58.場違いな脅威 part1
〈お前ら、今、不安になっただろ?〉
混ざりモノは、突き刺すように決めつけた。
「お前は何者だ」、という疑問を、誰かが意を決して発する前に、有無を言わさず先制された。
それだけで、金縛りにでも遭ったみたいに、全員が動けなくなってしまった。
血の気が多い冒険者達が、行儀の良い貴族子女の如く、指先にまで神経を通して、張り詰めたまま静止した。
〈俺のこと、次に何するか分からねえって、そう思っただろ?どんな力を持つか分からねえ、どうやってあんな殺し方をしたのか分からねえって、そう怯んだだろ?だから即行で、ぶっ飛ばそうとしてないわけ〉
そいつの話など、聞く必要がないのだ。
雰囲気に呑まれそうなのだから、むしろこの場をぶち壊すべきなのだ。
引鉄を絞れば、それが出来る。
そう、撃てばいいのだ。それ以上の解などないのだ。
こいつが放っておいてはいけない存在なのは、見れば分かること。
撃って悪いことなんか、何一つない。
とっとと攻撃して、黙らせるべきなのだ。
〈そういうのを何て言うか、知ってるか?〉
だが、できない。
少しの身動きで、それが出す音で、そいつに目を付けられることを、嫌がっているかのように。
怒られたくないから、ただじっと黙するだけの、内気な童子のように。
〈“恐怖”。『分からない』ってのは、そういうことだよ〉
ズルリ、そいつが滑るようにして、冒険者達へと近づいた。
それだけで、誰かが思わず唾を呑んだ、そんな音が聞こえた。
〈お前ら、俺を怖れたな?〉
その姿が肥大化し、彼らの周囲を暗幕の如く一周した、ような気がした。
実際には、そんなことはない。
そいつは大して変わっていないし、動いてすらいない。
ただ、彼らが感じる迫力が、急激に増大しただけで——
「ひああああああっ!?」
その悲鳴に全員が振り向く。
ドワーフの1体が脚を押さえている。
そこからは黒い瘴気が、
〈メエエエエエエエエエ……!メヘヘヘエエエエエエエ……!〉
あの黒い獣共が顔を出している!
「あ、ああ?」
「なんだ……なんで?」
〈ああ、やっぱり最初はドワーフだったか〉
混ざりモノがそう言った直後、もう一人、また一人、次々と、他のドワーフの体にも、同じ異変が起こっていく。
外骨格を突き破られて、肉も神経も咀嚼されてしまう。
〈フェロモンによる意識共有……並列化か?全体を一つとした高度な連携を可能とするものの、感情の伝播という副作用が困りもの。特にパニックはなあ?集団の中で誰かが発症すれば、一気に感染爆発を起こすからな〉
あちこちで絶叫が上がり、共鳴し合い、広間の内壁で反響、増幅され、不穏な合唱が皆の頭を、内から外から押し潰さんとする。
内壁にびっしり人を貼り付けた、巨大な鐘に閉じ込められて、外から強く打たれたような、悪夢そのものと呼べる状況。
やがてそれに中てられたが如く、他の種族も次々と、同様の症状に罹患していく。
小さな羊とヤギ達に、ぶつぶつブツブツ擂り潰されて、血肉を別の命に変身させられる。彼らの体そのものが、彼らを喰い荒らしているのだ。
「てっ、天よっ!救いたまえ!」
司祭服が金属の注射器を取り出し、苦しむ者に駆け寄ろうとして蹴躓いた。じゅくじゅくと獣達が生まれたことで、脛が腐り落ちたように黒く変色し、駆け出した衝撃で千切れ飛んだのだ。
脚から股間を通り、腹から胸へ、頭を目指して上る激痛。
それが体を通り抜けるにつれて、見える景色が塗り替えられた。
「え……?」
そこは、見覚えのある場所だった。
そこまで広くはないが、惨めでもオンボロでもない木造の寝室。
彼が俗世から外れる前、家族と共に暮らしていた家。
外から黄色い日光が差し込み、反対の壁まで届いている。窓の向こうに広がっているのは、当時管理していた農園だ。
