49.橋を架ける part2
「へっ、ヘルブラちゃんっ?あのっ、えー……」
「どうしたの……?」
お、落ち着け、よく考えてみよう。この状態は、ちょっと真面目によろしくない。
今彼女がやっていることは、ノームから見て、少なくともここに居るみんなから見て、「非常識」な行動であると、そう考えて良い思う。
とすると今の状況は、「ヘルブラさんを足掛かりに、みんなをこっち側に引き抜く」、その——そもそも実現可能性が低い——算段を、瓦解させかねない。
僕とヘルブラさんが近くなることを優先させ過ぎると、ヘルブラさんがノーム達の輪から外れてしまうのだ。
「橋渡し役」なのに、ノーム達側に繋がってる部分が落とされてしまったら、それはそれで大問題。挙句には、僕が排斥される普通の流れに、彼女を巻き込んだだけ、となってしまうだろう。
この集団内での、ヘルブラちゃんの立場的なこととか、そういうことまで考えないといけない。でもそんなの、具体的にどうすればいいのか?
「明日からのっ、掘削作業の、話、なんだけど……っ」
そう、まずは僕が相当以上に、道具として便利であると、なんとかして思わせることだ。
「そのスペックを最大限引き出す為に、僕の信頼を得ているんだ」、っていう説明があれば、彼女の行動は異端でなくなり、どころかみんなへの貢献へと反転する。
そして、何の価値もないことがデフォルトな、玄桐唯仁というダメ人間にとって幸運なことに、彼ら全員にとって欲しいものを、僕は提供できる。これを活かさない手はない。
「何か、困ってる……?不安とか……?どうしても、つらいなら……」
「そっ、うじゃなくて、僕あの、今は、なんて言うか、力不足、だから、もうちょっと……ちゃんと、て、手伝おうって、そう思って」
「ヘルブラちゃんに良くして貰ってるし、お返しがしたい」、ということを、つらつら聞こえよがしに語ってから、本題に入る。これで、これからみんなに配られる利益は、彼女の手柄、ってことになってくれる筈だ。
僕にしては悪くない作戦だと、ちょっと得意になりながら、
「みんなのポプラーに、僕の血、す、吸わせるって、アレ、やろう、よ」
そう言った瞬間、キン、と、右耳から左耳まで、針のような静寂が抜けた。
さっきまで僕達を見ながら、良くも悪くもザワザワしていた少年達が、えくぼの一つに至るまで、彫像みたいに固めてしまう。
なんか……あれ?おかしいな、もっと喜ばれるものかって……「なんで?」
冬の外気に曝された刀身を、首元に押しつけられたみたいな、いやな汗がブワリと吹き出た。声の主の方を見た時、僕は本気で、口を開けたマンホールの上でバランスを崩す時みたいな、落下の恐怖を味わった。
「なんで、そんなこと、言うの……?」
ヘルブラちゃんの目は、こんなにも奥底が、見通せない色をしていただろうか。
遠くにあるから幽かにしか見えず、けれどその源は確かに燃えている、そんな星めいた輝きを、隠れがちながら宿している。それが彼女だった筈だ。
目に入ってすぐ、「黒い穴が二つ並んでる」って、つい思ってしまったなんて——
「ねえ」
「そ、いや、あ、その……」
怯んだところに再度呼び掛けられ、揺さぶられたことで、僕の口は反射的に取り繕おうとしたけれど、何に対して言い訳するべきか見当もつかなかったことで、発話器官としての用を成してくれなかった。
「ぼ、僕から、だから、お礼に、って……思って……」
貰ったものへの返礼、という形なら、みんなの尊厳的にも納得できるラインじゃないかって、顔色を窺ってみたものの、旗色は悪いままだった。
少年達どころかブリュネさんまで、「え?なんで?」みたいな顔をしているのだ。
「いや、ぶ、ブリュネさんは、提案者だし、賛成、だよね?……え?だ、だよね……?」
一番全力で乗ってくると思ってた人が、及び腰の体勢のまま、離れていく。計算が早々に狂った形だけど、どこでミスしたのかが分からない。
「もしかして、アレか?いたみとか、消せるのか?実は」
「?ふ、普通に、無理…だけど……?」
「?」
「??」
「???????」
グラウさんが、本筋から外れたような質問をして、そこから更に話が拗れた。みんながみんな、見るからに頭がこんがらがっている。
