53.ちょびっとずつこっちに
「な、なに?なにがどうしたってわけ?」
「いいから来い!さっさとしろ!」
掘削作業中、例の高い鐘の音が掻き鳴らされ、集合させられた。
待っていた二人組の巨漢ノームは、どちらも散弾銃っぽい物品を、恐らく魔導筒を携えていて、それらの先を向けて僕達を急かした。
その様子には、明らかに余裕がない。
何かが起こっているのだ。
「あ、おい!テメエはまて!」
集団を後ろから見張ろうと、最後尾に張り付こうとしていた一人が、そこで僕の事を思い出したらしく、首根っこを掴んできた。
「なあ!このクソゴミはどうすんだ!つれてくのか?」
「あー、ソイツ死なないんじゃあ人質にもなんねえし、言うことも聞かねえしなあ……。ジャマんなるだけだから、置いてっていいんじゃねえか?」
「そうだよな!いらねえよなこんなヤツ!オラもどれゴキブリ!」
「ぐぇっ」
まず放り投げられてから何度か蹴り転がされ、奥の備品置き場まで押し込まれる。
「ユイ……!」
「死にてえのかテメエッ!なんも言われてねえのに動くなッ!」
「だ……だいじょう、ぶ、だから……!」
僕を心配してくれたのか、こちらへと駆け出し掛けたヘルブラちゃんを、ジェスチャーで制止。色々とお世話になった彼女の死因が僕だなんて、そんなの胸糞が悪すぎる。
「僕は、いっ、いいから……ゲホッ!……落ち着いて……!」
「……っ!」
彼女が冷静さを取り戻してくれたのを見て、ホッと一安心、そのまま巨漢ノームへと視線を移す。
「ここで、ま待ってれば、良い、ですか?」
「なんならテメエの顔なんかもう二度と見たくねえな」
鉄枷が乱暴に引っ張られ、錠前でロックされた。
首から壁の金具まで、鎖の輪っか3つ分。かなり短く取り付けられたから、室内の何にも手が届かない。
「いくぞ!シャカシャカあるけよノロマども!おくれるようならそのキタねえケツをけりとばすっ!」
そのまま彼らは出ていって、足音もどんどん遠ざかっていく。
やがて、少し離れたところから届く、精神を不安定にさせるような音色の中へ、溶けるようにして聞こえなくなった。
完全に気配を感じなくなってから、念の為心の中で60秒を数える。誰も戻ってきそうにない。
僕はボロ布の端を咥えてから、右手を振り上げて……やっぱ利き腕はイヤだから左手の方が良いかと思い直して、「力が入る方が痛みは短くて済むか」ともう一度考えを改め、右手をまた上げて、指先から地面へと思いっきり突っ込ませた。
「んんんん……!」
自分的には思いっきり骨を折りにいったわけだけど、せいぜい突き指くらいのダメージ。危機感が足りてないのだ。
——それじゃダメだろ!
エレノア様からは、リミッターがガバガバにならないよう、注意されている。つまり、それを掛けるか外すか、自分の意思でコントロール出来るようにすることで、自分の身を守れってことだ。
だったら、非常時である今は、ちゃんと外せなきゃいけないんだ。
「んんんんんんん!!」
セラに来てからこれまで感じてきた、数々の恐怖を思い出そうとする。
僕の本能が、その記憶を鮮明に再生することを嫌がり、表層だけ掬ってサラリと流そうとしているのを、焦りと強迫で突破する。
「エレノア様の正体」という情報を記憶した媒体。それが今の僕だ。それをここに置きっぱなしにするリスクを、お前は許容するのか。
お前はまた、エレノア様を、彼女への服従の誓いを、裏切るのか!
「ん゛ん゛んんんんんッッッ!!」
十数回目くらいで、バキリと折れた骨の端が肉を破る、「解放骨折」と呼ばれる状態まで持って行けた。
そこから涙目になりながら指を食い千切り、吐き出す。
よし、あとはそっちから再生させて……
「……!で、できない……!?ひっううう……ぬな、なんでぇぇ……?」
二つの切れ端があった時、どっちを復元の“ベース”にするか、選べていた筈だ。
なのにどうして、指の方から復活できない……「復活」?
もしかして、今「ベース」になってる僕の体の方が、あるていど壊れてないといけないのか?思い返せば、ドワーフの砦や奴隷商の下で成功させた時は、全身ズタボロだった気がする。
例えば「魂」ってやつが、今入ってる方から離れてくれない、とか?体が万全に近過ぎると、魂がそっちに定着しちゃって、別の体に乗り移ることができない?
ま、ままマズい……!どっ、どうするっ!?これ、どうすればっ!?僕の体をもっと全体的にブッ壊す?身動きがかなり制限されてるこの状況で?あ、壁に頭をぶつければ……それで意識まで失ったら?ただ寝込んだだけになるんじゃあ?……まてまてまってまってまって最初から考えよう最初からまずは僕の体を壊すアプローチが適切なのかどうかを
そう!出来ること!出来ることはなんだ!
例えば今出来たのは、指を捥ぎ取ること!
こうやって一つ一つ、今持っているものを確認して——
「!!」
ガチャガチャと金属音を鳴らしながら、腰を上げ、出来るだけ首を伸ばし、室内を見渡そうとする。
鎖のせいで奥までは見通せなかったけど、目的の物が記憶通りの場所にあると、それを確かめることはできた。
錠前の鍵だ。
手前のテーブル——として使われている平らな岩——の上に放置されている。
朝、僕を連れて行く為に解錠した時、あそこに置かれるのを見てから、まだ動いていない。
運が良かったと言うべきか、みんなが僕に抱く警戒心が、ほぼほぼ薄れていたのが功を奏したと言うべきか。管理がおざなりになっていたおかげで、手は届かずとも見えるところにそれがある!
さっき取れた指を左手アンダースローで投げて、テーブルの奥へ乗せ、右手をそっちに伸ばしつつ、止めていた肉体再生をスタートさせる。台上を這いながら、こっちに引き寄せられる指。それが鍵と接触し、少しこちら側にズラした。
よし……よし!いける!
これで動いてくれるなら、数を熟していればいつかは手に入る!
名付けて“激弱アームUFOキャッチャー作戦”!
修正点としては、投げるのには利き腕の方が良いから、次からは左手指を千切ること、くらいだろうか。
思い出すだけで気分悪くなるほどの痛みを何度も味わわなければいけないのと、毎回毎回それを体験するせいで時間が掛かることが、避けようがない構造的な欠点。どっちも「とにかく無心でやる」ことで無視できる問題だ。
業苦で手を止めるな。
恐怖でためらうな。
怖いことだけ考えて、野性的本能に燃料を注ぎ続けろ。
止まらない手の震えを忌々しく思いながら、一撃で砕かれてくれることを祈りつつ、
左手を大きく振りかぶった。




