43.反抗期の終わり part2
今、彼女達残飯組は、一心不乱にシャベルやスコップ、ピッケルを振るい、ドリルを慎重に操作して、巣穴を広げつつ資源を採掘している。
落盤や火災、水没、不可視の毒気にビクビクしながら、けれど高ペースを維持したままで、掘って掘って掘り進めるしかない。出来なければ、新作創作処刑の実験台にされるだけだ。
現状について真摯に考えようとすると、手足の先から全身の力が抜けていく。だからいつも、「次にどう動くか」、それだけを脳内に置いて、あとは全て追い出している。
そこらの魔導具のシャフト1本と、自分達一人を入れ替えても、お互い気が付かないのではないか。そんな思いを削って消して、それで出たカスを、今日も一吹きで散らす。
視界に入る顔は皆、表情筋に一切の力が入っておらず、肉が垂れ込めるままとなっている。その体に引かれたラインは、弱々しい赤色ばかり。
それは坑道内の照明にも使われている、“ポプラー”と呼ばれるコケであり、ノームはそれらと共生関係を築いている。
自らの生体マナを喰わせ、動けないそれらをあちこちに運んでやることで、胞子を遠くにばら撒くのを助ける。その代わりポプラーが持つ、マナエネルギーシールドを生成することによって、衝撃や有毒な空気など、脅威から身を守る力を借りるのだ。
最も元気な時は青色に光り、赤は瀕死状態を示す。
毎日3時間に届かない睡眠と、虫団子だけの粗末な2食、あとはずっと働き詰めなのだ。充分な栄養を、ポプラーに与えられるわけもなかった。
反逆の為の鎧どころか、粉塵から呼吸器を守るマスクとしてすら、満足に機能していない。
「ゲホッ、ゲホッ、おおい……!ブリュネ……!」
短い灰色髪の少年、グラウが、口布を少し持ち上げて、現場監督へと手を振った。
彼女達の次に残飯組に加入した彼は、物覚えが一番良く、今や頼もしい鉱夫の一人だ。
「なんかあったぁ!?」
「横穴とぶつかった!いちおー『センサー』使いたいんだけど!」
「わかった!いかせる!」
掘削ドリルや汲み上げポンプの稼働音に負けないよう声を張り上げ、最低限のやり取りを交わした後、ブリュネはヘルブラにハンドサインで合図を送る。
「すすんで……!」
「う、うん……」
長柄のシャベルの先を槍のように突き付けられ、ヨタヨタ歩く異種知性体。今日現場に試験投入されたばかりの、「センサー」である。
「はやくして……!」
「ご、ごめん……っ!」
先端を半ば叩きつけるようにして急かすヘルブラと、足を縺れさせながら焦れったい漸進を見せるセンサー。
そいつは坑道と直角に繋がった洞穴を前に、飛び降りる直前で尻込みして、
「行って」
ヘルブラに蹴られて転がり落ちた。
「うぇ……っ!ごっ、ごほ……っ!ぺっ、おえ…っ!」
「おぉい!どうなんだぁ!なんとか言えノロマ虫!」
口に入った泥を必死に吐き出すセンサーに、穴を覗き込むグラウが訊ね、「ちょっと、気をつけてよね」とブリュネが引き戻す。
「ドロドロして、ひどい臭い……!って言うかこれ、硫黄……?」
「イオウってなんだよぉ!」
「えっと……」
何事か説明しようとそいつが顔を上げ、その足元を通る僅かな水流から、ブクブクと気泡が幾つも弾ける。
「ごほ…っ!ひゅっ、ご…っ!な、なに……?」
濃くなった刺激臭に喉をゼエゼエと鳴らし始めた彼を見て、自身の工具を構えるノーム達3人組。
〈グァラバッ!!〉
そしてセンサーのすぐ横の地面から、目の無いウツボのような生物が顔を出し、胴にガッチリと食らい付いた。
「ぎぃあああっ!?ぎぃぃぃぃっ!?」
「うるさいんだけど!センサーがヨケーな音出さないでよね!」
「そーっと引き上げるぞー!そーっと!さりげなーく!」
そいつについた首枷を引っ張り、気道が絞まってジタバタ暴れるそれを、ゆっくりと手元に寄せるブリュネとグラウ。
「うごかないで……!」
