46.命綱
片手サイズのハンマーと石鑿を持って、ロープを巻いたブリュネさんが降りていった。
彼女とグラウさんを繋いでから、通れるくらいまで穴を拡張。その後に道具をグラウさんにパスして、足を挟んでいる岩を彼自身の手で削る。そういう作戦になった。と言うか、それしかなかった。
その為、彼女のポプラーの浄化機能も復旧する必要があり、だから事前に出来るだけ血を吸わせることになった。ちなみにそのせいで、僕は2回も手首を斬られる破目に。
今、暗い穴の奥で、黄色のラインが彼女の姿を、ぼんやりと浮かび上がらせている。蛍光色の反射材を身に着けた、交通誘導員さんが、海底へと潜行していってるみたいだった。
ここから先は、彼ら熟練者の領域。
その様子を覗き見ながら、痛みに耐えている以外、僕に出来ることはなくなった。
「治さ、ないの……?」
声の方を向くと、思ったより近くに顔があった。
「ん゛…っ!?」
「あ……」
「ご、ごめ……、ぐ……う……!び、びっくり、しちゃっ……ぐぬ……!ぎ……!」
「うん……」
元は水色か青色だったらしい、くすんだ左サイドテール。他のノームと比べると、体色は若干だけど薄く、顔や体のシルエットは気持ち細め。ノームの第一印象はたいてい「丸っこい」だけど、彼女の場合は「シャープ」という表現が浮かぶ。
だけど愛用している魔導具シャベルは、彼らの中で最大のものだから、見てくれは非常にアンバランス。
いつも脱力した半目で、その瞳の面積の6割以上が、表に出ているところを見たことがない。坑道内だから見づらい上に、顔色の変化にも乏しいから、感情を読むのは難しい。
でも今の彼女が、なんだか気まずそうにしていると、どうしてかそれは察することができた。ノームという種族そのものに慣れてみると、案外顔に出るタイプだったのかもしれない。
ま、分かったところで、僕にはどうすることもできないんだけど。ただでさえ会話が得意な方ではないのに、今は普通に喋るだけの余裕すらない……いだいいだいいだい!!定期的にぶり返してくる……!
「フゥー……!スゥー……!フゥー……!」
「………」
表情筋をできるだけグネグネ動かして、なんとか紛らわせようとする。お腹を壊した時みたいに、「早く時が過ぎて欲しい」と思いながら、寄せては引いてまた寄せる、激痛の波に翻弄される。
そんな地獄巡りみたいなことを、何分だか何十分だか続けていたところに、
「ねえ!ヘルブラ!」
下からお呼びがかかる。
「もう1コちょーだい!しぼりきっちゃったみたいなの!」
僕はそこで、気合で止めていた左手の再生を開始させる。
暴れる獣を入れた袋みたいに、傷口がボコボコと盛り上がり、少しして完全回復。
「ふぅー……!」
久しぶりに痛みを忘れられた解放感を味わいながら、念の為に首枷から伸びる鎖を何度か引っ張る。その端を固定している杭は、ビクともしていない。
「よし……っ。じゃあ、はいどうぞ」
そうしてヘルブラさんに切断をお願いするも、反応が鈍い。いつもの半目のまま、眉根が逆八の字に寄せられ、困ったような色を作っている。
「あっ、あのっ、怖いから、スパッと一思いに、やって欲しい、って言うか……」
「わ、わかってる……!」
本日3度目の手首切断。
投下されたそれは、ちゃんとキャッチされたようだ。
良かった。ここでうっかり取り落とされてたら、もう一回ぶった斬られなきゃいけなくなるところだった。
「うううう……!い゛う゛ううう……!」
そしてまた我慢大会タイム。なんか良いことだけ考えてよう。エレノア様のお顔とか。
と、土砂の堆積を引っ掻いていた僕の右手が、小さく丸みを帯びた両手に、握り締められる。ボヤける視界を瞬きで補正していくと、ヘルブラさんがまた、すぐ近くにしゃがんで、僕の力みを受け止めてくれていた。
「み……、みてなく、て……、いいの……?」
「……見てる……」
「ぼくぅっ!じゃ、なくて……!う……!ブリュネ、さんの、こと……」
「今は、アナタを、見てる……」
「そ、そう……?」
どういうつもりか分からなかったけど、それを考察できるキャパが無いので、訝しさは一旦放置。僕が痛みに負けて、イヤになって逃げないよう、見張ってるのかもしれない。
でも僕にとっては、心細さがちょっと薄れるから、むしろありがたかった。
「この子たち……」
「え……?」
「ポプラー……、アナタが吸う息も、少しはキレイに、してくれるから……」
彼女のポプラーに僅かに残っている空気清浄化能力で、せめて僕の呼吸を楽にしてくれる、ってことだろうか。なるほど、だから顔を近づけているのか。でも、「この子たち」、って——
「す…っ!……好きなの……?」
「え……」
「ポプラーの、ことぅぐ……っ!『この子たち』、ってぇえっ!……ふー……」
「………好き……ノームはみんな……」
溶けた琥珀めいた彼女の目を見詰めて、意識をボーッとさせようと試みる。蜂蜜色のそれがねっとりと僕を包み、内側に閉じ込めてしまうような、妙な気分になってくる。
