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【第一章完結】最弱不撓の冒涜者~不死身になってしまったコミュ障転移少年、拾ってくれた腹黒没落エルフ令嬢に尽くしていたら、いつの間にか過保護に包囲される~  作者: D.S.L
第二章:悪鬼達の罪と罰

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50.芽生え

 「むかつく」、


 初めにそれを見た時、最初に頭の中で出た言葉が、それだった。


 「ずるい」、


 共に日々を過ごすようになって、育っていった情緒が、それだった。


 それはきっと同族嫌悪だと、かえりみたヘルブラはそう分析する。


 弱くて、臆病で、だから流されるしかできない。

 人との触れ合いを恐れ、関係を変えることに怯えて、傷つけたくない以上に、傷つきたくない。


 一言ひとこと発するというだけでも、毒の大気の心配をしながら、くぼんだ空洞に飛び降りるのと、同じくらいの勇気を要する。


 彼女がそうだったから、彼もそうなのだと、そう思ったのだ。

 そいつが吐き出す音がどれもこれも、いつも内から感じている、“小心者の周波数”に、酷く近似きんじしていたから。


 彼女がやっていることは、矛を収めて耐え忍ぶような、殊勝な生き方ではない。何かを主張し、決断し、命令し、侵害するという、生きる上で必須な精神的コストを、別の誰かに、主にブリュネに押しつけているだけ。


 グラウが言った「ジマンできること」を、彼女は持っていない。ただ姉に言われるがまま、唯々諾々(いいだくだく)と従うだけ。


 「私が言ったことじゃないし、失敗したとしても私のせいじゃない」、「私は言われたことを真面目にやってるから、何かあっても言った方が悪い」、そんな予防線を常に張っている。


 心が寄り掛かる先として、ポプラーという共生者達が選ばれたのも、痛いことから守ってくれるし、文句があるとしても表明できない、と、そういう身勝手な理由から。


 自分の外側と関わる時、一方的にズルい接し方しかしていないと、彼女はどこかで自覚していたのだろう。




 そこに巨磐おおいわどもから下げ渡された、不思議な見た目の生き物。

 それが、彼女の罪悪感を強烈に思い出させる、鏡のように機能した。

 だから、「むかつく」のだ。




 こちらの言う通りに動き、理不尽な境遇も受け入れる。

 それは、そいつがそうすると決めたのではない。何も出来ないから、決めることからすら逃げただけ。


 決めた上で真摯に試みて、でも出来なかったとする。その先にあるのは、自分の無力無能との直面と、絶望だ。だから、「やってないだけ」、「言われたからやらないだけ」、「真面目だからしないだけ」と、そういう顔を作るのだ。


 善良で、理性的で、悪とは無縁だから、行動しない、なんて、慰めの誇りを振りかざして、満足していると自分に言い聞かせる。


 彼女の苛立ちは、そいつの中に己を見てしまったから。憎めば憎むほど、その火は彼女自身を焼いて、憎しみを余計に悪化させるという、負の循環。


 しかもそいつは、自分の善性を本気で信じているように見えた。

 自身の欺瞞からどこか逃げきれない彼女と違って、夢を見続けている。逃げ場所が無くなるほど、現実に追い詰められたことが、無かったとしか思えない。

 

 だから、「ずるい」のだ。

 だから、攻撃したのだ。


 そいつが自分より惨めで、無能で、絶対に勝てない。それを確認することで、自分とそいつとを、切り離そうとした。


 似ているところはあっても、そこには明確に格差がある、という実感があれば、そいつへの悪感情が、自分に返ってくることもなくなる筈。


 劣等感が刺激されるたびに、彼女は“鏡”を踏みつけて、「そこに映る自分は、本物の自分に逆らえないのだから、こっちの方が上等だ」と、幼稚な主張を繰り返した。


 まあそれも結局、ブリュネがやったことへの便乗だったのだが。


 