鬱陶しそうに毒づいたヘルブラが、噛みついていたセンサーと一緒に持ち上がった目無しウツボの頭に、身の丈を超えるシャベルを突き立てて術式を起動。
硬い岩を貫く切っ先と、内から砕く圧搾空気噴射が、ヌラヌラした額を水風船のように割った。
〈グャラァッ!!〉
爆雷槍の掘削作業用バージョンとも言うべき魔導具、“削巌匙”によって、目無しウツボはビチビチ跳ねた後に絶命。
「ここはダメ!うめながらすすむよ!こっちにポンプ1台ちょーだい!」
「マセキはまだいけそーか?」
「まだ……、あと3回くらいは……」
勝利の余韻を味わう暇などない彼らは、すぐに次の行動に移っている。
ボロ布が引っ掛かっている肉塊、といった様相のセンサーは、異常な再生能力を発揮しつつ苦悶の声を上げていたが、ヘルブラが持ち手部分で殴って静かにさせた。
異音が出た機械を叩いて直そうとするかのような、横暴な扱い。だが彼らにとっては、極めて妥当な接し方。
そいつは「死なない」から。
一つミスがあれば命が吹き飛ぶ彼らと違って、安全圏に居るから。
気楽な見学者と一緒で、居るだけで腹立たしいのに、それに加えて耳触りな咽び泣きで、彼らの意思伝達を妨害してくるのだ。
それを許容できるほどの寛大さという、奢侈品を楽しむ余裕などここになく、ノーム達の感情としては、「敵」を前にしている時と大差なかった。
それも、野生動物のような「競争相手」ではない。戦いが成立せず、「争う」という選択肢すら彼女達から奪う、巨磐共と同カテゴリの怨敵。
何より許せないのは、そいつが弱いこと。
類稀なる体質を除けば、彼らノーム達より遥かに、生き抜く力を欠いていること。
その能力を持っているのが彼女達であれば、巨磐共を討滅して、ここに居るノーム達を助けることができる。適切な者が持てば、その力はこの世を変えられる。大きな救いになることができる。
なのに何故、デッカい芋虫みたいに何も出来ない奴が、天からそれを与えられているのか。
なんでこんな、痛ければ泣き、苦しければ呻くような、性根からナメ腐ったヤツが生きていられて、それより優れた自分達が死ななきゃならないのか。
「恨み」とも言うべきその鬱憤は、危険度センサーとしてそいつが多少役に立った程度で、晴れてくれるほど大人しいものではなかった。仕事の間、何かと理由をつけてそいつを叩き、蹴り上げ、それでも腹の虫は収まらなかった。
「いいや、そんなのじゃない」、彼らは心のどこかで、そう思っている。
「これはそんな、個人的で勝手な気持ちじゃない」、「もっと正当で、公正な、抱くべきである義憤なのだ」と、そこまで小難しい言葉に出来ずとも、それに近しい思想を芽吹かせている。
彼女達の現状も、そいつという存在も、何もかもが間違っているのだ。
間違った世界に対しては、復讐することこそが正義。
「なに見てんのー?」
きっかけは些細なこと。と言うより、何もなかったとしても、ブリュネとヘルブラのどちらかが、自発的に因縁をつけていただろう。
「正しいこと」は、「必ずやらなきゃいけないこと」だから。
「ご、ごめん……」
「は、ぁー?なにそれー?」
部屋の端、床に座って観察するように、食事中のノーム達を見ていた「センサー」が、蚊の鳴くような声で謝罪する。その態度が、ブリュネは益々気に入らなかった。
「無害」であることをアピールすれば、やり過ごせると思っている。
それでなんとか世を渡れてきた、という来歴を感じさせる行動であり、つまりそれだけ恵まれた環境で生きてきた、という背景が察せられる。
やはり、そいつは間違っている。
「優しい」だとか「害がない」だとか、そんなもの、悪が栄える為の教えだ。
豚が自分から身を差し出してくれるように、肉屋が広めた嘘っぱち。
それが美徳であるのなら、どうして彼女達の巣は、見ず知らずの巨磐共に蹂躙されたのか?
