4.基本的な認識の確認 part1
エレノア様と、なんか水晶体?ゲル状?っぽいメイドさんに連れられて店の外に出ると、黄色い太陽が濃紺に染めた暗い空の下、近代ヨーロッパ都市みたいな街並みの中だった。灰色っぽい路面や建材は、コンクリート的なものだろうか。
ズラッと並んだポスターとか壁面広告とかに、金髪の女性の絵や写真らしきものが掲載されている。なぜか読める知らない文字で、「初の女性元老議員誕生!」、「婦人会が毒女追討に目覚ましい貢献!」「エリーフォンの純潔を守ります!」、みたいなことが書かれている。
あと、遠くに白い半球みたいなのが浮遊してるんだけど、あれって人工物なのかな?すっごくデカいように見えるんだけど……。
「エレノアさァーん!」
「元アシュルブラン家の不義密通記念碑!1000代に一度の公序良俗違反!甘淫令嬢エレノアさんじゃあ、ありませんかー!」
そんなことを考えていたら、横からワッと喚声が叩きつけられた。見れば、通りを挟んで反対にある広いスペース、そこに停めてあった馬車の周囲に、人だかりが出来ている。
「あちゃー……」
メイドさんが困ったような声を上げた。何も言わなかったエレノア様も、斜め後ろから見ただけで分かるほどの、剣呑な雰囲気を纏っていく。
「もう新しい男妾が欲しくなっちゃいましたー?おサカんですねー!」
「第一級国家反逆者が下層街で豪遊ですかぁー!」
「審問会では、純正血統の洗練を担う『立場ある女性』としての振る舞いを問われたわけですが、反省の色無しと見てよろしいですね!」
「“廃棄部隊”送りになってすることが性奴隷のご購入とは!流石、フフッ、多淫な方は違いますねー!」
「国家反逆者」!?それも「第一級」!?あと「性奴隷」って僕のこと!?物騒なワードのオンパレード過ぎる……!
それはそうとなんか……、既視感があるなあ……。「マスコミ」とか、そういう類の人達を思い出す。と言っても直接話したこととかはなく、画面越しにしか触れたことのない人種だから、ド偏見なのかもしれないけど。
本当に報道陣だったと仮定して、じゃあ、耳が尖って褐色な彼らが持ってる、丸いレンズが嵌めこまれた四角い筒を生やした、ビカビカ赤いフラッシュを放つ箱は、カメラ、なのかな?
ならあの、デッカい虫眼鏡みたいな形をした装置と、コードでそれと繋がってるケースは、マイクと録音機だったりするのだろうか?
いずれにせよ、聞こえて来る言葉や態度は、あんまり気持ちの良いものじゃない。いや、はっきり言う。かなりイヤな感じだ。
事情は知らないし、何かしら社会正義的な理由があるのかもしれないけれど、これが適切なやり方とはとても思えない。
「す、すいませんあの……っ!」
気が付いたら彼らとエレノア様の間に割って入っていた。深く考えずの行動な上に、腕を広げて視線を切ろうとしても、囲まれた今の状態では大した意味がなく、むしろその反抗的な態度のせいで、彼らの追及の火に油を注いでしまう。
自分の軽率さを後悔する。何をしてるんだこのバカは。悪人を責めてる人達が、お願いしたらやめてくれるとでも思ったのだろうか? 思い付きで行動して、物事が好転した憶えがないと言うのに、どうしてそう短気なんだお前は。
「相手にしない。見苦しい」
エレノア様からも怒られてしまった。それから首根っこを掴まれ、メイドさんが切り開いた道をズルズルと引きずられ、馬車の中に強めに投げ込まれる。僕を投擲した腕の力には、「余計なことすんな」っていう熱いメッセージが込められていた。
判断力は鈍いのに瞬発力だけは人並みなものだから、急に奇行に走るヘンなヤツになる。僕の悪い癖だ。恥ずかしさと自己嫌悪から両手で顔を覆っている間に、メイドさんが御者台に着いたのだろう、馬車が動き出し喧騒が遠のいていった。
エレノア様は脚を組み、肘をついて窓外を眺めていたけれど、
「………」
「………」
「………何か?」
「はいっ!?」
藪から棒に、怒気の熱が少しだけ混ざった息を、鋭利だからか小さく見える鼻から吐き出しながら、突き刺すような問いを飛ばす。
「聞きたいことがあるのなら口に出したらどうです?」
「わ、分かります……?」
「そこまで雄弁に喋くっておいて、よくもまあ」
僕がソワソワしている様子があまりにも露骨で、神経に障ってしまっていたのだろう。こっちに目を向けてすらいない彼女にそう思わせるってことは、相当な挙動不審だったわけで、そりゃあクソうざかった筈。
こういう、思ったことが顔に出るダメな正直さも、玄桐唯仁という人間の欠点である。
「エレノア様は……、えっと……」
「『反政府勢力なのか』、でしょうか?」
「いえっ、そういうわけじゃなくて……」
「隠さずとも結構。奴隷とは言え、私を恐れる自由くらいはあります。いいえ、この私を恐れぬなど、奴隷ではない。何なら、お前が私に恐怖してくれている方が」「そっ、そうじゃなくって!」
だーかーらー!衝動に身を任せるなよ!
