44.なりふり構わない隠蔽工作 part2
「僕、先日、オサに会って……、こう、頭が良い、って言い方、ヘンですけど……、インテリヤクザ……これ翻訳できてます……?とにかく、色々と考えられる人なんだな、って、そう思ったんですよ」
理知的と言うか狡猾と言うか、頭が回る悪党、って感じだった。
そして、「手に入れたものの利を最大限に引き出す」、それに拘ってるって言うのも、会話を聞いてて分かった。
「だから、ずっと……、つまり、ここに置かれることが、決まった時から、ってことですけど、考えて、たんです……」
どうして僕は、この扱いを受けているのか?
彼が僕から引き出したい「利益」とは何か?
恐怖に憑かれた頭が、ノイズ塗れながらも、思考を加速させた。
「で、ここに居る、ノームのみんなが、“残飯組”って呼ばれてるって、そう知って……、なんとなく、分かったんです」
「な、なにが?」
「被差別階級……を置くことによる、秩序の維持……」
そこで脚の骨を踏み砕かれてしまう。
「ふぎいいイイイイイ!!?」
「なに、言ってんのかわかんねえぞっ!バカにしてんのかよっ!ああっ!?」
ど、どうしよう……。
集団に敵を、馬鹿に出来る誰かを与えることで、結束させるっていうのは、よくある手だ。差別って言うのは、集団の維持に効果的、って言うか、その根幹みたいなものだから。
ナチスのホロコーストに、欧米の黒人やアジア人、江戸時代の穢多や非人、現代の報道やSNS……、幾らでも分かりやすい例が挙げられる、んだけど、そういった具体的なケースは、当然この人には通じない。
「え、ええと……、『みんなの敵』、とか……、『少なくともあいつらよりは、こっちが正しい』、とか……、そうやって、見下す相手を作って、ガス抜きして……集団とか、社会構造とかを、安定させるんです、けど……」
「まだしっくり来てない」って顔をされて、また殴られる前に急いで他の説明方法を探す。
いざ一から説明するってなると、難しいなこの話。
「えっと……、あっ!あなたって、狂ってますか……?」
「あ?ケンカ売ってんのかさっきからあッ!」
「いっ、いやっ、いえっ、そうじゃなくって……!」
今度は肩を打たれ、腕の付け根が背中側に回った。
今まで経験したことのない種類の痛さで、どこに力を入れて耐えればいいのか、全く分からない。
「あ、あが……っ!~~~~~ッ!あ、の……っ!すいません、最後まで、聞いて、くれませんか……っ!」
「人に向かって『クルってんのか』って言ったらナグられんだよ!それが分かんねえって、頭ワいてんのか?」
「って、ってことは……、あなた的に、あなたは、“正常”って、ことですよね……!」
「もう一発いかれてえみてえだなあ?」
「じっ、じゃっ、じゃあっ!」
それじゃあ、
だったら一体——
「『正常』ってなんですか……っ?」
「………はあ?」
「『普通』とか、『真っ当』とか、なんでもいいです…っ!それって、なんですか……っ?」
巨漢の手が上がり、僕はビクりと頭を庇う。
「そんなもんオマエ……!」と、そこまで言って、答えと共に拳を振り下ろそうとしたらしい彼は、答えに窮したのか、静止してしまった。
彼は次に、視線で見張りに助けを求める。
「『クルってない』、ってことだろ」
「そうだよ!アタオカじゃあねえってことだ!」
「そっ!それです…っ!」
そして今度は僕の反応を見て、何か驚いたような顔をした。
「そ、それ?どれだよ……?」
「『正常』って、『~じゃない』ってことで……、ってことは、『狂ってる』ものを決めてから、『狂ってるものじゃないもの』を、『正常』にするってことで……」
「異常」を除いていき、残ったものが「正常」になる。
消去法……否定……除外……なんと言うべきか………
「とにかく、『普通』を決めるなら、先に、『普通じゃない』ものを、決めなきゃいけないんです……!」
「……?フツーがあって、そうじゃねえのが、フツーじゃねえモンで……、あ?フツーじゃねえモンがあって、そうじゃねえのが……?」
「普通」とか「正常」とか「正義」とか、そういうものの役目は、「多くの人を仲良くさせる」ことだ。
個人個人で異なる内面を持った人達を、その囲いの内側に纏めて入れることで、「あなたは普通だね。僕も普通だよ」と、互いに安心し合える空間を作り上げる。だから団結できる。
その「囲い」がハッキリしているほど、内と外を明確に分けてる時ほど、内側に居る人と人との結束が、強くなっていく。「囲い」がちゃんと、「異常」や「悪」を追い出してくれていると思えるほど、内側に居る人に安心できるから。
ここで、「囲い」の外に何も無かったら?誰も居なかったら?と考えてみる。「囲い」に意味なんてなくて、ただ全てを大雑把に囲んだだけ、そう思えてしまう。それじゃあ境界にならない。内側に居るのは、無作為に混ざった正体不明のあれこれになる。
「囲い」の外に誰かが居る。それが、内側で信頼し合う為に、最も重要なこと。
「ま、まてよ!おい!話そらしてんじゃねえぞ!どういうカンケーがあるんだよっ!それっ!」
「僕は、センサーに使えるから……って言うのが、『残飯組』に、僕を置く理由……、と見せかけて、それは……メインじゃない、ですよね?」
「………」
また、だ。この人、本当に分かりやすい。
と言うか、僕を虫みたいなものだと思ってるからこそ、そんな奴が言い当ててくることに、衝撃を受けるのかな?
