35.自由の庭 part1
「お、おわあ……」
異国の街。
それも、多面的、多色的で、つまり多文化共生的な、彩りの豊かさ。
細かく形の揃った石畳が敷かれている、広い道。
そこにズラリと軒を連ねる、木や石で組まれた路面店舗は、様々な色合いの看板を掲げて、食べ物や香料の風味を風に乗せ、通行人の視覚と嗅覚に訴える。
様式も材質も見た目の清潔さも、バラバラの建物で形成された、雑多な印象を持たせる空間だ。
その街を埋めるのは、多種多様な姿。
地球上にあるどんな国際都市でも、勝負にならないと言い切れるほど、バリエーション豊かな人々。
ほとんどはリカントに分類されるっぽい、動物的な人達だけど、鳥っぽい人も混じってるし……、あれは、小さなドラゴン?トカゲ?あっ、ダークエルフ!それとあの、背丈が他の2倍近くあるからよく目立つ巨人も気になる……!
「ユイト、目を配るのは良いですが、もう少しさりげなくやりなさい。慣れていない者だと見られれば、警戒されるか、獲物として付け狙われます。わざわざ目を付けられてやる意味もない」
「はっ、はい……!」
地味な色のローブを着て、フードを目深に被ったエレノア様から注意を受け、出来るだけ視線を前に固定しようと努力してみる。
だけど、どうにもあちらこちらに、目が移ってしまう。
気になるものが山盛りだ。
セラに来て一番「冒険」感がある。ちょっとワクワクしてきた。
商業都市キャドマス。
僕らが今居る街の名前だ。
陸路や海路沿いに出来た、商業的自治都市群、“エネクシア”。
その一つであり、端っこでもあるここには、様々な種族や職種が交流し、雑多な賑わいを見せていた。
いかにも「ファンタジー世界の町」って感じの光景。
だけどそのルンルン気分に身を任せられるほど、お気楽な場所というわけでもない。
エネクシアでは、数々の豪商が手と手を取り合い、私設戦力を結集させて、外からの侵攻に睨みを利かせ、「自由貿易」を守っている……って言うと良い感じに聞こえるけど、エレノア様から聞いた話では、もっと生々しい構図が見えてくる。
ざっくり要約すれば、ヤクザとかマフィアみたいな人達が寄り集まって、外から敵が来た時は団結するけど、日頃は内側で縄張り争いの小競り合いを繰り返している、そんな地域なのである。
「それって、その、あー、犯罪集団、的なのが、いっぱい……?」
「ええ、温床と言えるでしょうね」
キャドマスに着く前、お昼休憩の時、エレノア様が教えてくれた。
「エリーフォンは……、他の国も、ですけど、攻めたりとか、しないんですか……?」
そこで肥え太った組織が、周囲の国へと根を伸ばしてくるわけで、治安の大敵として、多方面から攻撃されそうな気がする。
特にエリーフォンとか、そういうのすっごく嫌いそうだし。
「ところがエネクシアは、滅びずに存続している。取りも直さず、おいそれと手を出せない所以がある、ということです」
「そうならない、事情が……」
「一つには、既にエネクシアが、『周辺経済圏の心臓』というポジションを、確立しているということ」
あ、なるほど。なんとなく分かった。
地球の歴史でも、貿易相手とは戦争したくないもの、みたいな話がいっぱいあったから。
「敵対して、断交、ってなっちゃうと…ざ、財政?に、ダメージが入るん、ですね……?」
「そういうことです。相手の経済に食い込むとは、その血肉の一部となるということであり、至上の防衛策の一つ。敵を消しつつ、利潤を得る、まさに一挙両得」
エレノア様が講義モード——僕が勝手に命名した非公式名称——に入った。こうなると彼女の舌は良く弾むし、楽しみを提供出来ている気がして僕も嬉しくなる。
「仮に、排斥思想の熱が利益を上回ったとしましょう。例えばエリーフォンがエネクシアへの侵攻を試みます。さて、どうなるでしょう?」
エレノア様の調子を乱さない為にも、なるべくトントン拍子で話を進めるべく、僕も頭の芯に火を入れ続ける。
「えーと……エネクシアは、経済制裁?的なことしつつ、周辺との……あ」
これも、元の世界では、類似例があった気がする。
「他の……、その、エリーフォンを除いた、エネクシアの周辺諸国から、横槍が、来るんですね?エリーフォンがそこを、独占、するってことになったら、大変だから」
「よくできました。お前が考えた通り、エネクシアを相手にするとは、周辺経済圏全体を敵に回すのも同じ。
更に付け加えるならば、漁夫の利を狙うケースも考えられます。
エリーフォンが苦労してエネクシアを攻め落とし、青息吐息となっているところに、『不当な侵攻を図る危険な国への抵抗』等と大義をでっち上げ、一気呵成に獲物を攫ってしまう」
そして、エリーフォン以外の国から見ても、同じ事が言える。
大国同士の牽制のし合い、そのバランスを上手く調整することで、エネクシアは外圧を退けているってこと。
「様々な“国是”から、国が共有する“正義”から外れた領域。そこに外の伝統は介在することが出来ず、『腕や商才さえあれば誰でも成り上がれる』という、セラで最も階層流動の激しい社会が成立する」
