48.落とし前 part1
「うぉいこいつは驚きだ!“裂き誇るカーテン”ウィリ=デじゃねえか!」
冒険業支援協同組合キャドマス支部。
すっかり元通り修復された屋舎の2階、天井は高く、入り口は大きく、大テーブルとそれを囲む椅子が置かれた、“大会議室”と呼ばれる部屋。
席の一つに掛けていた、黄色メッシュのハピノイドに、嬉々として絡みに行くのは、二足四つ腕の大型アリ。
ハンマーを背負うそいつの額の右半分には、左右反転したチェックマークが彫られている。
鋭くも中性的な声音で、粗暴な物言いをしゃべくるそいつは、エネクシア内に定着したドワーフの群れ、その上位構成員の一人。
必要最低限の発話しかしない者が多いドワーフの中でも、そいつのように言語能力が発達した個体が育つことがある。そういう人材はこうやって、外部との折衝役に抜擢されることが多い。
「“襲撃”があった時は、大活躍だったらしいなあ!上手くやったもんだぜ!オレらだってそこにいりゃあ、“ノミ”の心臓の10や20、積み上げてやったって言うのによお!」
「やめて。あれは武勇伝なんかじゃないの」
黒い嘴マスクをしたハピノイド、ウィリ=デは、当て擦りにも聞こえる褒め言葉に対して、悔しげな顔で首を横に振った。
「なんだなんだ!重てえ女なのは相変わらずか!変に強い責任感なんか捨てちまえよ!」
「あなたは群れの顔役なんだから、もう少し立場とか考えたらどうなの?」
「へんっ!群れの中の価値観ばっかに阿らねえで、外に広く目を向けられるから、オレはこんなにも“べしゃり”が達者なのよ!」
「私的には、もう少しカタコトなあなたの方が好みだけど。少なくとも今よりは静かになるだろうから」
「なめんじゃあねえや!オレは言葉が通じねえ程度で、咢を止めたりはしねえよぉ!」
言いながら椅子に腰——胸と腹の間の部分——を下ろしたそいつは、背もたれにドッカリと体重を預け、室内の面々を吟味していく。
長い口を持った、茶色と黒の体毛が混じる犬毛族。ユイトであれば、「ドーベルマン」という犬種を連想しただろう。
背が1mもないからか机の上に座って、刃物を手入れしている“鼠毛族”。兎ほどではないものの長く、そして広い耳が特徴。
黒字に白い糸で縫われた長袖ワンピースに、白いベルト、白地の前掛け、筒のような被り物を身に着け、背筋を伸ばした白いカモシカ頭。前掛けと被り物には、8の字とそれが90度回転したものが、十字に交差した四つ葉めいた紋章が、黄色の糸で刺繍されている。
そこにノックが3回。
「まあ入れや!」
室内の誰にも確認せず、ドワーフが勝手に許可を出してしまう。だが入ってきた者の姿を目にして、露骨に口の形を歪ませた。
目深にフードを被っていたものの、その者がダークエルフであることが、容易に見て取れたからだ。
「んだよ、エル豚の丸焼きも居やがるなんて聞いてねえぞ?」
「急遽決まったことですので、組合の不備ではありません。仔細あって、私から強く要望し、それがつい先刻通った、それだけのこと」
淡々と言いながら、彼女は空いた椅子の一つを引く。
「あんた、例のユニーク使いでしょ」
大耳ネズミ女が、顔だけ向けながら言い当てる。視線を外しているが、その手元からはスピードも正確さも、失われていなかった。
「“溺藍のエメリア”、だっけ?地下から来たノームどもを、そこのウィリ=デと一緒にバッタバッタ、って聞いたわよ?」
「ああ!アンタがあの、世にも珍しいユニーク持ち丸焦げルフか!」
「よく今までエリーフォンに殺されなかったな!」、どちらかと言うと残念そうにそう言うドワーフに対して、「運には恵まれていましたので」、冷たい声で返すエメリア。
「エメリア・シルヴェルト。得意なことは防御と治療。どうぞよろしく」