僕だって、ミミズがピッキングして家の玄関に入ってきたら、勢いで後転するほどビビリ散らかすだろうし。
「ぼぼ、僕から……、未知の存在から、情報を引き出したいから……、脅しの材料を作った、ですよね……?先にひっ、酷い目に、遭わせてから、『ここを抜けたければ』……って、そういう手順って、聞かされて、ますよね?」
「そうだ。頭いいな。スゲースゲー。わかったらなんかいい話よこせ。でないとテメエのホネというホネを折ってナメクジにして——」
「でもそれは、オサがあなたに吐いた嘘です」
巨漢の顔から、一瞬だけ怒りが消え、顔色が完全に漂白された。
「これまでで一番予想外のことを言われた」、って表情だった。
「う、うそ……?」
「あっ、完全な嘘、って、言うより、一部を隠してる、って感じの方が、正確かも……」
「何が言いてえんだよっ!!ああっ!?」
「おかしいって、思わなかったんですか?」
オサのやってることは、どこかチグハグだ。
「おかしいって何がだよ!言ってみろよ!」
「『残飯組』じゃない、通常の……掘削班、って言うんですか?居ますよね?」
「あたりめえだろうがいまさらァ!だれが『残飯組』が採る分なんかにたよんだよッ!!」
「どうして僕を、そっちに回さないんですか?」
「………」
彼は見張り役の方を見たけれど、今度は答えが返ってこなかった。
「僕を、拷問する役って、別に誰でもその、いいわけですし……、何なら、僕っていう、道具が手に入って、『残飯組』が、得して、ますよね……?」
「と、トク、だあ……?」
「あとあの人……オサって、『残飯組』に、命令して、ないんです。『好きにしろ』って、それだけで……」
「だったら、どうしたよ……?」
「仲間の人に、そう、こ、『こいつを拷問しておけ』、とか、そう言う方が、ふつ、普通に話が早いし……確実、ですよね?『残飯組』のみんなが、っじ自主的にやってくれない、かも、ですし……」
「あ……、ああ……?それは………」
タトゥーのような青いラインが光る太腕が、上がらなくなった。
疑念や困惑が邪魔をして、暴力という発想にまで、辿り着けていないのだ。
「こうは……、思えませんか……?『残飯組』に、『敵』を、見下せる『異常』を、与えたかった、って……」
「………!」
ここでやっと、さっきの話が活きてくる。
「集団の結束」の為に、「外に居る誰か」を作りたい、って話が。
「『残飯組』にとっての、『外』って……、本来は、あなた達だと、思います……。でもその……矛先?不満の向く先?を、こう、別の方へ、僕へスライドして、自分達から、目を逸らさせる、感じで……」
「いやっ、おい、それは……っ!」
そう、それだとまるで——
「まるで、『残飯組』に、離反して……、えーと、反乱を起こして欲しくない、みたいですよね?」
「お、おい……」
「僕っていう、『センサー』で、死傷者を減らして、僕っていう『異常』で、団結も強くして、自分達への、反抗心を、できるだけ削いで……、って、なんか——」
——「どうでもいい相手」にやる事じゃ、ないですよね?