彼はこの景色を知っている。
この太陽の角度を、不気味なほどの静寂を、知っている。
そう、あの日は静か過ぎた。
いつもならボウヤ達のハシャぐ声が聞こえるのに、その日だけ空気が穏やかだった。
隠れんぼでもしているのか、彼はそう思って部屋から出て、一家が集まるダイニングへと向かう。そこで朝食を摂るのが、習慣だったから。
そこには先客が居た。妻だ。
彼女はどうしてか部屋の隅に座り込み、彼を見るなり、震える手で反対の角を指した。
そちらに目を向けると、全身に頑丈な毛をびっしり生やした、大蜘蛛の魔物が張り付いてた。
全長が部屋の高さほどもあるそいつは、彼が入室したことに気が付いている筈なのに、何の反応も見せずに平然と口らしきものを動かしている。
そこにズルズルと引き込まれていく、2、3の小さな肉塊、その球体部分に二つずつ埋め込まれた、ガラス玉が彼のことをじぃぃぃぃぃっと………
「ひぃっ!?」
何かがチクチクゴソゴソと肌の上を這う。
急いで服をめくってみれば、腹の内側から蜘蛛が頭を覗かせ、横並びの顎をカチカチと鳴らしていた。
「ひああああああああっ??!?」
テーブルの上にあったナイフを取り、何度もそいつに突き立てる。何度も何度も、その粘つく体液をぶちまけさせ、
「お、とう、さん……?」
「いた、いよ………」
その声にハッとして見れば、腹に詰まっていたのは、何度も夢に見る愛すべき家族の顔で、
彼の手はそれを滅多刺しにしていて——
ぽぉん、
「ねえっ!ちょっとっ!?」
風邪の悪寒を酷くしたような感覚が、伝い落ちる雫のように、右腕から全身を駆け巡った。
「目、覚めない……!?」
「ダイジョブなのっ!?ねえっ!」
〈ほう、ほう、なるほど?ポプラーの浄化能力、か……〉
司祭の腕に光るコケが取り付いており、焼き焦がすかのように肉を破壊しながら、彼のマナを急激に吸い上げている。
「ごめんなさい……!他に、方法が……!」
「いや……っ!感謝します……っ!」
幻覚から復帰した司祭は金属注射器を取り出して静脈に注入。それは自身のマナを、身体の原状復帰機能を強化する効果を持ったものへと、変換する魔導具。
それを流し込まれたことによって、彼の体を構成するマナの、自己治癒や免疫系の能力が向上。傷が塞がるのと並行して、黒き獣どもやポプラーのような、外来の存在が排撃されていく。
「皆さん!これを!」
彼は生体マナエネルギーを体外に出力。
小さな爆発を起こしてありったけの注射器を飛ばし、冒険者達に配っていく。
「ポプラーを、他の方々にも!早く!」
「うっ、うん……!」
ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ、
胡乱な意識状態のまま夢と現の間で溺れかけていた彼らへ、一人ずつ順番に胞子を植え付けるヘルブラ。
それらポプラーは——彼らの肉体ごとではあるが——、体内の汚染マナを滅していく。その効果とそれに伴う痛みによって、僅かにではあるが精神の主導権を取り返す、その一助となる。
「ああもう!最悪の気分……!」
ハピノイド、ウィリ=デが己に注射を打ちながら上体を起こし、混ざりモノを睨みつけた。
「見たくない記憶見せるだけならまだしも、勝手に改悪してるんじゃあないわよ……!」
〈より刺激的になっただろ?〉
「あなた料理下手でしょ?余計なアレンジして失敗するタイプね」
司祭が限りある注射器を送ったのは、ここに居る中でも特に腕の立つ者達だ。
体内のマナを強化しても、混ざりモノのマナに侵食されることに抵抗できなければ、何の意味もない。従って、高レベルの体内マナ操作を可能とする、凄腕でなければ土俵に上がれないのだ。
ただその“登板”も、一時的なものでしかない。
マナ強化が切れた時点で、彼らにはなす術が無くなってしまう。
