネイルガンで一斉射を放ち、
「うぐぁあああああああああ!!」
攻撃を放った者から優先的に、魔導筒を持つ腕が零れ落ちていく。そのうちの何体かは、手首から先を完全に乗っ取られ、自分の兄弟を自分で撃ち殺す、貴重な体験をさせられた。
〈アリならアリらしく、仲良く遊んでろよ〉
「いっ、いきなり侵蝕がっ、激しくっ!うおおああああああ!!」
彼らは注射の再使用を試み、その針の先端から泥水めいたマナが分泌されるのを見て、「終わり」を悟った。
魔導具の中身が、知らぬ間に汚染されている。
「ディマ!」
首から下を90度回し、両手をそれぞれ反対方向に開いたウィリ=デが、片方の手から羽軸を連発。それと同時に大耳ネズミが跳躍し、身に着けた魔導具から斥力を放ち、空中姿勢制御の後、刺し打つような高速斜方降下。
空気を蹴るような三角跳びを決めたネズミ女は、四肢が突然散ったことでバランスを崩して床を滑る。
「なんで……!この臭い……!イヤ……!あそこはイヤ……!」
その鼻先が黒く変色していき、嗅覚に偽の信号を送り、彼女の最も嫌いなものを思い出させた。
「もうあそこに、もどるのはイヤァ……ッ!あの小屋は、イヤなのぉぉぉ……!」
這うこともできなくなった無力感が、余計に記憶を鮮明にする。
狭い部屋に数十人で押し込まれ、同族と垢と糞とゴミに埋もれ、寝ている間に飢えたルームメイトに齧られ、毎日誰かが窒息死する、そんな幼少期が彼女を襲った。
「これは幻これは幻これは嘘……!これは違う……!」
ウィリ=デもまた、別の何かを見ていた。羽根を撃ったその時には、既に現実を歪められており、だから狙いも明後日へと逸らされていた。
「わたしはつよく……!つよくなくちゃいけないの……!つよく……!」
その脚が、ぶくぶくと泡立っていく。彼女が下半身を喪失するのは、そう遠くないことのように思われた。
デーモンが彼らの“君主”から授かるのは、“罪餐”と呼ばれる、恐怖を支配する力。
だがそこに居るデーモンは、それとは別にもう一つ、自前のユニークを持つようだった。
相手を蝕み、その内を覗き、乗っ取る能力。
彼のマナに触れられれば、一切の隠し事が叶わない。
けれど相手は、満足にそれを拒むこともできない。
何故なら、「怖くて見れない」からだ。
〈で?どうするよ?〉
実質的に「ユニークを二つ持っている」デーモンは、
まだ動かない、いいや、動けない者達に、訊いてみる。
ただし、答えは求めていなかった。
〈何もしない作戦かぁ……?そこで根本的に間違った対応しかできねえから、お前らはクズでカスで底辺なんだよ〉
何をするにしろ、結果は同じ。それを理解できるかどうかの違い。
動かなかったとて、体内のマナ操作に集中したとて、数秒の延命にしか繋がらない。
じわじわと、喰われていく。
時間と共に冒険者の数が減り、一人あたりに集中する魔導能力の影響が増える。
それと逆相関を描くように、マナに施された免疫力のブーストが薄れ、侵蝕に手も足も出なくなっていく。
それは、ポプラーを纏うノーム達も同じだった。
ヘルブラによる必死の能力制御も空しく、可視化された悶死が足元から攀じ登り、痛覚を直接掻き毟る。
「うわああああっ!?イタイッ!いたいよおおおおっ!!」
「はなれろ!はなれろおおおおっ!!」
彼らを襲ったのは、ブリュネとヘルブラの記憶から生まれた、あの水槽を満たしていた毒虫だ。節の多い体をカサカサ動かし、通り道を食い掘って、頭蓋に詰まるゼリーを目指す。
御馳走の山を隅々まで貪り、骨にこびりつく滓も残さない。
「ううう……!もうダメ!ヘルブラっ!自分をまもるの……ユーセンして!」
「で……できない……!」
