39.金貨の使い道 part1
組合による戦闘能力の測定は、厳重な防護術式が張られた、石造りの部屋の中で行われる。
音や光など、戦闘に付随する“情報”の一切は外に漏れない。中には受験者と、組手の相手役、そして治療係も兼ねた立会の職員1名のみ。
やろうと思えば、二人がかりで受験者をリンチしたり、事故に見せかけて殺害することも可能。だが、組合の機能を阻害し、威信を傷つける行為には、相応の罰が待っている。信用スコアや、“大切なもの”を喪う、という「罰」が。
だから今回、侵略的外来生物の可能性がある二人に対して、組合はルールを破らなかった。ただその範疇で、なるたけあくどいことをやっただけ。
それは、「すぐに用意できる単騎として最高の戦士を、組手の相手としてぶつける」、という策。
通常ならば、ある程度の時間戦ってから、実際に打ち合ったものと外から観察した者、二人分の評価を総合し、受験者の実力を測る。だが今回は、明確な決着がつくまで終了宣言をしないよう、話が通っている。
早い話が、「能力測定っていう体でボコッて締め上げて口を割らせようぜ作戦」である。
「う、あっ、ぁの……!」
新参な上に正体不明、それも冒険者の価値観的にアウトなことをやらかした少年。組合の用意した“取調室”に入ってしまった彼は、気の毒なほど無力だった。
彼より先にこの部屋にぶち込まれたダークエルフの少女が、相手役を完膚なきまでに叩き伏せ、何一つ情報を落とさなかったことで、組合が余計に躍起になってしまったのも、彼にとっては痛い向かい風。
「君さ」
ウィリ=デは助け舟を出してやるつもりで、肩を組みながら彼の胸を指先で叩く。
「折れてるでしょ?心、ぽっきり、って」
優しさから出たものだったが、少年の背が低く肩幅も狭かったものだから、上から物理的な圧を掛ける形となった。
そしてその重みは、心理面にも強く作用する。
「てっきりあの場で、負けを認めると思っていたのよ?だけどそれだと、あそこに居た全員に、問答無用で知られちゃうから、だから頑張って、なんとかこの部屋に入ったんでしょう?」
その状態で、「よく頑張った」と、逃げ道を作った。
人がギッシリ詰まった、狭い部屋の出口を開けば、倒れ込むような勢いで、皆がそちらに殺到する。同じように、圧迫し、圧縮したところに「出口」を与え、自分から吐き出すように仕向ける。
彼女はこれを、完全な善意でやっていた。
彼女は手間が省けるし、組合は情報が得られるし、彼は痛い目を見ない。
三方ともに得をして収まる、そんな“提案”だと思っていた。
「おね、が、おかね、あ、いや……!」
それに対し少年は、複数のことを一度に言おうとして失敗し、一旦呼吸を止めてから、
「お願いします……!」
皮で作られた袋を差し出す。
「降参しますし、これ、お金、払うので……、何も探らないで、み、見逃してください……!」
震える手で何度か失敗しながら袋を開け、
「あ、えーと、これ、金貨?金貨が、うん、金貨、なんですけど、何枚だろう?えーと、こ、これくらい、あるんですけど……」
と、グッダグダな買収劇を繰り広げ始めた。
ウィリ=デは黒服職員と、困ったような目配せを交わす。この少年、大金を扱うことどころか、不正というもの自体に明らかに慣れていない。どう見ても人生初賄賂。
その為、絵面が“裏取引”ではなく、“カツアゲ”現場になってしまっている。なんだか彼女達の方が居たたまれなくなってきた。
「実力以上の点をくれ、って言う要求じゃないなら、金額次第で……とか、いつもなら考えるところなんだけど」
「ごめんなさいね?今回はムリ」、
組合が力を入れている案件で、わざとヘマをする。それによって発生するデメリットは、目先の大金程度では打ち消し切れない。
組合から爪弾かれるということは、豪商達が窓口を閉じるということで、エネクシアからの追放に等しい。
「それ、しまっておきなさい?お金は要らないから」
だからウィリ=デは拒絶したものの、ここで「それはそれとして金貨は頂く」、とならない辺り、エネクシアの人間にしては、聖人に近いと言えるだろう。
誠実な彼女は少年の身を案じ、「逃げ道はそちらではない」と、背中をそっと押して方向を調整。
ここで開くべきなのは、「財布の口」ではなく「秘匿の中身」だ。
彼もそれを、理解したのだろう。
「落ちた」、と、少し離れたところから見ていた、立会人からもそれが分かった。
生きたまま熊に齧られる魚の目をして、絶望を色濃く訴えた彼は、半開きの口からカタカタと歯が触れ合う音と共に、
「じ、じゃあ、お願いします……!」
という言葉を合図にウィリ=デの腕から脱け出し、地面に引かれた短い白線を指して、
「えっと、それで、これ、ここに立つ、感じですか……?」
そう訊ねてきた。
「……?いや、うん?」
「あっ、え、えっと、すいません、どう、進行するん、ですかね?分かんなくて……」
「進行って、その場でその外套を脱いで、エネクシアに来た目的を語ってくれれば、それでオールオーケーなのだけれど」
「あっ、はい、それは——」
——それは厭なので
幻聴でも聞いたかと思った。
脈の止まった死体が喋り出したような、不気味な驚き。
心身の隅々まで屈服している弱者から、強い否定が放たれたのだ。
「『厭』……?」
「ごっ、ごめんなさい……っ!でも、すいません、けど、厭です」
なんだ?何故この顔、この仕草、この弱さから、この意思表明が出力される?この食い合わせの悪さ、気持ち悪さは?新手の前衛芸術か?
どこをどう見ても大したことない相手、だからこそ、警戒心が強まっていく。
ウィリ=デの勘が「チョロい」と「おかしい」という、二つの相反する分析結果を、体内で何度も同時に囁く。
「で、あの、するんですよね?『測定』……」
「する、の……?」
「さっき、言ってました、よね…?僕の、あ、相手なん、ですよね……?」
「それは……」
奇妙な事にその時、彼と彼女の立場が、反転していた。
何故か少年の方が、相手に迫り、要求を通す側となっていた。
「どう、始めるんですか……?bぼ、僕はどこに、立てば良いんですか……?」
生まれたての小鹿が、人喰い鷲を相手に、何故か主導権を握っていた。




