42.ノームの巣
「本当だぜ、長!マジでこいつ、やべえんだよ!」
暗い坑道の中、青い薄明かりに照らされたそこは、悪のマッドサイエンティストが薬品を掻き混ぜたりしている、不気味な実験室みたいだった。
「見てろ?見てろよ?ほらっ!」
硬質で突発的、破裂するような偏頭痛の直後、コマが飛んだように周りの景色がカクついた。
「な?な?スゲエだろ?元にもどんだよ、コイツ!」
たぶん、頭を割られて、一度脳が止まったんだろう。
正直言うと、一撃で頭部を破壊されるのは、怪我の中では一番マシと思っていた。
何故って、痛みが長引かないから。
何せ、それを感じる部位が、機能停止してるわけだし。
「見た目もヘンだしよお……!エルフの……なりそこないかあ?それとも毛のうっすいサルかもなあ?」
「これきっと、チンシュだぜ!レアモンだ!けっこうなカネになるって!」
木と鉄みたいなもので補強された大広間。
そこにドンと据え置かれた石の玉座に、他の鬼よりも一回り大きい1体が、足を組んで腰掛けている。
動物の牙みたいなものを、勲章みたいにジャラジャラぶら下げて、大きなボールを呑み込んだみたいに、腹だけがぷっくりと膨らんでいた。
「ふ~~~~ん……、たしかに」
彼は僕を見下ろし、指先で顎を撫でて思案顔を作る。
「猟奇的なのがシュミのヤツに、ウケが良さそうだ……」
と、アイディアに肯いてから、
「その案は、誰が言い出したんだ?」
手柄をアピールしに来た一同を見回す。
「おっ、オラだ!」
「オイラだよ!」
「オレだ!」
次々と名乗りや手が上がり、次第に殴り合い一歩手前の言い争いとなるも、一番ガタイの良い一人が迫力で他を黙らせた。
「オサ、オレだ。オレが言った」
「そうか。イイモンをくれてやるよ」
手招きされた彼はウキウキと跳ねるように玉座の前へ出て、直後に放物線を描きながら戻ってくる。
「頭を使えよウスラトンカチ」
殴り飛ばされたのだと、振り抜かれた拳を見てから理解した。
「お、オサ……!?」
「ちゃんと考えてねえだろ、考えられてねえだろ、考えるってことをやってねえだろ……!」
「な、なんでぇ……?」
「おい、おいこっちを見ろオイ」
立ち上がった大男が、地面に倒れ伏していた彼の首を持ち上げる。
助けを求める視線が飛ばされるも、皆そっぽを向いて、嵐が過ぎるのを待つ態勢に入ってしまった。
体育の先生に、みんなの前で激詰めされた、苦い記憶が甦った。あの時と違って、怒りの矛先が僕に向いていないのに、冷や汗が止まらなくなってしまう。
何かしら言おうとして、「暴れるな」とばかりに地面へと押さえつけられる。
ひんやりとした岩の表面と、砂粒みたいなものが頬に食い込んだ。
「コイツがどれだけ貴重か、分かるか?あん?」
「え、だ、だから……」
「コイツは奇貨、言っちまえば珍品だ。それもテメエら青二才がノリで言う、『スゲエ』とか『ヤベエ』とか、そんな軽々しいもんじゃあねえ。本気、本物の一点ものだ」
「それをなんだ?テメエらバカどもはよ」、
鈍い音に、目を強く瞑ってしまう。
「オサ」が男を、頭から叩きつけたのだ。
「その『小銭拾えてラッキー』みてえなテンションはなんだよ。あ?売っ払って終わりか?最高のお宝を見つけて、そこらの質屋に入れて終了かよ?金の卵を産む鳥を拾ったら、卵じゃなくて鳥を売るのか?テメエは」
「ちっ、ちがっ」
「違わねえだろうが」
また、顔面が岩盤で砕かれる。
バキリとグチャリ、二種類の音響が重なる。
「テメエ、俺達一族のことを、考えてんのか?俺達全体の利益を考えてんのか?」
「かん、がえ゛で……!」
「考えてねえよな?“本気で”考えることが出来てねえよな?だって今テメエ、俺達一族にとって、総合的には損になる提案を、したんだもんな?」
「お゛…オ゛ザ……!!」
「もし考えてそうしたんなら、つまりワザとってことだろ?ってことはテメエ、敵か?俺達に損をさせることを、狙ったってことになるもんな?それって敵だよな?一族の敵だよな?」
もう一度。
さっきまで辛うじて、“嗚咽”という感情表現だった呼吸音が、今は壊れた空調にしか聞こえなくなる。
オサはそれをメンコみたいに打ち捨ててから、ギロリと一同に睨みを利かせ、
「本気になれよ!テメエら!」
そう吠えた。
「俺達“巨磐の一族”の一員として、自分に何ができんのか!俺達が生き残り、繁栄する為にはどうすりゃいいのか!もっと真剣に頭を回せ!
テメエらが『マジ』じゃねえから!ケツを掻きながらアクビ混じりに考える、クソの詰まった泥団子ぞろいだから!こんなどーしよーもねえ案が俺のとこにまで上ってきちまう!