——なのに、なんで、この人は……




 力を掛けたらあっさり(へこ)みそうな、彼の胸板に顔を押し付けながら、彼女は頭を冷まそうとする。


 全ては思い上がりだった。

 見当外れだった。

 似ている?何を馬鹿なことを言っているのか。


 彼は、彼女とはまるで別。


 彼女が守れなかった家族を、彼は助けてくれた、助けることができた、という、表面的な成否や能力の問題ではない。


 グラウの命を救い、彼とブリュネの争いを止める、それを為したものの本質は、彼が持つ高い知能ではない。




 身を捨てるような利他の心。

 利己的になれないが故の言い訳ではない、本物の他者尊重。




 ヘルブラが彼の立場なら、手段を思いついたとして、教えたりしない。

 自分のアイディアのせいで失敗するのは怖いし、誰かの為に痛い思いをしたくないし、何より彼女の場合は、虐待を受けたことを絶対に根に持つ。


 あそこで彼が、彼女達を必死に助ける、そのことで得られるものなど、何もない。

 「やさしさ」だとか「おもいやり」だとか、そういう絵空事の実在を仮定しない限り、説明できない。


 きっと根本から、人格が違っている。

 彼女との差異という観点で言えば、行動原理が理解の範疇はんちゅうにある分、巨磐おおいわどもの精神構造の方が、まだ近いと言えるだろう。

 

——みんなのポプラーに、僕の血を吸わせるってアレ、やろうよ


 なんでそんな、「良い考え」みたいに言えるんだ。

 チビ共にさえ伝わるほど、怯えているのがバレバレな顔で。

 顔面の筋肉の運動が作る凹凸(おうとつ)が、影を作って強調されるほどに、歪められた表情で。


 彼は、分かっているのか?

 あの時、どれだけ異常な雰囲気をかもしていたか。

 その様子に周囲が、どれだけ恐怖していたか。


 「恐怖」、恐怖だ。

 本気で言っていると分かるからこそ、彼女達の安全の為だと伝わるからこそ、恐ろしくてたまらなかった。


 この人は、他人の為にどこまでやれてしまうのだろうか?

 こんな破綻した生物が、有り得るのか?


 強くないのに、

 彼女達と比べてすら、苦痛に弱いと言えるほどなのに、

 力を掛けたら、楽な方ではなく、相手をいたわる方へ転がるのだ。


 理解できない。

 こわい。

 恐いと、思っている、その筈だ。


 けれど彼女は、そんな彼に近づこうとしている。

 理性の壁をぶち抜いて、彼女の無意識がそうさせている。

 もっとよく見て、触れて、知りたいと、たぶん、そう思っている。


——ありがとうね、僕に、笑った顔、見せてくれて


 「笑顔」?彼女は、笑っていたのか?

 自分がまた、まともに笑える日が来るなんて、思ってもみなかったほどなのに。


 ヘルブラも知らない、彼女の本心。


 彼が必要だ。

 彼が欲しい。

 彼と共に、幸福で居たい。


 彼女の勝手に動く体が、思考に先立つ行動が、それら魂の声を代弁していた。


 頼れる大人を殺され、搾取されてきたから、誰かに守られ、寄り添われることに、免疫が無かった。だから彼に、父親を求めているのだろうか?辛い夜は抱きしめてくれて、生まれてきたことを肯定してくれる、そんな庇護者になって欲しいのか?


 ところが彼女は、彼の申し出を断った。否、黙らせた。

 彼を痛みや苦しみから守りたいと、そういう気持ちの表れだった。

 苦悶に満ちたかおを、もう彼にして欲しくなかった。


 それは、受難を全て受け止めて欲しいという、上位者にぶら下がる子ども心とは、また違うもののように、彼女には思えた。

 だとしたら——




 これは、“そう”なのだろうか?




 「平和な楽園」と同じように、おとぎばなしの中にしかないと思っていたもの。

 人が人を想う気持ちの、最上位。


 これが、“そう”なのだろうか?


 よりによって、あんな人相手に?

 水晶玉が見上げる青い月みたいに、自分からかけ離れたあの人を?

 

 ヘルブラには自分が分からない。

 ただ、全部が不明瞭なわけではない。

 

 彼女にとって、最も特別な一瞬。

 それは、目をつぶればいつも、目蓋の裏に投影される、あの時のこと。


——や、やった……!


 彼女の大切な姉が、後戻りできなくなりそうなところを、

 彼が身をていして止めてくれた、その瞬間に見えたもの。


 いつも張り付いていた怯懦きょうだと卑屈が、さっぱりどこかに消えてしまって、

 混じりけも憂いもなく、100%の喜色きしょくに染まった、ユイトの笑顔。


 どうやらそれが、彼女の宝物になったようだった。

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