ちょっと一旦、リセットしよう。一から説明し直すんだ。
「えっと、まずは……そう、僕の血で、君達のポプラーが、げ、元気に?うん、元気になる。で、僕は基本、死なないから、血液を、う、ほぼ無尽蔵に、提供できる。ってことは、君達みんなのポプラーを——」
「だめ」
ナイフで一突きするような2音の後、ヘルブラちゃんが団子の残りをほぼ丸呑みして、
「ぜったいに、だめ」
そう話を切り上げて、立ち上がる。
「ま、待って……!これはみんなの、その、生存率向上の為にも、大事な話でっ!」
「それはできない。この話は、もうおしまい……」
自分達の命に関わることなのに、他のみんなも同意見であるようだった。誰もが「もう聞きたくない」って空気を発しながら、そそくさと食事を終わらせ、就寝の準備を始めてしまう。
まるで僕の申し出を、「ありがたいもの」でなく、「薄気味悪いもの」であると思っているかのような、そんな様子だった。
「でもっ、でもそれじゃあ、僕がその、みんなの為に、何も、何も出来なく……!」
「今も十分、役に立ってる……」
「そんなっ、僕が来た、前と後で、そんなに何か、改善、されたなんて、思えないよ……!僕はだって、センサー役だけど、それが必要な時以外は、作業の、邪魔になってる、わけで……」
「そんなことない……」
「せめて……、せめてほら、いつもの、あの…なんだっけ…そう、“遊び”を!ストレス解消をさ、これからも、手伝うから…!あれ、やらなくなる、ってことは、今まで以上に、僕が、ただの飾りに……!」
「やめて……!」
ヘルブラちゃんの怒ったような一語で、全ての案を撥ね退けられてしまう。
彼女だけじゃない。僕が何か言えば言うほど、みんなが目を逸らし、背を向けていく。こちらの本気さを訴えかけようとしても、それが伝わっていないのか、心の距離が大きくなっていく。
ここでも、そうなのか。本心を、それこそが正真正銘の本心であると、説得力を持って伝える。それが出来ないばっかりに、僕は自分から、誰かと仲良くなれない。
向こうから歩み寄ってくれる場合を除いて、「知り合い」という関係から、良い方向に進展させられないのだ。
それはきっと、僕が半端なヤツだから。
みんなと違って、人の事を本気で思い遣れていない。それがどこかで、見え透いているに違いない。
僕ってやつはどうして、誰かを喜ばせ、信じてもらうっていう、一番大事なことが、こんなにも下手なのだろうか。
「ユイト……」
途方に暮れていた僕の手を、ヘルブラちゃんが握った。
「どうしても、って言うなら……、おねがいしたい、こと、あって……」
「ほ、ほんとっ?な、なんでも言って……!」
自分より小さな子どもに、縋りつくようなみっともなさで、役目を求めた僕に、
「ねぶくろに、なって……」
目を横に逸らして、体の重心を左右に落ち着きなく振りながら、彼女はそう言った。
「寝袋……?」
「私たち、いつも床で、ねてるから……。こう、抱きしめて、一緒にねて、ほしくて……」
どう見ても、「役に立つ」ことにこだわる僕の為に、たった今用意してくれたような、簡単な“仕事”。結局僕は、あまりにも欠陥だらけだから、年下の女の子にまで、気を遣わせてしまうわけだ。
「使いたい人は、一人ずつ、じゅんばん……。だけどまだ、私しか、欲しがらないと、思うから……だから——」
——ひとりじめ……
そうやって、沖の海に立つ漣のような、深みのある微笑を浮かべる彼女。
「あ……」
「?」
「あ、ご、ごめん。ヘルブラちゃんが、笑ってるところ、たしか、初めて見たな、って、あの、それだけで……」
自分の顔をペタペタ触りながら、「ちゃんと、笑えてた?」と訊ねるヘルブラちゃん。僕の溜飲を下げる為に、慣れない笑顔を作ってくれたのだろう。
ここから更に、あーだこーだゴネるのは、情けないとかいうレベルじゃなくて、
「あの、ありがとうね、僕に、笑った顔、見せてくれて」
「……っ!」
だから今は色んなことを、呑み込むことに決めたのだった。
その夜に抱いた彼女の肩は、細くて、柔くて、何より小さかった。
目的の為に彼女を利用しようとして、その失敗のショックを彼女に癒させた。
こんなに頼りない双肩に、僕の醜さを背負わせた。
その事実に、胸の奥がジクジクと痛んだ。




