33.好奇心 part1
木々の密生がちょうど開けて、鮮やかな丘陵が波立つ海面みたいに連なる、そんな絶景に臨んでいる場所。
そこに蒼い葉が生い茂っていた。
緑色を「青」って言ってるんじゃなくて、本当にブルーに染まっているのだ。
温暖な気候なのに、寒々しく見える森。地球ではなかなか見れない景観。
毒を持っている種とかでないことを、事前に二人に聞いて確認してから、葉っぱに触ってみる。
「そんなびっくりすることですかぁー?世界が違うから、生物だって違うってだけでしょー?」
「う、えーと、そ、うなんです、けど……」
お昼休憩ということで、食卓を用意してくれているペイルさんから、呆れた声を投げ掛けられてしまう。
確かに、地球の常識なんて通用しなくて当然、という指摘はもっともだ。でもそこで、敢えて自分の知識に当て嵌めてみたくなるのも、また人情。
「うーん……僕の世界だと……色は光の、反射で……だから、緑色の葉っぱって、逆に、ほとんど要らないから、はね返してる緑の光以外を……赤と青、だったんですけど、それを吸ってるって話で……」
特に青色の光線は、光の三原色で一番強い、みたいな話が無かったっけ?青色の体色は作るのが大変で、だから青い生物は少ない、ってのも聞いたことがあるし。
「マナを使えるから、生命力に余裕があったりとか、色を作ったりするのが楽とか、あるのかな……?」
あらゆる事象の根源であるエネルギー、“マナ”。
この世界、セラに生きる生物は、大なり小なりそれを操れるらしい。
それが原因ってことかな?
「でもわざわざ青を……、って言うより赤と緑に特化してる……?あっ」
僕はそこでセラの太陽を振り仰ぐ。
それは今日も、柔らかな黄色の光を発し、空を紫紺に染めていた。
「赤と緑を混ぜたら黄色だから………この世界は青の光を吸おうとしてもそんなに手に入らない……?あ、いやでも、普通に緑色の植物の方が多いしなあ……。単に赤と緑を吸収する植物にも繁栄の余地がある、ってだけかな……?あれ、でも月は青いわけで……、いやあれは太陽の反射じゃなくて自分で光ってる感じ……?」
うーんやっぱり、地球の理論は持ち込まない方が良い気がしてきたぞ……。
「よくそんな葉っぱ一枚から、どーでもいーことヅラヅラ考えられますねぇ。ヒマつぶしの達人とかですかぁ?」
「それは、その……昔、ある人に、教えてもらったんです……。好奇心は、武器だって……」
「武器ぃ……?」
おじいちゃんが言っていたことだ。
恐怖って言うのは、「知らないこと」から来てるって。
それは、自分の形を残そうとする、生物の本能。
変わらないで居ようとするから、自分をどう変えるか分からないものに怯える。
だから、知らないものを恐れる。
対する好奇心は、変化を求める心。
何かが変わった将来の自分に、期待する気持ち。
恐怖という、生物の根源にある持病みたいなものに、立ち向かう武器。
「しかし『恐怖』とは、生存に必要な感覚でもある」
ペイルさんが土を固めて作ってくれた椅子に掛け、テーブルの上に肘をつき、両手でその顎を支えながらこちらを見るエレノア様が、とても良い疑問を口にしてくれた。流石、鋭い着眼点だ。
そう、「怖い」って言う感覚には、危険を前にして掛かってくれる、ブレーキ機能としての役割がある。無ければ良いってものでもない。
「好奇心は猫をも殺す」、だ。
「『恐れ知らず』とは、時として短慮や浅薄を揶揄する言葉となります」
「は、はい……。だから、『武器』、なんだそうです……」
「なるほど、『取り扱いには注意』、ですか」
そういう部分まで含めて、「知ろうとする」ことを大事にしろって、
その長所もマイナス面も、どちらも忘れるなって、
おじいちゃんはそう言っていた。
僕はこの世界に来て、ほぼ丸腰だ。他の誰もが持っているものを、僕だけ持っていないような状態。
だったら僕が持てる強さを、出来るだけ磨いていなければならないって、そう思う。少なくとも、エレノア様の従者を気取るなら、そうしなきゃならない。
その「強さ」って言うのは、不死身体質だったり、この世界の外を知っている人間の視点だったり、好奇心だったり、そういうもの。
だから僕は、色んな疑問を見落とさないようにしようと——
葉の青さを見ている内に、ふと思い立ってペイルさんへと注意が移る。
「そう言えばペイルさんも青いですよね」
「うわっ!?なんですか急に!変態!」
「いっ、ああっ、いやっ、すっ、すいませんっ」
体を庇うように両腕で自分を抱いた彼女の目は、失くしたハンカチが僕の机から出てきた時の、カミシロさんのそれとよく似ていた。相当不快にさせてしまったのだ。
……女性の肌をジロジロ観察したわけだから当然か……。「好奇心の危うさ」の話題から舌の根の乾かない内に、何やってんだ僕は………
「ごめんなさい……!その、えー、デリカシーが、なかったです……」
「……まあ私も大人で、スライムですからぁ?知りたがり小僧っ子のブシツケな視線は、海のように広く柔らかーい心で、目こぼししてあげましょう」
「は、はい……あ、ありがとう、ございます……」
「ですけどぉ、私がどーゆー存在なのかとか、どういう組成や身体構造をしてるのだとか、そこら辺はプライバシーの領域ですのでぇ」
「はい……気をつけます……」