暖かい息に人中を湿らされて、鼻と鼻の間の距離が、思ったより狭まっていると気付かされた。
ポプラーによる空気清浄を抜きにしても、ヘルブラさんのクセ、みたいな理由もあるのだろうか?声が小さめだからか、喋る時に人に近寄っている姿を、何度か見た気が「あっ、ああっ!」
どよめきに揺さぶられ、どうしてか後ろめたい気分になった僕は、つい仰け反ってしまった。ヘルブラさんも、ふいっと視線を横に逸らしている。
ただ、今の声は僕達にではなく、穴の中の現状に対して、発せられたものらしかった。見れば、それなりの大きさの塊が、穴の側面から滑り落ちている。
「ブリュネーっ!」
「だいじょぶ!ポプラーがまもってくれるし!」
「でも時間のモンダイだ!うまっちゃうぞ!」
「いいからアンタは集中して!アタシ死なせたくないなら急ぎなよ!」
「ムチャ言うなよな!」
タイムリミットが近い。急ピッチで進める必要があるけれど、僕やヘルブラさんだけでなく、ブリュネさんにももう出来ることはない。応援と祈りを捧げるだけ。
「て、くび……!」
「……!なに……?」
「ぼくの……っふぎィ……!てくび、もって、る……!?」
「ブリュネ……!えっと……『センサー』の手首は……!?」
「今つかってる!」
心のどこかで、「もう捨てた」って答えを期待した、自分の怠惰を蹴り退かす。まだだ。まだ楽になろうとするな。
「はなさ、ないで、って……!」
「ブリュネ……!それ、ちゃんと持ってて……!」
「なんでぇ!?」
「いいから……!」
「やった!抜けた!」
グラウさんの声に素早く反応したヘルブラさんが、巻き上げ機に飛びつく。他の少年達もそれに続き、機材を押さえてその場に固定。
「ゆっくりね!シンチョーに!」
「あせらないで……!」
クランクハンドルをそーっと回して、ロープに負荷が掛かり過ぎないよう注意しながら、二人を引き上げていく。けれど亀裂の途中で、大きめな破片がゴロリと転がるように欠け、それに堰き止められていたのか、石礫の滝が流れ始めて——
「治れ!」
左腕に力を籠めて叫ぶ!
手を戻せと遮二無二念じる!
復元能力が発動し、僕の体と左手首が引き合う!
僕本体は鎖で杭に繋がれており、首は絞まるもののそこに留まれる!
左手首の側を持った二人の浮上スピードが加速。
間一髪、固形滝行を免れた。
「あ……っ」
「あぶない」、その言葉がちゃんと出てこないほどの、緊迫の高まり。それが瞬間的に彼らを襲い、そして指先だけで触れて、足を捉えることなく落ちていった。
もう少しで二人は“そちら側”に、引き込まれるところだったのだ。「もし保険を掛けていなければ」、そう考えると、生きた心地がしなかった。
ブリュネさんが、続けてグラウさんが這い出し、駆け寄ったみんなと抱き合う。
「よかった!よかったよお!」
「オマエ、ほんとに、もうダメかって……!」
「ムチャするよなホントさあ!」
「あ、足に力、はいらな……!」
手首を繋げ直し、欠損の苦痛とオサラバしながら、涙を流して無事を喜び合う彼らを眺める。
めでたしめでたし……ほんと、何してんだろ、僕。
いや、ほら、アレだよ。
ここの「オオイワ」ってヤツらは、組合を襲ってきたわけで、エネクシアでやっていこうと考えるエレノア様とは、敵対する側だ。ヤツらに反抗的な人達を助けるのは、きっとエレノア様の為に………
これも合理化、理屈の後付けか。あの短気な巨漢を笑えない。
あの人の所有物として、取る意味のないリスクを取ったのだ。それは、彼女の財産の使い込みに等しい、って言えてしまうかも。指示待ちロボットとどっちが良いやら。
結局、あの人に惚れ込んで、この身を捧げたいなんて、嘘なんだろう。
僕は今日も、自己満足をやっている。
「……へっ……?」
自らの半端ぶりに自嘲していたら、目の前から小さな顔が覗き込んだ。
「ヘルブラさん?」
さっきまで笑顔でブリュネさんを迎えてたけれど、もう良いのだろうか?もっと余韻とか……あっ、いや、そんなわけにもいかないか。
「そっ、そうだよね。ノルマ、終わらせなきゃ、だから、うん、休んでるヒマ、あんまり——」
「なまえ……」
僕は「センサー役」の業務に戻るべく、慌てて腰を上げようとしたのだが、彼女が口にしたのは、全く別のこと。
「え?」
「なまえ、ある……?」
「え、なんの……?」
彼女の睨みが、ちょっと強くなったような気がした。それからその人差し指が、こっちに向けて控え目に伸ばされる。
「えっあっ、ぼ、僕の……?」
コクコクと頷くヘルブラさん。
思い返してみれば、教える機会を逃し続けていたような?
「ゆ、ユイト……」
「『ユイト』……アナタはユイト……おぼえた……」
「ああうん……、よ、よろしくね……?」
で、合ってるのかな?この場合?
いや、なんか微妙な顔してる……やっぱ違った?
コミュニケーションってホント分からない……!




