47.衝突 part1
「ちょっ、なにいってのさ!」
なんとか滑り込みセーフでノルマを達成し、無事にみんなで晩御飯を迎えることができたみたいだ。
まあ、「晩」って言っても、ここにずっと居ると、時間感覚がどんどん摩耗してくから、実感はあんまりないんだけど。地下で活動するのがメインなノームは、体内時計とかも優秀だったりするんだろうか。
とにかく食事をしている間は、彼らに残された貴重な自由時間。なんてことない談笑から、明日からの予定についての話し合いまで、毎日色んなことをやっている。僕を使って、その、“ストレス解消”とかをするのも、この時間だ。
だけど今日は、いつもと比べて、空気がピリついていた。
と言うかたった今、僕の目の前でムードが悪化した。
この集団の実質的ツートップ、ブリュネさんとヘルブラさんが、みんなの前で対立し始めてしまったからだ。
「これ以上、ユイトで遊ぶの、ダメ……」
そしてもっと困ったことに、僕の処遇が議題の中心なのだ。どういう顔をして聞いていればいいのか、見当もつかなかった。
「なに?『ユイト』ってそいつのなまえぇ?なんでそいつにカタイレしてんのさ!ちょっとオカシイよ!」
ヘルブラさんが僕の前に立ち、それにブリュネさんが詰め寄る形。いつも並んで息ぴったりな二人からは、想像できない構図だ。
「それに、『あそぶ』ってなに?アタシたちは、やるべきことやってるだけ!」
追及するような人差し指は、地球に居た頃から、ずっと見慣れた形をしていた。それを向けられることを何十回と経験しても、僕の体は適応してくれなくて、未だに心の騒つきを覚えてしまう。
「そいつさぁ!アタシたちが『死にそう死にそう』ってアワててるのを、ひとりだけ死なないからって、おキラクにケンブツしてるヤツだよ?そんなのがノホホンとゆるされてたら、みんなのモチベーションにかかわるの!」
「でも、たすけてくれた……!いたい思いして、全力で……!」
「死なないヨユーがあるからできるんでしょ!」
それは、きっとその通りだろう。
僕の行動の選択肢は、「高い復元能力」という前提の上に設けられている。その気がなくとも、「死なない」ことに甘えてる部分があるだろう。
「それにさあ!そいつは道具じゃん!そいつにたすけられたんじゃない!アタシたちが道具つかって、自分のイノチひろったの!」
「ちがうよブリュネ……!ユイトの意思で、ユイトが助けてくれたの……!」
「だとしても!そいつはそーゆー役目!そーゆーキノウ!道具がちゃんと動いてくれた、それだけっ!」
それもまた、令和日本の「人権」とかを取っ払って考えれば、正しい言い分だ。少なくともこの巣穴の中では、僕は彼らに「使われる」立場で、だから彼らに貢献することは、特別なことではないと言える。
「そう、動いてくれた……!ユイトは、私たちを……!」
「だから、これからもバリバリはたらいてよねって、それでおわりじゃん!今までみたいに、みんなのフマンのぶつけ先になってさ、しかもポプラーのエネルギーにもなるって分かったんだから、それもやらせて、それでいいじゃん!」
「ねえそうでしょ!」、彼女は振り返って聴衆の声を得ようとした、のだけれど、予想とは違い、みんなは気まずそうに目を逸らしてしまう。
「み、みんな……?」
「……ブリュネ……、オレたち、助けられたんだ」
「助けられたんだぜ?」、グラウさんが、立ち上がりながらそう言った。
「オンってやつが、あるだろ?」
「『オン』?“オンガエシ”ってこと?なに言ってんの?」
「イノチ助けられて、その上で、『ありがとう』どころか、『みんなに血をすわせろ』って、言うのか?」
「そうだよ?なにがいけないの?それでみんな、もっと楽になって、死ににくくなるんじゃん!」
「それってさ——」
——ハズかしくないか?
「は、ハズか……?」
「そんなので、いいのかよ?それってなにか、ちがってる気、しないか?」
「は……?ハア……?は……?」
今の僕からは、ブリュネさんの後ろ姿しか見えないけれど、動揺していることは、空気の振動として伝わってきた。
「ハズかしい?ちがう気がする?」
「なんか……うまく言えねえけど……」
「それで、それで家族をすてろって言うの?」
「そうは言ってねえよ」
「そういうことじゃん!そう言ってるんじゃん!」
彼女が卓の上を薙ぎ払い、食器が壁や地面にぶつかって、身が竦むくらい硬い音を立てる。
「ハズかしくなければ、それで食べてけるわけ?生きてけるわけ?ちがうでしょ?