「ゼーイン死んじまうより、ぐぎぎぎっ!いいだろ!オレたちのポプラー、全部使え!」
「そうだよ……ッ!ぼ、ボクら、もう……!」
「た、たすからな……!イヤだあああ!!しにたくないぃぃいい!!」
「でも……!でも……!」
「なんで神格の手先がこんなところに」、腑に落ちる答えを返してくれる者は、どこにも居ない。
世界の流れとは、いつも残酷だ。
ヘルブラは、噓偽りなき実感として、その常套句に直面した。
永遠に続くかのように思えた、幸福なる日々。それは巨磐どもという暴威によって、簡単に踏み壊された。
それを呪った彼女の手の中に零された、気まぐれみたいな偶然。それが今度は、あれだけ勝ち目のないように見えた巨磐どもを、あっさりと滅ぼす助けとなった。
そして直後、今までの理不尽なんてお話にならないのだと、それを教えるかのように、本物の運命が現れた。
大いなる手に振り回されて、ちょっとでもそれに抗えたと思ったら、ただ単にその腕が、勝手に力を抜いていただけ。
そして急に、今までより遥かに強く、頭から地面に叩きつけられる。
彼女達はもう、死ぬしかないのだと、
これから殺すのだと、その力が語っている。
そこには特に、何の脈絡も意味もない。
「ちょうどそんな気分だったから」、天命の基準はたったそれだけ。
あらゆる積み重ねも、どんな深謀遠慮も、懸命に生き抜いた誇りも、何一つとして、どうでもいいことなのだ。「あ、そうなんだ」、それで済まされることなのだ。
——助けて……!
目の前で家族が食われるのを見ながら、可能性の為に彼らを殺すか、未来など捨てて彼らと心中するか、自らの手で選ばなくてはならなくなったヘルブラ。
彼女には、決断などできなかった。ただ焦り、泣き、ありもしない希望に縋りつく、それだけだった。
「助ける」?
誰が助けてくれる?
その気がある者が居るとして、誰が神格なんかに勝てる?
誰を想定しているのか?
誰か心当たりがあるのか?
“彼”か?
彼女にとって、家族と同じくらい大切になった、あの人か?
でも、彼は来てくれないだろう。
分からないことばかりの彼女の目にも、それはハッキリしていた。
どうして、そう思うのだろう?
彼ならきっと、思いもよらない方法で、あの枷を外すことが出来ると、信じられるのに?
だって、彼に、彼女達は——
何かを忘れている。
違う。何かを意図的に、見ないようにしている。
ヘルブラは、何かから逃げている。
デーモンのマナが、彼女の頭の蓋を、こじ開けたのだろうか。
琥珀の瞳の中に、彼の姿が宿った。
薄暗い通路から、大広間の照明の下に、ぺたりぺたりと、おっかなびっくり進み出る。
彼女は何故か、彼の形をした幻像を、恐れていた。
これから、何かは分からないが、向き合いたくないものと向き合うことになる、そんな予感に憑りつかれた。
その恐怖に直面して、目を大きく開き、瞳を揺らすヘルブラ。これまで見た中で、最も恐慌が酷い彼女を見て、ブリュネもまた、その視線の先へと振り向き、
「え……?な、なんで……?」
同じ物を見た。
〈……おーい、なにお前〉
そしてデーモンも、確かにそれに焦点を合わせて、反応していた。
「……え………?」
それは、
彼は、
そこに実在している。
ヘルブラの理解が、そこで一度完全にストップした。
意味が分からなかった。
彼がここに来る理由も、
この惨状を見て、それでもその身を晒した訳も、
露ほどすら理解できなかった。
〈挨拶もナシ?礼儀って概念から説明しなくちゃダメ?〉
デーモンがそう鼻で嗤い、
「あっ、えっ、あっそのっ、スぅー……すいません……」
少年はしどろもどろに応じた。
「このあたりだと、敵に名乗る風習とか、ある感じ、ですか……?」




