44.なりふり構わない隠蔽工作 part1
「おーおー、ズイブンおサカんみてえだなあ、おい!」
今日もまた“現場”に向かおうと、疲れた顔でいそいそと支度をする、“残飯組”と呼ばれるノーム達。そんな中、朝の鐘を鳴らした「見回り」の巨漢ノームが、僕を見ながらそんなことを言った。
「その、ヒヒ…ッ!服みてえにボロゾーキンぶら下げてんのは、ヒヒハ…ッ!ゼンエー的なファッション、プッ!ってヤツかあ?ヒハハハハッ!」
「こ、れは……、もともと来てた、服が……あ、えー、色々あって、ぼろぼろに……」
「分かってんだよマジに返すなよウゼエなアタマ足りてねえのか?」
「うっ、ssすいま、せん……」
二人組の彼らは、それから“残飯組”を急かして追い出し、僕だけを休憩スペースに残した。
そして誰も近付かないように、一人が見張りにつく。
どうやら、聞かれたくない話をするらしい。
「あ、の……?」
「ひでーよなー?アイツら。一緒に仕事してるヤツに、この仕打ちだ」
無残にもズタズタになった毛皮を、手の甲で撫でるように揺らす巨漢。
なんだか、不自然な馴れ馴れしさを感じてしまう。
「いえ……、あんまりその、貢献できて、ないですし……」
「いいんだよ!今ここにはアイツらはいねえ!イヤなこと言うのにエンリョなんかいらねえんだ!」
「え、えー、えっと……」
「なっ?こんなトコ、いつまでもいたくはねえだろ?」
「それは、まあ、はい……」
一応、正直に答えておく。
と言うか、僕は嘘が得意じゃない。吐いたとして、高確率で見破られるだろう。
だから、今のこれが腹の探り合い的な場であったとしても、できるだけ嘘には頼らないつもりでいる。
「虚実を織り交ぜる交渉上手」的なものを目指して、下手過ぎてヤケド、徒に悪感情を与えて終わる、ってオチになるよりは、必要なところ以外で馬鹿正直であった方が、まだ損が少ない……と思う。
「だよなだよなあ?そうだよなあ!わかる、わかるぜえ、その気持ち」
何か分からないが、巨漢のテンションがどんどん前のめりになっていく。取り敢えず、無駄に怒らせることは避けられたらしい。
「そんなオマエに、オレたちから……あー、なんだっけ?」
彼はそこで見張りの人の方へと顔を向け、
「『テーアン』だろ?」
「それだ!テーアンしてえんだよ!」
用意していた言葉を引き出して貰ってから、こちらに爛々とした眼を戻す。
「オマエさ、ほかのヒトジチみてえに、フツーのオリに入りたくねえか?」
「え……?」
「だーかーら!」
彼はそこでもう一度振り返り、それから顔を寄せて声を落として、
「ここから助けてやるって言ってんだよ」
そう言って僕の肩を、何度か強く叩いた。
「たすけ……?」
「そうだよ。オマエここにいたって、ヒデエ目にあうばっかりで、いいことなんて何もねえだろ?役に立ってねえ、って言うなら、本当に意味ねえじゃあねえか。そいつはなんつーか、ヘンだろ?カワイソーじゃねえか。なあ!」
そこで振られた見張りの人は、「知らねえよ、オマエだけで勝手に言っとけ」、とただ無愛想に返す。
「まあアイツはともかく、オレは思ったんだよ。どっちでもいいなら、じゃあオマエがここにいなくてもいいってな。あー、アレだ。なんかの理由さえあれば、ホラ、オサに言って、オマエを上に連れていけるんだよ。わかるか?」
「な、なんとなく……」
今の僕は、この「残飯組」に置いとくにしても、別の場所にある牢屋に収容しておくにしても、どちらでも大して変わりないと、そう見られている。
逆に言えば、僕を後者に入れておく理由、そうすることで生まれる得さえでっち上げられれば、僕の扱いはあっさり変わる、ってことを言いたいのだろう。
「で、でも、そんな『理由』、なんて……」
「なんかあるだろ?オマエ、オレたちが知らない種類だし、オレたちの知らないこと知ってんじゃあねえか?まあオマエについてじゃなくてもいい。あの町とかボーケンシャのことでも、それ以外の地上のことでも、なんかねえのか?こう——」
——カネになりそうな“オハナシ”ってヤツが
「ああ……」
色々と腑に落ちた、っていうのが顔に出ていたんだろう。
「おっ!やっぱなんかあんのか!」
体当たりでもしてるのかみたいな食い付きぶりだった。両肩に太い爪が食い込んで、凄く痛い。
「いえっ、あの、今のは……」
「あー!わかってるわかってるって!オレが信用できねえよな?いいぜ?ちょこっと、サワリだけ教えてくれよ!」
親指と人差し指の間に、何かを挟む小さな隙間を作って見せる巨漢。
「そうしたらオレからオサの方に言って、まずオマエを上に連れてくのを先に——」
