45.救助
「おそいよブリュネ!なんかグラウが、もっとせまくなってるってっ!」
「まっててグラウ!今なんとかするから!」
僕がブリュネさんに追い着いた時、彼女は罅割れらしき横長の穴を、数人で囲んで呼び掛けていた。
「あんまり、うごかないでね!どこがくずれるか、分かんないからっ!」
「もうカンケーねーよぉっ!今にもうまっちまうよこんなのっ!」
泣きそうになりながらグラウさんが叫んだことは、過度に悲観的な予測、というわけでもない。何故なら少し離れたところで、ドリルやピッケルが硬い壁を削る音が、休みなく響いているのだから。
仲間が絶体絶命の只中にあっても、作業は続けられる。“ノルマ”を満たせなければ、粗末な食事すら取り上げられるから、「危ないから一旦止める」ってことが出来ないのだ。
そして振動がここまで伝わり、亀裂の端からパラパラと粉塵を振るい落としている。いつ崩れてもおかしくない、そう考えるのも頷ける状況だ。
「ダメだよぉ!まわりがうるさすぎて、ばしょがわかんない!」
「ライトもうちょっとつよくできないの!?」
「ムリ……!これ、限界……!」
魔導石と鏡を使って、特定の方向に光を集約した投光器。木材と金属のフレームを持ったそれが、暗がりを最大限照らしているが、グラウさんの姿は……あっ、いやっ、見えた!
「あれ、って……!」
「ねえブリュネ、この穴、まがってない?」
「ヤッカイだ!ヤッカイだよコレ!」
僕達の目が捉えたのは、彼が振った手だけ。それは開口部直下の、僅かに横から突き出されている。縦穴が途中でカーブしてるんだ。
「グラウ!そこの、クネってるトコまで、のぼってこれない!?」
「ムリだ!オレが落ちたショックで、だいぶうまっちまった!手しか通らない!」
「うまった……!?」
「それに、そのとき、足をはさまれた!ぬけないんだよ!」
ドリルが鳴らす連続した破砕音。僕にはその振動が、現実が頭骨を叩く衝撃のように思えた。彼はほとんど生き埋めに近い状態で、しかもその足を、地盤に拘束されているのだ。
「ブリュネ……!空気が……!」
「分かってるよヘルブラ……!分かってる……!そんなせまい空間で、息しつづけてたら、空気の中の、生きる用のマナを使いきっちゃう……!今こうしてる時も、ドクがどんどんこくなってる……!」
彼女が言ってるのは、地球の言い方に直せば「酸欠」だろう。人の命は、空気がない状態でも、意外としぶとく耐えたりする。だけど有害な組成を持つ空気を吸えば、一瞬で死んでしまう。
洞窟とかの低い場所には、そういう有毒なガス溜りが、自然と出来てたりするのだ。落ちた瞬間にグラウさんが死ななかっただけでも、奇跡に近い。
そして今の所、僕達に与えられた良いニュースは、それで打ち止めだった。
「ブリュネ!なあ!」
「ちょっとまって……!ちょっとまってて……!」
「ブリュネ!聞けって!」
「いま考えてる!」
「いいから!」
グラウさんから強く言い返され、むぐりと口を詰まらせたブリュネさん。その隙にもう一つ、言葉が挟み込まれる。
「見すてろ!」
彼女はまるで頬を張られたような、驚きと悲しみが混じり合った顔をする。
「見すて……ダメ!それはダメ!アタシがそこまでおりて、穴のまわりをけずって……!」
「やめろ!オマエまでミチヅレになっちゃうだろ!」
悪い夢なら良かったと、そう思わずにはいられない情景だった。小さな子ども達が、骨まで削るような重労働を強いられた末に、家族とも言える仲間を見殺しにするかしないか、その決断を迫られている。
「メーワクかけたくない……!オレがトチったせいで、オマエらのだれかがハラすかせるとか、死ぬとか、いやなんだよ……!ハズかしいんだよ……!」
「でも……!でもさあ……!」
「なんか、道具、落としてくれ……!1発で、アレだ、ふっとばせる、ヤツをさ……!」
「そんなの……!アンタは、アンタはアタシ達の……!」
「家族なんだよ……?」、会話しながらその顔を、穴の底へと寄せていった彼女は、誰かに救いを乞うかのように、両手を地に付く姿勢を取っていた。青っぽい照明の中、彼女からポタポタと、大粒の煌めきが落ちていく。
「自分から、すてちゃったらさあ……!家族じゃ、なくなるって、ことなんだよ……!家族でいるの、あきらめるって、ことなんだよ……!」
ヘルブラさんがその傍に屈んで、小さな背中をそっと摩る。
「いろんなもの、うばわれて、手ばなすしかなくって、家族まで、なくしちゃったら、何も……!アタシたちは、もう、なにも……!」
周囲では少年達が、どうしたら良いか分からずに、困ったようにキョロキョロしていた。僕も彼らと似たようなものだ。坑道での救命方法なんて、持っている知識に掠りもしておらず、頭を抱えるくらいしかできない。
ノームは地下で暮らす種族だって、僕に良くしてくれたダークエルフ、ライセルさんからそう教わった。
生まれた時からこの環境に居て、それなりに長く強制労働を課されている。そんな彼らが、「八方塞がり」と判断しているのだ。素人の僕が、それを覆す天才的アイディアを思いつくなんて、そんな都合の良いことが——
——ポプラーとの共生………
ライセルさんがくれた資料と、その後にエレノア様に訊ねた内容が、何故か脳裏を通過していった。慌てて掴んで、手繰り寄せようとする。
なんだ?何が気になった?