「ねえ、聞いてんだけどぉー?アタシは『なに見てんの』って、聞いただけなんだけど、あやまっちゃうんだぁ?『ごめん』って。じゃー、ホントにワルいことしてた、ってことじゃーん!」
「えっえっ、あ、その……」
「なんだろ?今、アタシたちに、イヤガラセしたのぉー?それともまさか、なんかのコーゲキぃー?こっわぁーい!」
「い、ちがっ、そ、そういう、つもりは、なくて……」
教えてやる。
「私はあなたを害しません」という誠意は、「どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてください」という、自殺宣言であるのだと。
「あやまるってゆーならさ、コトバだけじゃダメだよねー?そんなの口だけじゃ、ペラッペラだもん!」
「え……え……?」
「『見てごめんなさい』って、ちゃんとあやまってほしーんだけどー?ワルいことしたらあやまるって、そーんなこともわっかんないのかなー!?」
「そ、それは勿論、僕、が、君達を、不快にさせ」「いいからあやまれよ」
彼女は持っていた串でそいつの目を突いた。
「うぐあ゛っ!?ぐううあああああっ!?」
彼女達が使う食器として、僅かな時間を工面して作ったそれは、目的外用途で使われて……まあ、泣いていたりはしてないだろう。虫団子も眼球も、形的には似ているし。
「『見た』のが『よくなかった』って思ってるんでしょー?じゃあ、こういう『ごめんなさい』をしないとぉー……、あっれぇ?でも、もとにモドっちゃうんだっけ?どーしよー?あやまったことになんないねぇ?ごめんなさいできないねえ!?」
「ひっ、いっ、ひっぐ……!まっ、まっ、まって……!」
「ブリュネ……」
ヘルブラがそこで後ろから、姉の肩に手を置いた。
「誰にでも、失敗はある……。許してあげよ……?」
いつもの眠たげな半目を崩さず、洞窟に吹く風のような声で言った彼女は、膝を折って「センサー」の顔を覗き込む。
「痛い……?痛かったよね……?」
「い……!いづ……!いや……!ぼくが、わるくて……!」
「仲直り、しよ……?」
「う、うん……!ぼくからも、お願い、するよ……!」
「じゃあ、はい、これ……」
顔を上げ、なんとか笑い掛けようとしたそいつの前に、彼女が抓んだ太いムカデが突き付けられた。体の側面に並んだ肢をチキチキと鳴らし、鋏のような顎で威嚇していることからも分かる通り、獲りたてホヤホヤどころかまだ生きている。
「……え………」
「お近づきの、しるし……」
「そ、それって、あの、食べられる、んだよ、ね……?」
そいつは故郷で聞いた、幼虫を食べる文化を思い出していた。
彼女達にとっては、それが普通に食べ物なのかもしれないと、好意的に捉えようとした。
けれども直後、いつの間にか周りを囲んでいたノーム達が、無数の腕を伸ばしてきて、四肢を押さえて口をこじ開けたことで、そいつはようやく危機を確信するに至る。
「食べることは、できるんじゃない……?」
分かろうが分かるまいが、避けようがない痛みではあったが。
「うァーーっ!!う゛ぁーーーっ!!」
「まあ、試してみれば、いいだけ……」
喉奥にまで一気に挿入される多節。
そして今度は、歯と歯をガッチリ嚙み合わせることを強制され、吐き出すことすら許されなくなってしまう。
それから数分。
絶叫して痛みを紛らせることも出来なくなった彼を、褐色の瞳達がニタニタと愉しんでいた。
その中でもブリュネの姿は、特別に凄惨と言えた。
返り血を浴びて、体表の赤色をマグマの如く滾らせ、その光にあおられるサディスティックな笑みは、それを仰ぎ見る者からしてみれば、地獄の刑吏と見紛うほどだった。
「クフフフッ!モダえてるモダえてる!マジイモムシじゃん!キモキモォー!」
「遊びましょ……。ねえ、いいよね……?仲良く、なりたいんだよね……?」
そいつは、娯楽となったのだ。
彼らの手が久しく届かなかった、「思い通り」という感覚を味わわせてくれる、この地底でただ一つの遊具に。
その後の“遊び”で、幾つか分かったことがある。
そいつの体質は、吞み込むことさえできれば、虫を完全分解することや、土や石を取り込んでしまったら、体外に吐き出さなくてはならないこと、等。
ただ、そいつがその実験結果を、元の所有者に報告できる見通しは、
今のところ一切ついていなかった。