「『敵の殲滅』だろうが!」
「ええ、それも、ですね。ただ悩ましいのは、ちょっとした“小物”であれば、敵諸共うっかり沈めてしまうこと、でしょうか。例えばそこらにあるアリの巣とか」
「その心配はいらねえさ!いざとなったらオレが、そのヤワな頭ぶっ飛ばして止めてやるからよお!」
「お気遣いどうも」、サラリと躱す彼女に、ドワーフが更に何か言い返す前に、
「エメリアさん」
ウィリ=デが立ち上がり、会話に割って入った。
「この前はちゃんと話せなかったけれど、言っておきたいことがるの。いいかしら?」
「ご自由に」
彼女はエメリアの近くに立ち、相手を真っ直ぐ見据え、
「ごめんなさい」
右手を胸に当てながら、口から出したのは謝罪の言葉だった。
「……謂れに覚えがありませんが」
「組合から攫われたコ、あなたの従者だったんでしょう?私はあのコの測定の相手役を担当して、連れ去られるのを止められなかった。だから、今あなたが受けている損害は、私の責任。ごめんなさい」
彼女の変わらぬ律儀さに、ドワーフは一番上の肩を竦める。
「あなたを責めるつもりも意味もありません。私から従僕を奪ったのは、変異型ノームであって、あなたではない。償いは然るべき相手に支払わせる」
「……ありがとう」
エメリアに仕草で促され、ウィリ=デが再び席に着く。
その尻が痒くなるような空気に耐えかねたのか、彼は他の標的を探すことにしたらしい。
「そこのアンタ!寝てんのか起きてんのか分かんねえアンタだよ!あんまり見ない顔だな!どこの名代だ?」
相手に選ばれたのは、ドーベルマンだ。
「“牙猟連盟”だ」
体に張りつくような、黒くシンプルなシャツを着た彼は、言葉少なに答える。
腕を組みながら目を合わせもせず、愛想というものを持ち合わせていないようだった。
「“牙辣”のところか!」
「兄貴分だった」
「捨て犬ってわけだ?泣けるねえ!」
「あの人が出ていって、あの人が野良になっただけだ。涙を流す理由などない」
“牙辣のザルド”。“牙猟連盟”に所属していたAスコア冒険者であったが、ある日急に「ダチに借りを返してくる」と言い残し、エネクシアから姿を消した。
その後、エリーフォンと戦争中のドワーフの国の一つに加勢しただとか、エリーフォン領内でゲリラ戦を展開して10年生き延びただとか、様々な噂が流れているが、真相は定かではない。
元から組織に収まるタイプではなかったので、牙猟連盟の面々は彼の失踪について、驚きも悲しみもしなかったらしい。きっかけはどうあれ、いつかは居なくなっていただろう、とのこと。
「“牙辣”かあ……!まだ生きてるんなら、一度は喋ってみたいわね」
寝物語の剣士を思い浮かべる少年の顔で、大耳ネズミが独り言ちる。
「確かに手練れだったようですが、ジョークのセンスには期待しないが吉です」
「まるで見てきたように……、ああ、あれ?もしかして敵として戦場を共にしたクチ?ってことは、マジでエリーフォンとやり合ってたの?その人」
彼女は根掘り葉掘り訊きたそうにしていたが、職員がキャスター付きコルクボード複数と共に入室したことで、残念そうに話を打ち切った。
「皆様!本日はお忙しいところ、ご足労頂き誠にありがとうございます!」
進行を務めるのは、この支部でいつも受付をしている、白兎リカントである。
「さて貴重なお時間をお借りしておりますので、単刀直入に本題へと移りましょう!」
スキップするかのような軽い足取りで、一同の前に躍り出た彼女は、
「今回こちらにお集まり頂いた皆様、及びその所属商会様にご依頼したい内容とはズバリ!」
そこまで言ってペコリとお辞儀。
「報復です」
低く通る声でそう言った。