僕の「好奇心」が、今、何かを知ろうとした。疑問に思って答えを探そうとした。じゃあそれは何だ?
「ポプラー」。それはノーム達の体表に繁茂しているコケ。
それは彼らのマナを吸っていて……、そうだ、エレノア様に訊いたんだ。ノーム以外の種族には、ポプラーは取り付くことができないのかって。
その答えは、「マナを吸われる側に耐性がないから、拒絶反応とかが起こって危険」、とかだった筈………
「!!」
僕はそこに並べられていた道具類をガチャガチャ掻き分けて、杭らしきものを見つける。
「なによ!いまチャンスだから、うしろからグサッってしよーっての!?サイッテー!」
それを逆手に持って、大きく振り上げ、
逆の掌を突き刺した。
「ぐギぃいいいいい……!」
「えっ、はっ?」
「な、なに……?」
「うわあっ!?なにやってんのコイツゥッ!?」
あっ、やばっ、いたいいたいいたい!
この体、全然痛みに慣れてくれない!
本当にイヤだ!こんなことやりたくなかった!
「ウウ~……っ!だ、だれか……」
待って待ってまってマジで待って!
気持ちは分かるけど遠ざからないで!
検証する前に傷が治っちゃったら、ただ痛い思いしただけになるから!
「ちょ……っ、誰か……っ、手を……!」
「て……?」
「腕を、こっちに……!」
「?????」
冷蔵庫を開けたらゴキブリが居た、みたいな表情でこっちを見る一同。
「はやく!グラウさん、たっ、助けるんっでしょっ!?」
だけど僕がそう言うと、ブリュネさんが目と口を引き締め直し、他のみんなを守るように前に出て、腕を差し出してくれる。
僕はそれを握った。
数度ほど震えがあったけど、僕に彼女をどうこうする力が無いことを思い出したのか、防衛反応はすぐに落ち着いた。
それを確認したから、光の加減で不健康に見える血を、肌に塗り込むように広げていく。
「ひゃぅっ?!な、なにすん……あ、あれっ!?」
変化を最初に察知したのは、彼女の方だった。
そのリアクションで、僕も気付く。
ポプラーの光が、強くなっている。
「やっぱり……!やっぱりだ!」
「な、なんで……?」
「僕の……せ、生体マナ?って言ったっけ?それ、吸ったんだよ!」
「う、ウソはやめてよ……!ポプラーはアタシたち、ノームのマナしか……!」
「動物全般……までいくかは、ちょっと分からないけど……、たぶん知性体とかなら、誰からでも吸えるんだ……!」
魔導翻訳が「カビ」じゃなくて「コケ」って言ってるから、こいつは植物と見て間違いない。植物なのに、ノームっていう動物のマナを、栄養を吸えてるってことだ。
「植物」と「動物」の垣根は、突破できたのだ。「ノーム」と「他の動物」の境界を超えるのは、もっと楽な筈!
「前に、返り血が君に、掛かった時……、なんか、そこだけ光ってるような、気がしたんだ……!」
「み、見てたの?あのジョーキョーで、そんなこと……?」
「マナを吸われる側に耐性がないから、拒絶反応とかが起こって危険」、っていう話は、「ポプラーがマナを吸えてしまうから」起こる問題!
「お、おい……そうなのかー……?」
「しらないよう……!ここにはノームと虫いがい、ドーブツなんていないもん……!」
「そっか、そうだったよなー……」
きっと彼らは、小さい頃からここに閉じ込められてきたんだろう。そういことを親から教わったり、実際に試したり、っていう機会自体を得られなかったんだ。
「ポプラーは、フィルター……えっと、君達が吸う空気を、その、浄化…?してくれるん、だよね?」
「!……ブリュネ……!グラウの子たち……ポプラー!復活させれば……!」
「そ、そっか、息をつづけられる……!でも、コイツ下にもってくの?それこそ、くずれたりとか……」
「ぜんっ、全部を下ろす、必要は、無いよ……!」
元通りになった左手を、彼女達の前の地面に置く。
「きっ、き、切り取って、持ってけば……うぅ……いいんだ……!」
「!?」
「な、なんかヤバいぜコイツ……!ゼッテー、ヘンだって!」
気が進まないが、安全を考えるとそれが最適解だ。
マウスピース代わりに布の切れ端を噛んで、一撃に備える。
……出来れば「一撃」でお願いします……。
「ぶ、ブリュネ……」
「やっ、やって!ヘルブラ!切っちゃえ!」
「で、でも……」
「はやくしないとグラウが死んじゃう!ヘルブラ!」
ヘルブラさんは僕とブリュネさんを見比べるように、目蓋に隠れがちな視線を左右させていたが、何度か言われて心を決めたのか、長大なシャベルを振り上げた。