「次ブエンリョに詮索したら全部の毛穴から消化液流し込みます」
「イ…っ!?」
急に冷たくなった声音によって、鮮明なビジョンを想起させられ、戦慄で舌が回らなくなった。
「返事!」
「はひっ!き、肝に銘じます……っ!」
どうやら、知識欲の対象になることが、結構な地雷らしい。知性を持つスライムが珍しいって言うから、それ関係で過去に何かあったのかもしれない。研究機関に付け狙われたりとか。
少なくとも緊急時でもない限り、そこらへんを深堀りするのはやめておこうと、固く心に誓う。この歳で蜘蛛の巣に掛かった餌みたいにはなりたくない。
「ユイト、他者に対する気遣いは結構ですが、それで観察を閉じてしまわぬように」
人を使うのが上手いエレノア様がそこで、萎んでいた僕に激励を送ってくれた。
「あれこれ興味を持つお前を、もっと私に堪能させなさい」
「はっ、はい……!頑張り、ます……!」
この世界のことをもっとよく知って、早くみんなに追い着け、ってご命令だろう。その通りだ。能力的にショボい僕が、一度の失敗でクヨクヨ足踏みしていたら、またみんなに迷惑を掛けるだけのヤツになってしまう。
「いつかエレノア様に見限られ、置いて行かれる」、という可能性も承知で付いて来たとは言え、そうならないように全力を尽くすことをやめてはいけない。人への遠慮はしても、見識を深める行為そのものについては、気後れするべきじゃないのだ。
っていう発破を、あくまで僕を肯定してるみたいな言い方で、しっかり掛けてくれる彼女は、モチベーションコントロールの名手と言えた。って言うか神か?神技か?僕のご主人様がマネジメントの匠過ぎて困る……!
「甘やかすのはんたーい!」
「お前はもう少し口を慎みなさい」
「審問会の法官さんみたいなこと言いますねー?」
「何を知ったようなことを………さては私の転落劇場をしっかり観賞していましたね?」
「なんのことやらー」
二人の付き合いの長さを感じさせるような、気心の知れたやり取りを交わしながら、ペイルさんが焚火で焼いておいたお肉から、可食部位を切り分けて、石を削って作った皿の上に盛り付ける。
腕がパックリと縦に割れて、無数の機械アームみたいに変形し、素早い手捌きを披露している様は、SFの高性能家事ロボットを思い出させた。
「うー……!用意できるメニューのレパートリーが少なぁい……!このままだとスーパースライムメイドパーフェクトグレードスペシャルカスタムとしての沽券に関わります……!」
「なんです?その無理矢理統合した国家名みたいな肩書きは。初耳ですよ?」
「仕方ない、ですよ……。フェロニアスの、あのぉ……キャンプ?にあった道具とか……全部、吹っ飛んじゃいましたから……」
それに彼女は、前回の戦いで大勢を運ばなくちゃならなくなって、体内に入れていた物資の大部分を投棄したらしい。路銀はまだあるけど、道具一式はロストしてしまったのだ。
「気にしないことです。それよりも、今は食を楽しみましょう。我々が未だ食われる側でなく、食らう側であるという特権を——」
と、木製ナイフとフォーク——言うまでもなくペイルさん作——を操り、ワイルドなステーキをするすると口にしていたエレノア様が、動きを止めて僕を見て、それから俯いたような様子を見せ、もう一度僕を見る。
「「……?」」
僕とペイルさんで、どうしたことかと顔を見合わせていると、
「ユイト、こちらに」
何故かお呼び出しを頂いた。
「え、あの……?」
「命じられたのだからキビキビ動きさい」
「はいっ」
駆け足で隣に寄ると、彼女は少しだけ腰を引き、机と自分との間にスペースを作って、そこに見える脚をポンポンと叩いてから、
「座りなさい」
と言ったんだけど、僕は普通に我が耳と目を疑った。
「スワリナサイ」?……って、「座りなさい」ってこと?「Sit Down」?え、どこに?何がなに?
ペイルさんの方を向く。
彼女は「絶対ダメ!」という顔と、両腕のバッテンを作っていた。
それを見て脳内のハテナマークが増量された。どうやら今のが幻覚や取り違いじゃなかったっぽいからだ。
「エれのア様……?あのォ……?」
「ユイト、私は何度も同じ事を繰り返したくはありません。命令を受けた際の心得について、言及したばかりですよ?」
「はいっすわりますっ」
スパリと音を立てて空気を切るように彼女の膝上に乗ってしまった。
ごめんなさいペイルさん!
でも命令だから!
エレノア様からの命令だから!
「おいキミ!絶対嬉々として座ったでしょ!」
「そそそっそそそそんなことないですよ?」
「目ぇ泳いでんですよ!スライムでもないのにジャブジャブなんですよ!」
鋭く的確な指摘で僕の下心が暴かれても、エレノア様はどこ吹く風。
フォークの先に刺した分厚い肉を、僕の鼻先に持ってきて——
「食べなさい」
というわけで、僕は再び我が耳と目を疑った。
ただ、パブロフの犬的と言うべきか、この短時間で「命令されたらすぐ動く」という意識を刷り込まれていた体が、勝手にそれを口に入れてしまう。
………味が分からない!
バラの花みたいな香りに漬け込まれ、豪華なベッドのように腰が沈み、吐息と体温に包まれる中で、できるだけ彼女に触れないよう縮こまっているので、食事どころじゃないのである!