「君達のポプラーは……」
ウィリ=デはノームの少年少女の様子を見て、その表面のラインが端の方から、急速に黒ずんでいるのを確認する。炎が野草を炭化させながら、這い登る様を見ているが如く。
ポプラーをかなりの自由度で操れるらしい一人が、何やら魔導能力で押し返してもいるが、仲間達全員をカバーしようとしているのもあって、遠からず力尽きるのが目に見えていた。
「注射の残り回数的に……、みんな、持って数分ってところ……?」
「なんでコイツ……!攻撃してこないのよ……!」
大耳ネズミが脚の治りを待ちながら、もっともなことを口にする。
確かに、その場で佇んで微動だにしないそいつは、なんとも悠長と表現できた。
「今の隙に、殺されてても、おかしくなかった……!」
「あのバケモンが言ってただろ……!『恐怖』だよ……!」
ドワーフのリーダー、と意識を深めに共有中の1体が、流暢に語る。
匂いを使った複数体精神並列接続によって、情報処理速度を飛躍的に向上させたドワーフ達は、高い水準の体内マナ操作能力も実現。「精神攻撃に弱い」という弱点と相殺していた。
「オレ達が無力化したところを、ドタドタ殺しに行くような余裕の無さを見せたら、魔導能力の効力が、下がるんじゃあねえか……?アイツ、オレ達のことをビビらせてやがるんだ!」
「予兆が見えない……マナの侵蝕……!」
立ち上がったドーベルマンが、横向きに短剣を構える。
「見えていない、ではなく……、見ていない、としたら……?」
「……本気で言ってるの?それ、冗談とかじゃなくて?」
「筋は通るけどさ……!なんでそんなのが出てくんのよ!こんな仕事に!おかしいでしょ!」
「なっ、なにっ?ちょっと置いてかないで!どういうこと!?」
冒険者達に、最悪の確信が広がるのを感じ取り、ブリュネが堪らず口を挟む。今起きていることを少しでも理解することで、腹に溜まった色濃い懼れを、薄めようと努めているのだ。
「……そもそもマナを使った効果や現象の押し付け合いでは、相手を精神的に圧倒することで、大きな有利を取れるのは分かるわね?世の中には更に、怖がらせることと、そこから優位を引き出すことに、特化した魔導能力が存在するの……」
「知る」ことで戦意が折れるかもしれない。けれど、「知らない」ことで怖れられるよりはマシかと、ウィリ=デは教えてやることに決めた。
「『怖いものから視線を逸らす』、その自然な意識を利用して、攻撃を知覚させないようにしたり、危機を感じて生体マナが暴れることで、発生する余剰エネルギーを、『自分の生んだもの』として操ったり……みたいな効果を持つそれは、広く知れ渡ってるわ」
「つかってる人が、いっぱいいる、ってコト?」
「いいえ。使い手にはそうそう出会えない。私も実際に見たのは初めて」
それが有名なのは、普遍的だからではない。
とある絶対的な“名前”と共に、伝わっているものだから。
それは恐怖を司り、恐怖を糧とする。
それは人の意識を握り、その弱さを使うことに長ける。
それは生きとし生けるものどもを改造し、代行者に変えてしまう。
筆舌に尽くしがたい、禁忌的生体研究者
度合いを大いにハミ出した、生命進化的加速主義。
命への挑戦者にして、魂を弄ぶ見えざる手。
求道と探究の果てにある、秩序と支配の完成形。
「“恐威の征閾デーモン・ロード”……!」
七つの名の中で唯一、「コミュニケーションが可能」とされた、
最も理性的な神格である。
「相手の恐怖を使う魔導能力」は、その信奉者に授けられる、共通の恩寵。
彼ら、デーモン・ロードの手足となる末節を、“鬼胎族”と、そう呼ぶのだ。
つまり今、彼らの前に立っているのは、神格を狂信し、神格にその身を弄らせた、デーモンの一体なのである。




