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【第一章完結】最弱不撓の冒涜者~不死身になってしまったコミュ障転移少年、拾ってくれた腹黒没落エルフ令嬢に尽くしていたら、いつの間にか過保護に包囲される~  作者: D.S.L
第二章:悪鬼達の罪と罰

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37.妙な受験者

 その日、午後1回目の“信用スコア基本測定”において、試験監督を務めたのはベテランの組合職員だった。


 身体強化を施さずとも、五感の基礎性能に優れる試験官。

 四隅に配置された警備員。

 些細な生体励起マナとの接触にも、敏感に反応する魔石。


 組合が取っているカンニング対策は、その三つ。


 魔導能力を使わずに行われるイカサマは、多角的な監視と野生動物の如き本能で察知される。

 標準的な生命活動以上の魔導能力を使用すれば、魔石が光る。


 それらを突破する使い手ならば?

 それならそれでヨシ。ある意味「能力アリ」だ。


 上述の事情から、試験官にはベースの身体能力が高い種族、リカントが選ばれやすい。

 

 彼、ビオンドは試験監督経験者の中でも、一際ひときわ優秀とされる職員だ。

 狼の如き外見を持つ、“犬毛族リカント・キャット”。戦士としても腕が立つ男だが、どういうわけか、不正を摘発する役に、より高い適性を見せていた。


 看破したイカサマは数知れず、“キャドマスの門番”の異名を持つ。

 本来ならより高度な技能に関するスコア測定の場に駆り出される彼は、今日この時に限って初歩的な試験の会場に立っている。


 受験者の中の一部が、彼の顔を見て何かに絶望するかのように顔色を青くしたが、「気の毒」とは微塵みじんも思わなかった。むしろ、つまらない雑魚相手の釣りを強いられる、彼の退屈に対して謝罪して欲しいくらいだ。


「何度目かのヤツも居るだろうが、基本事項を読み上げてやるから聞け」


 いつも相手をしている大物と比べ、格落ち感の否めない者ばかりなので、口調もぞんざいになるビオンド。


「これから論理思考、社会常識、算術の3科目を受けてもらう。試験時間は1科目あたり40分。


 問題用紙と解答用紙を別で配る。問題用紙の方にバカみてえに書き込んでも、解答用紙の方に必要な答えが書かれてねえなら点にはならねえ。解答用紙には自分の整理番号を書けよ?何も書いてなくても名前書いても信用マイナス判定だからな?


 試験中に使っていいのはこっちが用意した鉛筆とゴムだけ。『ゴム』は消しパンの代替品だ。これでもう試験中に腹の虫が輪唱することもねえな、喜べ」


 冗談を挟んでおきながら、空気を和ませようという気など一切持っていない彼は、息が詰まるような室内に並んで座る、20人の測定希望者達を睨み回す。


「これは個人の能力を測るモンだ。つまり、他のヤツから答えを盗んだり、連携して考えたり、そういったこと一切は不正と見做みなし、信用スコアをマイナスする。初めて測定を受けるヤツなら、問答無用で最低ボトムのGランク認定だ。


 それ以外の禁止については、試験の回転を早める為にも一々言わねえことにしている。一番上の紙に書いてるから目ェかっ開いて頭に叩き込め。


 ああ、それと、別にトンチでルールの穴を突いてもいいが、今のテメエらは数字じゃなくて『信用』を求められてる、ってことを忘れんなよ?」


 「言われなかったから」、「書いてなかったから」、その言い分が通用する場とそうでない場がある。

 この試験は後者だ。


 抜け道は一つ。

 「バレないようにやる」、それだけ。


「私語も一切禁止、問題に直接関係ねえことなら質問は受け付けてやるから黙って手を挙げろ。用紙とか筆記用具とかを落とした時も、手を挙げて飼い犬みてえに大人しく“待て”してろ。自分で拾おうと試してみたいなら止めねえが、個人的にはオススメしねえ」


 ここまで言っても、反射的にこれをやらかして「不正」扱いとなる者が、1日に平均して3~5人ほど現れる。悪気が無かったとしても、「話を聞けないアホ」であることは確実なので、「信用」が引かれるのは当然の処置だろう。

 

「以上、何か聞きたいことは?」


 押し黙る彼らの顔を視線で順になぞり、今回「最優先で張り付け」と命じられている対象を確認。獣皮のフードを被った、小柄の人物。


 袖口から覗く色の薄めな手は、ちょっと力を入れたら折れそうなほど頼りない。


——口八丁フカシで渡ってきた山師か?それとも魔導能力やユニークが要警戒なタイプか?


