3.お値打ち品 part2
「ほう?先ほどこの者が語ったことに、虚偽がある、と?」
ようやく逸らされたエレノアの目線の先には、ジタバタすることさえできなくなった浅黒い肌のエルフ。
「いや、嘘吐いてる、とかじゃないんですけど、言わないで、隠してることがある、みたいな感じで」「つまり?」
持って回った言い方に、彼女がピリつき始めた気配を感じ取って、奴隷は慌てて要点を言う。
「僕の体は、成長しない、みたいなんです……!」
エレノアとペイルは顔を見合わせた。
「僕の体に起こってる、これ、治すんじゃなくって、復元する、みたいな機能で……、だからその、元の状態に戻す、って言うか、どう言えばいいのかな……」
視線を低く彷徨わせるそいつの頭の中では、論旨を整理しようという努力がなされているらしいことが、傍目にも容易に察せられる。ややこしい話なのだろう。
「あの、例えば、僕が筋肉を鍛えようとするとして、でも、むっ、無理なんです……。僕の筋肉量とかは、今のこの状態に、戻っちゃうんです……。記憶はなぜか、大丈夫なんですけど、それ以外の……あ、体で覚える、技能習得とかも、全部水の泡に……」
話が見えてきた。不死というシステムが働いている間は、そいつは強くなることも、器用になることも、知識以外の何かを習得することもできず、そして——
「しかも僕、みなさんが言ってる、マナ?とか、そういうの、分からなくて……。だからこの、復元されるやつも、勝手になってるし、調節したりは、いけるんですけど、どう解除したらいいかとかは、その……」
分からないのだ。
固有魔導だと思われるその現象を、自由意思で止められないのだ。
しかも、マナを感じることができない、とまで言っている。
“マナ”とは、万物の素となるエネルギーであり、それを操るのが“魔導”である。
多くの生物は、マナの状態や流れを操作し、身体の能力や強度を増強しているのだ。
それが使えないとなると、自然界最下位クラスの貧弱さ、ということが確定する。そこらのコボルトに、いやもしかしたら、小鳥にすら勝てないかもしれない。
強くもなく、硬くもなく、伸びしろもなく、ただ死なない。
命を握って縛ることすら出来ないという、使いづらさまで上乗せされる。
商品として持て余されていたという事実、その納得度が天井知らずにぶち上がった。
エレノアが目配せを送り、ペイルが店主を解放する。彼は咳き込みながらフラフラと立ち上がり、
「クソが!」
金属棒を拾って奴隷を殴りつけた。
「なんで……っ!余計なこと……っ!言うなって……っ!それだけの……っ!ガキレベルの……っ!おぎょうぎすら……っ!できねえんだよ……っ!おまえは……っ!」
憤懣が収まらず、何度も何度も滅多打ちにする彼を尻目に、ペイルはただ無駄足を嘆く。
「エレノア様ぁ、ここに居ると体が濁ってきちゃうので、とっとと出たいでーす。やっぱり護衛は、私だけで十分ですよ」
だがエレノアは、奴隷が打たれているところを、いや、その奴隷のことを、じっと見ていた。
「エレノア様?」
「何故……?」
「はい?」
彼女の脳裏から浮上してきたそれは、その感情は、興味、だろうか?
その奴隷は、こうなることを分かっていた筈だ。
死なない、傷つかないのをいいことに、今まで何度も、こうやってサンドバッグにされてきただろう。逆らったら、怒らせたらどうなるかは、身を以て体験し、知っていた。
そいつの体が見せている反応からして、痛くないわけでも、怖くないわけでもない。どう見ても本能の底から、その仕打ちを嫌がっている。そこは疑うべくもない。この事実を暴露した時だって、甚だしい怯えが見えた。
とすると、この取引を破談にする、そのことでそいつが得られる旨みが、メリットがまるでない。逆にデメリットはと言えば、大量に積み上がってしまう。
ならばどうしてそいつは、馬鹿正直に洗いざらいぶちまけたのか?
まさか、「誠実さ」だとか、「相手を慮って」だとか、うそ寒い戯言を抜かすのだろうか?そうしていれば、いつか「正しさ」が助けてくれるとでも?
——厳粛且つ公正に行われなければ——
表皮だけ真面目くさっただけで、正義の代行を心から自称する、法官の金髪が脳裏を過り、
「エレノア様ぁー、あんまり近くに寄ると、お召し物が汚れますから」
「店主」
彼女の腹の底から脳天まで、マグマの如き情動が押し通り、噴火した。
「手を止めて聞きなさい。確認することがあります」
これはもしかしたら、怒りか。
「え、エレノア様?」
「……ハー……っ!ハー……っ!………なんだ?」
何より弱いのに、戦おうとする努力もせず、正義に救われることを願って、綺麗事にしがみつく。
それを、彼女は憎んでいるのか。
「現実を見ろ」、
「そんなものは強さでもなんでもない」、
「ただの逃げだ」、
「お前は負け犬なんだ」、
「自力で救われる努力すら放棄したんだ」、
「惰弱な卑劣が高尚な顔をするな」、
彼女の魂が、そういう燃えるような呪詛を、吐き流しているのか。
「その者に、命による脅しは通用しない。そうですね?」
「………ああ……」
彼女以外が不思議そうな表情を浮かべる中で、エレノアは淡々と話を進める。
「ならば通常の奴隷に取り付けられる、専用器具は必要ない」
「そう、なるな……?」
「ならばその分も値から引きなさい」
信じられないものを見たように、誰もが瞠目した。その中でも特に色濃い驚愕を見せたのは、他ならぬ奴隷自身だった。
「エレノア様!?」
「おっ、おいおい、そいつはあ……!」
「何を呆けているのです?その色で突っ立っていられると、禿げた樹木と見間違えそうになりますから、とっとと動いて手早く済ませなさい。この私の時間は、お前が思うよりも遥かに価値が高い」
「あ、ああ!勿論!モチのロン爆速で売らせて貰うからな!手続きもスイスイよおっ!今の俺は川に流される小枝だぜぇっ!」
半ばコケかけながら契約書の許へダッシュする店主を見てから、ペイルは焦ったようにエレノアへと振り向く。
「エレノア様!冗談だとしても面白くないです!」
「主人たる私の決定に不満があると?」
「だって、こんな、これから行くの、最前線ですよ!?何に使うんですかこんなヤツ!?」
「それはこれから考えます」、という返事に、眩暈を起こしたみたいに額を押さえ、表面を波打たせながらフラつくペイルを放っておき、エレノアは牢の中に踏み入る。
「お前……クロキ?ユイト?とか言いましたか?」
「え……、えっ、あっ!あのっ、『クロキ』が名字で、『ユイト』が名前、です…っ」
夢でも見ているのかと、呆然としていたそいつは、声を掛けられて意識を引き戻した。
それから立ち上がろうとして、けれど腰の力が上手く入らなかったらしく、転倒して尻餅をついてしまう。
「エレノア様ぁー……!」
その醜態を見て、何か言いたげな声を上げるペイルをまたも無視して、肘まで覆うツルツルした手袋に包まれた、右手の甲を差し出すエレノア。
「エレノア。それがお前の主の名。血肉の一滴まで余さず捧げるべき、お前の絶対にして最上。魂に刻みなさい、ユイト」
ユイトは金魚のように口をパクつかせ、おっかなびっくり両手を持ち上げ、
「は、はい……、エレノア、様……」
壊れ物を扱うかのように、丁重に彼女の手を取った。