だから、あちこちから“訳アリ”人材が集まる。
そのまま、自然淘汰と言うか蠱毒と言うか、タガがほぼ外れた喰らい合いの末に、強い者が残って、それがエネクシアを守る戦力や、富を呼び込む潮流となる。
特に、戦士とか武芸者が、わんさか来るらしい。
ちょっと死にやすいことに目を瞑れば、そこらの国で宮仕えするよりよっぽど気楽で、強さを磨いたり誇示したりという機会にも恵まれていて、一攫千金成り上がりの夢まであると、良い事尽くめだから。
画一的な兵士として、国軍の枠内で管理するのが難しい、固有魔導を持った人の数も、エレノア様が知っている範囲では最多。
「つまりエネクシアは、単に武力という側面で見ても、手強い勢力と言える」
僕達が今居るのは、東端とは言え、危険地帯の中。
金と暴力が生み出す法に、大国達すらこっぴどく追い出される、そんな力場の内側。
いくら気を張っても、張り過ぎることはない場所なのだ。
それなりの力をつけて、この地域に根を張り、富と地位のゴリ押しが出来るようになるまでは、エレノア様がハイエルフであると、それが知られることすらマズい。
「銀髪のハイエルフ」、その特徴に合致するのはエレノア様くらい。情報が命の商人が、エリーフォンで彼女がどんな存在として扱われているか、それを知らないわけがない。
エネクシアを動かす人達が、エリーフォンとトラブルになりたくないとか、それなりに稼げそうだからとか、そういう理由で彼女を捕らえて売り渡そうとする、という恐れが生じるのだ。
だからエレノア様は今、ペイルさんが擬態しているローブを装備している。
彼女のユニークは、水分の塊である自分の体も精密に操って、形状は勿論、光の屈折や反射の度合いまで調節できる為、外見を服っぽくすることもそうだし、フードを被っている間だけ肌を褐色に見せかける、なんてことだって可能。
スパイ作品なら毎話出ずっぱりになること間違いなしな、高性能変装セット。許しが出るなら、僕も一度着てみたい。まあたぶん本人に断固拒否されるだろうけど。
ちなみに僕は、獣の皮で作ったものを被らされていた。
こっちもこっちで、見たことない知性体(しかもすごくよわい)なので、隙あらば拉致られて「商品化」される危険があるから。
というわけで、僕、エレノア様、そして世にも珍しい知性スライムのペイルさんの3人ともが、歩く貴金属みたいな立場。だから全員、その正体を隠す必要があったってわけ。
「身分を問わない」って前評判の割には気遣いが求められてるけど、「『外で何者だったか』をそれなりに伏せたままでレースに参加できるし、成功さえすれば黙らせられる」という意味では、セラの社会の中では柔軟な方、なんだとか。
そんなエネクシアに、お金もコネも無い人が“入門”する為の施設。
それがこの街での、僕達の目的地だ。
道には迷わずに済んだ。
幾筋もあるアーケード付き商店街みたいな通りが、外から来た者を緩やかに誘い込むみたいに、そこへ向かって集合していたから。
体育館くらいの横幅と、3、4階建てくらいの高さの倉庫を、木製三角屋根でオシャレに飾ったような一棟。
白い塗料の剥がれ一つ見えない、周辺で最も整備が行き届いたその建物は、雑多な町中では浮いているとすら言える清潔感で、却って迫力を醸している。
中央上側には、盾を背景に、剣、ナイフ、釘抜ハンマーが交差する紋章。エネクシア内で、その組織だけが掲示を許された、「実行力」を示すモチーフ。
その前の通りは人の往来が激しく、喧騒が特別ごった返しており、左側の端に開いた、荷物や武具でゴチャゴチャしている、搬入口みたいなゲートからは、馬車や巨人が出入りしていた。
エレノア様が開いた扉は、それと逆の端。少し大きめで両開きのスライド式。
中に踏み入れた時、外観以上の威圧感に、押し潰されそうになる。
神殿だと言われても、納得したかもしれない。
まず、面積が途轍もない。
玄関ロビーの広大さは、高級ホテルのそれに匹敵する……まあ高級ホテルの中をちゃんと見たことないけど、イメージ的に。
内装は落ち着いた木製の色合いの中に、金属質なフレーム補強が奔っている。フレームの表面には幾何学模様が刻まれてるけど、あれも「術式」ってヤツなんだろうか?
奥の壁の中程には、上階と地下の双方に続く階段があるけれど、それもまたデッカい。ドラマとかでよく見る、有名な国立博物館の大階段を彷彿とさせた。
別室に続くドアや、応対用の窓口がズラリと並び、手前右側には長いテーブルと椅子が、待合席のようなノリで幾つも配置されている。それぞれの一部がとりわけ大きめに作ってあるのは、たぶん巨人が利用するのを想定して、だと思う。
ふとすると「荘厳」とさえ思ってしまいそうな屋内の空気は、けれどギラついた鉄臭さで染まっていた。
はち切れそうな暴力を閉じ込めた腕で、大小様々な兵器を携える人達が、バラエティ豊かな痛みの気配を、部屋いっぱいに充満させているのだ。
ここが、“冒険業支援協同組合”キャドマス支部。
エネクシアの「入国管理施設」。




