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【第二章完結】最弱不撓の冒涜者~不死身になってしまったコミュ障転移少年、拾ってくれた腹黒没落エルフ令嬢に尽くしていたら、いつの間にか過保護に包囲される~  作者: D.S.L
第二章:悪鬼達の罪と罰

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34.憂鬱の天幕

 繋ぎ留めなければならない。

 ユイト・クロキという男は、放っておけばいとも容易たやすく、

冥府へ、死者の地へと堕ちる。


 肉体が滅びずとも、少し力を加えてしまえば、彼は人として壊れてしまう。

 いや、それとももう、ほとんど壊れかけているのか。

 だからこれほどに、危ういのだろうか。


 内臓を掻き混ぜられながら、思索を巡らせて前に進んだ彼。


 怯え切った子どもの顔で、指を食い千切り、圧倒的な強者へ飛び込み、意識あるまま噛み砕かれることを選んだ彼。


 突き刺す病に腕を喰わせ、体がバラバラになること承知で、高きから身を投げた彼。


 目の前の異種族の苦しみを、ただ見ているのが忍びなく、その肉を分けることにした彼。


 それらは、誰よりも勇敢なる者の、英雄的な所業だろうか?




 違う。

 問題は、彼はある意味で“弱い”少年なのに、ちっぽけな常人の感性に閉じ込められているのに、肝心な時には動けてしまう、というところにある。




 近くで眠ることを許してから、分かったことがある。

 彼は毎夜、うなされている。


 ペイルが作った獣毛じゅうもうの寝袋の中で、汗だくになってのたくって、時には悲鳴と共に跳ね起きる。


 「地球」という世界での過去も混ざっているだろうが、大部分は戦いの記憶によるもののようだった。彼にはあの一戦一戦が、強烈な体験として刻まれているに違いない。

 

 当然なのだ、そんなことは。


 彼が戦いどころか、身体的な重傷から遠い生き方をしていたなんて、日に焼けていない肌や薄い体を見れば分かる。

 そして肉体は、常にその状態にロールバックするのだ。


 頭が身構えることが出来ても、体は痛みに敏感なまま。

 致命傷を受けるたび、新鮮な業苦ごうくが彼を襲って、その魂に刻み付けられる。


 そしてそれらが、入眠時の記憶の整理の際、入れ替わり立ち代わり、表層意識に浮上してくるのだ。眠りが深くなることさえ一苦労。不眠によりマナ処理能力が不全となり、固有魔導ユニークと呼吸の同時停止で死亡する危険さえある。