アンタ、その『ハズかし』さがイヤだからって、家族にキケンをおしつけるって、そう言ってるんだよ?ハズかしくなければ、家族が死んじゃってもいいやって、そう言ってるんだよ?
そんなプライドなんからいらない!アタシたちには家族しかない!家族だけはすてちゃいけないの!それを守るためだったら、どんなに苦しんでも——」
「オマエにはわかんねえよ!」
声変わり前の少年の、ドスの効いた声。彼がブリュネさんにそんな敵意を向けたことは、きっと今まで一度もなかったのだろう。周囲のみんなが、びっくりして二人を見ていた。
「カッコつけられるオマエには、オレたちのことなんて、わかんねえよ……!」
「か、カッコつけてんのは、そっちじゃん……!」
そこから一転、刃物みたいに冷たい応酬が始まってしまう。
「ハズかしいとか、生きることより、ほしがって、それがカッコつけじゃん……!ジマンじゃん……!」
「そうだよ。オレはジマンがほしいんだよ。もう持ってるオマエとちがって、ノドから手が出るほど、ほしいんだよ」
彼の目が焔みたいに歪んで、彼女を射貫く。オレンジから赤色のグラデーションとなったポプラーは、火山が垂れ流すマグマめいていた。
「アタシ、ジマンなんて……!」
「オマエ、えらんだだろ?」
「え……?」
「生きやすい方と、たたかう方をくらべて、たたかう方を、えらべただろ……!」
「……!」
息を呑む音は、ブリュネさんのものか、それともみんなのものか。詳しい事情を知らない僕には分からなかったけれど、それは核心を突いた問いかけのようだった。
「いいよな、オマエは。女だから、もっと安全な道があった」
「でっ、でもっ、アタシ、そっちはえらんでない!」
「ほら、ジマンに思ってんじゃん」
「…っ」
ただ、そこまで聞いて、話が見えてきた。
ブリュネさんとヘルブラさんが、この集団の中でたった二人の女の子であること。そこにはそれなりの理由があったらしい。
選択権。
彼女達は、選べた。
そして、胸を張って、死地へと向かった。
「自分の意志で」、彼女達は、その誇りを得ていたのだ。
「オレたちは、ちがう。そんなカッコいいモンじゃない。そんなカッコいいヤツに、なることをだれにも、ゆるされなかった……!えらばせて、もらえなかった……!
ただただ一日中、死なないためだけに、ユメもキボーもなく、体を動かしてるしかない……!なんのためにガンバるのか、分からないまんまで、シメーカンとかも持てないまんまで、はたらくしかない……!
生きやすさも、ジマンも、オレたちにはさいしょからなかった……!」
彼らはただ、生きようとした。
だからオオイワの命令に従って、この苛酷な地の底で、必死に足掻いている。
「オレたちも、オマエらも、死にやすさは同じだ……!同じ仕事して、その中で生きのびてるんだから、どっちも強さは、同じなはずだろ……?」
「そ、そうだよ。アタシたちは、みんなで……!」
「なのにオマエたちは、だれよりも強いって顔してる……!オレたちと同じだけムズかしいことして、アブないことして、なのに、オレたちより強いって顔してる……!」
「あ……」
「オレたちとちがって、えらんでここにいるからだ……!オレたちとちがって、えらべたからだ!!」
きっとそれは、日々の中の折々で、意識させられてきたことなのだろう。グッと呑み込めば、それでやり過ごせてきた、それくらいの憤懣なのだろう。
だけど死ぬような目を味わって、生きることと向き合って、生きる意味や尊厳について考えてしまって、そこに言い争いの流れがちょうど来てしまって、だから爆発してしまったのだ。
「オマエはいいよな?生きるために、どんだけ見苦しくてもさ、『家族のため』って、ジマンできるもんなー?」
「そんな、こと……!」
「オレたちもオマエも、みっともなくても、ひっしに生きようとしてんのは同じなのに、オマエは『みんなのため』で、オレたちは『自分のため』だもんなぁー?」
「そんなこと、思ってた、っての……?」
「死にたくないからって、助けてくれた人から血を抜きまくって、そんなサイアクなことしても、家族を守るためだから、ハズかしくないもんなぁー?でもオレたちはハズかしいんだよ!」
「ずっと、アタシに、そんなこと……!」
「そうだよ!思ってたんだよ!ずっとずっと!」
嫌な予感がこみ上がる。
二人の語気に、良くない熱が籠もり始めているのだ。