 どちらにせよ、上から「注視しておけ」と言われてしまった以上、そいつのイカサマだけは絶対に通してはならない。

 「門番」と呼称された彼の威信に懸けて。


——どういった手品を使うのか知らねえが、ここは端っこといえどもエネクシアだぜ?ガキのおイタが許されるほど甘くはねえのさ


「まずは論理思考だ。開始の合図が出た後、まずは問題用紙と解答用紙が揃ってるか確認しとけ。不備があったら喋らず騒がず黙って挙手だ」


 表面上は緊張で固くなっているように見えるターゲットに、殺意に迫るほどの圧を向け、同時に部屋全体へと抜かりなく神経を巡らせて、


「じゃ、始めろ」


 彼は両手を打ち鳴らした。




 



「やめろ、そこまでだ」


 口を締めていた手が緩められ、気が抜けていく風船のように、室内の誰もが息を吐き出す。中には嘆息も混じっているようだったが。


 不正を試みたのは2名。どっちもつまみ出させた。

 けれどターゲットに怪しい動きは無い。

 問題を解くスピードも、早くも遅くもなく、という印象。


 用紙を回収し、次の科目のそれを配布する間、ターゲットの答案をさりげなくあらためる。

 本来、どの受験者がどの整理番号を持っているかは、公平を期すために伏せられているが、彼のように紙の一枚一枚がどのように動いたか、目で追える者なら話は別だ。


 これはそう、試験監督側の「抜け道」である。

 今回に関しては、「命令遂行の為」と言っておけば、上もあまり目くじらは立てないだろう。


——字がきたねえ……、ってより、たどたどしい、のか……?


 どうにも、一画一画ぎこちなく、不自然な力を籠めて書かれたように見える。

 それは恐れのせいか、或いは何かの仕掛けを示唆しているのか——


——いや………


 もっと簡単に説明できる。

 こういうタイプは、珍しくない。




 乃ち、「文字に慣れていない」のだ。




——どんな曲者が来るかと思えば、キナフ語覚えたてのベビーかよ


 魔導能力によるコミュニケーションのうち、口頭のものは仕組みが簡単だ。乱暴に単純化すれば、通信と似た原理による、マナによる思考の伝達である。

 

 一方、文字言語となるとそうはいかない。

 それは壁や紙など、魔導能力を持たないものに表示されており、意味を「発する」ことが出来ないからだ。


 ところが、エリーフォンやエネクシアが存在するニキナフ大陸で、広く公用語として使われる「キナフ語」で書かれたものなら、それを知らない者にも「読む」ことができる。


 何故か?

 魔導能力無しでも、キナフ語を読んで、書ける者、それが多数居るからだ。


 彼らの魂に、「この形にはこういう音が」、「この組み合わせにはこういう意味が」、という情報が刻まれて、そしてそれが大勢に共有されている。その認識が束ねられたものが、大きな魔導作用となって、現実を改変する。

 

 つまり、キナフ語の識字能力者達が、その魔導能力を結集して、そうでない者達に「読ませている」形。


 というわけで、喋れるし、読めるのに、書くことができない、という種類の手合いが、結構な割合で発生することとなる。


——もしこの予想が本当だとしたら、あいつ、ここから地獄を見るな


 論理思考なら、まだそれらしいことを書けるだろう。

 だが、社会常識、つまり完全な知識、暗記問題ともなると、手も足も出なくなる。

 

 そして案の定、ターゲットは見るからに苦戦していた。

 記入ペースは遅々(ちち)としていて、どころか頻繁に鉛筆が止まる。

 所定の40分が過ぎ、回収した用紙を見てみれば、半分以上が空欄という始末。


——はー……、んだよシケてんなぁ……この程度かぁ……?