 これでは、持たない。


 怖ろしい体験が増えるだけ、不死身の筈の彼は、滅びに近づいていく。

 生き延びるには、痛みを重大なものと思う、これまで通りの“人らしさ”を、捨てるしかなくなるだろう。


 その、死と比肩ひけんし得る“不可逆的な変化”は、彼の生物的本能を、常に震え上がらせている筈。




 なのに彼はまた、延々と脳の一角を占領するような苦しみを、自ら足そうとしているのだ。

 他者にとって有益そうだからと、自分の口から軽々しく言い出すのだ。




 それでいて、実行中に快感を得ているかと言えば、そうでもない。

 だからそれらは、純然たるマイナスの集積として、彼を圧迫する。

 そして彼自身が、その負荷を加速させているのだ。


 彼なりの信念に基づいているのだとしても、度が過ぎている。

 今まで“ユイト”という人格が保たれていたのは、奇跡に近い。


 彼女の夢に不可欠な少年は、飛びながら交尾で寿命を使い切る羽虫の如く、自然励起したマナ光球の如く、あっけなく自壊するのが関の山な、儚い存在だったのだ。


 エレノアは、彼の半生に思いを馳せる。


 彼が生まれてから、16年と少し。

 彼女からすれば、ほんの短い時間。


 その間に何があれば、こういう魂の形と成るのか。彼女には想像も及ばない。


 彼のこれまでの体験を、聞いてみれば分かるのか。

 だが彼女がそれを試みれば、それこそ決定的な崩壊を、引き起こしかねない。


 人の気持ちを想い、寄り添い、守り、癒す。

 それをしようとする自分を思い浮かべ、エレノアの顔に、泣きたくなるほどのあざけりが彫り込まれる。


 同じハイエルフの社会の中でさえ、感覚や心情をチューニングできず、周囲と適合しきれなかったのが、彼女なのだ。そんな高度なこと、できるわけがない。


 彼女には、これまでずっとユイト相手にそうしてきたように、傷つけ、押さえつけ、脅し、乱し、壊す以外に、コミュニケーションの形などない。

 

 彼と彼女は、奴隷と主人、小人と上位者、カエルとヘビ。


 彼は今、彼女に忠誠を誓っている。

 それは、エレノアという脅威にさらされ、恐怖、危機感に襲われたユイトが、それらがあまりにも重大であるがゆえに、「これは崇敬なのだ」と錯覚しているに過ぎない。


 史上初めて雷を見た者が、そこに大いなる存在を感じ、ひれ伏したのと同じこと。


 と言うより、彼女がそう仕向けたのだ。


 エレノアは下僕に、「彼女こそが当然“上”なのだ」と、そう思わせることに腐心してきた。インパクトを与え、プレッシャーを掛けることで、好悪こうおを力づくで転倒させる、そんな手法を取ってきた。


 ほどほどに壊して、対象の自己治癒の方向性を誘導し、思いのままの対話相手を作らせる。それが彼女のやり方。


 雪の花の如く脆いユイトの核に、そんな手では触れたものではない。立体迷宮めいて神秘的な構造が、指の上のシミに変わるのがオチだ。


 実際、彼女は彼を思いやれていない。


 「石や泥を食ってみる」、「武器を呑んで破壊する」、そういったことをやらせたくないなら、「己を意図的に傷つけるのをやめろ」と、命じればいい。自虐的な戦い方をしないよう、約束させればいい。彼はそれを、忠実に守ってくれる筈だ。


 だが、彼女は飽くまで、あの場での試行のみをやめさせた。

 「役立つ可能性は確かにある」、その合理性が、完全に禁じる言葉を、彼女から奪った。


 彼女はただ、ユイトという少年を、利用しているに過ぎない。

 「彼に理想の世界を捧げる」、その大願だってそうだ。


 他者の心を掴むという生存戦略の為に、心身を全霊で磨き抜いて輝かせるほど、忌むべき体質もまた殺傷性を上げていき、敵視されやすくなるという逆説的存在、それが彼女。


 不死身である彼が、そんな女を世界ごと受け取ってくれるなら、その呪われた運命も、頭から報われる気がするというのが、エレノアの希望の根本だ。


 「彼の為に生まれた」、そう言い切ることができれば、存在が赦される気がする、だなんて。彼の意思など関係なく、自らの欲望の受け皿として、一方的に定めているだけ。


 無理に情をわすのと、精神性はほぼ変わらない。


 くれぐれも勘違いするなと、エレノアは強く自戒する。

 彼女は優しくなどなっていないし、彼の為になど生きていない。

 そうしようとしても、出来ない。


 彼の傷害と真摯に向き合い、それを治癒する役など、果たせない。

 そんな「き人」の行いなど、彼女の手に余るもの。

 真似事をしても、「破壊」という結果だけが残る。




 ユイトはエレノアの期待に応えてくれる。

 けれどエレノアは、ユイトに新たな傷を増やすことしか、できないのだ。




 だが、それでは、どうするべきだろうか。

 彼女が彼から奪うだけなのだとしたら、ユイト・クロキは早晩そうばん失われてしまう。

 

 それではいけない。

 いけないが、では、どうするのか?


 淫涜いんとくの天幕エレノア。

 やり過ぎた、或いは届かなかった己に腹を立てたことは、数知れず。

 けれど未だかつて、手札が皆無であることを、ここまで呪った日々はなかった。

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