貢献だ!テメエらには貢献が求められてるんだ!他の連中が貢献して、成果を出してる間、テメエらは一族の足を引っ張るってか?もはや敵だろ!ナメてんじゃねえ!」
何度もその場で片足を踏み鳴らし、急にピタリと静止して沈黙を下ろす。
黒鬼も僕も、物音一つでも立ててしまうことを恐れ、すっかり硬直してしまっていた。
オサはドシドシと足音を立てながら、そんな彼らの最前列へと近付いて、その端の一人に顔を近づける。
「考えたか?」
「……へっ?」
その男は殴られて、標的が隣の一人に移る。
「テメエはどうだ?」
「そ、それって、コイツを、どう使うかって、こと……?」
「それ以外何があるってんだボケッ!」
殴って、また隣へ。
「テメエは?」
「あ、いや」
殴って、隣へ。
「テメエは?」
「釣りのエサにするとか」
殴って、隣へ。
「なんかあるか?」
「ほっ、掘る時に……!」
流れがそこで止まった。
「ヤバいガスが無いか、とか、下はどうなってるか、とか、コイツを前に行かせて、調べれば……」
「ほーう?」
「ほ、ホラ……、コイツ、脳ミソぶっ壊れても、死なねえから、そういうので、使えるだけ使い倒して、どーしてもって時になってから、売っちまった方が、得が、一番、デカく……」
オサの右手が上げられ、ビクりと反射で跳ねた男の頭に、そっと乗せられる。
「やりゃあできんじゃあねえか」
子どもの成長を喜ぶ顔で、オサはその頭を撫で回す。
「だがちっとだけ惜しいな。確かに採掘、掘削作業に回すところまでは正解だが、利益はそれだけじゃあない」
「ま、それは次までの宿題ってことにしといてやるよ」、
肩を何度かポンポンと叩いてから、褐色に濁った瞳をこっちに向けてきた。
「そいつを“残飯組”のトコに放り込め。ヤツらには『好きに使え』と言っておけ。その後はいつも通り……今日のテメエらは繁殖当番だったな?“生殖部屋”でどれでも最低一つに種仕込んでから、ガキどもの育成だ。強壮薬をブチ込んでやるのも忘れんな」
「「「ヘイ!!」」」
あれこれ命じられた彼らは、ノビてしまった男と僕を引き摺りながら、そそくさと撤収していく。
そのうち僕を担ぎ上げた男を含む二人が集団から離れて、入り組んだ地下道を迷いなく進んでいった。暗く青みがかった代わり映えのしない内装の中、方向感覚をぐちゃぐちゃにされながらも、どうやら降りているらしいことだけは分かる。
深く、より深く、この“巣窟”の底へ。
静かになったことで、遠い地鳴りらしきものが、坑道の砂っぽい空気の中に、溶け込んでいることに気付く。
現世からシームレスに、地獄へと引き摺り込まれたと、そんな与太を信じそうになった。
それを否定する、何か“現世”っぽいものを探そうと見回して、トロッコレールみたいな設備を見つけた。地鳴りの発信源が近づいて、工事現場みたいな騒音に変わる。
「採掘」、さっき聞いた言葉が、ふと頭に浮上した。
そして何度目かの分岐の先、一本の通路に入って傾斜を降りたところで、僕を担いでない方の一人が、彼らの頭くらいある鐘をガラガラと鳴らした。
「おい!チビども!役立たずのドブネズミども!」
前方から届いていた轟音がパタパタと鳴り止んでいき、それから暗闇がボコボコ泡立ったように見えた。
その、闇から零れ出た塊は、小さいながらも、人型をしていた。
黒鬼達と同じ外見を、小柄に縮めたような者達が、奥から二人の前まで、急ぎ足で集合したのだ。
「遅えぞグズ。チビでネズミのクセにノロマか」
「すいませんっ」
少年っぽい外見の一人が、代表して謝罪した直後、蹴り飛ばされてしまう。
「え、うっ、ちょ、ちょっと…っ!」
「うるせえぞ」
「ぐえっ!」
焦った僕の声が癇に障ったのか、堅い岩盤へと投げ出して、またしても何か言う前に、暴力で黙らせてくる黒鬼。
「オサからテメエらにおくりモンだ。頭をブッツブしても死なねえ、おもしれえ生き物だぜ?弱え上に言葉も通じるから、言う事を聞かせるのもカンタン……そこはテメエらと同じだな。仲良くなれそうで良かったぜ」
首の後ろにムズムズと痒みを感じ、恐る恐る顔を上げると、
「……っ、う、あ……っ!」
黄色味の強い琥珀めいた目玉が、幾つも幾つも、僕を見下ろしていた。
その、今にも僕を圧し潰そうとする星空に、腰が抜けるほど怯んでしまう。
「好きに使っていいんだとよ。ホレ、放すなよ?」
僕の首に嵌められた枷、そこに繋がれた鎖の先が、小鬼達へと投げ渡される。
こうして僕は、彼ら“残飯組”の持ち物となった。