 わざわざビオンドが呼ばれたのだから、それなりに歯応えがある相手かもしれない。僅かに残ったその期待は、この時点で完全にせてしまった。


——普通にどこにでもいる、育ちのワリい瘦せっぽちじゃねえか


 結局、釣果ちょうかとしては小物が数匹。2時間強を掛けて、この有り様だ。

 報酬は支払われるのだが、それはそれとして、張り合いがないのはいただけない。


 彼がこの仕事を好むのは、化かし合いのスリルを求めて、という部分が大きいのだ。でなければ何の為に、狭苦しい部屋で長いこと突っ立っているのか、分からなくなる。


——高度技能測定の方なら、もうちっと楽しめただろうによぉ……


 心ここに在らずとなるほど腑抜けそうな心境だったが、しかしそこは高スコア冒険者。

 消化試合の様相が見えていながらも、仕事は最後まで油断なくこなす。

 

 これで最後と自身に喝を入れ、ターゲットを中心に五感の網目を張り直し、針が落ちる音、血の垂れる臭いすら、逃すまいと気を尖らせた。


 一人一人の肩を、鋭い爪を持つ両手がガッシと握り、全体重を掛けたかのような、鮮明な錯覚が受験者達を襲う。


 この場所の支配者が誰か、警備兵ですら肌で直感し、汗を垂らしていた。

 彼らが居るところは、既に狼の大口の中だ。


「用紙は2種類とも全員に渡ったな?」


 この場でたった一人、冷静かつ淡々とした態度を崩さず、予定通りに進行させるビオンドは、


「では——」

 

 両手を持ち上げたその時、ふと違和感を覚える。


 文字を書くのに苦労していた筈のターゲットは、けれど論理思考の際は、解くスピードが大きく遅れていたわけではなかった。解答欄だって、全て埋まっていたのだ。


 なんとなく、歯車の食い合わせが悪い。

 この不整合は、何によるものなのか?


 その答えが出る前に「——始めろ」、彼の手と口はほとんど自動的に、開始の宣言を発していた。


 ターゲットは問題用紙をめくり、解答用紙と共にざっとチェックした後に、整理番号を書き入れて、


——!?


 なまりの先を紙上で小気味よく走らせ始めた!


——な…ぁ……なんだと……!?


 超高速、というわけではない。

 だが、尋常なペースとはとても言えない。

 それを、ほぼ休みなく継続している。


 少なくとも、今回同室になった誰よりも早い。

 いいや、偶に現れる大型新人、そのリストに名を連ねるレベルと言っていい!


——ぜに勘定かんじょうが得意分野……!?にしたって……!


 基本的に数字しか書かないのだから、さっきよりは楽、というのは分かる。

 だがそれはプラスではなく、ゼロになったということだ。

 そこでようやく、互角となったのだ。


 その条件で、そいつは他を圧倒している。

 10分もせずに解き終わり、検算に入っている。


 しかも、ダレない。

 そいつとしては簡単である筈の問題達を、上から下から、繰り返し、飽きもせず、何度も計算し直し、99%を99.9%にすることに、全力を傾けている。


——育ちが悪いだとぉ……?どこが……!コイツのどこがだよ……!


 彼は監視を切らさないよう気をつけつつ、そいつの論理思考の答案を手探りで引き出し、改めて見返してみる。


——……ッ!ほぼ全問正解……!

 

 教育を受けている。

 恐らくそいつは、キナフ語以外の何らかの言語において、魔導能力抜きの読み書き能力を有している。


 もしかしたら、遥か遠方の豪族や貴族の可能性すらある……!

 あの鍛えられた気配のない手も、「温室育ちの結果」と見るなら、頷ける!


——なるほど、上が注目するワケだ……!ひょっとすると、新規販路の開拓に繋がるかも、ってか……!


 実際のところ、その少年が「要注意」となったのは、組合が彼を高貴な出だと睨んだから、というわけではないのだが………


 まあ、ビオンドにはあまり関係のない余談である。

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