「おいっ!」
手か足か、どっちでやられたかは分からないけど、今度は運良く、一発で脳が壊れてくれたらしい。
頭が再生するまで、ほとんど何も感じなかった。
「おっ、オサが……、オサが残飯組を……、ああ!?なんだっ!?」
彼は上手い言い方が見つからなかったのか、見張りの人に丸投げする。
「残飯組には『居てほしい』って、オサがそう思ってる、って言うのか……?」
そして、ちゃんとした言葉にされたことで、改めてその意味を実感したのか、愕然としたように固まってしまった。
なのでそこから何往復かは、僕と見張り役とのやり取りになる。
「なんでだか、分かりますか……?」
「分かるのか?お前に?」
「仮説……うーん……『こうかもしれない』、みたいな話なら……」
「それは……?」
「あなた達にとって、『残飯組』が『囲いの外』だから」
僕の前に立っている方の巨漢が、ぐるん、とこっちを見た。
だけど、何も言わない……言えない、のかな?
「『残飯組』に、僕を与えて、あなた達への不満を、なるべく弱める」
同じように——
「あなた達に、『残飯組』を与えて、この群れとか、オサへの不満を、なるべく弱める」
この侵略者達の巣窟は、「残飯組」が支えている。
攻撃性が高い荒くれ者達が、集団としてやっていけてるのは、その囲いの中に居れば、「普通じゃない奴ら」が安心をくれるから。
「オサに、殴られて、意味わかんないこととか、言われて、同じ群れの誰かに、ムカついて、その人が群れの中で、認められていったりとかすると、もっと腹が立って……、痛かったり、不安だったり、イラついたり、色々あると、思うんです」
でも、ムチャクチャに手が早いこの人は、律儀にこの群れの中での秩序を守り、上下関係という枠に嵌まって、ちゃんと「全体の一部」をやっている。
「『残飯組』よりはマシだから、正常だから、普通だから、正しいから……。そういう感覚を、そのままにしていたいから、あなた達は大人しく、この群れに、収まっている……」
「お、オマエ……」
「だからこの群れは、しっかり纏まっていて、強い」
「オマエ……、さっきから……」
「『残飯組』に、頼るわけない、必要ない、でしたっけ?」
「オマエ……オマエ……!」
「あなたの長は、どうも、違う考えみたいで」「だまれよッ!!」
蹴りを入れられた。
今度は最悪なことに、腹部への一撃。
何かの臓器が、思いっきり揺れるか潰れるかした。
「お゛っ!おおおお゛お゛っ!おごぉおおおオオオオっ!」
見えない指で上下に引かれるみたいに、顎が勝手に開いてしまう。
ボタボタと、汗とも涙とも胃液とも判別つかない雫が、お腹を抱えた僕の顔の下、岩盤へと小雨みたいに打ちつける。
「ふっ、ふざけんな……!ふざけんなよ……!?オサが……、オサがあいつらを、残飯組を、ほしがってるだとォ……!?オレたちが強い一族なのは、あれがあるから?あんなものが?ドロネズミのふきだまりがあ!?ありえねえぞ!そんなことは!」
声が……、声が出ない……!
こういうことになるから、厭だったんだ……!
何度か深呼吸して、鎮静化するのを待つ。
「ありえねえ……!そんなわけがねえ……!オレたちは、あいつらより強いから……!ほかのどいつよりも強いから……!」
「ぼ、くは……!」
「ああ……っ!?」
呼吸器系の循環が、どうにか正常に戻ってきて、言葉を発せるようになってくる。
「ぼくは、フぅ、ただ、フゥー……、納得した、だけです……。ふー……、あなたの話を聞いて、『ああ、この巣は、“残飯組”で持ってるんだなあ』、って、しっかり、分かりました、から……」
そのまま床に両手をついて、苦しげに肩を上下させることで、俯いたままでも不自然でないようにする。
「だからあの時、僕が……こう、『あっ、そっか』って顔をしたのは……、何か有力な情報を、思いついたから、ってわけじゃ、ないんです……」
僕のその言葉で、彼は本題を思い出したらしい。
「あの、そういうわけで、特に、お話できることは……」
そこで見上げた僕の前でその形相を、「怒り」と「混乱」の間で何度か往復させて、
「ボウフラがっ!ウソつきホラフキのサギヤローがッ!!」
また僕を数発蹴った後、見張り役の方へドシドシと歩き去る。
「おいっ!ダメだオイ!話が通じねえ!話せねえ!できの悪いオウムの方がまだ楽しく話せるぜ!」
「そうは言っても、オサから言われてんだから……」
「ムリだって言うしかねえだろ!なんも知らねえよこんなキグルイ!なんならデタラメなことを、本気でショージキなつもりで吐き散らかすぞコイツ!どれがマジかなんて分かんねえよ!ムダにつかれるだけだ!」
そのやり取りを聞きながら、僕は大きく息を吐き、
——きっ、切り抜けたー……!
ホッとしていた。