「僕が彼女にマイナス感情を持ってるって誤解を否定したい」ってのは、お前の都合だろうが!相手の話を遮るのホント良くないぞ!
案の定、不快にさせてしまったのだろう。エレノア様の眉根がグンと寄った。
「あっ、ごめんなさい!その……」
「はぁー……、落ち着きなさい」
「な、なんて言うか、あのっ、どうぞ、お話を、あっ、僕っ、」
「ユイト」
一対の光輝が、僕の網膜から脳幹までを刺し貫く。
黄色から緑に、縦のグラデーションを描くヘーゼルアイは、青々とした野に昇る、煌びやかな朝日みたいだった。浴びたものを、残らず焼き払う陽光だ。
「お前如きが返答の速度を上げたところで、何の虚飾にもなりません。蝿のようにブンブン飛び回るのをやめて、大人しく首を差し出しなさい」
正面から、心の内にまで触れてくる一睨み。
いいや、それとも反対に、僕がそれに吸い込まれているのか。
「どうせ時間は、たっぷりあるのですから」
心拍数は上がっていくのに、思考は不思議とクリアだった。今までにないくらいスムーズに、頭の中が整理されていく。
「まず、前提として、なんですけど」
そうだ。
僕の疑問の意図を理解してもらうには、まず僕のことを知ってもらう必要がある。横着せずに、そこから始めないと。
「これから言う事は、決して嘘じゃないって、そう誓わせてください。少なくとも、僕の目から見た現実だって」
「つまり、信じ難いことを語るつもりだと」
口や挙動より思考が先に立つ、僕には珍しい感覚。
それは情報処理がスムーズになったというのもあるけど、「取り敢えず何か言おう、しよう」という信号を、一旦は制圧出来ているから、ということが大きい。
彼女の直視、それが持つ圧力を前にすると、僕の小手先の足掻きなんて、ちっぽけで無意味なものに思える。「少しでも良いように見られたい」、そういう気持ちの薄っぺらさを、強烈に思い知らされる。
それがある種の諦念として作用して、僕の腰を据えさせた。
「僕は、全く違う場所から、きっと、世界すら違うところから来ました」
予想に反して、エレノア様は驚きも笑いもしなかった。どころか、「やはり、ですか」と口にしたのだ。
「分かって、たんですか?」
「我々が今居るこの地平、“セラ”と呼ばれていますが、その歴史を踏まえれば、絵空事ではありません」
彼女が教えてくれた事を纏めると、こうなる。
セラには多様な知的生命体が存在するが、それぞれの歴史書や神話は似たようなストーリーから始まる。乃ち、「遠い場所からこの地に流れ着いた」、というものだ。
しかも、別の知性種族について、「彼らも全く違うところからやって来た」、と説明する文献が多い。
更に更に、“上層純魔族”のような長命種の中には、異なる知性とのファーストコンタクトに立ち会った者が、まだ生きているケースがある。彼らはその当時相手方から、「いつの間にかこの見知らぬ空の下に迷い込んでいた」と聞かされたのだと、そう証言しているらしい。
そういった事実と、マナや魔導という概念。それらの存在から、セラという世界には、様々な場所から様々な物が漂着する、という説が主流になっているのだ。
種族間で全く背景が異なって見える、言語や文字もそれを裏付ける。何故かコミュニケーションには困らないらしいが。
「それも、マナのおかげ、ですか?」
「定説としては」
「“マナ”は世界の全てを形作る大元……、元素とか素粒子、いやエネルギーなら電磁力とか核力ってことになる……?それを操るって、感覚だけで分子をどうこうできる、みたいな……?しかもマナが翻訳まで出来るってことは、思考を読み取ったりとかもあり得るわけで……、“魔導”ってやってること結構ヤバくない……?」
「なんですブツクサと」
「あっ、すいません……っ!こう、自分なりに、咀嚼しようとしてて……」
「ふむ、まあ、ここに来たばかりの種は、魔導の存在に面食らうと言いますし、そういうものなのでしょうね」