「ぁあの!すいませんあの、そうじゃ、なくって、ですね……」
確かに、この人達を満足させられそうな情報については、心当たりがある。
売り先によっては、大金になるような事実を、僕は握っている。
「じ、実は、えー、な、なんて言うか……」
「ンだよ、だしおしみしてんなよ、おい」
「ごっ、ごめんなさいっ」
ただ、それがあろうとなかろうと、この話には関係ない。
「ご、ご協力、できません……」
僕はその提案に乗りたくない。
それが結論だ。
「な、なので、あの……」
「………?」
彼と見張りは急に落ち着きなく目配せを飛ばし合い、それからぎこちなくなった笑顔で訊ねてくる。
「なっ、にがいけねえかなあ?ん?オマエ、あるんだろ?なあ?なんかこう、売れそうなハナシが。だったら言った方が得だって、それすら分かんねえバカだったか?もっかいセツメーするか?」
「本当に、う、こ、心苦しいと、言いますか、えっと、お気持ちだけ、ありがたく……」
「そうじゃあねえだろうがガガンボボウズッ!」
左の頬骨の砕ける感触と、鼓膜や首を打つ衝撃。
耳元で風船が爆発したみたいな爆音と、鈍器のように硬い痛み。
巨漢の右拳で殴られた。
この人、思った1.3倍くらい早く手が出るみたいだ。
「おいおいおいオタンコカスコラ。言った方がいいんだから言えつってんだよコラ。耳クソと脳グソどっちがつまってるせいで分かんねえんだ?コラ」
「ひぐっ、わっ、わかって、わかってます……!わかって、その上で、お断り、します……!」
腹に激痛を感じた後、一瞬だけ意識が途切れる。
頭にも貰って、脳がダメージを受けたんだと思う。
「分かってたら『オトコワリ』なんて……あ!?ちげえ!『オコトワリ』なんてしねえだろうがよ!」
「ぼくっ、何もっ、思いつかなくてっ」
「どう見ても『思いついた』って顔だったろうがよ!」
「今のはそのっ、『ああそういうことか』、っていうっ」
問答無用とばかりに肉弾が飛ぶ。何度も殴られ、蹴られ、骨を砕かれ、きっと頭蓋骨も割られて……、だけど、その決断を曲げることは、僕にはできない。
それは許されない。
「ハー……っ!ハー……っ!ナヨナヨテキトーぬかしてんじゃねえぞカマオトコ!」
「あっ、あがっ、ほ、ほんとにっ、うー……!ど、どう言えば……!」
数えてないけど、100回を超えてもおかしくないくらい、打たれまくって、そこで相手が疲れて、ようやく手を止めてくれる。
これ……、ちゃんと納得してもらわなきゃ、終わらないヤツかなあ……?「殴っても無駄そう」とか、思ってもらえないヤツかなあ……?
嫌だなあ……。
誤魔化しとか建前とか、そういうのを上手く使えないコミュ力の低さは、こういうところに出てくる。
本音を言えずに場を納められず、本音を言ったら言ったで怒らせて、どっちにしろ穏便に済ませることができない。だから僕みたいなのは、相手をしょっちゅうイライラさせるのだ。
マジでどのツラ下げて、エレノア様にくっついてきたのだか。大人しくエリーフォンの中で、地球に帰ることを目指すっていう、堅実な生き方を捨てた、その報いがこれなんだろうか。
「なにを口ン中だけでモガモガもがもがァ…っ!タネつめこんだリスみてえに!」
「そ、その、その感じ、ですよ……!焦ってる、感じ……!」
「ああ!?」
仕方ない。
たぶん殴られるんだけど、もうそれは良い。どっちにしろボコボコにされるような気もしたので、腹を括ることにする。
怒らせよう。
怒らせて、殴られながら話そう。
「あなた……、優しさじゃなくて……、『やらなきゃ』って、『義務感』……と言うか、『職務』?『強迫』?的な意識で、提案して、ますよね……?」
「しょっ、しょく?きょう……?あんだって……?」
「その……、あー、あなたの、上の人から、例えば……あなたが言った『オサ』とかから、命令されて、訊きに来たんじゃ、ないんですか?って、そう言いました……」
褐色の目を瞠り、言葉に詰まる巨漢。
この人も、嘘が下手らしい。なんだか親近感を覚えてしまった。
「だ……っ、だったら、なんだってんだよ……?だとしても、オマエが助かるってことは、変わんねえだろ……?」
「……えー……とぉ……」
図星を突かれた彼が、ちょっとだけ手を止めてくれている間に、考える。
どこからどの順番で説明するべきか。その整理に苦慮してしまう。
さっきぶたれまくって朦朧としかけたのが、まだ尾を引いてるような気がした。傷はほぼ治ってる筈なんだけど、意識の側が偽の痛みを、ズキズキと拵えているようなのだ。




